宮崎県新富町で地域資源を活かした多彩な新規ビジネスを展開する地域商社「一般財団法人 こゆ地域づくり推進機構」(以下、こゆ財団)とTURNSがタッグを組んだオンライントークイベント『企業と地域の繋がり方』Vol.8が2月22日に開催されました。今回は、“地域×映画” がテーマ。
ゲストは、株式会社映画24区代表で、地域住民と一緒に映画づくりを行なっている三谷一夫さんと、鹿児島県南大隅町の協力隊OBであり映画監督の山下大裕さんです。
映画は地域おこしの起爆剤となり得るのか? 一過性の打ち上げ花火に留まらず地域住民のマインドや行動を持続的に変えていく「映画の持つもう一つのパワー」とは?
三谷さんの制作経験と山下さんの映画への情熱から、“地域×映画の可能性” 、そして地域おこし協力隊の新たな可能性を学んだトークセッションをご紹介します!
【ゲスト】
◆三谷一夫さん/株式会社映画24区 代表
1975年兵庫県生まれ。映画24区代表。関西学院大学を卒業後、東京三菱銀行にて10年間、エンタテインメント系企業の支援などを担当する。2008年「パッチギ!」「フラガール」を生んだ映画会社の再建に参加。2009年に「映画人の育成」「映画を活用した地域プロデュース」を掲げて映画24区を設立。最近のプロデュース参加作品に『21世紀の女の子』や全国の自治体とタッグを組んだ『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』など。現在、最新作「夏、至るころ(池田エライザ監督)」が配信中。著書に「俳優の演技訓練」「俳優の教科書」(いずれもフィルムアート社)がある。
◆山下大裕さん/南大隅町協力隊OB、映画監督
福井県敦賀市出身。日本映画大学映画学部脚本演出コース卒業。
18歳の頃から『2020年までに全国公開映画を撮る』と公言するも新型コロナウイルス感染拡大の影響によりプロジェクト3年延期。コロナ終息後、全国初となる地域おこし協力隊を題材とした新作映画を撮影予定。監督作品『SNOWGIRL(2013年)』『弥生の虹(2015年)』『いつか、きらめきたくて。(2017年)』『#平成最後映画~変遷~(2019年)』
【モデレーター】
◆高橋邦男さん
一般財団法人こゆ地域づくり推進機 執行理事/最高執行責任者◆堀口正裕
TURNSプロデューサー/株式会社第一プログレス 代表取締役社長
芸術の側面から見る新富町
今回のイベント冒頭は、こゆ財団*の高橋邦男さんから、「地域×映画」のテーマの下、新富町の芸術活動の状況や地域おこし協力隊のクリエイティブなメンバーについてお話しいただきました。
※新富町
宮崎県宮崎市の北隣に位置する人口約16,500人のまち。子どもの占める割合が比較的多く、高齢化率は県内で下位から3番目。主な産業は農業。
※こゆ財団とは?
