TURNS

今あるべき企業×地域の姿とは? vol.2
地域と一体となって社会課題に取り組む、自由で柔軟な発想のワーク&ライフスタイル

住友重機械イオンテクノロジー株式会社(以下SMIT)は、半導体製造のための「イオン注入装置」を開発・製造する日本のトップメーカー。 また先進的かつユニークなCSR活動でも注目の企業だ。穏やかな瀬戸内海と四国山地の急峻な山々に囲まれた、美しい自然環境で知られる愛媛県西条市とともに歩む同社を、TURNS編集部が訪ねた。

(後編)

住友重機械イオンテクノロジー 企画管理部 主査 衣笠 一歩 さん

 

人間らしい生き方を模索していた当時、西条の美しい自然環境と人々の温かさに出会う
この場所には人と人の間に垣根が無く、自由なイノベーションを育む土壌がある

転職とはその後の人生を左右する重大な決断の機会だ。「働き方だけでなく生き方という視点で自分自身を徹底して見つめなおした」と語る衣笠さん。彼もまた西条という地域の魅力に、傾倒していったひとりだ。日本の古き田舎暮らしを今に遺す施設で話を伺った。

「去年の夏、上司に石鎚登山に誘われた際に泊まったのが、このふれあいの里です」と笑顔で話すのは、SMITで経営企画を担当する衣笠さん。隣で談笑するのは施設を管理運営する田村さん(合同会社さとらいふ代表)だ。

SMIT企画管理部で経営企画を担う衣笠さんが頻繁に訪れるという「石鎚ふれあいの里」にて。同施設を管理、運営する田村さん(左)とは仕事やバックグラウンドこそ異なれ西条市の魅力に取りつかれた仲間同士だ

 

転職とはその後の人生を左右する重大な決断の機会だ。

「働き方だけでなく生き方という視点で自分自身を徹底して見つめなおした」と語る衣笠さん。彼もまた西条という地域の魅力に、傾倒していったひとりだ。日本の古き田舎暮らしを今に残すある施設で話を伺った。

「石鎚ふれあいの里」の管理棟およびケビン(宿泊棟)を一望する。同施設は平成2年に廃校となった小学校跡地を転用。敷地には宿泊用ケビン、キャンプサイト、研修室、BBQ施設などが点在する

 

ふれあいの里ではかつて大保木地区の日常だった炭作りも行う。その、炭(土窯炭)作りに欠かせないのが、石を積み、泥を人の手で塗り重ねてつくられた土窯。炭焼きの際の火の番は、この土壷の前で徹夜の作業になる

 

(左)2019年11月に開催されたDAIS-PJT2019の参加メンバー達。石鎚ふれあいの里に一週間寝泊まりし、石鎚エリアの観光資源を活かした新規事業の企画を実施 (右)薪割りも日常業務。この地区の暮らしを伝承するためすべてが手作業だ

 

「中国現地法人の経営企画やJICAとの協業を経験してからは、経営をダイレクトに世の中に活かせる実務に携わりたかった。SMITと最初に出会った時の印象は、人(個人)を尊重する風土があるな、と。元々、予定調和的な〝調整〟よりも、従来のやり方を壊して〝挑戦〟していく仕事の方が性に合っていましたので、自由な社風には強く惹かれました。また、地元企業として持続可能な地域づくりを担おうとするSMITの情熱にも深く共感を覚えました」と衣笠さん。

現在は、本社のある東京と西条の間を毎週往復する2拠点のデュアルライフを送っているという。

「西条での日々は本当に刺激が多い。知的で創造的なマインドを持つ人との出会いの輪が自然に広がっていく。まさに『集合知』です。たとえば市役所の職員や地元企業と一緒に、空き工場を活用して〝瀬戸内未来製作所〟をつくらないか、とか。自動運転の実証実験を副市長に提案したり、とか、誰もが他所から来た人間を決して拒絶せず、むしろ面白がってくれます。ここで過ごしていると毎日のワークとライフが混然一体となったような、不思議な感覚を覚えます。うまく言えませんがSMITという地元企業に勤務するというより、いわば〝株式会社西条〟の一員として働いている感じですね」と語る。

「地元の人たちと交わす会話やふれあいから新たな着想をもらえる」という理由で、滞在時は出張者が集まるシティホテルではなく、湯之谷温泉という民宿を定宿にしているという。ソーシャルな使命感に過度に囚われず、ひとりの人間として人生を豊かに楽しむ姿勢を貫く衣笠さん。

