萩と人の“つぎ目”となって、
つぎにつながる。「つぎはぎ農園」

山口県北部に位置する萩市中心部から車で約20分の距離にある大井地区。木々や畑の緑の中、赤い石州瓦の屋根を葺いた家々がぽつりぽつりと立ち並ぶ。どこか懐かしい日本の原風景を思わせる山あいの一角に、石田征大さん・洋子さん家族が暮らす古民家と「つぎはぎ農園」がある。

自然農を営むかたわら、自宅の蔵を民泊兼フリーペーパー専門店として提供。萩の自然とともに生きる石田さん夫妻にお話を伺った。

母のふるさとで出合った
古民家が移住のきっかけに

「もともとこの家は、アルゼンチンに移民として渡った男性が、萩に帰ってきて建てたと聞いています」と、洋子さん。征大さんも「重機などもない時代、人の手だけでどうやって作ったんだろうと思います」と穏やかに言葉を添える。

築年数はおよそ80年という古民家。蔵を支えるどっしりとした柱、分厚い土壁からも年月の重みが伝わってくる。

石田さん夫妻が萩市大井に移住したのは2017年。東日本大震災後、だんだん都会暮らしにストレスを感じるようになったという。

「自然がゆたかなところで暮らしたい。子どもが生まれてからは、特にそう思うようになりました」と、洋子さん。

移住したい、田舎で暮らしたいという気持ちはありながらも、なかなかすぐには踏み切れなかった。やがて自然環境や農に関心をもつようになり、体験がてら色々な地域へ足を運ぶように。そんなとき、洋子さんが母から聞いたのがこの空き家の話だった。

「私の母は大井の出身で、『友人が継いだ家が空くから見てみない?』って。初めてみた時にもう直感で『住みたい!』と思いました」。

大井八幡宮のおひざもとにたつ平屋には小さな蔵が隣接。庭には家屋とともに年輪を重ねたであろう松や柘榴の木々が生い茂り、家の近くには畑もある。萩のゆたかな自然と心地いい空気に導かれるように、石田さん家族の新しい暮らしが始まった。

子どもたちみんなが主役。
ゆたかな経験が生きる力を育む

子どもたちが小学校に入る前にと、長男が5歳、長女が2歳のタイミングで萩へ移住した石田さん。都会では、家の中での子どもたちの声やベビーカーが邪魔にならないか気になっていたという。

「でも、ここではどんなに走り回っても大丈夫(笑)。小さな子どもにとって本当にストレスがなく、のびのびと育っています。それに、子どもたちも萩になじむのが割と早かったですよ。2ヶ月もすると話し方が萩っぽくなったり(笑)」。

地方でよく耳にするのが少子高齢化の問題。大井地区も高齢化が進み、30〜50代の子育て世代は少ないが、そのぶんまわりの大人たちが子どもたちを大切に見守ってくれるそうだ。

「交通指導とか地域の人が子どもの登下校を見守る活動があるんですけど、子ども2人に対して大人5〜6人がついてくれます。安心感が違いますね」と、洋子さん。

また、子どもたちは地域のイベントにもひっぱりだこという。

「児童数が少ないのもあるけど、みんなが主役みたいな感じです。お祭りでも舞台に立つ機会は多いですね。ほかにも星を見に行ったり、毎年春は野草を採ってみんなで食べたり。色んな経験ができていると思います」。

自然の草木や生きものに触れ、地域の大人の優しさに触れることは、子どもたちの心と生きる力を育む根っこになるだろう。

親戚の家に行く感覚で。
蔵に泊まれる民泊スペース

自然農、民泊、フリーペーパー専門店、自然の恵みをいただく手仕事・農体験など、『つぎはぎ農園』の活動はバラエティゆたかでとてもユニーク。

「ふたりの好きなことだけやっています」という洋子さんは、仲間と始めた萩のリトルプレス『つぎはぎ』発行をきっかけに、ライターとしても活動。取材を通して、萩のまちや人の魅力をどんどん実感するそう。

征大さんは、農業に取り組みながら、前職のITスキルをいかして、畑を荒らすイノシシなどの捕獲装置を自作。罠にかかると檻に設置したセンサーが感知し、カメラからスマホに通知がいく。

2021年には罠猟免許を取得して猟友会に。地元の猟師とともに本格的なIoT罠猟もスタートした。

忙しくも充実した萩ライフを楽しむ一方、萩市の農泊受け入れ家庭となったのを機に、母屋に隣接する蔵をリノベーション。蔵の2階はゲストルーム、1階は全国のフリーペーパーを集めた『ONLY FREE PAPER』の萩拠点に。手作りの棚には個性ゆたかな冊子が所狭しと並び、自由に読むことができる。古き良き日本の家屋と蔵での民泊は、「リラックスできる」と好評で、カナダ、アメリカ、ヨーロッパなど各地からゲストが訪れている。

「蔵は何年も開けてなくて、最初は入るのに勇気がいりました(笑)。床と階段は大工さんにお願いしましたが、棚や扉などは主人がDIYしたり、壁の漆喰は家族で塗ったり。親戚のおうちに泊まるような感じで来てほしいですね」。

“人”に“良い”と書いて「食」。
石田さんの畑でその意味を実感

畑作業は基本的に夫婦で二人三脚。土の微生物や草の力で野菜をパワフルに育てる自然農法で、季節ごとに多種多様な野菜・果物づくりに取り組んでいる。家族が食べる分はほぼ自給自足。たくさん収穫できて食べきれない分は『畑おすそわけ』としてネットでも販売している。

うっそうと生い茂る木々に囲まれた畑は、青大豆、さつまいも、しょうがなど、うねごとにさまざまな野菜がいきいきと育ち、収穫されるのを今か今かと待っている。

「野菜は夫が中心で、私は柑橘をやるんです」と洋子さん。

地域おこし協力隊を経て農業法人の従業員になり、これからは新規就農者として柑橘農家に。甘夏や夏みかんなどの柑橘類は地元・萩の名産。長年、ベテラン農家が愛情込めて育ててきた柑橘の木を引きつぎ、若い世代がつぎにつなげる。こうして、ゆたかな自然環境と食、人の想いは脈々と受けつがれ、実を結んでいく。この循環こそ土地の宝といえるのかもしれない。

背よりも高く伸びたイチジクの木をグンとしならせ、征大さんが実をもいでくれた。皮はやわらかく、ほおばると甘さが口いっぱいに広がる。足元には青々とした大豆のさやが鈴なりだ。

「自分たちで育てた大豆で味噌をつくるんです。地域の人たちや子どもたちも一緒に。ずっと夢だったことがひとつ叶いました」と、顔をほころばせる洋子さん。

人に良いと書いて『食』という文字になる。その言葉の意味を『つぎはぎ農園』が教えてくれた。


萩市を訪れたら『つぎはぎ農園』に立ち寄って、自然の恵みを体験しにいこう。

石田さんの想いや萩の暮らしにまつわるエピソードが綴られた冊子『つぎはぎ農園日記』や畑の野菜は、WEBサイト『つぎはぎ』からも取り寄せられるのでぜひ手に取ってみてほしい。

▼WEBサイト

民泊 つぎはぎ農園

 

文・山田 美穂 写真・内藤 正美

                   

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