世界を旅した夫婦が有田川町へ移住。みかん農家「中野農園」のはじまりは“かっこいいじいちゃん”との出会い【10/5開催 移住就農イベント@大阪】

地域への恩送りに励む、Iターン移住夫婦の物語

「都会の生活に疲れたから、地方に移住して農業でもはじめようかな…」と思っているそこのあなた。その考え方、実は大間違いです。

例えるなら「胃がもたれているから軽い食事がいいな。山椒たっぷりのうな重とみかん風味のクラフトビールくださーい!」と言っているようなもの。地方への移住・就農は決してライトなものではなく、都会とはまた違ったどっしりとした味わいがあります。

世界各地を旅しながら季節就労をした末、和歌山県有田川町に移住し、みかん農家として新規就農した「中野農園」の中野 大輝(だいき)さん・祐依(ゆい)さん。中野夫妻はまさにその魅力に触れ、受け取った恩を返すだけでなく、次の誰かに恩を送ろうと励んでいます。

なぜ中野夫妻はさまざまな暮らしの選択肢から、有田川町という地方で農業という生き方に至ったのでしょうか。その経緯をたどることで、地方×農業の奥深さをご紹介します。

2024年10月5日(土)に大阪で開催される移住就農イベントには、大輝さんと祐依さんもゲストとして登場します。

この記事を読んで興味が湧いた方は、末尾のイベント詳細をご確認ください。

 

みかんの一大産地・有田川町が抱える後継者問題

有田川町は、みかんと山椒の生産量日本一を誇る和歌山県内でも、屈指の産地。「有田みかん」はブランド銘柄として全国的に有名で、有田川町の清水地区を発祥とする「ぶどう山椒」はジャパニーズ・スパイスとして世界的に年々需要が高まっています。

有田川町の人口は約25,500人、面積は351.84km²で、うち約77%が森林であり、良質な紀州材の産地としても評判です。高野山に端を発する有田川が町を横断し、市街地がある町の西側にはみかん農園が多く、山間部である東側にはぶどう山椒の農園が広がっています。


町の西側。隣町を越えると太平洋が広がっています(提供:有田川町役場)


町の東側。有田川町のシンボルとも言える扇状棚田「あらぎ島」があります(提供:有田川町役場)

ゴミの資源化やダムの放流水を活用した小水力発電の導入といったエコロジーなまちづくりや、児童書業界で「絵本の聖地」と称されるほどの絵本をテーマとしたまちづくりなど、自治体と住民が連携したさまざまな活動から町に賑わいが生まれ、近年は移住者が増加傾向にあります。

しかし、2022年度の高齢化率は全国平均を上回る32.3%。依然として高齢化や過疎化に歯止めがかからず、有田川町における一次産業の就業率は約3割とかなり高い割合を占めるため、とりわけ一次産業の後継者不足が深刻な地域課題となっています。

 

旅人夫婦が移住したきっかけは収穫アルバイト

大輝さんは大阪府出身、祐依さんは石川県出身。有田川町に親戚がいるわけでもありません。どうして二人は、縁もゆかりもなかった有田川町にIターン移住をしたのでしょうか?

そのきっかけは、みかん農家の繁忙期における短期間の収穫アルバイトでした。


中野農園にて。1993年生まれの祐依さん(左)と1989年生まれの大輝さん(右)

もともと中野夫妻はかなりの旅好きで、有田川町にたどりつく前は、それぞれがカナダ・メキシコ・ヨーロッパなどの世界各地を旅し、ときには季節就労をして、その土地の暮らしに触れながら資金を貯めては、また次の旅へと繰り出していました。

それぞれの旅路が偶然重なったのが、オーストラリアの広大なバナナ農園。多国籍の季節就労者たちが大勢滞在するキャンプサイトで二人は出会ったといいます。


カナダのりんご農園で大輝さんが収穫をしていた頃の様子(提供:中野夫妻)


オーストラリアのバナナ農園で働いていた頃の祐依さん(提供:中野夫妻)

