【群馬県桐生市 まちなかクローストーク】
ゆるやかなコミュニティの中で
「自分らしい起業・開業」を叶える(前編)

地方移住とともに開業・起業を考える人にとって、「どこに住むか」だけでなく「どこで営むか」は、言うまでもなく移住地選びの重要な検討ポイントだ。特にお店を開くのであれば、「できるだけ多くの人に愛される土地で」と思うのが多くの人の本音だろう。それならば、現在、開業・起業支援で中心街の活性化に力を入れる群馬県桐生市は最良の選択肢になるかもしれない。今回は前編で「自分らしい移住・開業をした人々の声」を、後編で「移住・開業を支援する人の声」を取り上げ、開業の地としての桐生市の魅力に迫る。

移住者の開業・起業で、商店街に新しい風が吹く桐生市中心街

群馬県東南部に位置する桐生市。赤城山をはじめとする山々の稜線が北部に連なり、桐生川と渡良瀬川という2つの河川が市の中心部を流れる、自然と都市がほどよく調和したまちだ。2005年に1市2村が合併した人口約10万3千人(令和5年9月末時点)の桐生市は、東側の桐生地区と西側の新里地区・黒保根地区が飛び地で分かれ、地図で見ると2つのエリアは左右の肺のような形に見えなくもない。

奈良時代から続く織物の産地で、江戸時代には幕府の直轄領となり、京都の西陣から最新の技術がもたらされたことで「西の西陣、東の桐生」と謳われるほど織物業が繁栄した桐生市。国の重要伝統的建造物群保存地区である天満宮地区と本町一・二丁目を中心に、市内にはその名残のある建築を見ることができる。

東京駅から東北新幹線で約40分の小山駅へ。そこからJR両毛線に乗り換え、約1時間ほど列車に揺られながら桐生駅に到着。北口に出ると、ロータリーの先に末広通りのアーケード商店街が見える。この末広通り、そして隣接する本町通り周辺が、行政が開業・起業の受け入れに特に力を入れるエリアだ。

「あそこに見えるのは、ヴィンテージミシンによる刺繍の工房で、3年前に県内の伊勢崎市から移ってこられました。2年前には桐生市で初めてのブルワリーもできましたし、ここ数年だけでずいぶんと景色が変わりました」と案内してくれたのは、桐生市企画課移住定住推進室の馬場秀穂さん。

まち中を歩きながら特に感じたのは、どこの駅前中心街にもあるような大手のチェーン店を見かけないこと。駅前に大きなMEGAドン・キホーテとケンタッキーフライドチキンがあるくらいで、店舗のほとんどを個人商店が占めている。しかも、ある店はスタイリッシュ、またある店はかわいらしく、外観だけで店主の個性が伝わってくる商店ばかり。それでいて昔ながらの鮮魚店やレトロな喫茶店なども軒を連ね、“温故知新”の街の良さを感じる。

今回訪ねたのは、本町6丁目にある「ふふふ」というお店だ。こちらは東京から移住したデザイナーの和﨑拓人さんが営むオープンアトリエ兼ボードゲームカフェ。ここで和﨑さんのほか3名の開業者、そして、まちの“頼れる存在”として彼らの移住に関わった川口雅子さんに集まってもらい、桐生での開業・起業の体験について語ってもらった。

 

【まちなかクロストーク】移住×開業地としての桐生市の魅力とは?

【クロストークに参加した人たち】

和﨑拓人さん
1985年、大阪府生まれ。移住前は東京都渋谷区で暮らし、服飾などのデザイナーとして活動。7年前に繊維産地を巡るツアーの中で桐生市を訪れ、その縁がきっかけで4年前に再訪。改めて桐生の環境の良さに触れ、夫婦で移住を決める。2019年に「ふふふ」をオープン。桐生市移住支援フロント「むすびすむ桐生」で移住コーディネーターも務める。桐生市のお気に入りスポットは、自分のお店の隣にあるセレクトショップ「st company」


和﨑さんが営む「ふふふ」

戸草内知代さん
1980年、埼玉県生まれ。夫とともに埼玉県さいたま市でベーグルカフェを営んでいたが、当時の働き方に体力的な不安を感じていたことと、夫婦で抱いていた「自然が豊かなところで暮らしたい」という夢を叶えるために移住を決意。先に桐生市に移住していた友人の勧めもあって桐生に惹かれ、2023年6月、本町5丁目にベーグルのお店「komugi」を開業。桐生市のお気に入りスポットは、自宅から見る桐生川の景色。


