スキルよりも「共感」でマッチング。企業と人材を繋ぐ、愛媛県松山市の「だんだん複業団」とは?

地域複業を通して地域と繋がりたい、社会貢献をしたい。そういった思いを持つ都市部の人材と、多様なスキルや経験を持った人材と経営課題を解決したい地方企業が、だんだんとお互いに近付き、成長し、感謝しあえる関係を築けるよう、両者をマッチングさせるーー。そんなプロジェクトが愛媛県松山市で発足し、反響を呼んでいる。

「だんだん複業団」は、都市部の複業人材と松山市の企業が互いに登録し、複業でマッチングするプロジェクト。松山市が主催し、株式会社パソナJOB HUBが事務局としてサポートする。2020年に発足すると、初年度は13社が参加し、14名の都市部人材がマッチング。地域に新たな活気を呼び込む仕組みとして今後も広がっていきそうだ。

本プロジェクトを主催する松山市役所産業経済部地域経済課の鴻上哲史さんに、この取り組みの背景や目的、今後の展望などを聞いた。

また記事の後半では、2022年2月22日に開催された事例報告会の内容をレポート。松山市の企業とマッチングした人材が登壇し、本プロジェクトを通して感じたことなどを話し合うパネルディスカッションが行われた。

企業と人材がだんだん近付き、感謝し合える関係になってほしい

近年、多くの地方都市で人口減少・少子高齢化が進んでいる。松山市もその例に漏れず、市内企業の人材不足がここ数年、喫緊の課題だった。松山市では、企業の生産性向上・業務効率化に取り組む一方、人材を確保する手段として、都市部人材とマッチングする手段も探っていた。

世間では副業・兼業を解禁する企業が増え、リモートワークも一般化してきた昨今。複業ならば、都市部に住みながらも松山市の企業で仕事ができるのではないか。という考えから、複業マッチングプロジェクトを始めることになった。

「だんだん複業団」の「だんだん」とは、「徐々に」という意味のほか、松山市の方言で「ありがとう」という意味がある。企業と人材が徐々にお互いを理解し合い、その過程の中で「ありがとう」と思い合い、松山市を好きになってもらえるプロジェクトに育てたい。そんな思いがプロジェクト名に込められている。

「複業」という言葉にもこだわりがある。鴻上さんによれば、「副業」ではなく「複業」という言葉を選んだのは、「サブ収入という意味合いではなく、中長期的に市内の企業と関わってもらいたいから」だという。

▲写真下:松山市役所産業経済部地域経済課の鴻上哲史さん

「そのため、だんだん複業団では、能力や条件といった一般的なマッチング基準だけではなく、共感性や信頼性などを基準にマッチングを進めます。お互いの人柄がわかり、想いに共感した人同士が、パートナーとしてだんだん縁を繋いでいく。そんなイメージです」

単なる外注や業務委託、あるいはお小遣い稼ぎとしての副業ではなく、あくまで本業のひとつとして、長く地域と関わってほしい。このプロジェクトが生まれた背景にはそんな思いがある。

チェックイン講座、フィールドワークーー参加者全員にメリットのある仕組み

だんだん複業団のマッチングは約半年かけて行われる。

まずは夏頃に説明会を実施。説明会後、エントリーを希望する人材は自身の思いを載せたプロフィールシートを提出。その後、オンライン講座で参加企業の紹介や、地域複業に関する簡単な講座を実施。企業の経営者が顔出しで登場し、それぞれのキャラクターが参加者に伝わるようにプレゼンテーションをするという。

秋には現地に赴いて1泊2日のフィールドワークを行い(オンラインでも実施)、企業側の困りごとやビジョンの共有、ディスカッション、施設や店の訪問など、参加者と市内の企業が交流する場を設ける。

「だんだん複業団」事務局担当者によれば、この時点で人材と企業、あるいは人材同士、の距離がかなり縮まるのだという。

「フィールドワークの場で小さな松山市コミュニティのようなものが生まれて、マッチング後もゆるやかに繋がっているようです。また人材と企業のコミュニケーションが進み、お互いの理解を深め合うことができるのも魅力です」

鴻上さんも、このプロジェクトに参加することで得られる企業側の手応えを感じているという。

「企業さんからすれば、外からの視点を得ていろんな提案をしてもらえる。たまたまタイミングが合わずにマッチングしなかったとしても、『そういう考え方もあるのか』と新たな気付きを得ることができる。価値観の整理やモチベーションのアップにつながったという声がありました」

ということは、マッチングするしないに関わらず、人材側も企業側も、だんだん複業団に参加することで何かしらのメリットを得ているわけだ。

こうして互いの人となりがわかったのちに面談へと進むわけだが、すでに知り合い同士で面談をするため、まるで居酒屋で話しているかのように和やかな雰囲気になることが多いという。

マッチング件数は40件以上!だんだん複業団が松山市の働き方を変える?

