「会津」と言えば喜多方や会津若松を思い浮かべる方も多いかもしれないが、会津若松からさらに西へ向かった先、新潟と山形県にまたがる飯豊連峰の麓に、西会津町がある。
面積の86パーセントが森林という、雄大な自然に抱かれたこの地に、国内外から人が集う場所があるのをご存知だろうか。
里山の集落に佇む「西会津国際芸術村」。ここを中心に、クリエイティブな動きが次々と生まれている。
西会津国際芸術村を目的地に、銀世界が広がる冬の西会津へ向かった。
町内では雪まつりの準備中だった。顔がつく前の大きな雪だるま
石油ストーブの焚かれた駅舎に着くと、西会津国際芸術村の代表、矢部佳宏さんが出迎えてくれた。
西会津国際芸術村へ向かう車内で、「西会津は美容院が多いんですよ」なんて話から、西会津が博識な人々の集まった土地であったことを知った。
美容院が多いのは、野口英世の手を手術した医師、渡部鼎(わたなべかなえ)の進めた束髪運動の名残だそう。渡部鼎やアダムスミス「富国論」の訳者石川暎作など、名だたる識者が西会津で生まれ育ったのだ。
NIAV 西会津国際芸術村へ
そんな西会津話に耳を傾けているうちに西会津国際芸術村へ到着。
昭和26年に建てられたシンメトリーな木造校舎は、味わいの増した木の質感が心地いい、とても雰囲気のある建物で、古民家好きにはたまらない佇まい。伺った時はちょうど窓を二重構造にするための補強工事中で、古さを残しながら、建物もアップデートし続けている。
二階の廊下。雰囲気は壊さずに、窓を新しく。
西会津国際芸術村ができたのは13年前。2002年に廃校になった中学校を活用すべく、文化交流施設として始まった。アーティストインレジデンスとして、毎年国内外からアーティストを招き入れ、西会津に滞在してもらいながらアトリエ提供を行なっている施設だ。毎年秋には、滞在アーティスト以外も参加できる公募展も開催している。
ニューヨークから西会津へ。
滞在アーティスト
左:楢崎萌々恵さん 右:William Shumさん
伺った時は、ITWST(I Think We’re Still Thinking)というクリエイティブユニットの滞在期間が満了のタイミングで、1年間の集大成ともいえる「滞在制作展」をしている最中だった。
ITWSTのメンバー、William Shumさんと楢崎萌々恵さんは、もともとNYを拠点に活動をしていたが、滞在期間が終わった後も戻らずに西会津に住み続けることに決めていた。
もともと縁もゆかりもない土地だったそうだが、なぜ移住を決めたのだろう。
始めはアートに特化した地域おこし協力隊の募集を探したのがきっかけで、西会津を知ったそうだ。そこで代表の矢部さんと出会い、滞在アーティストとして関わることになった。
滞在中の作品を見ると、町中で見かけるブルーシートをキャンバスに使った絵画や、地元のお爺さん「ひでじい」との交流の中で生まれたアートブックなど、西会津から得たインスピレーションが作品に現れていた。
ITWSTはアーティストとしての活動と並行して、グラフィックデザイナーとしても仕事をされている。西会津の中では、地元高校生の開発したお菓子のパケージや森のはこ舟アートプロジェクトのポスターなどのデザインを手がける。やはりデザイン性が高いものは目を引くし、より魅力的に見える。
西会津高校の生徒が考案したブランド「フフフッスイーツ」の「車麩ラスク」
グラフィックデザイナーというと、どうしても都市に仕事が集中していて都市部に住む方が多いと思うが、その辺りはどう考えているのだろう。
「都会じゃないと仕事ができないと思っていなくて、場所は関係ないかな。クリエイターやアーティスト、都会みたいなすぐ会える場所にいないと仕事が来ない、繋がれないって思っている人たちもいるけど、そうじゃないよってことを証明できたら面白いかなと思って。
ここからでも海外にいつでも行きたいし、海外からもいろんな人連れて来たい。ただ、本当に帰って来たい場所がここって感じです。」(楢崎さん)
初めて住んでみて、西会津の人と環境が自分たちに合っていると確信した2人。それは一年間通して経験したからこそ分かることで、説得力がある。
ブルーシート絵画。会津のどこでも見かけるブルーシートに新しい“状況”を与えるべく制作
「矢部さんを始め、芸術村で関わる色々な人たちが、この町にもっと人を連れて来て元気にしていこうという流れがあるので。これから色んなことが起こるって感じるから、それもあって私達もここで始めたいなと思いますね。
みんなそれぞれ違う役割だけど、みんなで頑張っている感じがある。」
やりたいことを形にしようとしているスタートアップの人達が多く、様々なところで新しい渦が生まれている。町としてもこれからその流れが大きくなっていこうとしているのが、彼らのモチベーションに繋がっていた。その渦中に身を置くことは、都市部にいるのと変わらずに、いやそれ以上に刺激的な事なのかもしれない。
今年は移住先の空き家を改修して、人が立ち寄れるオープンスペースにするのが2人の目標だ。
「西会津の魅力は人ですね。よそ者の私たちがいきなり来て、1年住んでみた感想がこれなので。思いっきりいいところだよって自信を持って言えます。」
そう語る楢崎さんの目には迷いがなかった。
はじまりは1人の行動から。
矢部佳宏さん
取材を進めるうちに分かったこと。西会津で巻き起こる様々なプロジェクトの糸を辿ると、どこかで必ず代表の矢部佳宏さんに繋がっているようだ。
西会津国際芸術村の舵を取る矢部佳宏さんは、西会津町の出身。大学時代に集落研究をおこなったのち、ランドスケープアーキテクトとして海外勤務をしていた。Uターンして2013年から西会津国際芸術村の運営を務めることになった。
