日本の国土の約7割を占める森林の保全は、4万人近い林業従事者の手で守られている。全国森林組合連合会(全森連)は、国の委託を受けて実施している「林業就業支援講習」と「緑の雇用」事業*で林業を志す人をサポート。ここでは同制度で異業種から林業に転職した2名の移住者と、林業の新たな人材を育成するベテラン講師に話を聞いた。
*「緑の雇用」事業:林業事業体に新規に採用された方向けの研修制度。3年のプログラムで一人前の現場技能者を育てる国の事業で、就業5年以上の方を対象とした「フォレストリーダー」研修など、キャリアアップを支援するメニューもある。
千葉県初の女性リーダー
自由度の高い林業でおしゃれも愉しむ
中井 歩さん 千葉県森林組合 フォレストリーダー
現場では力仕事が多いことは否めないが、重機を使ってできる作業も多い。「緑の雇用」のサポートで運転資格を取得し、今では“憧れの先輩”のように見事なハンドルさばき。
中井さんは全森連が実施する新規就業者育成事業「緑の雇用」が認定した千葉県初の女性フォレストリーダーだ。そう聞くと最初から優等生だったのでは?と思うかもしれないが、本人の話ではその逆だったそう。
「講習の時はチェーンソーのかけ方が難しくて、いつも講師の方に手伝ってもらっていましたし、今の支所で働き始めてからも自信がなくて、とにかく今日一日を頑張ろうと毎日が必死でした」
実は林業と並行して農業に就くことも検討したが、「毎日違う景色が見られる仕事の方が自分に合うと感じました」と林業を選んだ。
最初は田舎暮らしへの漠然とした憧れから始まった。移住フェアで「今は重機も使えるから女性も結構活躍しているんですよ」と林業を推されて「林業就業支援講習」を受講。そして今に至る。
就業6年目を迎え、今の職場が最も長く勤めた場所になりつつある。ここまで頑張れたのは、〝親方〟と呼ぶ現場の上司をはじめ周囲のサポートがあったからこそ。また、講習で出会い、今は同僚として働く40歳ほど年上の超ベテラン女性林業者の存在も大きい。
「小さな体で大きい重機を乗りこなして、かわいくてカッコいい。私の憧れです」
仕事では大きな目標でありつつ、プライベートでは住む場所の面倒を見てくれたり、夕飯をお裾分けしてくれたりと、親身な優しさが力になった。中井さんは今年からフォレストリーダーになり、新たな責任が生まれつつある。
「自分にリーダーという言葉は似合わないと思っていましたが、資格を得る中で『周りを引っ張るだけがリーダーではない』と学びました。まずは自分のできることで後輩の力になりたいです」
「今のおしゃれは髪の内側を染める程度」と語るが、愛用のチェーンソーに貼られたシールはかわいいもの好きの証だ。
なお、前職はアパレルメーカーの販売員。今でも洋服が大好きだ。そんな性格だから「林業ではおしゃれを我慢しなければならないことも多いのでは?」と愚推な質問をしてみたら笑顔で返事が来た。
「山の中では髪の色も長さも自由ですよ。爪も長くなければネイルだってできますし、今は作業服も自分らしさで選べますからね」
自作家具に囲まれるDIY熱中の田舎暮らし
憧れの田舎暮らしを実現し、「近所から聞こえるカエルの大合唱も楽しい」と語る中井さん。休日は職場で出た廃材を使って家具作りを楽しんでいる。自宅の壁一面を覆う衣装棚もすのこベッドも自作。その腕前はプロ並み!
WOOD&SURFな自然満喫ライフを実現
林業の可能性は無限大
橋本 誠さん 千葉県森林組合 フォレストワーカー
20代半ばで転職した橋本さん。就業後間もなく仕事に一生懸命になり過ぎている頃に、ある先輩からかけられた「林業って本来楽しいものじゃん」という言葉を常に胸の中に置いている。
東京生まれで大学では文学を専攻。卒業後はアパレル系の商社に就職したが、1年ほど経って「自分はこのまま東京で生きていくのだろうか」とズレが生じた。昔から自然が好きで、千葉には趣味のサーフィンで頻繁に訪れていた。
「その中の縁で海関係の先輩に林業家が多いことを知ったんです」
それに加え、令和元年房総半島台風の被害が海にまで及んでいることを生で見て使命感が芽生えた。
移住先とやりたいことは決まったが、林業の始め方はわからない。そんな時にハローワークで森林組合の求人を見つけてすぐに飛び込んだ。未経験ゆえ、あるのは意欲だけだったが、前職の経験が評価されて採用が決まった。
ウインドサーフィンのプロ資格を持つ橋本さんは「林業の面白みはスポーツに似ている」と語る。
「1から100までレールを敷いてもらえる世界ではありませんが、自分の意欲次第で極められる技術の振り幅がとても大きい。高みを目指せば目指すほど面白い景色が見られる仕事だと思います」
未経験から現場に入り、持ち前のガッツで技術を磨いてきた橋本さん。転職後に「林業就業支援講習」の存在を知り、「僕が時間をかけて学んだことを20日で学べるので、自分も受ければよかった」と語る。現場を愛しつつ、今は内業で縁の下の力持ちとしても活躍。
