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ぐるぐるめぐる、手仕事と幸せの村
松川菜々子さん/NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部事務局長(新潟県上越市)

新潟県上越市、中ノ俣。
人口100人に満たない小さな村では、
いまなお手仕事の残る実直な暮らしが営まれている。
その営みの確かさに惹かれ、次の世代へつなごうと試みる松川菜々子さん。
経済とは何か。豊かさとは。
お金がお金を生む金融経済とは一線を画す、幸せの本質を中ノ俣に探る。


自分の手で
何でもつくる

”すり鉢の底のような”と村びとの言う山あいの谷にこの集落はある。
千年続く村、中ノ俣。40戸65人が暮らす小さな村だ。
集落奥の斜面には、猫の額ほどの可愛らしい棚田がいまも大切に手入れされている。
田んぼが小さすぎて、手刈り手干しが主流。腰の曲がったお年寄りたちは、一人また一人と田仕事から離れていくが、稲穂が頭を垂らす季節になるとみな気にかかるのだろう。すっきり晴れた秋空の下、たゆたう稲穂を前に村の空気はそわそわしていた。


ここに暮らす人びとは自分の手で何でもつくる。
米や野菜などの食べものはもちろんのこと、テゴと呼ばれる手下げ袋やセナコウジなどワラ細工による道具がいまも現役。神社や橋のほころびもみなで直してしまう。それぞれに得意があり、お互いにしてあげたりもらったり、住民同士呼吸するように助け合って暮らしている。
「でもそれはお金がかからずに暮らせるということではないんです。お金では買えない、それ以上の価値がめぐっているというか」
そう話すのは松川菜々子さん。「NPOかみえちご山里ファン倶楽部」(以下、NPO)の事務局長をつとめる。彼女がかみえちごへやって来たのはもう15年前のこと。当時22歳。いまでは二児の母親になる。
NPOは上越市の西部に広がる「桑取谷」と呼ばれる一帯を拠点に、地元の人たちが発起人となり2001年に発足した。27の集落を対象に山里の暮らしや景観を守り、新たな事業を創造する。途絶えていたお祭りを復活させ、村の共同作業に率先して参加するなど、若い人たちが地域にとけ込み、地元の活動を下支えするような取り組みを進めてきた。


松川さんは東京の生まれ育ち。「自然が大好き」で北海道で自然ガイドの仕事をしていたという。里山での環境教育や地域の暮らしに関心をもち、上越へ。
「来た頃は、雪がきれいでいいですね〜、なんて言って典型的な”移住女子”でした(笑)。でもここに暮らす大変さがわかるようになったいまも、自然の多いこの場所が好きなことにちっとも変わりはないんです」
そう笑う口ぶりには、「過疎の村を何とかしなければ」といった押し売りの正義感はみじんも感じられない。
取材で訪れた日、村は稲刈りの真っ最中。腰にワラを結わえ付けたお年寄りたちが精を出していた。最近は稲を縛るのに麻ひもを使うことが多いが、ここでは腰のワラを使う。数本引き抜き、くるくるっと束ねてぽーんと畦に放る。その一連の動きの鮮やかなこと。


松川さんはNPOへ来て初めの10年間は中ノ俣の担当で、毎日この集落へ通った。
「まず感じたのは、ここの人たちのかっこよさ。自分で何でもできて、しかもそれが当り前なんです」
NPOの支援する数ある集落の中でも、中ノ俣は特別に古い暮らしが残っている場所かもしれない。里の人びとは中ノ俣をして「あそこの田んぼは狭くてどうもならん。苦労しても米の値段は変わらんから、若いモンはみんな出てっちまう」と口を揃える。
たしかにここの暮らしを安易に「豊か」とは言えないだろう。冬になると深い雪に閉ざされ、目には美しいが、暮らす人にとっては過酷な世界。聞けば昭和55年までは除雪も行き届かず、何時間も重い荷を背負って山を越えたという話もそれほど昔のことではない。


けれど閉ざされてきた分、昔の手仕事がそのまま残ってきたとも言える。日本の社会がバブルやリーマンショックなど実態のない金融経済にふりまわされるなかで、多少はその余波を受けながらも、ここでは実直な暮らしが続いてきた。数字や額面ではなく、目に見えて今これだけのものがあると実感できる暮らし。
だから貧しいままなのだと批判する人もいる。実際に多くの人たちが村を出ていった。
けれどいま、松川さんのような若い人たちがこの地に惹かれるのは、その暮らしの”まっとうさ”にある。
村の女性たちは毎年春になると山菜を大きな樽いっぱいに塩漬けにして一年かけて少しずつ食べる。その種類は驚くほど豊富。夏になれば畑に野菜もたわわに実る。


「野菜は自分で育てたり山で採るのでお金はかからないけれど、お店に並ぶものより品数が豊富。採りたてなのでおいしいですし。この暮らしが引き継がれなければ食文化も乏しくなると思うんです」
稲刈り後のワラを道具に仕立てあげる技、この山菜は今が食べどき、あれはアク抜きが必要といった知識。ここの人たちには幼い頃から鍛えられ、自分で価値を生み 出す”ちから”が備わっている。その営みはほかの場所ではもう滅多に見ることのない、宝物のようなものだ。

文:甲斐かおり 写真:飯坂大
※記事全文は、本誌(vol.26 2017年12月号)に掲載