「こゆ財団」とは、2017年に新富町が設立した地域商社。「世界一チャレンジしやすい町」というコンセプトを掲げ、人材育成や商品開発、関係人口創出などに取り組んでいる。中でも、ふるさと納税の運営と人材育成を大きな軸とし、農産物のブランディングを通じて付加価値を高めるなどし、4年間で60億円の寄付金につながっている。手数料などによって得た収益は人材育成に投資し、オンラインなどを通じて学びの場を提供している。
「世界一チャレンジしやすい町」として、ふるさと納税で得た収益を次世代の人材育成に投資し、未来へ向けた活気あるまちづくりを行なっている新富町。基幹産業である農業のスマート化とサッカーによる町の活性化を核に、こゆ財団がハブとなって先進的な試みを多数展開しています。地域おこし協力隊制度を柔軟に活用しており、例えば近年結成した女子サッカーチームのメンバーは全員協力隊であるというように、前例に捉われない多彩な地域人材づくりも特徴。
その新富町を文化・芸術の側面から見てみると、文化の曙は古墳時代頃から。日本文化遺産にも登録されている、200基にも及ぶ新田原古墳群(にゅうたばるこふんぐん)からは、はるか昔から人々が文化的なグループを形成しながら暮らしを営んでいたことが伺えます。町内にある新田神社(にゅうたじんじゃ)では400年余りの歴史を持つ「新田神楽(にゅうたかぐら)」が伝承され、2016年にはこれをテーマに映画も制作されました。
そしてなんと新富町では、町民が役者として舞台に上がる「町民ミュージカル」を2002年から毎年上演しています! 第1回が大好評だったため毎年行うようになったこのミュージカル、舞台に上がった町民が自分の家族や知り合いにその楽しさを伝えることで、「次は自分も!」という連鎖ができ上がっているようです。町の歴史を題材にしたオリジナルストーリーで、脚本は役場の職員さんが作成。直近の上演では、地域おこし協力隊のメンバーも出演しました。「新富町はもしかすると、舞台経験のある町民の割合が日本でいちばん多い町かもしれませんね(笑)」と高橋さんはコメントしました。
アートキュレーター、カメラマン…クリエイティブ系協力隊も活躍
こうした文化的土壌のある新富町には、2021年後半辺りからクリエイティブ系の協力隊メンバーも活躍しつつあります。
その一人が、福岡県から移住してきた甲斐隆児さん。地域の魅力をアートを通じて発信するため、「農(みのり)」をコンセプトに、初めてのアートフェス「新富芸術祭」を立ち上げました。
また、鹿児島から現役大学生でありながら移住した中山雄太さんは、新富町に来てから未経験でカメラマン活動を開始。移住初年度に町政60周年の記念映像を制作し、現在は町内の空き店舗で写真館を開いて活躍しています。
高橋さんは「僕も編集の経験があるので思うのは、『今あるものにどんな価値を見出すか』ということの重要性。町民が見慣れてしまった風景にも本気で感動できるクリエイターたちの感性は、町にとって大切なものだという気がします」とクリエイティブ系人材への期待を語りました。
地域と一緒に映画をつくるプロジェクト
続いては、ゲストの三谷さんの活動紹介です。「新富町には映画人が活躍できることがたくさんありそうでワクワクしました」とコメントした三谷さんは、東京で「映画24区」という、映画の制作配給、映画人育成・マネジメント、映画による地域プロデュースを主事業とした会社を運営しています。
特に興味深いのが、映画による地域プロデュース事業。地域が主体になる映画「ぼくらのレシピ図鑑シリーズ」というプロジェクトを各地で実施しており、2018年の兵庫県加古川市を皮切りに、2020年は福岡県田川市で女優・モデルの池田エライザさん(福岡県出身)を監督に迎えた作品づくりも行いました。
三谷さんが大切にしているのは、地域資源を生かすオリジナル脚本と一緒に、演技や脚本のワークショップを撮影の準備に取り組むことです。
昨今の映画脚本は小説や漫画を原作として書かれることも多いですが、「ぼくらのレシピ図鑑シリーズ」はオリジナルの書き下ろし。舞台となる地域の歴史や文化を素地にストーリーをつくり、ロケ地などはもちろん、伝統的な食材や料理法を必ず作品に登場させます。地元キャストは、事前に演技ワークショップを開催し、市民オーディションで選出。現地で「高校生応援隊」を結成し、映画のタイトルやロケ地を企画してもらうこともしています。
このようなプロセスを経て完成した映画が上映される日を迎えると、子どもからご年配の方まで大勢の地元住民が、メジャー映画そっちのけで映画館に集まります。こうした独自の取り組みはハワイのケーブルTVや韓国の映画祭にも取り上げられ、海外からも注目されています。また、上映終了後も、高校生たちが町の行事に積極的に参加するようになったり、自分たちで町のPR動画をつくったり、映画に出てくる料理や特産物が商品化されたりと、前向きな変化が続々と起きているそうです。
