TURNS

移住しなくても、地域と関わることはできる。
「むらむすび」でまだ知らない秋田に出会おう。

東成瀬村と全国の村、そして都会をむすぶ場所

秋田県の東南部に位置し、「美しい星空日本一」に認定されるほど豊かな森林に恵まれた「東成瀬村」。この村のことを、どれだけの人が知っているだろうか。

総面積のうち93%を山林原野が占め、見渡す限り山々の風景が広がる。積雪期間は5ヶ月にもおよぶ特別豪雪地帯で、村内にはレストランや居酒屋などの飲食店もない。こう聞くと、外から足を運ぶのになんとハードルの高い村だろうと感じる。

だからこそ、この村には独自の食文化や手つかずの自然、ひかえめで美しい人々の営みが残っている。まだ知らない人がほとんどであろう東成瀬村で育まれた食材の数々。それらを楽しめるのが、2017年4月、東京・神楽坂にオープンした飲食店型アンテナショップ「むらむすび」だ。

村産のあきたこまち「仙人米」を使ったおむすびや、村でのびのびと育てられた短角牛のたたき、村で定番の漬物など、東成瀬村の食材を使ったメニューを中心に、全国各地にある村の食材やお酒を提供している。 「むらむすび」という店名には、東成瀬村の魅力を発信するとともに、「全国の村同士が手をつなぐことで、都道府県の垣根を越えたむすびつきを提案していきたい」という思いが込められている。

この店を運営する佐藤喬(たかし)さんは秋田市出身。
2013年から3年間、東成瀬村で地域おこし協力隊として活動していたことが縁で、「むらむすび」のプロデュースや運営を担ってきた。2015年9月、同じく神楽坂でオープンした、島根県海士町と他の島の食材や料理を提供する「離島キッチン」のオーナーでもある。

「単独で仕掛けるのではなく、全国の村と一緒に活動した方がより多くの人にアピールできると考えました。東成瀬村の名前を全面に出すよりも、『この店ってどこが発祥なの?』と聞かれたときに、村の名前が出た方がかっこいいかな、というのもありますね(笑)」

「むらむすび」の店内にて。カウンター6席、2人がけのテーブルが3つのこぢんまりとした店だ。

大学進学を機に上京し、テレビや広告の世界でディレクターとして働いていた佐藤さん。もともと地域に関わる仕事をやろうとはまったく考えていなかったそうだ。では、今の仕事を始めるきっかけはどこにあったのだろう。

「2歳の子どもにアレルギーがあって、これから生き方を変えていかないとまずいんじゃないかという危機感が生まれたんです。おいしくて安心できる食材を手に入れる努力をしないといけないなと。それと同時に、故郷の秋田と東京を行ったり来たりする仕事をしたいと思うようになりました」

しかし、当時は地域おこし協力隊の制度もなく、どうアクションを起こせばいいのか悩んでいた。そんな時、たまたま求人サイトで見つけたのが、島根県の海士町観光協会が“行商人”を募集する記事だった。この“行商”という言葉に惹かれて応募し、晴れて行商人デビューを果たした佐藤さんは、キッチンカーで首都圏をまわり、海士町だけでなく、全国各地の島の特産品や料理の販売を開始。これがのちに「離島キッチン」「むらむすび」へとつながる、地域との関わりの出発点となる。

 

直感から始まった島、村、都会の多拠点生活

故郷の秋田ではなく、海に囲まれた離島の海士町で、地域の食材を提供するノウハウを実践から学んだ佐藤さん。そこから遠く離れた東成瀬村との出会いは、突然めぐってきた。

「東日本大震災の日に海士町にいたんですが、たまたま貼ってあった『日本で最も美しい村連合』のポスターがふと目に入りました。それに載っていた東成瀬村の写真を見て、直感的に『ここに行こう』と思ったんです。たぶん“村”というのにグッと来たんだと思います」

