「UIターンを生む図書館」で秘境の未来を描く、地域をブランディングする移住者の挑戦

国の重要無形民俗文化財「椎葉神楽」、世界農業遺産に登録されている「焼畑」など古くから続く独自の伝統・文化が残る、宮崎県椎葉村。約96%を森林が占め、人口わずか約2,500人(令和元年時)が住む日本三大秘境の一つでもある。

この山深い村には、学び舎は中学校までしかない。つまり、ここで生まれ育った子どもたちは高校進学と同時に親元を離れることになる。そんな人口減少問題を抱える村に2020年7月に誕生したのが、交流拠点施設「Katerie(かてりえ)」だ。全館無料Wi-Fiを完備したコワーキングスペースやボルダリングなどアウトドア感満載の交流スペースまで備えた施設で、2階には「UIターンを生む図書館」も開館した

その立ち上げの先頭に立って奔走した小宮山剛さんに、全国でも注目される唯一無二の図書館「ぶん文Bun」が生まれるまでのストーリについてお伺いした。

クリエイティブ司書 小宮山剛さん
《 椎葉村 地域おこし協力隊OB 》

【プロフィール】1990年、福岡県福岡市博多区生まれ。慶應義塾大学の文学部(英米文学専攻)を卒業後、ガス会社、石油化学業界の新聞記者などのキャリアを経て、2019年4月に宮崎県椎葉村に移住。地域おこし協力隊の「クリエイティブ司書」として、村初の図書館「ぶん文Bun」の立ち上げに関わる。現在は椎葉村役場職員の立場から「ぶん文Bun」の運営や広報活動に取り組んでいる。

 

心惹かれた秘境で働く

「遊」や「風」といった漢字一文字が掲げられた本棚には、その漢字のイメージに紐付けられた小説や漫画、あらゆる書籍が自由に並ぶ。寝転がりながら読書してもいいし、飲食もできる、子どもから大人まで思い思いに楽しめるのが、宮崎県椎葉村の図書館「ぶん文Bun」だ。

この図書館の立ち上げを先頭に立って進めたのが、福岡県出身の小宮山剛さんだ。大学時代は図書館に入り浸る日々を送るほど本好きだったそうで、大学卒業後はガス会社勤務、業界新聞記者という経歴を経て、椎葉村に移住した。椎葉村で図書館の立ち上げに関わるまでは、図書館で働いた経験もなく、司書資格も持っていなかった。

親も高齢になり、人生のシフトチェンジとして地元の九州への転職を考えていた時に、移住セミナーで知ったのが地域おこし協力隊という制度でした。3年間お試しで地方に住みながら国から支援を受けて新しいチャレンジもできる、これは素晴らしい働き方ではないかと思ったんです。『九州』『地域おこし協力隊』で調べていく中で強く心惹かれたのが、『日本三大秘境でのクリエイティブ司書』の募集でした。それも『村の手作り感満載のブックスペースを作る』という活動内容で、これなら図書館について素人の自分でもできるかもと感じたんです」

村にはじめて訪れたのは地域おこし協力隊の面接を受けた、2018年の12月24日。クリスマスムード一色の福岡から車で3時間かけて降り立ったのは秘境の山奥だった。

「『あれ、イルミネーションがないぞ』というのが村の第一印象でした。当日行われた地域おこし協力隊の先輩たちが開いてくれたクリスマスパーティーでは、猪の肉が食卓に出て(笑)。そんな住人たちからの“おもてなし”も、これからこういう楽しい体験ができるんだなと、プラスに捉えることができました」と当時を振り返る。

 

翌年4月から地域おこし協力隊としての活動がスタート。しかし、「移住したら、図書館作りと並行して “畑仕事でスローライフ” を満喫したい」という目論見はすぐに泡と消える…。

「さっそく “移住ギャップ” があったんです。移住直後に見た図書スペースは想定を遥かに超えた大きさで、これは本気で頑張らないといけないぞ、と思いました」

村の未来に関わる図書館作りに奔走する日々が幕を上げる。

 