完成した映画は永久的に自治体がPR等に使えますが、三谷さんは「このプロジェクトは映画づくりがゴールではなく、まちづくりがゴール」と言います。単にプロモーション映像としての映画を制作して終わりということではなく、映画づくりのプロセス全体が地域プロデュースとして作用しているのです。
「うちの映画人スクールの生徒さんでも、地域おこし協力隊に興味を持っている人はいます。脚本家やアーティストが地方へ積極的に出ていっているのに対して、俳優はうまく流れていない。東京にいても活躍の場がふんだんにあるわけではないので、彼らが地方で活躍できる機会が増えるといいですね」と三谷さんは語りました。
地域おこし協力隊を題材にした映画をつくりたい
2人目のゲスト 山下大裕さんは29歳。鹿児島県南大隅町の地域おこし協力隊OBであり、映画監督でもあります。福井県敦賀市に生まれた山下さんは、小学生から始めた映像制作や子どもの頃に出演したミュージカルでお芝居をつくる面白さを知り、映像とお芝居の両方に関わる仕事をしたいと思うようになりました。高校生の頃、それを叶えるのが映画だと気づいた時、「自分は映画をつくるために生まれてきた」と思えるほどハマったそうです。
以来、映画制作への情熱を燃やし続けている山下さん。日本映画大学を卒業後、すでに4本の映画作品を制作し、地元敦賀市の観光PR映像なども手がけました。2017年7月に母親ゆかりの南大隅町へ地域おこし協力隊として移住したことをきっかけに、協力隊メンバーたちのこれまでの歩みや、人生をかけて活動に取り組む姿に胸を打たれ、「日本初の、協力隊を題材にした映画をつくりたい!」と強烈に思うように。全国の地域おこし協力隊メンバーに会いに行って取材し、クラウドファンディングやオーディションも行なって準備を進めてきた矢先、コロナ禍により制作延期を余儀なくされ3年が過ぎようとしています。
協力隊の任期も終わり、農家の手伝いやバスガイド、地域の映像制作の仕事などで生計を立てながら、2022年、南大隅町の空き店舗に自身のスタジオを開設。毎週土曜日にYou Tubeで発信しつつ、今後は地域イベントなどをオンライン配信する事業も行なっていく計画です。
「協力隊1人1人の人生には深いドラマがあり、映画の題材にふさわしいと確信しています。コロナで延期になってしまったけれど、収束が見えたら必ず再始動したい」と山下さんは力強く語りました。
「地域」×「映画」×「協力隊」の可能性
ここからは三谷さん、山下さん、高橋さん、堀口の4名によるクロストーク。視聴者からのリアルタイムの質問も織り交ぜながら、地域と映画、そして協力隊が掛け合わさることで生まれる新たな可能性についてホットな対話が展開しました。
■人材育成プログラムとしての映画の可能性
高橋さん:映画と聞くと作品を見て楽しむイメージがありますが、映画づくりのプロセスに価値があるというお話を伺い、 それを体験した人が主体的に活動を始めるなど、映画づくりが人材育成のコンテンツになり得るんだと感じました。成果として一つの作品ができるのも良いですよね。
三谷さん:私たちがやっているのは映画の提供ではなく映画づくりの提供です。制作過程で地域のたくさんの人が関わりコミュニケーションするので、まちづくりにもつながっていく。完成してスクリーンに映ると、やはり誰もが感動しますよ。
■映画や芸術祭のプロジェクトの輪を広げていくフックは?
高橋さん:映画づくりに関わりたいという人を地域で広げていく時に難しさもあるように思うのですが、そのフックって何でしょうか? 新富町でも芸術祭が立ち上がりましたが、大多数の人にとってはまだまだ一過性のイベント。少しでも輪を広げていくための工夫は?
三谷さん:やはり地域の人が「自分たちの映画だな」と思えないと本気になれない。今までは、いわゆる映画のロケ撮影が町にやって来る、となった時に、映画の詳細は伏せられていて、とにかくエキストラで来てくださいと言われ、町の人々はほとんど何もできないまま終わってしまうことが多かったように思います。しかし、こんな映画をつくろうと思っていると最初から開示してあげると、場所を提供できる人や、料理をつくれる人などいろんな人が参加してきてくれます。
また、最近、地元の人たちは自分たちの町で映画がつくられていても、偽物だと意外と冷めてみている子も多いです。彼らは敏感で、儲けたいからやっている、みたいなことを少しでも感じると引いていきます。
高橋さん:そのつながりをどこから見出したらいいのかが課題。スイッチのつくり方は?
