西日本の高速道路の建設・管理運営を行う西日本高速道路株式会社(NEXCO西日本)が、 自治体や地元企業との「共創」の取り組みで異彩を放っている。
なぜ、高速道路事業者が地域共創に取り組むのか。 その思いを、同社地域共創担当部長の濵野昌志さんにお聞きしました。
Guest 濵野昌志 (はまの まさし)
西日本高速道路株式会社 九州支社 地域共創担当部長
兼 本社 事業開発部 地域共創戦略担当部長
1993年日本道路公団に入社。用地取得などの現場経験から広報の重要性を感じ、本社にて広報業務を担当。2005年の民営化でNEXCO西日本に所属。本社にて広報課や経営企画課の課長代理、近年では、九州支社において事業開発課長、総務課長、佐賀高速道路事務所長を経て、2019年7月より現職。社外では九州大学地域政策デザインスクールフェローなども務める。
Coordinator 脇 雅昭(わき まさあき)
よんなな会/オンライン市役所発起人/宮崎大学客員教授/神奈川県理事 (政策推進担当)
宮崎県出身。2008年総務省入省。現在は神奈川県庁に出向し、理事として官民連携等の取り組みを進める。プライベートでは、全国の公務員がナレッジや想いを共有する「よんなな会」「オンライン市役所」を立ち上げ、地方創生のためのコミュニティ基盤づくりを進めている。
ハード整備ではない 「地域共創」へ
脇 高速道路の建設や保全、サービスエリア(SA)・パーキングエリア(PA)の運営などをしてきたNEXCO西日本が、地域と連携した様々な取り組みをしているのは、少し驚きました。なぜ高速道路の会社が、地域に着目したのでしょうか。
濵野 これまでNEXCO西日本は、高速道路を整備し、地域の既存の観光資源等に対してその効果を発揮してきました。しかし、今は全国に高速道路が整備されています。今後、どのような形で地域創生に寄与することができるのか。SA・PAで地域産品の販売などをするだけではなく、新たな価値を地域と共に創造することが必要なのではないか。そんな考えのもと、これまでの事業活動を通して得られた資源を活用し、地域と共に新しい価値を創り出すこと、つまり「ビジネスにすること」を目指し、地域共創に力を入れています。4年前に九州支社に地域連携担当部長(現在は地域共創担当部長)というポストができ、私が着任しました。当初は専業のメンバーもいない状態でしたが、今では本社の地域共創戦略担当部長も兼務となり、九州支社に担当者が、関西支社に担当課長がそれぞれつきました。
脇 濵野さん自身はどういった経緯で地域共創に関わるようになったのでしょうか。
濵野 私は以前は広報の部門にいました。入社当時に高速道路に必要な用地の取得を担当した頃から、高速道路の必要性や意義を十分に伝えることに難しさを感じて、広報部門を希望して異動。コミュニケーションに関心を持ち始め、いろいろな人に会って話を聞いていました。その中で「会いたいというばかりでは成長しない。向こうからあなたに会いたいと思えるような人になりなさい」と教えられました。その後、佐賀高速道路事務所長に着任することになり、会いたいと思ってもらえるような新しい取り組みがしたいと考えて、地域共創の取り組みを始めました
住民と地元企業による 新しい地域産品開発を実現
脇 佐賀高速道路事務所では、どのような取り組みをされたのですか。
濵野 佐賀県小城市と福岡地域戦略推進協議会の協力をいただき、NEXCO西日本と3社で「小城市を知ってもらうきっかけとなる新たなお土産開発」を目指したプロジェクトを立ち上げました。当時、小城市にスマートインターチェンジを造ることが決まっていました。通常、自治体が NEXCOに期待する一つにSA・PAに観光パンフレットを置くなどの情報発信がありますが、パンフレットを置くだけでは新しいものは生まれません。地域産品である「小城羊羹」を宣伝したいという要望もありましたが、何もしなければ変化は生まれないし、 NEXCO西日本がアイデアを出しても一過性のものにしかなりません。そこで、小城市長に「インターが開通してからが勝負。高速道路を起点としたまちづくりのスタートだ」と訴えました。市民と地元企業を巻き込んで新しい地域産品を作れば、そこにはストーリーが生まれます。情報拡散力がある高速道路上のSAを活用し、販売することを目指して一緒に作りましょう、と。最初は小城市の担当者からは怪訝に思われていたようですが、最終的には協力いただくことができ、地元企業4社と市民18人が参加し、1年かけて新たなお土産を開発するためのリビングラボ(ワークショップ)を開催しました。
脇 市民も参加して1年がかりのワークショップを続けるのは一大プロジェクトですね。
濵野 企画から参加する地元企業の了承を得るまでに約1年かかりましたから、プロジェクトとしては2年がかりですね。何度も協議を重ね、4つの提案が出され、そのうち3つが実際に商品化されました。小城羊羹をひと口サイズのキューブ状にしてパッケージにした「ogi cube」は、高速道路上では金立SA(佐賀県佐賀市)上下線でしか販売していませんが、販売を初めて3年で約45000個を売り上げ、未だにメディアに取り上げられることも多く、入荷するとすぐに売り切れます。製造しているのは地元のみつばや小城羊羹製造本舗さんです。今でも店主が一人で手作りしています。型を作って量産してはと店主に提案しても、「手作りだからこそ作り手としての喜びを感じることができる」とこだわって作られています。また、店主は「ogi cube」がなければコロナ禍で店を畳んでいたかもしれないし、以前は羊羹に関心がなかった自分の子どもからも「ogi cube」を作っている親が誇りだと言ってもらえたと、嬉しそうに話されていました。