戸草内さんが営む「komugi」/撮影=武 耕平

今氏一路さん
1983年、神奈川県生まれ。2017年にデジタルコンテンツやIoT製品の企画・開発などを行う企業、株式会社シカクを東京都渋谷区に設立。2020年、コロナ禍でリモートワークに切り替えたことを転機に、東京にこだわらない新たな拠点を考えはじめ、創業メンバーの縁で桐生市を訪れた際に気に入ってしまいサテライトオフィスをオープン。桐生市のお気に入りスポットは、廃業していた銭湯の復活を支援し、自ら経営にも関わる本町1丁目の「一の湯」


商店街の中でも一際目立つ今氏さんのオフィス

川口雅子さん
1969年、桐生市生まれ。市内で生まれ育ち、一度、隣のみどり市に引っ越したが、結婚を機に桐生に戻る。夫婦で不動産会社「アンカー」を営み、2014年に本町6丁目で古民家カフェ「Plus+アンカー」を開業。多くの移住者に慕われ、まちと移住者とをつなぐハブ的な存在として、まちづくりに貢献している。和﨑さんと同じく桐生市移住支援フロント「むすびすむ桐生」で移住コーディネーターを担当。


川口さんが営む「Plus+アンカー」

※以下、敬称略

――まず初めに移住して開業された方々に伺いたいのですが、ずばり開業・起業する場所としての桐生市の魅力はどんなところでしょうか?

今氏さん 繊維業で栄えた桐生は昔から人の往来が当たり前のところだったので、よその人を受け入れる気風がDNAのように流れている土地だと思います。僕はコロナ禍が始まった頃に東京からやってきて新たな拠点(サテライトオフィス)を作ったので、内心では地元の人に受け入れてもらえないんじゃないかという不安があったんですが、本当に自然な形で受け入れてもらえて、そういうところにも桐生に息づくオープンマインドを感じました。

戸草内さん 桐生って新しく来た人が何かを始めようとすると、すぐに紹介してくれる文化があるんです。下見に来た時も『ベーグル屋さんなんだ。じゃあ、あの人に会ったほうがいい』みたいな感じでいろんな方を紹介してもらい、その流れの中で『今度イベントをやるので移住する前に出店してみたら? お店のことをちょっとでも知ってもらえるきっかけになるから』とお誘いをもらったり。お店を開店する日に、すでに知り合いになったお客様がいたのは心強かったです。

今氏さん 特に中心街はチェーン店が少なくて、個性的な個人商店が多いのも開業地としての桐生の魅力ですよね。

和﨑さん そうだね。古いお店も新しいお店も元気のいい個人商店が多いのは、質の高いお店が集まっていることの証だと思います。僕が移住した頃は新しい店はまだそこまで多くなかったけれど、だんだんといろんなお店が増えて、最近はまちに厚みが出てきました。例えばカフェひとつをとっても、エスプレッソを飲むならここ、夜カフェとして使うならここ…という感じに選べたり。同業種であっても本物の店が集まっているから、うまく棲み分けができている印象があります。チェーン店のようにどこでも同じものが楽しめるという安心感もいいけれど、桐生にはそれとは逆の価値観があって、個人的には近くにスタバがあること以上の豊かさを感じます。

――川口さんは、若い世代の方々が次々と移住してきて商店街を活性化している今の桐生をどう見ていますか?

川口さん 新しい人たちが来たことで商店街の中に仲良し感が生まれ、歳が離れていても、みんな一緒になってまちづくりを楽しんでいる感じがします。あと、小さなコミュニティだから関係が密で、それぞれの得意分野をみんなが理解しているので、一緒に何かをしようとする時に、任せる側も任される側も自分の役割が分かっているところも本当に仲良しだなって。

和﨑さん 僕たち30代から40代の世代が楽しくできているのは、雅子さん(川口さん)たちの世代のおかげですよ。この商店街で昔からお店を持っている方は60代以上の人たちが多いので、50代の人が上下の世代のジェネレーションギャップをうまく埋めてくれていることが大きいんです。本当に面倒見がいいので、僕らの中では『桐生のゴッドマザー』と呼ばせてもらっています。

(一同、爆笑)

――商店街の中のつながりを感じるのは、どんな時ですか?