三谷さん:特に若い子たち、中高生を動かさなきゃいけない。子どもが動くと、大人が動く。大人だけが動いても、子どもは動かない。中高生が自発的に動き出す仕掛けをつくることが大切です。
そうすればロケ地探しなども、ガイドブックに載っているような場所ではなく、自分たちだけが知っているお店や隠れ家みたいな所を見つけてきてれくます。
■資金集めはどうする?
堀口:映画をつくる上での資金はどう集めるのですか?
山下さん:クラウドファンディングで集めた資金に自己資金を加えました。南大隅町ではクラファンはまだ遠い感じで、映画プロジェクトがもう少し地域に浸透した時に機能するのではないかと思います。プロジェクトを再始動して目に見える形で動いてきたら、地元企業にもお話ししてみようと考えています。
三谷さん:「ぼくらのレシピ図鑑シリーズ」プロジェクトでは、企業の協賛は受け入れていますが、投資を目的とした資金提供はできるだけ受けないようにしています。ビジネスにはしないと決めているんです。確かに地域でプロジェクトが盛り上がると資金を出したいという企業は増えてきます。池田エライザさんの時は、その地域とは全然関係ない企業からもお話がありました。でもそれを受けてしまうとビジネスになってしまう。ですから、あくまでも自治体が用意してくださった資金で制作します。その中には企業からの資金も入っていますが、自治体を通していますね。
■田舎の「出る杭は打たれる」をどう乗り越える?
堀口:視聴者の方からのご質問です。「私が住む町には芸術系の大学があり、住民も穏やかで良い所ですが、人と違うことをしたり、目立ったりすると『出る杭は打たれる』感じが強くあります。閉鎖的な田舎の雰囲気をどう乗り越えていったらいいですか?」と。山下さんいかがですか?
山下さん:変人扱いされる所から始まりますよね。僕が映画監督として南大隅町に協力隊として入った時もそうでした。それが一気にひっくり返ったのが、地元のメディアに載ったこと。田舎のマスコミの影響力は絶大で、風向きが一気に変わりました。乗り越え方は、「頑張っている人なんだな」と思ってもらえるまで頑張り抜くこと。それは芸術に関係したことだけではなく、地元の仕事やボランティアかもしれない。そういうところから向き合うことが大切だと思います。
セッションの中では、「地方で映画や芸術は稼ぎになり得るのか?」という話題も出ました。
三谷さんの、俳優が東京一極に集中してしまっているというお話の背後にも、地方でものづくり、特に映像の仕事がほとんど行われていないという事情がありそうです。
山下さん自身も「映画づくりは僕の『野望』みたいなもので、それは稼ぐ仕事とは一線を引いている」と発言。
これに対して堀口は「今は選択肢を複数持てる時代で、ライフワークとライフワークを分けなくてもいいかもしれない。特にローカルでは。木彫りの彫刻家が群馬県に移住して、途絶えそうなダルマ制作の職人の仕事でスキルを活かしている事例もある」と述べました。
また、高橋さんも「映画監督だからこその視点を、映像制作を通じて企業に提供できるのはすごい価値のあること。新富町では町長が地域おこし協力隊を100人にするぞと言っていて、カメラや音響などのクリエイティブな人材もいるので、ぜひ山下さんに新富町で仲間を見つけてほしい。協力隊制度を活用して俳優を集め、劇団をつくることもできるかもしれない」と語りました。
これを受け三谷さんは「芸能ごとをやるには東京に行くしかないと誰もが思っているけれど、地方にもものづくりの場があると分かればそちらに行く人もいると思う。時代も変わりオンラインで指導もできるし、俳優はもちろんつくり手が地方に出て行って知ってもらうような取り組みもやっていきたい」とコメントしました。
このイベント中に、高橋さんの元へ映画関係者から連絡が入り、新富町でフィルムコミッションを立ち上げようという新たな動きも生まれました。用意された舞台に上がるのではなく、自分たちの手で舞台をつくっていく。そんな意識が、これからの地域に映画や芸術による新たな輝きを加えていくのかもしれません。