脇 とても素敵なお話ですね。自分たちのやってきたことの価値をあらためて感じられるのは、外の視点も入る共創の価値だと思います。一方で、多くの人が参加する中で、どうやって意見をまとめていったのでしょうか。
濵野 市民の方からは本当に様々な意見が出ました。カラフルなひと口サイズのキューブ状にするというのも市民の方から出されたアイデアです。ワークショップの中では、子どもたちに食べてもらえるような羊羹を作りたいという作り手の想いを共有して自由にアイデアを出しながらも、実現不可能なアイデアは地元企業側が「できない」とはっきりと伝えていました。その結果、市民も地元企業も納得できる、現実的で素晴らしい提案が出されました。製品になると、ワークショップに参加した市民の皆さんも周りの人たちに紹介してくれます。
脇 地域や地元企業にとってはとても良い取り組みだったと思うのですが、 NEXCO西日本にとっての意義はどこにあるのでしょうか。
濵野 売れる商品を置くことができただけではなく、NEXCO西日本として、地域と共に新たな価値創造が実現できました。「ogi cube」は市街地で販売するのだけでなく、SAで販売するからこそ注目されます。 高速道路やSA・PAを、地域づくりのプラットフォームとしてもっと活用できるのではないかということから、小城市での取り組みは、NEXCO西日本にとって、ひとつのビジネスモデルになりました。
脇 小城市での成功事例を契機に、本格的に「地域共創」に取り組むことになったのですね。
「旅マエ」「旅ナカ」「旅サキ」をNEXCOがつなぐ
濵野 NEXCO西日本では、現在、都市と地域を結びつけ、観光・文化・産業などの地域の価値を引き出すことを起点として地域共創活動に取り組んでいます。高速道路の役割として、これまでは旅の途中、つまり「旅ナカ」でのサービス提供が基本でしたが、「旅マエ」と「旅サキ」を含めた一連の流れの中で地域共創を考えています。「旅マエ」と「旅サキ」をつなぐ新たな「旅ナカ」の取り組みとしては、サービスエリアに「旅っチャ」と呼ばれるガチャガチャ型の体験商品を置くことで新しい地域の魅力発見や誘客の機会を提供しました。また、高速道路という特性上、出発地と目的地の間の地域情報は素通りしがちです。そうした問題意識から「情報の箱」という新たな概念性をもったチャレンジもしています。
脇 九州道基山PA上り線(佐賀県基山町)に設置されている「情報の箱」は、今回のインタビューの場所としても使わせていただいていますが、たくさんの仕掛けがあって、おもしろいですね。
「情報の箱」の前で基山町企 画政策課長 広報・情報管 理室長の亀山博史さん(写真 右)と
濵野 「情報の箱プロジェクト」は、素通りせずに立ち止まる仕掛けが必要と思い、まずはワークスペースと、町の情報発信スペースを作ろうとしました。さらに、限られたスペースの中で拡張性を持たせるため、ワークスペース内の椅子を、座り心地を体験できるショールーム機能にしてはどうかと福岡県大川市にある家具の総合商社に持ちかけたところ、賛同してくれました。また、旅と本との相性を考え、地域で活躍されている方の選書本の展示もしています(今は地元出身漫画家の選書)。まだオープンしたばかりで、まだ手探り状態ですが。
「情報の箱」内部の壁には、「The Deep Kiyama 100」に選ばれた情報にアクセスできる100のQRコードが貼られている 。「情報の箱プロジェクト」
脇 手探り状態で作ってしまうところがすごいですね。会社ではどのように話を通したのですか。
濵野 SA・PAを含め、ミッションとして「新しい体験価値」を生み出すということが求められているので、「地域と共に新しい高速道路利用体験を創造する」というコンセプトと共創の仕組みで承認をもらいました。
脇 ここに来る前に見せていただいた、無人パーキングエリアに設置されていた「農福連携焼き芋自動販売機」の焼き芋も、びっくりするくらい美味しかったです。
濵野 このようなSA・PAでの「旅ナカ」の取り組みだけではなく、「旅マエ」「旅サキ」も含めて、どのフェーズにも NEXCOが関わっている、というような存在を目指しています。先ほどお話した小城市での取り組みのように地域の新しいコンテンツを作るのは「旅サキ」の取り組みに当たるかと思いますが、「旅マエ」の取り組みとしては、福岡市にある商業施設(ガーデンズ千早)と連携し、定期的に九州内の様々な地域のマルシェを開催し、都市と地域をつなぐ取り組みなどを行っています。
脇 インフラの会社が、旅の前と後を意識して仕掛けを作っているというのがおもしろいですね。音声メディア「関門ONAIR」も立ち上げられたとお聞きしました。