就業4年目の現在は「緑の雇用」の研修を受講して現場のスキルを高めつつ、森林の集約化交渉や行政機関とのやりとりなど内業に携わる割合が増えた。職場は60代以上の職員も多く擁し、山の所有者も年長者が大半だ。橋本さんは自らを世代間や事務所と現場の間のクッション役と例える。
「まだ現場に出たい気持ちはありますが、これまでの学びを糧にしながら、現場の先輩たちが気持ちよく動けるよう“現場ファースト”な対応を心がけています」
成長の先に、今後は消費者と林業のタッチポイントを増やして木材の収益化の可能性を広げることも目標のひとつだ。その一歩として今年、廃材等をアップサイクルする家具ブランドを仲間と立ち上げた。
「関わる人が減っている業界だからこそ、活躍の場は無限大です」と語り、さらなる夢を広げている。
余暇は波乗りざんまい
両親の影響で幼い頃からウインドサーフィンに励み、大学時代からはサーフィンに打ち込んできた橋本さん。「決まったスケジュールで動く林業はオフの予定が立てやすい」と語り、今もほぼ毎週、ビッグウェーブを求めて海に出る。
千葉県森林組合 https://senmorikumi.jp/
日本の林業の未来を見据えて新たな担い手を育てる
泉水秀昭さん 千葉県森林組合連合会 参事
30年近く林業に携わってきた泉水さん。「緑の雇用」にも従事し、千葉県の新規林業従事者育成に尽力している。気さくな人柄で受講後もOB・OGたちから頼られる、みんなのお父さん的存在だ。
全国で行われている「林業就業支援講習」で千葉県の講師を務めている泉水さん。中井さん、橋本さんの恩師でもある泉水さんに、本講習を実施する意義や実際の講習の様子など率直なギモンを聞いてみた。
――まずは泉水さんが講師を務める千葉県における林業の担い手の実情を教えてください。
現状では危機的な人材不足に至ってはいませんが、人材の高齢化が進んでいるのは確かです。なおかつ林業というのは1年、2年という期間で一人前の人材が育つ世界ではないので、未来に向けた担い手を育てるために本講習のような取り組みを行っています。
――林業の担い手獲得の課題はどんなところにあると感じますか?
どの産業も人材獲得が難しい中で、一次産業だけを見ても農業や漁業に比べて林業は働くイメージがつきづらいところだと思います。
――働くイメージがつきづらいというのは働くきっかけを見つけづらいということにも通じそうです。
そうですね。林業大学校のある自治体ならば、そこで就業までの技術を学べますが、卒業までには通常1年以上の期間が必要なので、社会人の方が入学するには大きな覚悟が必要です。それに対して本講習は1日から林業について学べるので、林業を知るきっかけとして最適なプログラムといえますね。
――林業就業支援講習受講者のうち、どれくらいの方がそのまま林業に就かれているのでしょうか?
千葉県では受講者全体の1割ほどです。就業支援が講習の目的ではありますが、必ず就職しなければならないという考えは捨ててもらっています。生の林業を体験してみないと分からないことは当然ありますからね。ひとまず林業の適性を確かめたいという方には、1日コースか5日間コースの受講をおすすめしています。
――受講後はどんなステップアップが望めますか?
千葉県では20日間コースの最終日に地元事業者との就職相談会を設けています。その上で就職された方の大半が「緑の雇用」のプログラムを受講してフォレストワーカー、フォレストリーダーのステップを踏み、技術を磨いています。
――指導の中で講師陣が大切にしていることを教えてください。
何より大切にしているのは、林業が危険を伴う仕事であると知ってもらうことです。自然が相手ですし、小さなミスが大怪我につながることもありますから、例えば機械を動かす訓練では講師とのマンツーマン指導を徹底しています。次に意識しているのは、林業が楽しい仕事だという体験を得てもらうこと。本物の山で手を使って楽しさを感じてもらうことはもちろん、経歴や年齢はさまざまながら同じ目的を持った方々が一緒に学ぶ中で、ただ勉強だけして終わりでは少し寂しいので、横のつながりを作ってもらえるような雰囲気作りは意識的にやっています。
――最後に、泉水さんが思う林業で働く魅力を教えてください。
山というのは見た目や雰囲気など場所ごとにそれぞれの“顔”を持っていて、関わる林業者によってもまるで異なる仕上がりの山ができあがります。人それぞれの個性が出る仕事で、自分が思う理想の山づくりを突き詰めていくところが林業の魅力だと思います。
千葉県森林組合連合会 https://senmoriren.jp/
林業就業支援講習|リアルな林業を学べる3つのコース
(厚生労働省委託事業)
全森連では林業への就職を希望する方を対象に全国各地で林業就業支援講習を随時開催中。受講期間の異なる3つのコースがあり、講義、体験、資格講習、施設見学で林業の基礎が学べる。受講は無料。20日間・5日間コースには一泊当たり上限4,400円(税込)の宿泊費補助も。
開催場所や日程は【こちら】からチェック!
【お問い合わせ】
全国森林組合連合会
TEL:03-6700-4739
Email:shien@zenmori.org
【林業就業支援事業のご案内】
取材・文:鈴木 翔 写真:古末拓也