唯一無二の椎葉村にしかない図書館の誕生

移住直後から心機一転、図書館作りに動き出した小宮山さん。図書館運営の基礎を知るために図書館法を一から学び、通信教育で図書館司書の資格取得のための勉強も始めた

「実際の図書館の事例を知るために全国を回り30館に及ぶ視察を行いました。そして、図書館づくりに邁進する中で、村には日本三大秘境の名にふさわしい図書館が必要ではないかと思うようになったんです。日本一来場者の多い図書館は無理なので、それなら日本で唯一の図書館を作ろうという考えに至りました」

公共図書館をプロデュースする「図書館と地域をむすぶ協議会」という力強い援軍を迎え、理想の図書館の実現に着手していった。独自性のある図書館を作るために注目したのが、本の並べ方だった

「0から9の数字を用いる『日本十進分類法』という全国の図書館が採用する本の並べ方ではなく、漢字で分類する独自の本の並べ方で空間を演出すれば面白くなるのではないかと思ったんです。例えば漢字の『連』は連なりとも読み、『繋がり』という意味にもなります。そうすると、人と繋がる『友達』や『SNS』、そういう人と繋がるために行う行為としての『旅』にも意味が広がっていくんですね。さらに『生きた本棚』にするために選書にも力を入れました。村内を歩き、村の子どもたちと話しながら村で今必要としている本を肌で感じ、それに加えて、10年後に必要となる本まで考えて1冊1冊大切に選びました」

23の漢字で分類されたオリジナルの本の並べ方に、村の今と未来までに思いを馳せた1万5千冊の選書。そうした独自性が輝く空間と場作りだけには収まらず、村内でお金が循環する仕組みまでデザインされているという事実にさらに驚かされる。

「他の地域であれば本を仕入れるために必要な書店業務を担っている本屋が、椎葉にはありませんでした。諦めずに本の仕入機能を務められるプレーヤーを近場の経済圏で探した結果、村の観光協会にお願いすることにしました。本のラベルなどを貼る装備作業までをそこに委託することで、外に流れたかもしれないお金が地元に落ち、新しい雇用まで生まれたんです」


一般社団法人椎葉村観光協会

それは、日本中見渡してもここにしかない仕組み。まさに「椎葉の椎葉による椎葉のための図書館」が、2020年7月18日に開館した。

 

子どもたちの村への誇りが、UIターンを生む

地域のブランディングを自分の手でできることは、地域おこし協力隊の魅力」と話す小宮山さん。自身の『クリエイティブ司書』の役割も図書館を作ることに留まらず、「クリエイティブワークを通して広報ブランディングに注力する司書」と捉えて活動していたという。

「『子どもたちのための図書館を作ってください』という当時の村長から掛けられた言葉を、『子どもたちがこの新しい図書館で楽しく過ごす経験を得ることによって、将来Uターンして戻ってくるようになり、椎葉の人口が維持される図書館を作るように』という風に解釈したんです」

そこで考えだしたのが、「UIターンを生む図書館」というコンセプトだ

「古くから村で養蜂されてきた日本ミツバチは “気に入った巣箱には帰ってくる” という習性があります。そこで図書館を巣箱、椎葉村の子どもたちをミツバチに見立てて、“椎葉村のミツバチたちがまた帰ってきたくなる巣箱のような図書館” をつくらないといけない、と考えました。構想の段階では『幼稚園の本棚のように、大人の胸以下の高さの本棚をたくさん置いて、全体が見渡せるようにしよう』という案も。しかし、子どもしか楽しめない場所では今の子どもたちが将来大人になって帰ってからも通いたくなる場所ではなくなってしまうんです」

このように、子どもが大人になっても戻ってきたくなる図書館を作るというコンセプトが唯一無二の空間作りに繋がり、ミツバチの羽音を連想される館名「ぶん文Bun」や、SNSで図書館を自ら広報する蜂の姿をしたコンセプトキャラクター「コハチロー」という、全体的に統一された魅力的なブランディングが醸成された。