企業や人間の幸せにとって真に大事なものとは? 西条の自然、そして人々との日々の暮らしがその問いに答えをくれると同時に、ソーシャルな視点や、不確実性の高い事業環境の中で事業をけん引していける人材の育成に繋げる狙いもあるのです。

(上左)周囲に広がる四国山脈の絶景。とりわけ標高1982mと西日本一を誇る石鎚山は年間多くの登山客が訪れる観光スポットだ (上右)橋の向こう側が「石鎚ふれあいの里」(下左)水の綺麗さは全国有数。夏には水遊びに訪れる人で賑わう (下中)給食室の一部を改装し調理室として活用 (下右)当時のまま残る校庭。山間には人々の営みがいまだに残る

 

《インタビュー・起業家に聞く西条市の可能性》

古き日本の暮らしの原点を未来へ残す限界集落の再生事業に挑戦したい

合同会社さとらいふ代表 田村 裕太郎 さん

新潟県出身の田村さん。大学時代に日本中を自転車でまわり、荒廃する田舎の現状を目撃するうち地域振興に関わる仕事を志すようになったという。「NCLに応募した際に、西条市でも過疎化が進む大保木地区を薦められました」

昨年春に移住、「石鎚ふれあいの里」の運営に携わるようになった。今後はNCLのネットワークを活用しながらより魅力的な場をつくりたいという。「ここを〝若い人たちが社会問題に触れられる場〟にしたい。日本全国どこにでもある山村の〝不便だけど豊かで丁寧な暮らし方〟を後世に伝えるのが目標です。この美しい田舎の集落の風景が100年後も魅力的であって欲しい」。田村さんの心躍るチャレンジは始まったばかりだ。

 


【特別対談】

地域の「シンボル」&「ブランド」として意義深い住友グループの存在
企業市民精神を発揮して持続可能な地域社会づくりに貢献

SMITの企画管理部榊原さん、衣笠さん。国際協力機構JICAの宮崎卓さんを迎えての3者対談。 世界経済の動向、中国企業と地域が抱える諸問題について鋭い見識を持つ宮崎さん。 住友という財閥企業と地域との深い関わりの歴史、また世界に誇るべき企業ブランドの魅力について語った。

左からSMIT 榊原さん、JICA 宮崎さんSMIT衣笠さん。東京都千代田区にある国際協力機構(JICA)市ヶ谷ビル内会議室にて。

 

はじめに、衣笠さんが前職で北京に赴任していた当時、
宮崎さんと出会ったエピソードなどお聞かせいただけますか?

衣笠 赴任直後に出席した日系企業の早朝勉強会の場でした。各企業トップが集まるなか、人脈、世界経済に関する知見、そして中国が抱えるリスクの客観的分析など、宮崎さんだけ突出した印象でした。その後、宮城県加美郡の中小企業が持つ大気環境負荷の低い塗装技術を中国に普及させるJICA事業の企画運営役として誘っていただきました。この時の経験が私の現在の仕事に深く通じています。

宮崎 当時の私はJICA環境セクターのプロジェクト(公害問題)、新興著しい中国の官民一体となった世界経済戦略(通称 China in the World)といったイシューに取り組んでおりましたので、他のかたとちょっと毛色が違う発言をしていたかも知れませんね。当時の私は中国政府から環境問題や企業と地域の問題、企業行動の在り方について相談を受ける立場で、特に現地で活動されている日本企業のみなさんとのお付き合いのなかで逆に私が発想のヒントを戴くことも多かった。出会えたことには感謝しています。

衣笠 一歩 (きぬがさいちほ)
1972年生まれ。上智大学経済学部卒業後、東京銀行入行。2003年青山学院大学大学院にて経済学修士課程修了。2006年日立製作所入社。エコノミストとして活躍。2015年日立(中国)有限公司出向により北京へ赴任。2018年SMITへ入社。企画管理部企画グループリーダー。

 

中国企業や地域(国)が抱えている問題、解決への方策など
事例を交えて宮崎さん、お話しいただけますか。

宮崎 公害問題は大気、水、土壌とそれぞれに問題のありようも異なっています。例えば対策コストの面で見ても大気ならば汚染物質の排出をきちんと規制すれば比較的短期で改善が期待できますが、土が汚れると除去に莫大な費用が掛かるのです。中国政府も企業に厳しく指導するのですが、なかなかうまくいっていないとの印象を受けます。彼ら政府関係者は一方で日本では企業がこうした問題に自発的に取り組み、成果を挙げていると認識しているようで、「企業主導で解決を図る日本のノウハウ」みたいなものに非常に関心を持っていたとの印象があります。利潤動機と社会的な役割のバランスなど、日系企業の方々に話を伺いたい、と。

