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些細なことで笑いあえる関係が、酪農女子としての仕事の糧に
Becotto 藪内直美さん(北海道釧路市)

嫁ぎ先が、実家が…様々な事情から酪農家になった女性たち。同年代の仲間を見つけたことでその土地での自分の居場所も確保。20年後、30年後を想像するのも楽しい「勉強会」を発足した。

 

酪農という未知の世界。わからないことがわからない!

夏の最高気温の平均が約20度と涼しく過ごしやすい一方、冬はマイナス20度になることもある北海道釧路市。太平洋沿岸に位置し、漁業の町として知られる。そんな場所で2016年、酪農に携わる女性グループ「Becotto」が発足。メンバー6人のうち5人は釧路市外の出身だ。

代表の籔内さんは兵庫県神戸市出身。北海道の大学・大学院で植物生理学を学んだあと、三重県の農業資源を扱う会社に就職したが、仕事を通じて農業に接するうち就農したいと考えるように。そこで声をかけてくれたのが大学の先輩の浅野達彦さん。結婚を前提に自分が働く農場へ来ないかと誘ってくれたのだ。

「動物を扱うこと、休みが少ないこと…。それまで触れたこともない世界だったので不安でした」

しかし、興味を持っていた野菜の栽培・販売もでき、そのほか自分の好きなことをやるための時間も配慮してもらえる。そんな待遇面から決意。2015年4月、酪農家の世界へ足を踏み入れた。

 

息抜きを兼ねた女子会がスキルアップのための酪農の勉強会へ発展

牧場では子牛の世話をする哺育の担当に。教えられるままミルクをあげたり寝床を整えたりする日々が始まった。そして慣れるにつれもっと仕事ができるようになりたい!と思うようになる。

「でも、教えられた方法しかわからなくて。もっといい方法があるのか。そもそも何がわかっていないのかがわからなかったんです」

牛の育て方は、酪農家によって大きく異なる。確かなマニュアルがあるわけでもなく、毎日が手探り状態だった。

そんなときに集まるようになったのが、地元農協の青年部に所属していた女性たちだ。同年代の女性が周囲に少ないなか、ちょっとした息抜きのできる女子会は貴重な場。お互いの悩みを話すうちに、お互いのやりたいことも見えてきた。

そこで酪農の勉強会とメンバーがやりたいことを実現する団体として「Becotto」を発足。正式に活動を始めてから1年未満だが、月に一度の勉強会のほか、酪農を知ってもらうための写真展を開いたり、地域のイベントに参加したり、グッズも販売したりと積極的に活動している。

メンバーの金子睦さんがデザインしたTシャツがユニフォームだ。各人のTシャツの色がパーソナルカラーとなり、テレビの戦隊ヒーローのようにその色で呼びあう。

「仲間がいるので、何かをやりたいと思ったときに行動に移せるようになりました」とライトブルーの籔内さん。

「夏の涼しさとか夕日のきれいさとか釧路のいいところを発信したらもっと人が来るのかなとも考えています。地元の人は気付かないかもしれないけど、できることがいっぱいありそうです」

ただし、あくまでも酪農という仕事があっての活動。仕事を頑張っているからこそ説得力がある、というのがメンバーの共通の思いだ。

また「Becotto」の活動を通じて自分たちの牧場経営もよりよくしていきたいと意欲を燃やす。フェイスブックを見ると、農業セミナーの参加報告から牛の蹄の削り方、そして甘いものからお酒までそろう女子会の様子まで、リアルな女性酪農家の姿を教えてくれる。

 

かつては仕事だけをこなす日々。

同じ境遇の仲間を見つけモチベーションアップ

「Becotto」の存在は、メンバーのモチベーションにも大きな影響を与えた。

「なんだかんだ言って酪農の世界は男社会。同年代の女性と話す機会がほとんどないんです」

そう話すのは“ピンク”の内藤麻里江さん。学生時代からの彼との結婚を機に酪農家となった。酪農の仕事はルーティーンの繰り返し。そんな毎日に「Becotto」の活動がいい刺激を与えていると話す。以前、空き時間はもっぱらゲームに費やしていた。