東成瀬村は「日本で最も美しい村」連合に加盟している。

東北で震災があり、故郷に思いを馳せる中、目に入ってきたどこか懐かしい村の風景ーー。無性に東成瀬村に行きたくなった佐藤さんは、のちにこの村で地域おこし協力隊を募集していることを知ると、すぐに応募した。「これまで行ったこともなく、どんな村かも知らなかった」という言葉に、どれだけ衝動的な行動だったかが表れている。
 「二足のわらじを履かせてください」と、海士町の町長と東成瀬村の村長に直談判し、双方の了承を得た結果、海士町、東成瀬村、首都圏の3つを股にかけた多拠点生活がスタートした。

「なぜ二足のわらじを履いてまでやろうと思ったのかというと、故郷に近づきたいという思いがあったのが一つ。あと、島は海、村は山というイメージなので、自分の中で海と山のバランスをとりたかったんだと思います。東成瀬村は、食べ物も風景も初体験なのにどこか懐かしい、そんな感覚を覚えました。村人同士の距離が近くて、50年前の田舎の暮らしがそのまま残っているような印象でした」

 東成瀬村での仕事は、観光や物産という大きな枠組みはあったものの、与えられる業務は一切なかった。そこで、赴任してすぐに村全体をまわり、自分で企画を立てるところから始めた。

東京出身の大石哲嗣さん。もともと全国の村に関心があり、“村フェチ”を自称している。

「50くらい企画を考えたんですが、そのうちの一つが、秋田にある3つの村の食材を使って駅弁をつくるという『むらびとプロジェクト』でした。そこからスタートして、いろいろと形を変えて、『むらむすび』へとつながっていきました」

 東成瀬村の食材を村外の人に食べてもらうきっかけとなったのは、かつて水戸駅前で営業していた「離島キッチン」で「東成瀬村定食」を限定販売したこと。そこで得たノウハウを生かし、「むらむすび」の具体的な構想をつくり上げていった。

「最も忙しい時期は、月曜から金曜を東成瀬村で過ごし、金曜の夕方に仕事を終えると車で水戸に移動。土日は『離島キッチン』のお店で働いて、日曜の夜に東成瀬に戻るという生活でした。3ヶ月に一度は海士町にも足を運んでいました。その半年間は、千葉にいる家族とはほとんど会えませんでしたね」

 複数の拠点を縦横無尽に移動しながら、その地域でしかできないことに挑戦してきた佐藤さん。全国の島や村を知ってもらうことで、地域を活気づけると同時に、日々の生活に疲れた都会の人たちの心を軽くするきっかけをつくりたいーー。その一心だった。

 

食べれば違いがわかる、村の風土が育んだ食文化

東成瀬村は、“食材の宝庫”と言われる秋田の中でも、特に食材豊富な土地。中でも、佐藤さんが絶賛するのが、食味と粒の大きさにこだわった村産のあきたこまち「仙人米」だ。「お米の味わいは別格です。初めて食べた時、そのおいしさに驚きました」と言う。
 このほか、麹の量が他の約3倍という味噌をはじめ、きのこ、山菜などは、これまで食べてきたものとは比較にならないほどのおいしさで、味の違いを佐藤さん自ら実感してきた。

 「むらむすび」では、東成瀬村のほか、全国から選び抜かれた4〜5つの村の食材を使った料理を提供しているが、米と味噌は開業以来、東成瀬村産に限定。スタッフの大石哲嗣さんは、「この店の特徴の一つは、東成瀬村のお米と味噌にあります」と話してくれた。

稲葉菜那さんは北海道出身。「村の人が気づいていない食の豊かさを掘り起こせることが、この仕事のやりがいです」

東成瀬村には、雪国ならではの保存食文化が根付き、漬物もバラエティ豊か。村の伝統野菜「平良カブ」の漬物や、サクッとした歯ごたえが楽しい「ちょろぎ」の梅漬けなど、ここで初めて聞くようなメニューも多い。

 「この店で東成瀬村の食材を使った料理を召し上がったことで、『初めてこの村を知った』というお客様の声をよく聞きます」と話す佐藤さん。人口約2,600人の小さな村が、自慢の食材を通して存在感を発揮している。

