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温泉のあるまちで暮らすひと
兵庫県豊岡市 城崎温泉|田口幹也さん

石造りの太鼓橋が架かる川と柳並木に
からんころんと下駄の音を 響かせて歩く観光客。
「城の崎にて」の志賀直哉をはじめ、多くの文豪に愛される名湯・城崎温泉。
観光客がハレの日を過ごす温泉街で暮らす 一家のごきげんな日常とは。

 

文豪も芸術家もコウノトリも 移住者も愛する、城崎にて

メインストリートからひとつ路地に入ると地元民が暮らすエリア が混在する。普段使いの小道も情感あふれる街並。散歩する 足取りも軽くなる。

♨︎暮らす人♨︎
田口幹也さん MikiyaTaguchi
兵庫県豊岡市日高町生まれ。大学進学を機に東京へ。メディアの立ち上げ、飲食店経営などを経て2011年故郷にUターン。市内の神鍋高原に暮らしていたが2015年「城崎国際アートセンター」館長に就任。そのタイミングで城崎温泉に家を持つことに。妻で漫画家のひうらさとるさんと娘の未梛ちゃんの3人家族。

「おけしょう鮮魚」(兵庫県豊岡市城崎町湯島 132)は、観光客はもちろん地元民にも愛される魚屋さん。城崎で約100年、鮮魚を扱ってきた目利きは本物。「東京から友達が来たら、ここで舟盛りをつくってもらったことも」

今も昔も芸術家を歓迎する 「価値観の多様性」

志賀直哉が愛した風景をそぞろ歩き、外湯をめぐる浴衣姿のひとびとの間をすり抜けた先にあるのが「城崎国際アートセンター」(以下KIAC)。温泉街のなかにある、舞台芸術を中心としたアーティスト・イン・レジデンスだ。芸術家が創作活動をする拠点として2014年から門戸が開かれた。文豪や芸術家をもてなし歓迎してきたまちの文脈が受け継がれたKIACの館長を2015年度からつとめるのが田口幹也さん。震災を機に東京から豊岡市に帰郷。移住は「一時的」と考えていたが、東京で新たな価値観を手に入れ、俯瞰して故郷をみた田口さんは、豊岡市のポテンシャルを再確認したそう。
「KIACの前身は「城崎大会議館」というシンポジウムなどを行うコンベンションセンターでした。維持管理費は約1800万円。それをどう回収するか?というのがここの活用法の出発点です」

「城崎国際アートセンター」(兵庫県豊岡市城崎町湯島1062)は、緑みのある灰色「利休鼠」カラーにリノベーション。

それは地方地域でよくある「ハコモノ再活用」。どう魅力的なものにするかは、ひとの思い次第だ。当時、城崎温泉は全国的な地名度がまだまだ高くない温泉街だったという。これを機に、城崎温泉はもとより豊岡市へ、新しいひとの流れを生む情報発信基地を、と生まれ変わったのが城崎大会議館あらためKIACだ。

KIACには、年間約20組のアーティストが滞在して、城崎温泉に暮らしながら作品づくりをする。
「世界中から城崎めがけてやってきた芸術家が、制作のかたわらこのまちを体験していただくことで、日本文化を伝えることができます。

そして地方地域は総じて生の芸術を体験する機会が少ない。けれど、豊岡の住民はKIACがあることで生の芸術文化に触れることができます」。

田口さんは豊岡出身という地の利と都会で培ったセンスを駆使してKICAを運営中だ。

田口さんの住む家は川沿いの風情ある一軒家。一人娘の未椰ちゃんも毎日橋を渡って登下校する。

豊岡市はコウノトリを野生復帰させたことでも有名だ。コウノトリも住める豊かな自然を取り戻すことは、人間も暮らしやすい環境につながる。農業も経済的活性化を果たし、豊岡市は生物多様性のある環境を整えた。
「次は「価値観の多様化」が必要。地方が人口減になる一因は、若者が「地方は閉鎖的でチャンスも出番もない」と思い、可能性を求めて自由な都会へ行ってしまう。

アーティストが創作活動するには、さまざまな価値観を認めあうリベラルな気質が大切。KIAC、および城崎にアーティストが来たいということは、このまちにその気質があるということ。これは若いひとにとっても大事なことだと思います。価値観の多様性が共有されるまちになっていけば、機会を求めて若者が帰ってきてくれるのではないかと思います」

KIACはさらに地域がひらいていくための戦略拠点なのだ。

都市暮らしと田舎暮らしのいいとこ取り

城崎温泉、そして豊岡市のまちとしてのポテンシャルは先出のとおりだが、田口さん自身、城崎温泉というまちを楽しみ尽くしているのが印象的だ。

田口さんに温泉街に暮らすことの魅力を訊くと「たくさんあるけど」と前置きし、「一番は、訪れたひとも暮らしているひともみんなニコニコしていることかな」という。「ここはよそのひとが「ハレの日」を過ごすための場所。だからみんな基本楽しそう。それは子育てにとってもすごく良いなと思っています」と田口さん。ここで暮らす子どもたちはハレの空気の中でのびのび育つ。第三者から「いいところだね」と褒められ、生きる場所を肯定されることは、ふるさとを誇り、地元愛にもつながる。

観光地ならでは、まちなかのクラフトビールスタンド。「昼間から飲んでも浮かないのが温泉街のいいところ」とにっこり、そしてぐびぐび。

城崎温泉は7つの外湯があり、観光客はまちなかに点在する温泉を浴衣姿で巡る。田口家のお風呂も毎日外湯だ。マイ温泉は「御所の湯」で、休みの日に行くのは「さとの湯」と、温泉が選べる珠玉の贅沢の中で暮らす。田口さん一家は多忙な毎日を送るが「休日にいつもいく温泉を変えてみたり、美味しいお寿司屋さんに行くとかちょっと工夫しただけでリゾートになるからリフレッシュが身近でできます」

田口家御用達の寿司屋「をり鶴」。この地で握り続け、城崎の海のものを知り尽くした大将と銀座久兵衛で修行した若大将がのれんを守る。東京でもめったにお目にかかれない絶品寿司が楽しめる。

地元の生鮮品や調味料、お惣菜を扱う「和田屋」は温泉街の真ん中にある。

観光地なので商店も都市のように遅くまで開いている。自然環境もよく、美味しい食材も近所で手に入る。まさに都市暮らしと田舎暮らしのいいとこ取りが観光地の暮らしだ。

編集・文:アサイアサミ 写真:中川正子
※記事全文は、本誌(vol.28 2018年4月号)に掲載