ワーキングホリデーのビザの更新のため、祐依さんよりひと足先に帰国した大輝さんは、日本でも季節就労の旅暮らしを続けていました。そこで、学生時代からの友人の紹介で、有田川町でのみかんの収穫アルバイトの存在を知ることになります。

2018年11月と2019年11月の各1カ月間、有田川町のみかん農家・林 隆一(たかいち)さんの農園で働き、その縁がきっかけで、2020年に大輝さん、次いで祐依さんが移住しました。

移住後、大輝さんは約2年間、林農園で修行。2022年に結婚し、夫婦で中野農園として独立。翌年に中野夫妻に第一子が誕生し、現在は家族3人で暮らしています。

 

その生き様に憧れる、70代のみかん農家とは

移住の決め手になった林さんとは、いったいどういう人物なのでしょうか?

大輝さん「僕にとって師匠ですね。人情味に溢れて、義理堅く、責任感が強くて。関わったことは絶対に最後までやり遂げるような人です。仕事で厳しく言われることがあっても、僕のために言ってくれたとわかるから、ありがたいと思える。本当にかっこいい人なんです」


「林さんと出会わなかったら、今の暮らしはなかった。それくらい大事な人です」と大輝さん

林さんは70代後半。年齢だけでいえば親世代より祖父母世代に近いにもかかわず、その粋な人柄が滲み出た立ち居振る舞いは、若々しいの一言。憧れの先輩農家だといいます。

また、有田川町のみかん農園の多くは山肌を切り開いて築いた石積みの段々畑ですが、近年は石積み経験のない継業農家が少なくありません。しかし、林さんの農園の約半分は自ら開墾したもの。「綺麗に手際よく石垣を積み上げる姿がまたかっこいい!」と大輝さんは話します。


林さんによる石垣積みの講習に参加した際の様子(提供:中野夫妻)

大輝さん「林さんは農業の技術だけじゃなくて、昔話もいろいろ教えてくれるんです。昔は竿を肩に提げて前後に吊るしたカゴにみかんを入れて運んでたとか、牛を使って田んぼを耕していた頃はみんなで朝から草刈りをして牛の餌をつくってたんやとか。そういう会話がすごく楽しくて。孫がじいちゃんの昔話に夢中になる感覚に近いかもしれないです」

祐依さん「このあたりは今は建物ばかりだけど、昔は見渡す限り田んぼだったから遠くの駅まで見えたんや、とかね。農業から地域の暮らしまで、いろんな歴史を教えてくれるので、想像力が掻き立てられて面白いです。いくら聞いても全然飽きないですね」


「昔の景色を想像することで、地域の見え方が変わるのが楽しい」と祐依さん

 

地元の人との関係性が仕事と家探しの突破口に

移住を検討する人にとってハードルとなりがちなのが、職と住です。

大輝さんの場合、収穫アルバイトがマッチングのお試し期間の役割を果たし、大輝さんと林さんが互いの人柄や相性を知る機会となって、独立前の勤務先がスムーズに決まりました。

では、家はどうやって見つけたのでしょうか?

大輝さん「最初は1人で車中泊をして、林農園での仕事の合間で家を探していたんですけど、なかなか見つからなくて。隣町に仮の住まいが決まったタイミングで妻も移住しました。しばらく僕は、坂道の多い片道約30分の自転車通勤で、冬は体から湯気をあげながら出勤していたんですよ。最終的に林さんのつながりのおかげで、有田川町にある今の家が見つかりました」

その物件は、地元のみかん農家が季節就労者の滞在場所として毎年冬だけ使用していた空き家でした。林さんという信頼の後ろ盾があり、大家から「この古民家を通年で借りてくれるなら嬉しい」と言ってもらい、林農園に通勤しやすい場所で暮らせるようになりました。


今の自宅は、林農園だけでなく、中野農園が管理している園地や市街地にも近くて便利なのだそう

近年は古民家を改修して住みたいという移住希望者が増えつつありますが、地方の年配層ほど「古い家は誰も借りないだろう」「知らない人に家を貸すのはちょっと…」といった先入観や警戒心が強いもの。家探しに難航することは、地方ではよくあることです。

その突破口となるのが、地元の人との関係性。そのことがよくわかる出来事でした。

 

オンラインを活かして地方×農業に兼業をプラス

一方、祐依さんは中野農園として夫婦で農業をはじめるまで、移住後どのように過ごしていたのでしょうか?

