ICT教育の導入から、 プログラミング授業へ

佐賀県武雄市 山内西小学校

二〇二〇年の学習指導要綱の改訂にともない、
全国の小学校でプログラミングが必修化される。
今までの教育現場に新しい教育方法が導入されるまで一年を切った。
佐賀県武雄市では二〇一四年から小学校でも実証的にプログラミングの授業を行い、
全国に先駆けて日々の授業から知見を集め始めている。
武雄市にある山内西小学校で行われた授業からは、
着々と「プログラミング的思考」が小学生に浸透していく様子が伺えた。

 

佐賀県武雄市が実証的に小学校でプログラミング授業を導入したのは二〇一四年のこと。武雄市とスマホ向けゲームの開発や球団運営で知名度のある株式会社ディー・エヌ・エー(以下DeNA)が公民連携で始めたプロジェクトが丸五年経とうとしている。CSRの一環としてIT企業が小学校でプログラミングを教えることに大きな意義を感じ、日本全体の教育価値を底上げしたいというDeNAの想いと、武雄市が考える教育理念が合致してプロジェクトが始まった。武雄市では二〇一〇年五月にiPadが発売されて間もなく、全国に先駆けて学校現場へのタブレット支給の整備を行い、現在ではすべての小中学校において児童生徒が一人一台のタブレットを所有している。「教育改革・子育て支援」を市として推進し、すべての子供たちに充実した学びの環境をつくり、ワンランク上の子育て、教育環境の整備を進めてきた武雄市。ICT(情報伝達技術)教育を東洋大学と連携して進め、タブレット支給などのインフラが整っていたことも、プログラミング授業を始める上では大切な要素となっていた。プログラミング授業の導入にあたって、DeNAの社員であるCSR推進グループの末廣章介さんと、担当教員の二人三脚での授業は試行錯誤の連続だったそうだが、この日の授業はそれを感じさせないほどスムーズさで、なによりも児童たちが本当に楽しそうにタブレットを操作していたのが印象的だった。児童一人ずつにタブレットが支給され、電源を入れて『プログラミングゼミ』というアプリを立ち上げる。教壇の横には電子黒板と呼ばれる大きなディスプレイが設置され、画面を見ながらの授業が始まった。画面上にはいくつもの升目があり、キャラクターがモンスターを避けながらケーキをゲットするゲームをプログラミングしていく。『お願いブロック』というキャラクターを動かす指示を組み合わせて、キャラクターをどう動かして行けば効率的にケーキがゲットできるかを考える。ゴールからスタート地点をイメージする思考が、プログラミングの第一歩だと感じた。こうした授業で自分の思い通りにキャラクターを動かす作業を通じて、「条件分岐」や「繰り返し」、「変数」などのプログラミングの基本的な考え方が自然に身につくという。

授業を進めるのはあくまでも教員で、末廣さんはゲストティーチャーという位置付けだ。アプリ開発や専門的なことの補佐は行うが、授業の進行や課題を出すのは教員の役割となっている。二〇二〇年以降、全国で実施されるプログラミング授業を考えると、教員が自走して授業を行うことが必須とされる。とはいえ、いきなり教員たちがプログラミングの授業を行うことは難しい。どんな教材を選び、どんな授業体系で進めていくのか、各学校での検討がこれから始まる。武雄市では該当するカリキュラムが教育課程にはなかったので、教育課程外で実施することになった。児童生徒たちがプログラムをつくるためにはどのような力が必要で、考え方が必要なのかを教員たちと話し合いながら授業内容を詰めていった。一〜二年生の間はプログラミングの基礎を学び、三年生では総合学習の授業でプログラミングを活用することになった。今では一年生と二年生の大半は担任の教員が授業を進めることができている。が、その背景にはDeNA側の丁寧な教員への研修と、教育サポートとして地域の方を起用し学校と企業側が密にコミュニケーションを取ってきたからである。

 

目的はプログラマーを育てることではない

小学一年生からタブレットを使い、プログラミングの授業を受けることとは、そもそもどういうことなのか。高学年や中学生になってからではダメなのかという素朴な疑問に末廣さんはこう答えてくれた。

「山内西小学校に初めてきたときに、子供たちが上手にタブレットを使いこなせていることが印象的でした。操作はある程度できる上で、アプリを使うだけではなく、アプリを作る側にもなれるんだ、ということを一年生から感覚的に知ってもらいたいという狙いがありました。児童全員が出された課題を解決して、一〇〇%問題を理解するといったことをしたいのではなく、自分自身で考えたものが思い通りに動いたり、動かなかったりと、失敗も含めて自分が『作れる立場』になっていると。そういった原体験を小さいときから経験することがとても大切だと考えています。感受性豊かな六歳あたりでの体験は、大人になってからも重要な感覚として残っていくと思うんです」

優秀なプログラマーを育てるために、プログラミングの授業をしているわけではない。二〇二〇年から全国的に始まるプログラミング授業の狙いは、「プログラミング的思考」を身につけることにあるのかもしれない。なにかを〝作る〟ことにおいて、物事を分解、分割して考えること、それを組み立て直し自ら設計すること。そのためにロジカルシンキングが必要であって、あくまでプログラミング的思考が先行するのではなく、〝作る〟ことで自然と学んでいく。その継続の結果が、ICTスキルや創造性の向上、論理的な思考力などにつながっていくのだと感じた。

「プログラミングは学習において新しいツールの一部だと感じています。今まで行ってきた授業が丸ごと入れ替わるのではなく、国語の授業でも図工の授業でも、なにか問題を解決するためにプログラミングの手法がプラスされるイメージです。ICTを活用した教育方法は広がりを見せていますが、例えば『プログラミング×図工』で考えると、児童たちが自分の描いた絵をタブレットで撮影し、その絵をプログラミングで動かしてみる。自分の描いた絵を動かすことで感動体験がありますし、なによりも楽しいはず。全員一緒の絵を動かすのと、自分が描いた絵を動かすのでは愛着も違いますよね。一人ひとりの独自性も出てきますし、こうやったらもっとおもしろいんじゃないか、と想像力も膨らみます。プログラミングのいいところは、既存のあるものに対して『楽しい!』と付加価値をつけられるところ。なによりも大切なのは、作って楽しいと思えることだと思うんです」

山内西小学校でプログラミングの授業を始めたのが二〇一四年。当時一年生だった児童たちは六年生になった。この日授業を受けた二年生の児童に「プログラミングの授業どう?」と訊くと「うまくできると楽しい」と答えてくれた。うまくできると。それは、失敗も経験しているからこその言葉で、プログラミングには「成功」と「失敗」がはっきりと表れる。曖昧さがない。そのわかりやすい失敗が、成功させるために粘り強く考えたり、クラスのみんなと協力して取り組んだりすることにつながっていくのかもしれない。どんどん失敗していい、間違えても次の一手で新しい発見があるかもしれない。トライアンドエラーを繰り返しながらプログラミングを学んでいくことは、大人も子供もまったく一緒だった。

 

写真・文/ミネシンゴ

                   

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