濵野 壇之浦PA(山口県下関市)とめかりPA(福岡県北九州市)のリニューアルオープン(2021年度)に合わせ、下関市と北九州市と連携して、高速道路では初となるデジタル音声オウンドメディア「関門ONAIR」を開設しました。それぞれのPAに新設した「地域連携スペース」に収録ブースを設け、下関市在住の農家ダンサーにMCを、北九州市在住の起業家にプロデューサーの役割をお願いして、週3回、地域の情報を配信しています。開設から2年1か月経った現在、配信は320回超、ゲストとして登場した地域の方は100人を超えました。当初は高速道路ご利用の方に聞いてもらうことをイメージして始めたものですが、地域に住む方一人ひとりの想いが音声として残る、貴重なアーカイブとなっていると感じています。もはやメディアというより、100人が自分たちの声で発信している「地域版ソーシャルメディアネットワーク(音声SNS)」ではないかと思っています。
脇 共創することで、自由に概念を変えながら進化しているのですね。共創の取り組みによって、今まで見えていなかったものまで見えてくるようです。
高速道路の強みを生かして「心の距離」を近づける
脇 わずか4年で8つの自治体、10の民間パートナーと共に、10の共創事例に取り組んでこられたとお聞きしています。さまざまな自治体、民間事業者、さらには住民も一緒に事業を作り上げていくというのは大変だと思いますが、その秘訣は何ですか。
濵野 事業を創り出す過程では、自治体職員とも、民間事業者とも、また、地域住民とも、「顔の見える関係」を大切にしています。高速道路により、広域移動に欠かせないインフラは整備されましたが、人が移動するためには「あの場所に行きたい」という「心の距離」を縮めることが必要です。私たちは、まち全体をサービスエリアと捉え、地域にビジネスを創り出し、離れた地域の「人とひととの心の距離を近づける」取り組みを行うことで、交流人口を増やしていきたいと考えています。
脇 なるほど。「顔の見える関係」を丁寧に作りながら賛同する自治体や民間事業者をつないでこられたのですね。NEXCO西日本がこのような地域共創に取り組む際の強みは何でしょう。
濵野 NEXCO西日本は約3600kmの高速道路を管理しており、一日約290万台のご利用があります。関係する自治体の数も多く、自治体同士や事業者との関係をコーディネートすることができます。また、これまで高速道路というインフラを安全・安心に運営してきた、というブランド価値も感じていただけると思います。高速道路の建設・管理運営では失敗は許されませんが、地域創生にはチャレンジこそが大事です。自治体も民間事業者も、新しい地域づくりのパートナーとしてぜひ NEXCO西日本にお声掛けしてほしいと思います。
「地域づくりのプラットフォーマー」として高速道路に広がる可能性
脇 地域共創の取り組みを進めていくうえで、課題に感じていることはありますか。
濵野 NEXCO西日本の地域共創事業は、まだ私自身の属人的なところがあります。社内でも「濵野さんだからできること」と言われることがありますが、私はそうは思っていません。「人情仕事」なので、我慢強くファシリテーションしながら、読み解いていくような胆力や技術は必要ですが、組織的に取り組んでいかなくてはいけない課題です。感染症の拡大で皆、移動することの意味を考えるようになりました。人口が減少し、高速道路の利用者数も減少するという危機感もあります。その中で、新たな価値を創造することが不可欠です。 これらはNEXCO3社(NEXCO西日本、NEXCO東日本、 NEXCO中日本)共通の課題だと思うので、3社が一緒に地域共創について考え、取り組んでいく仕組みを作っていけないかと考えています。
脇 最後に、高速道路の今後の可能性について、お聞かせください。
濵野 例えば、自動車が自動運転になると、公共交通機関に頼らず、自動運転の自動車を使う人が増え、インター周辺が新たに「住みやすい地域」になるのではないかと思います。そうなると、「インター周辺のまちづくり」というこれまでにはあまり考えられていなかった概念が顕在化されるのではないかと思います。また、「空飛ぶ車」の世界は脅威と期待が半々です。ドローンにはポート(離発着場)が必要ですが、高速道路のSA・PAはポートになりやすいのではないかと思います。ドローンの飛行場所としては、まずは海や山の上空かと思いますが、その次には、密集した住宅地より、既に幹線がある高速道路などのインフラ上空を飛ばす可能性が高いのではないかと思います。そうなるとSA・PAまで車で来て、そこを拠点としてドローンで移動するという使われ方をするのではないでしょうか。そのようなことを考えると、新しいテクノロジーと地域課題の解決を掛け合わせることで、もっと創造性が広がり、高速道路がプラットフォーマーとして活躍できる場面が広がっていくのではないかと思います。
脇 高速道路にこんなに愛情を持っている人に初めて会い、高速道路の見方が変わりました。本日はたくさんの貴重なお話をありがとうございました。
文・吉﨑謙作 撮影・荒井勇紀
この記事は、TURNS vol.60(2023年10月号)に掲載されたものです。