「月に一回の集まりのために、効率よく仕事をするようになりました」

女性農業者である、という誇りが生まれたというのは“オレンジ”こと堀田早苗さん。道内の調理専門学校を卒業し、現在は彼の実家で働いている。

「学生時代も長い休みには手伝いに来ていました。子牛にミルクをあげたりするのはすごく楽しかったんです。でも実際に働き出したら体がしんどくて。実家に帰ろうと思ってました。でも帰らなくてよかった。同じ境遇でがんばっているみんながいるから、私もがんばろうと思っています」

調理の資格を活かし、彼と観光牧場を始めるのが夢だという。

神奈川からやってきた“パープル”、松下恵さんの夫は会社員時代の同僚。プロポーズの際に初めて実家が酪農家だと告げられた。

「北海道に来る気もなかったので、実家を継ぐつもりだと言われ、とまどいしかなかったです」結局プロポーズを受け入れ釧路市へやって来たが、同性・同年代の友だちの不在はこたえた。

「2年ぐらいは仕事でいっぱいいっぱいだったし、友だちは犬と牛だけ(笑)楽しいこともなくて。仕事は与えられることをこなしているだけ。私、なにやっているんだろうって思っていました。いまは魂が宿ったみたいです」

メンバーとは積極的にセミナーなどにも顔を出している。

 

仲間探しの第一歩は自分の存在を知ってもらうこと。

まずは、SNSなどで発進を

この土地ならではのよさもある。育休中の内藤さんは広々とした場所で近所に気兼ねなく子育てできる環境に助けられていると話す。じつは、酪農家になること自体にはそれほど抵抗はなかったという。

「いまは、会社員の方が大変そう。家族との時間も少ないイメージ。それに比べると酪農家は家族と長く一緒にいられます。そこに魅力を感じて結婚したんです」

「来てみれば意外に不便はない」と、籔内さんも相槌をうつ。

「でも、テレビで紹介されているようなパンケーキのお店はないし」
「ロフトもないし」
「無印もないし」
「ちょっと寒いし」
「ちょっとじゃないよ!」

不便だと思うことはいまもある。ただ、それを冗談にできる仲間がいれば不便さは変わらずとも不満は解消され、その土地でやっていこうとあらためて思えるのだ。酪農に携わる限り、メンバーはこの先長いつきあいになる。

「20年、30年したら悩みも変わるんだろうね」
「お嫁さんの悩みとか?」

笑い声をあげながら数十年先を想像するのも楽しい時間だ。仲間がいるかいないかで、同じ景色でも曇って見えたり輝いて見えたり。では、その仲間はどうやったら探せるのだろうか。最初に女子会を呼びかけた内藤さんに聞いてみた。

「そこに『いる』だけじゃ変わらないんです。見つけてほしければ自分で発信しないと誰でもいいから近くの人に話しかけてみる。それは、その人の先にいる何人かに話しかけることにもなるんです」

これは新しい場に飛び込んだ人すべてに言えることだろう。

「自分がやりたいことをすでにやっているグループに所属するのが一番早いとは思うんですけど…最初の一歩がなかなか。最初、青年部に行くの億劫じゃなかった?」

内藤さんの問いかけにメンバーは大きくうなずく。

「最初にガラッと戸を開ける、あれがなかなかねー」

だが、重い足を上げて進んだ最初の一歩が仲間を呼び、次の一歩は6人そろって踏み出すものになる。食育という形での発信や酪農に興味のある人への情報提供など、やってみたいことはまだまだある。ひとりより6人のほうが足はずっと踏み出しやすいに違いない。

 

地方で好きを仕事にする3つの秘訣
1.人と繋がること
人とつながることで新たな行動を起こしやすくなる。

2.なんでも楽しんでみること
ポジティブに取り組むことで自分が楽しめる範囲が広がる。

3.情報発信し続けること
やりたいことを発信し、情報収集も忘れずに。

 

籔内さんのスケジュール
4:20 起床
5:00 牧場着、作業開始
8:30 朝食
10:00 夏は畑作業など。冬は家でのんびり(買い物、読書、勉強)
12:00 昼食
13:00 夏は畑作業など。冬は家でのんびり(買い物、読書、勉強)
16:30 作業開始
18:30 帰宅、自宅作業
19:30 夕食
21:30 就寝

文:市村雅代 写真:辻博希
全文は、本誌(vol.22 2017年4月号)に掲載