(上から左回りに)ワラビの五色漬け、漬物の盛り合わせ、短角牛のたたき。どれも東成瀬村の食材を使用。

「むらむすび」の料理にも使われている東成瀬村の加工品。店内で購入もできる。

「むらむすび」は、毎月一つの村にフォーカスするのも特徴の一つ。スタッフが毎月交代でどこかの村を訪れ、地元の生産者などを訪問し、吸収してきたメニューを紹介している。佐藤さんには、「スタッフには実際に村をめぐり、地域にふれあう経験をたくさんしてほしい」という思いがある。大石さんは、昨年12月に行われた高知県北川村の特集を担当。一週間近く現地に滞在し、生産者訪問や食材探しに奔走した。

「村に行って一番元気をいただく存在は、食事づくりに全力で取り組むお母さん方です。現地で教わった料理をお店で提供して、お客様の感想をお母さん方にフィードバックする。そういうやりとりが生まれると、お客様と村の人のつなぎ役になれたような気がして、やりがいを感じます。お母さん方の笑顔が増えれば、村が元気になって、いい方向に向かっていくんじゃないかなと思っています」(大石さん)

来店客は、東成瀬村を知らない都内在住者がほとんど。食べてもらうことで村や秋田のPRにつながっている。

東京でお店を続けることの一番の意味は、都会と村のつなぎ役を果たすことにほかならない。毎月新しい村の食材や料理を紹介することで、「むらむすび」には少しずつ“村の仲間”が増えている。

「今全国には183村あって、そのうち『むらむすび』で取引のあるのはまだ15村くらいです。これが100村を越えたりすると、もっともっとおもしろい動きが出てくるだろうと思っています。そこに達成するような動きをしていきたいですね」

 

全国の村と都会を行き来する“新しい生き方”をつくりたい

毎月スタッフが新しい村を訪問しているが、ゆくゆくは「全国の村とお店を行き来するような多拠点居住を、店をあげてやっていきたい」という思いがある。

「これからの時代、ずっと東京にいる必要はなくなってくると思うんです。例えば、一年のうち3ヶ月はどこかの村に住んで、残りは東京で仕事をするというような働き方を店全体で進めていきたい。純粋に食事を提供することも重要なんですが、スタッフの新しい生き方を東京と村を拠点につくっていけたらと思っています」

とはいえ、佐藤さん自身は3人の子を持つ父であり、今すぐどこかに移住して家族のいる首都圏から完全に離れてしまうことは難しい。あくまで“行商人”のスタイルが、佐藤さんの性にも合っているようだ。

「僕は一か所にいるのが苦手なんです。転勤族だったので、一か所に3年以上いるとなんかうずうずしちゃって。今の仕事も、ある意味Uターンに近いような気はしていて、ずっとその地域にいなくても、Uターンして働いているような気持ちはありますね」

ではこの先、故郷の秋田とはどのように関わっていくのだろう。

「将来的には、6カ所くらいに住みたいんです(笑)。そのうちの一つが秋田だったらいいなと思っています。まずは首都圏で生まれ育った3人の子どもたちに、田舎遊びや雪遊びのおもしろさを伝えていきたい。また、秋田の人口は30年後に半減すると言われていますが、そうなっても楽しんで暮らせる生活をつくり、多様な生き方をするスタッフを増やしていきたいですね」

 移住しなくても、地域にどっぷり関わることはできる。佐藤さんの肩ひじ張らない考え方やスタイルからも、そのことは伝わってくる。村の食を提供するだけでなく、新しい村との関わり方や生き方までも提案しようとしている「むらむすび」。この店を訪れ、村の食材を味わえば、ゆるやかに秋田とつながる一歩となるはずだ。

地域とのつながり方や移住に向けたアプローチは、まさに多種多様。佐藤さんのように、まずは自分のできることから、秋田とのつながりをつくってみてはいかがだろうか。

秋田県移住・定住総合ポータルサイト【“秋田暮らし”はじめの一歩】はこちら!!
http://www.a-iju.jp/

文:中里篤美 写真:服部希代野