北海道に約二百の店舗を持つサツドラ。
従来のドラッグストアの常識を超え、多角的な事業展開で注目を集めている。
「地域経済圏の救世主」と呼ばれるその仕組みと構想に迫る。
課題先進地域の北海道で
課題解決型の企業になるために
北海道札幌市に拠点を置く「サツドラホールディングス」。一九七二年に「サッポロドラッグストア ー」として創業し、五十周年を目前に控えた、いま北海道でもっとも注目される企業のひとつだ。
サツドラには事業の軸がふたつある。ひとつが、ドラッグストア「サツドラ」の運営で、北海道内でのシェアは三割超。もうひとつが、地域マーケティング事業。北海道内で使える北海道共通ポイントカードEZOCAはその主たる施策で、世帯普及率はなんと七割を超える。
さらにはソーシャルコミュニティの運営やエネルギー事業、IT関連としてクラウドPOSシステムの開発と外販、AIカメラソリューションの開発、起業家養成講座や小中高生向けのプログラミング教室……などなど、従来のドラッグストアビジネスの範疇におさまらない幅広い事業を行っている。なぜ、ドラッグストアがこれほど幅広く事業展開するのだろうか?
背景には、北海道という土地の特性があった。北海道は課題先進地域と呼ばれ、日本が抱える構造的な課題に一足先に直面する土地でもある。特に大きな課題は人口減少と流出で、ある予測によると、二〇二五年には北海道の半分以上の市町村で人口が五千人未満になってしまうという。この数字は、小売業はもちろんのこと、医療や教育など、まちを構成するほとんどの機能が成り立たなくなってしまう水準だ。
こうした状況を鑑みて、サツドラは数年前に、モノを売るだけのドラッグストアビジネスから、地域に関わるあらゆるヒト、モノ、コトをつなぐ「地域コネクティッドビジネス」への進化をビジョンに掲げた。
「地域コネクティッド」
経済から地域をつくっていく
「地域コネクティッド」という言葉には、会社が地域にコミットするという意味と、会社が地域をつないでいくというふたつの意味が込められている。ヒト、モノ、カネ、そして情報やブランドまでもが流出していく現状を、ただ見過ごすのではなく、域内で還流できるものはできるだけ域内で還流させ、若者が地域に関わり続けられる選択肢をつくり、継続性を保ちながらさまざまなサービスを上乗せしていく。
「従来のチェーンストアの存在意義は、経済格差をなくすことでした」と語るのは、東京からサツドラに転職するために北海道に移住してきたインキュベーションチームのリーダーであるさんだ。
「札幌であろうと利尻島であろうと、同じ商品が同じ価格で買える。これが地域格差や経済格差の解消につながったわけですが、これからは情報格差がより重要な課題になってきます。したがって我々のチェーンストアでは、商品だけでなく、サービスや情報に関することも店舗として提供していく。店舗を場や拠点と考えて、デジタルやオンラインを活用しながら、地域に必要な機能を住民の方々に提供していこうとしているんです」
創業時から現在に至るまで、会社のミッションは変わっていない。それは「健康で明るい社会の実現に貢献する」こと。しかし五十年の月日を経て時代は変わった。であるならば、ミッションを実現するための手段だって変わっていく。これから訪れる未来が健康で明るい社会になるためには、ただモノを売るだけではいけない。
では何が必要か? と考えた末に言語化されたのが「地域コネクティッド」という概念なのだった。そしてそのビジョンに基づいて、従来のドラッグストアのイメージにおさまらないさまざまな事業を、スピード感を持って展開し始めた。
地域をつなぐEZOCAは、
人々の熱量を仕組み化した好例
とはいえ、このように言語化する以前から、サツドラは地域マーケティング事業を進めていた。冒頭で触れたEZOCAがそれである。
EZOCAは北海道の提携店で利用できるポイントカードで、二〇一四年にスタート。道内を中心に百社以上が提携し、現在の月間アクティブ会員は約百万人。人々の生活に溶け込んでいることがわかる。ポイントカード事業自体の利益にも増して、面として北海道全体をカバーできる、つまり北海道全体をひとつの経済圏にできる強みは大きい。マネタイズは店舗でできるからだ。
EZOCAを単なるポイントカード事業としてではなくプラットフォームとして捉えると、ことの重大さをより感じられるかもしれない。たとえば、EZOCAは北海道を拠点とするプロスポーツチームの数々と提携している。そのはじまりはサッカー・Jリーグの北海道コンサドーレ札幌と組んだ「コンサドーレEZOCA」だった。