椎葉村図書館「ぶん文Bun」のオリジナルキャラクター「コハチロー

図書館を含めた交流拠点施設「Katerie」が開館してから約2年半が経過した今年1月7日には、椎葉(し・い・ば)とゴロの良い累計41,800人が来場。2022年の3月に地域おこし協力隊を卒業し、現在は役場職員として図書館の運営や広報活動に携わる小宮山さんにも、「UIターンを生む図書館」についての講演依頼が後を絶たないという。

「全国でも有名な図書館になってきているのを実感していて、椎葉村のネームバリューが変わっていく瞬間に立ち会えて幸せです。Uターンのきっかけに欠かせないのは、自分の村に誇りを持つこと。高校進学して外に出ていった椎葉村の子どもたちが友達から『椎葉村にはすごい図書館があるらしいな』と言われることで、生まれた村へのプライドが根付いていく。そんな図書館を、これからさらに目指していきます」

 

村で生き、共に村の未来を願う

図書館作りの忙しい最中でも、移住当初から神楽や消防団の活動を続けていた小宮山さん。

「文化的行事の神楽は『椎葉村に住むなら自分でもやってみたいな』という好奇心からですが、消防団はどちらかというと使命感ではじめました。協力隊として外から来た立場ですが、台風の時などとんでもない量の活動をする姿を目の当たりにして、ただ外から見てはいられなかったんです」

昨年12月に上椎葉地区で奉納された夜神楽。地元の老若男女すべての世代が飲み食いしながら、思い思いにおしゃべりし夜通し同じ時間を共有する。それはどこか「ぶん文Bun」に似た空間であり、そこには地元住民と共に神楽を舞う小宮山さんの姿があった。

移り住んだ先でコミュニケーションをとる相手を探す努力を怠らないことはすごく大事かなと思っています。せっかく移住という楽しい経験をしているのだから、人との出会いを大切にしてほしいです」

そして「一度盃を交わしたら、距離が近くなりすぎた」と小宮山さんは満面の笑みを浮かべる。「UIターンを生む図書館」という発想は、「クリエイティブ司書」という役割や村での生活に真摯に向き合ってきたからこそ生まれたに違いない。

「これからの課題は、まだ図書館を利用したことがない村民と全国の人に向けて、認知度をいかに上げられるか。子どもたちがこの場所で学び洗練された教養を身につけることで、地域間の教育ギャップがない成長を秘境でも実現したいという想いです。その夢を今の仕事を通じて叶えるということは、実は自分の子どもの将来にも直結しているんです」

椎葉村に移住して4年が経った今、小宮山さんは結婚して椎葉村生まれの子を持つ父親となった。このとびきり魅力的な巣箱で育った子どもたちの10年後、20年後がどうなっていくのか。大好きな村と家族の未来を広げるための小宮山さんの挑戦はこれからも続いていく。

 

取材・執筆:日高智明
構成:田代くるみ(Qurumu)
撮影:田村昌士(田村組)

 

– 椎葉村とは –

九州のほぼ真ん中に位置し、 「日本三大秘境」と呼ばれる椎葉村。広大な自然と伝統芸能が昔から受け継がれ、古き良き日本の原風景を見ることができます。

 

◆ 椎葉村交流拠点施設Katerie ◆

「新しいって、懐かしい」をコンセプトに、未来への巣箱をイメージした交流施設。新感覚の図書館も併設。

◆ 世界農業遺産 焼畑農業 ◆

縄文時代から続く伝統的な焼畑農業は、日本で唯一伝承されている事例として貴重です。

◆ 日本初の巨大アーチ式ダム ◆

椎葉村の中心地に鎮座する上椎葉ダムは、多くのダムマニアから「閣下」と敬愛されています。

 

【問い合わせ先】
椎葉村地域振興課 企画グループ
宮崎県東臼杵郡椎葉村大字下福良1762番地1
TEL:0982-67-3203
Mail:shiibaweb@vill.shiiba.miyazaki.jp

                   

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