榊原 かつて日本でも企業の生産活動が原因の公害は数多くあった。私たち住友グループも例外ではありませんでしたね。

宮崎 日本での企業の環境問題への対応として「横浜」「大阪」「北九州」の3つの都市を対象にとりあげた興味深い研究があります。3都市の中でも特に興味深いのは大阪と北九州で、中小の町工場が多い大阪は、会社のトップと地方政府担当者との人的付き合いが深く、こうした人間同士の「絆」が作用し、行政側が強制したり、違反に対しペナルティを与えたりしなくとも率先して問題解決に向かえたと言える面があるようです。

一方、北九州の工業地帯では本社が東京である会社が多く、工場はいわば出先。加えて工場に勤務している人々も他地域からの出稼ぎだったりするので、公害により被害を受ける地域の人々が当事者となっていない、言い換えれば「被害者不在」の構造です。こうした構造の下では、なかなか改善に向けたインセンティブが生じにくかったのではないでしょうか。中国の事例でも、多くの工場は他地域から誘致してくる状況ですので、その意味で北九州。最終的には北九州のケースでも住民が立ち上がることからスタートして改善され、今日に至るとの理解ですが、中国の場合政府と地域住民の関係も日本と異なるので、同じような形で状況が改善されるかどうかは疑問です。

衣笠 地域との関わり方、公害の歴史 をみると確かに住友は前者「大阪型」 ですね。市民からのクレーム以前に、 自社主導で問題を解決するケースが多いように思います。 宮崎 これも北京時代に印象深かったエピソードなのですが、中国のとあるNPOが、多くの企業の環境パフォーマンスをモニターし評価し、問題ある企業には改善を申し入れていたのですが、なかなか聞き入れてくれないと。

そこで彼らが考えたのが、これらの企業のサプライチェーンで主要な役割を果たす大企業で、日本を含む先進国の企業が多かったのですが、こうした「本丸」に申し入れたところ、国際的な評判の重視などもあったのでしょう、これら企業が納品元の中国企業に厳しく申し入れ、事態が一気に好転したのです。先進国の消費者の眼は特に厳しく、ソーシャル意識が高いため、間接的にはこれら先進国の消費者が意図せずこの場合中国の環境改善に貢献した、とも言えるのではないでしょうか。さきほどの「大阪型」における企業と行政との結びつき、またNPOの事例でみた企業と消費者との結びつき、の良い所は、この自発的かつ自然発生的な問題解決能力を秘めているということではないでしょうか。企業とステークホルダーが強い絆で結ばれたwin & winの関係ですね。

宮崎 卓 (みやざきすぐる)
1967年生まれ。東京大学教養学部卒業後、1991年海外経済協力基金(現国際協力機構:JICA)に就職。北京大学経済学部留学、アジア開発銀行、京都大学大学院経済額研究科付属プロジェクトセンター准教授等を経て2009年よりJICAに復職。JICA研究所研究員、中国事務所次長を務め現在は審査部審査役。

 

DAISプロジェクトに代表されるSMITのCSR活動と、
実際に西条市というローカルで起こっている地域の問題について、
現状を教えていただけますか?

榊原 DAISは元々社員のリーダーシップ研修から発展した地域社会への参加型プロジェクトです。昨年は地域活性化のために地元の旅行業の新規事業を提案するなど、西条市の社会問題に目を向け、地場産業にも大きく関わる活動となりました。CSR活動としては新たな試みですが、社員のリーダーシップを開発するとともに社員含めてここに暮らす人たちの地元への関心を高める狙いもあります。それが継続的な地域活動に発展すれば良いなと考えています。

衣笠 「Better people make better SAIJO」です。課題に対して自ら強い意志をもって思考し行動することで成果を獲得できるという点で、企業と地域の役割は似ていると思います。

宮崎 「災害に強い地域」とは「お祭りをよくやっている地域」だった、という面白い研究もあります。西条市も豪華絢爛な秋祭りがとても有名な地域ですよね。お祭りにより人々のネットワークが強化、防災に強いまちづくりが達成されるんですね。

榊原 直樹 (さかきばらなおき)
1970年生まれ。埼玉大学教育学部卒業後、住友重機械工業へ入社。2013年にSMITへ出向して以降、人事総務課長として従来のやり方にとらわれない積極的な取り組みを続けている。

 

住友グループの歴史と西条市を含む地元東予地区との良好な関係性。
これは世界的に見ても稀で貴重なケースなのでしょうか?