和﨑さん 自分の店だけが繁盛すればいいみたいな感じはなくて、みんなで盛り上げていこうという機運がすごい。たとえば、ごはん屋さんに別のごはん屋さんのショップカードが置いてあって、他の店を紹介する気が満々だったり。食事に入った店で近所の別の店の主人に会うことも珍しくありません。そういうつながりがある一方で、みんなそれぞれ自由に楽しんでいるし、新しく来た人も置いていかない。何かに例えるなら、デカい魚に見えて一匹一匹は割と自由にやっている『スイミー』みたいな感じです。

――みなさん本町通りに店舗やオフィスを構えていますが、物件探しはスムーズにいきましたか?

戸草内さん そこも不動産屋をしている雅子さんのお世話になりました。最初に紹介してくれた物件は希望に合わなかったのですが、アンカー不動産の担当の方が、私たちの希望に合う物件を探してきてくれました。ただ、そこは貸しに出ている物件ではなかったので、雅子さんたちが大家さんに直接交渉してくれて借りられることになりました。

今氏さん 僕はショーウィンドウみたいに外から作業の様子が見られるオフィスにしたいと思っていたので、どうしても通り沿いの物件がよくて…。

川口さん 最初、今氏君が来て『本町6丁目がいい』って言われた時は、どうしてそんなピンポイントなのかが不思議でしたけど、詳しい理由を聞いてみたら『「ふふふ」もあって、ここがカッコいい』って。そういうこだわりが強い人が集まるのも、人に惹かれて人がやってくる今の桐生らしいところかもしれないですね。

――和﨑さんと戸草内さんから見て、どういう人が桐生で商売をするのに向いている人だと思いますか?

和﨑さん しっかりとした考えを持たないまま、平均値を取った商売をして生き残れるほど豊富な人口がある場所ではないので、やはり何らかの個性やこだわりは必要だと思います。それに加えて、自分らしさを楽しんでいる人は、みんなどこかしらにここの土地の人を喜ばせたいという気持ちを持っているので、桐生のまちを好きになれる人であれば自然とうまくやっていけるのではないでしょうか。

戸草内さん お世話になったら、その恩をしっかりお返しするというのが桐生の風土。もちろん、お世話になった人に直接恩返しをすることもあれば、自分がもらった恩をバトンを渡すように、自然と次の人に贈れる桐生の人たちが私は大好きです。そんな風に、まちに何か好きなところを見つけられたら、きっと桐生の一員になれると思います。

――最後に、桐生でお店を持ちたいと興味を持った方に、おすすめのまちの歩き方を教えてください。

和﨑さん 移住者やUターンで開業した人たちで「funknown KIRYU」というゆるいつながりを作っていて、天満宮骨董市や買場紗綾市で中心街が盛り上がる毎月第1土曜日に、会員店で同じ旗を掲げる取り組みを行っています。その日は『いつもより少しだけ前向きにお客さんと触れ合うこと』を各店にお願いしているので、青い丸の旗が上がっている店に入ってくれれば、それぞれの店主の感性で次に行くべき場所を教えてくれると思います。サイコロを楽しむように人から人へとつながっていくので、あえて下調べをしてこない方がいいかもしれません。

今氏さん 第1土曜日以外でも同じようにいろいろ教えてくれると思いますが、ほとんどの店が月曜から水曜のどこかが定休日なので、木曜から日曜に来るのがおすすめです!

自分らしい起業・開業を叶えた3人と、その新たなスタートを支えた川口さんの言葉からは、桐生の街に対する深い思いが感じられた。

後編では、2023年8月に始動した桐生市移住支援フロント「むすびすむ桐生」のスタッフに桐生市企画課移住定住推進室の馬場さんを交え、桐生市が官民連携で取り組む起業移住推進の今に迫る。

>>後編を読む

文:鈴木 翔 写真:内田麻美

桐生市への移住や店舗開業に興味のある方へ
TURNSのがっこう(開業コース)
〜わたしらしいお店のはじめ方〜

今年8月に移住に関するワンストップ相談窓口「むすびすむ桐生」を開設した群馬県桐生市とコラボレーションし、全3回にわたって「TURNSのがっこう(開業コース)」を実施します! 桐生市で自分のお店を始めた先輩移住者の体験談を聞きながら、開業に本当に必要な知識や情報などのノウハウを学べます。

◉学べること
・自分に合った地域の見つけ方
・物件の見つけ方、相談方法
・開業までのステップ、必要資金
・行政など支援制度の活用方法
・地域コミュニティとのつながり方
・オープン前後でのファンの作り方 … and more!

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