プロジェクト開始から2年。最新のデータを見ると、2021年度の市内の参加企業は10社。都市部人材の参加者は、エントリー人数が87名、現地フィールドワーク参加者が 19名、オンラインフィールドワーク参加者が38名。参加企業10社に対してマッチング件数は20件近くあり、非常に高い成果を出していると言える。

都市部人材の内訳は、年齢は30~40代が半分を占め、所属は会社員が約6割。職種は多様で、企画・マーケティングがやや多いものの、あらゆる職種・業界の人材が集まっており、ほぼ偏りがない。

この点は非常に興味深い。鴻上さんは次のように語る。

「当初はデザイナーさんなどが多くなるのではと予想していましたが、人事系、総務系、会計などのスキルをお持ちの方も多数ご参加いただき、私たちが想像していた以上に、リモートでやれる範囲は広いのだと知りました」

つまり、リモートをベースにすれば、実はほとんどの仕事ができるわけだ。鴻上さんが続ける。

「松山市では、まだまだ複業自体になじみがありません。しかし、だんだん複業団がこうした実績を積み重ねることによって、他の企業さんにとっても、こういうやり方があるのだという気付きになるのではないかと考えています。やがてはまちの人々の働き方を変える可能性があるかもしれません」

また、複業経験がない参加者も多く、これまで松山市に縁もゆかりもなかった人も多い。松山どころか四国にすら来たことがない人も一定数おり、生活圏とは異なる地域と観光以上のつながりを持ちたいと望んでいる人が都市部には少なくないことがわかる。地域複業の可能性を示す重要な点だと言えるだろう。

今後は、これまでの参加者と企業が交流できるコミュニティを作る予定だという。

「繋がりを恒常化することで、企業さんの課題にクイックに対応したり、個人ではなくチームでプロジェクトに臨んだりすることができるようになれば面白いと考えているんです」と鴻上さんが言えば、事務局担当者も「ぜひ横の繋がりでプロジェクト化できるようにしたいし、末長くこのご縁を作っていきたい」と語る。

事業開始から3年を迎えるにあたって、だんだん複業団は、さらに大きなプロジェクトへと成長していきそうだ。

「地域と伴走する複業」マッチング事例報告会レポート

以下では、2022年2月22日にオンラインで開催された、だんだん複業団のマッチング事例報告会(第一部)の模様をレポートする。本イベントは都市部人材に向けたもので、だんだん複業団の概要とマッチング事例の紹介、参加者のパネルディスカッションなどが行われた。司会は事務局担当者がつとめた。

冒頭、だんだん複業団に関するオープニングムービーが流れ、松山市役所産業経済部地域経済課兵藤嵩彰さんから開会の挨拶がなされると、事務局担当者がだんだん複業団の概要や仕組み、背景、実際のプログラム内容などを説明し、今年度マッチングした事例を紹介。マッチング要因や内容、契約内容などについて細かく説明した。

後半はパネルディスカッション。大手百貨店で商品開発やブランディングなどマーケティングを担当する伊藤栄さんと、航空会社で整備に関わる部品購買・企画を担当する田村和久さんが参加した。伊藤さんはデザイン制作の企業、田村さんは小規模事業者のコンサルティング事業者とマッチングしている。なお、伊藤さんは昨年もだんだん複業団に参加している。

最初のテーマ「だんだん複業団参加のきっかけと地域複業の魅力」について、ふたりは次のように語った。

田村さん「小学校5年生から中学までの5年間を松山で過ごしたが、以降はたまに道後温泉に行く程度で他人としての関わりだったので、何かしらの形でもっと深く松山に関わりたかった。複業を本格的にはじめたのは、だんだん複業団がきっかけ。転職という0か100かではない形で、今の自分にないスキルを磨きたかった。地域のみなさんと一緒に悩みながらやれるのがこの事業の魅力」

伊藤さん「フリーのコンサルタントを目指していて、勉強会で紹介されたのがきっかけ。関西以外で仕事をしたいと漠然と思っていた。普通の副業は経験、能力、スキルなど、ある種ドライな視点でマッチングすることが多いが、だんだん複業団は、経営者の思いに共感し、寄り添い、伴走しようとする姿勢が強い」

続いてのテーマは「プログラムの中で印象的だったこと」。

田村さん「経営者さんの熱意を肌で感じ、議論を交わし、本当に困っていることをお互い確認できたことは有意義だったと思う。議論を経て、当初の課題認識という切り口ではなく、経営者さんが抱いていた本音の夢とそのための道筋といった話に到達できたのが印象的だった」

伊藤さん「昨年はフィールドワークで現地に行き、観光では行けない企業の工場や住宅地など、リアルな生活を感じることができた。その上で企業の思いを聞くとまた感じ方が違う。今年はオンラインでの参加だったが、昨年の経験でマインドセットできていたので、うまくコミュニケーションができた」

最後のテーマは「参加してみて知った松山の魅力、気づき」。

田村さん「道後を中心として、まちがコンパクトで良い。事務局さんも経営者さんも距離感が近く、まちのあたたかさも含め、みんなで助け合って高め合っている印象。だんだん複業団は、自分のできることに制限をかけなければもっといろんなことができるんじゃないか、と思わせてくれるプロジェクトだった。今回マッチングした企業さんだけでなく、それ以外の形でも、今後積極的に松山市と関わっていきたい」

伊藤さん「松山には、まちや地域に貢献したい気持ちが強い企業が多いと感じる。自分としては、経験、スキル、思いなどの棚卸しができた。いろんな整理ができて、マインドセット面で良い気付きがあった」

こうしてパネルディスカッションが終わると、最後は鴻上さんが登壇し、来年度もだんだん複業団を実施し、コミュニティを作って継続的な交流ができる環境づくりを行いたいなど、今後の展望について語り、締めの挨拶を送った。

さて、イベントの総括をすると、だんだん複業団の概要がよくわかると同時に、この事業が軌道に乗りつつあること、松山市と都市部人材の両方から求められていること、参加者たちが楽しみながら参加でき、それぞれ自分なりの気付きを得る場として機能していることなどが伝わってくるイベントだった。

来年度以降、だんだん複業団はどのように広がっていくのか。働き方や地域貢献、地域の課題解決や活性化などの文脈から、注目する価値が非常に高い取り組みだと言えるだろう。

(文:山田 宗太朗)
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だんだん複業団についてはこちら
https: //www.city.matsuyama.ehime.jp/kurashi/sangyo/chusyoukigyou/dual_itaku.html

                   

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