榊原 グループの創始は約400年前、別子銅山の採掘事業が開始されたのは300数十年前のことです。しかし樹木の伐採で山は荒れ、風水害により多くの社員の命を失った。さらに精錬所から出る亜硫酸ガスが原因で煙害が発生。無人島へ精錬所を移転するも被害が悪化するなど、住友の近代史は公害との闘いの歴史でもありました。当時の日本で銅は主要な輸出品目。国家発展のために生産を止められない一方で、公害を封じ込める必要があった。最終的に、技術的な手法で公害問題を100%解決したにもかかわらず、今度は銅鉱脈が枯渇。昭和初期のことです。最早、東予地区に留まる理由は無い。しかし先人たちは「お世話になった地域に産業を残すのは当然のこと」と、そこで培ったノウハウを活かし化学や機械工業、電力事業、さらに林業など多角的な事業を東予地区の地で展開していくわけですね。このような話をいつも先輩社員から口伝で聞くのですが「共存共栄を図るため、地域と会社が一体となって歩む住友の姿」が社員全員の心に描かれていると思います。

宮崎 凄い歴史ですね。日本には地域との関係が良好な企業が多いのは事実ですが、300年以上も続くというのは異例、驚異的なこと。世界的にも稀有かつ極めて貴重なケースでしょう。逆に東予地区にとって住友さんは「シンボル」「ブランド」的存在なのでしょう。

 

日本の地方が現在抱える最大の課題は
公害よりも少子高齢化、過疎化などの人口減問題です。
これについてどうお考えですか?

宮崎 出産可能な女性人口が東京に一極集中しており、その集中の理由としては特に若年女性に対する求人倍率の高さである、といった研究があります。公害問題は企業にとって内部要因なので自社内で解決可能ですが人口問題は企業からすれば外部要因だという点が大きく違う。唯一かかわるとすれば雇用をどう創出できるか、という点でしょうか。

衣笠 大学や専門学校の無い西条市からいったん人が流出するのはやむを得ないですが、もし西条市が魅力的なコミュニティならば卒業後に必ず地元へまた戻ってくるはず。「株式会社西条として人材を雇用する」くらいの意識と気概が必要ですよね。自分が今やれることとして、社外の他企業と積極的に連携、長期的に継続可能な新事業の芽を一緒になって探す活動を進めています。この先何百年間にわたって榊原さんのような地元出身の社員が中心に活躍できる企業。それがSMITであって欲しい。

榊原 何も東京のような大都市を目指す必要は無い。長く継続できる事業で雇用の場を確保することにより、人口と賑わいを維持しながらゆるやかな持続的成長を遂げれば良いのです。住友にも、銅山を閉山した際に事業転換を迫られた過去がある。新たな「人材」「技術」「事業」の種を貪欲に模索し続けること。企業市民精神を発揮し「自分たちにできることは何か?」を問い続けること。住友の歴史を鑑みれば、地道に事業の鉱脈を掘り続けていくことが問題解決への道だと思います。

宮崎 経済的な見地では大都市、工業地区などには「集中」「集積」に伴う多大なメリットがあることから、それが難しい地方には一定のハンディがあるのも事実。一方、「分散」にも過度の集中に伴う弊害の緩和や、信頼関係の構築がより容易で、それが経済面でもメリットをもたらすこともある、との見方もあります。  不利な立地を逆手にブランド農作物が生まれたりするのもそうですね。地方都市の競争力をいかに高めるか? を考えるにあたっては、地域ブランドの構築が鍵ではないでしょうか。その点で、地域に根差しつつ採掘事業から見事な転換を図った住友さんのケースは本当に珍しい。住友ブランドが蓄積してきた暗黙知としての歴史、ノウハウを整理し日本のみならず世界の多くの地域とシェアすれば、様々な地方の問題を解決するためのヒントになるのではないでしょうか。

衣笠 東京だと物理的距離が近い同士でも、心理的に壁を感じる瞬間がある。その点西条市は行政、企業、人々の距離が本当に近い。それは強みだと思います。

榊原 そうですね。自社の利益追求だけでなく「企業市民精神」を発揮し、未来の持続可能な社会をつくるための努力。弊社、SMITの活動がその一助になれば幸いですね。

 

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今あるべき企業×地域の姿とは? vol.1

文・木下博人 写真・丹生谷千聡

 
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