一見全く畑の違う職種に見えるが、実は考え方や仕事の取り組み方など、共通する部分が多く、説明する中で「ランドスケープ」というワードが度々使われ、現在の仕事に非常に活かされているのが印象的だった。
まず矢部さんから始まり、そこから数珠つなぎに人が人を呼び、新しい展示の企画や新たなプロジェクトが生まれて行った。
不在を知らせる札は手作り。今日は誰がいるのだろう。
例えば、校舎をライトアップさせるイベントを企画した際には、町の職員による「ライト兄弟」というアートユニットが誕生。ライト兄弟の1人が代表を務める、除雪をエクササイズとして楽しむ「ジョセササイズ」は、県外にも広がり、WEBアプリが出たりと、新たな展開を見せている。最近では「大槻太郎左衛門」プロジェクトが動き出し、西会津のローカル戦国武将のゲームがリリースされたところだ。
しかし矢部さんも就任した当初は1人だったという。日々手探りで地道な活動を続けて行った。
矢部さんの努力が実を結び始めたのは2014年ころから。毎年開催されている公募展で、来場者が大幅に増加したのだ。それまで県内からの来場者がほとんどだったのが、昨年は県外からの方が上回った。ここに確かな人の流れが生まれている。
「職業じゃなくてもアート的活動だと気づかせることが、地域活性化では重要だと思っていて。アートってそもそも視点を変えること、物事の考え方・見方を変えることなので、その考え方を伝播したいですね。」
そう矢部さんは語る。想像力を持って自分の頭で考えながらアクションを起こせる人が集まったら、きっと地域の未来は明るい。
みんなの場所
西会津国際芸術村はアーティストだけの場ではない。
多数存在するプロジェクトの拠点であり、誰もが使えるコミュニティスペース、じぶんカフェがある。
クリエイティブな方から地元のおじいちゃんまで、気軽に立ち寄れる開かれた場所だ。人が集い新しい渦を生み出す「場」になっている。
取材に伺った時は、じぶんカフェで西会津町内のサークルによる「つるし雛展」が行われていた
現在は、新たに工房スペースの準備もしている。ここでは地域おこし協力隊の間瀬央也さんが中心となり、会津の木材や廃材を利用した家具作りを行ってゆく予定だ。
またDIYのノウハウを学べるようなプログラムも構想中だそう。移住で家の改修が必要な際には大変役に立ちそうだ。
木の香り漂う工房スペース
「西会津はこれから盛り上がっていく感じがあるので、すごく楽しみですね。この町で新しいことをやっていこうっていう感じがします。もともと地元の人もそういう考えの人が多いみたいなので。そういう意味でもやっぱ人かな。年配の方でもそういう考えの人がいらっしゃる。」
間瀬さんも西会津の「人」に魅力を感じている1人だった。
移住者のよりどころ。「西会津のある暮らし相談室」
物件を物語仕立てで紹介した手製本
2015年からは「西会津のある暮らし相談室」が開設された。ここでは移住者がどの地域に適しているかのマッチングなど、さまざまなサポートを行っている。西会津と一言に言えど、集落によって特色があるので、そのマッチングも重要なポイントになる。中でも彼らが運営する空き家バンク、ニシアイヅ不動産がすごい。一軒一軒、間取りと写真、そこにストーリーも載せて丁寧に紹介している。やはりデザインや見せ方が上手な人たちだ。愛情をもって仕事をしているのが伝わって来た。
「西会津のある暮らし相談室」の相談員を勤めるのは荒海正人さんと長谷川久美さんのお二人。
荒海さんは一度東京に出た経験もあるがUターンをした地元っ子とあって、昔から顔なじみのおじいちゃんおばあちゃん、地元の人達からの信頼が厚い。荒海さんは空き家の発掘や大家交渉などを担当しているが、地元育ちの荒海さんがパイプになってくれるのは心強いし、貸す側としても安心だろう。
左:荒海さん 右:長谷川さん 笑いの絶えない良いコンビ。ちなみに長谷川さんのTシャツはITWSTのデザイン
長谷川さんはWEBなどクリエイティブ担当。
もともと山間部で行われているような、土地に根付いた人々の暮らしが好きだという長谷川さんに、西会津の魅力を伺ってみた。
「地域活動がものすごく盛んだということ。それが本当に魅力だなと思ってて。」
土地に根付き、手や足を使った人々の暮らしは日本各地残っているけれど、これは西会津にしかない魅力だと長谷川さんは感じている。
「過疎地だったりすると、自分の代で終わりで、息子達も地元にもう帰って来なくていいよっていう”もういいや”って雰囲気があるけれど、西会津は60代、70代の人たちでも”それじゃいやだ!”って思う人が他の地域よりも多くいるように思うんです。若い人が上の世代を盛り上げ、上の世代も触発されて盛り上がり、モノ・コトが起こる。こういう動きの中に、たくさんの”西会津ならでは”が詰まっていて、面白いなって思う。」
西会津のこれからを考えているのは、若い人たちだけではないのだ。
「目紛しい毎日の中でも、もういいやって中でやるより、なんとかしようってしてる中での目紛しい方が明るいなって。どうせやるなら楽しくて明るいところに私はいたいなって思うから、今西会津で働いてるんだと思います。」
そんな長谷川さんの言葉に胸を打たれた。
西会津には「これから感」がある。ワクワクしながら、前を向いている人たちがたくさんいる。新しく生まれる渦が徐々に大きくなって、今後どんな流れになって行くのだろう。
これからを感じる町に、そして魅力的な「人」に会いに、西会津に来てみませんか。
(写真・文 伊藤春華)
special thanks!!
矢部さん、星さん、荒海さん、長谷川さん、間瀬さん、William&楢崎さん、江田さん、横山さん</font color>