このカードは、普通のEZOCAと同じように使えるだけでなく、買い物金額の〇・五%がチームに還元される。ファンやサポーターにとっては日常的な買い物行為が直接的にチームを支えることにつながるので、よりチームを身近に感じることができるわけだ。同じ商品を買うならサツドラで買い物をするようになるので、〇・五%をサツドラが負担するとはいえ、サツドラにとっても十分に旨味がある。ファンの熱量をうまく取り入れた、ファン・チーム・サツドラの三者みんながハッピーになれる仕組みだと言える。サービス開始から四年経った現在、コンサドーレEZOCAによってチームに還元された金額は年間で三百万円に迫ろうかという勢いだ。
サツドラの社長であるさんは「コンサドーレとの取り組みは、EZOCAにとってはブレイクスルーのポイントでした」と語っているが、この成功以降、バスケットボールのレバンガ、バレーボールのヴォレアスなどとも提携し、EZOCAカードは十種類にまで増えた。
そしていま、もっとも注目すべき取り組みとして、十一枚目の「江差EZOCA」が二〇二一年に誕生した。
官民連携の新たなモデルとして
注目される江差町との取り組み
「江差EZOCA」は、EZOCAにとって初となる自治体オリジナルカードだ。江差町は北海道の南西部に位置する町で、人口は約八千人。二十年後には四千人ほどになると予測されており(国立社会保障・人口問題研究所)、サツドラはこの町と二〇二〇年に包括連携協定を結んでいる。
もともと江差町ではこの二十年ほど、「追分カード」という商店街カードが使われていた。発行当初は商店街と消費者を結ぶ架け橋として住民に広く普及したが、商店街の事業者が徐々に減り、加盟店が減り、カードの在り方を再検討することに。こうした状況下でどのように商店街を盛り上げるか探っていた江差町と、地域コネクティッドを掲げるサツドラとの思惑が一致し、追分カードを江差EZOCAに切り替えることになった。
江差EZOCAの場合もプロスポーツチームの事例のように、カードを使ってサツドラで買い物をするとその一部が江差町に還元される。既存加盟店がほぼこのカードに切り替えたので、商店街でお金を使えば使うほどポイントが貯まり、住民はお得に買い物ができ、まちも潤う。江差町外に住んでいる人でも発行して使うことができるため、北海道のどこにいても江差町の応援ができる。日常の買い物がちょっとしたふるさと納税になるわけだ。
つまり、地元でお金が使われやすくなる仕組みと、地域経済が循環する仕組みが同時に設計されたことになる。杉山さんは「地域の課題により向き合うため、まずは江差町でモデルをつくりたい。道内でも地域に還元される仕組みを江差EZOCAで実現したいんです」と語る。
そのため、EZOCA以外にもさまざまな取り組みを始めている。たとえば、ノルディックウォーク体験会、ビューティセミナーといったイベントの開催。あるいは、サイネージ等を活用したオンライン環境の整備とそれらを活用したフィットネス講座。さらにはお年寄り向けのスマホ講座、等々。医療福祉、産業、地域コミュニティ、移動、教育といったテーマでサツドラができることをどう江差町向けにカスタマイズできるか、議論を重ねながら試行錯誤している。
「地域をいかに発展させるか考えていくと、官民の垣根を取り払って、お互いが一歩踏み出して事業に取り組む必要があります。江差町が抱えている課題を解決して仕組み化できれば、他の自治体にも応用できるかもしれません」
今後は江差町での成果を見ながら、他の自治体でも似たような取り組みを推進する予定だという。
地域をつなぎ、日本を未来へ
北海道という広いエリアに経済圏をつくり、富を外に流出させるのではなく、地域で経済を循環させる。それによって競争力を強化させ、地域の外でも稼げる仕組みをつくり、人々が地域内で充実した暮らしができるようにする。サツドラが取り組んでいるのはまさにこういうことだろうが、そのように自立した地域経済圏や自立したまちをつくることは簡単ではない。
とはいえ、自立といっても、結局人は何かに依存するものだと杉山さんはいう。ただし、選択肢や意図がある上での依存と、ない上での依存はまったく違う。
「前者は自分たちで主導権を握れるけれど、後者は搾取になりがちです。あくまでもいくつかの選択肢があった上で依存先を決めること。頼るところと自分たちでできること、これを見極めて自覚することが最初の一歩ではないでしょうか。まちは、外からではなく中からつくるもの。そこにいる人や歴史や文化があって成立し、継続していくものです。我々としては、テクノロジーを活用しながらも、そのまちに合った機能とはどんなものかを慎重に議論しながら進めていきたいですね」
サツドラの戦略は、ある意味、北海道という課題先進地域で生き残るための生存戦略でもあった。だとすれば、やがて同じ課題に直面する日本の他の地域にとって、サツドラの試みは良き先行事例となるに違いない。北からはじまるこの静かな革命は、注視するだけの価値が十分にある。
取材・文…山田 宗太朗 写真…内田 麻美