祐依さん「大輝は週5日で林さんの農園で働きながら、独立の準備を進めていて。その姿を見て、私は “私にできること” をしよう!と思ったんです。それで、近所のスーパーでアルバイトをしながら、趣味を活かしてハンドメイドジュエリーのブランド『Earth Knots Macrame(アース・ノッツ・マクラメ)』を立ち上げて、オンライン販売をはじめました」


祐依さんが大輝さんに贈った作品。みかんがモチーフになっています(提供:Earth Knots Macrame)

マクラメとは手で紐を結ぶことで装飾や模様をつくる技法のこと。祐依さんは、天然石を用いたマクラメ編みで、オリジナルデザインのネックレスやブレスレットなどをつくっています。アレルギー症状を持つ人も愛用できるようにと、接着剤などは一切使わず、金属パーツを使用しない作品も数多く手がけています。

オンライン販売だけでなく、有田川町や和歌山市で開催されるマーケットイベントに出店するなど、積極的に活動を展開。最近ではオーダーメイドの受注も増えているそうです。

祐依さん「やりたいことはやる、というのが私たちの共通のテーマです。何事もまずはじめてみて、ちょっとずつでも形にしていけたらいいなと思っています」

 

世界を旅した学びからエコロジーな農業にこだわる

中野農園として管理する園地は年々増え、現在は約1町半。みかんの極早生(ごくわせ)・早生(わせ)・晩生(おくて)や、はるみ・きよみなど、さまざまな柑橘を栽培しています。

面積としては50mプールの約15倍に等しいですが、プールのように1箇所にまとまっているわけではなく、有田川町西側の複数箇所に園地が点在しているそうです。

大輝さん「ご高齢になった農家さんから『うちの畑もやってくれへんか』と声をかけてもらって、各農園の一部を引き継いだものがほとんどなんですよ。柑橘の種類によって収穫期が少しずつ異なるので、基本は僕ら二人で管理できていますね」


新たに借りた園地に60本のみかんの苗木を植えたときの様子(提供:中野夫妻)

中野農園のこだわりは、自然環境に配慮したエコロジーな農業です。魚粕(ぎょかす)を中心とした100%有機肥料を使用し、除草剤や防腐剤は一切使わず、減農薬に努めています。

これまで二人は海外で果物農家の収穫作業に携わるなかで、エコロジーな農業にこだわる農家の姿を目の当たりにし、思いに共感する場面が度々ありました。その経験を活かし、商品の差別化を図るためにも、中野農園では有機栽培にこだわることにしたといいます。


持続性の高い農業の生産者として、和歌山県からエコファーマーの認定を受けています(提供:中野夫妻)

祐依さん「有機栽培は手間ばかりかかるイメージがありますが、栽培のメリットも多いんです。除草剤を使わないので草刈りが大変な分、土が柔らかくなって木の育ちがよくなったり、雑草がある程度残るおかげで地面の湿度が保たれて、水やりの頻度が少なくて済んだり」

自分たちはどういう農家になりたいか?農業をどういうものにしたいか?について、農作業をしながらいつも二人で話し合っているそう。農業の家族経営は公私ともに過ごす時間が長いからこそ、良好な関係を築くためにも、日々のコミュニケーションが重要だと語ります。

 

地域に感謝して、恩送りのバトンをつなげたい

最近では、有田川町に増えつつある同世代の移住・就農の夫婦同士、わりと頻繁に情報交換を行っているそうです。先輩農家だけでなく、似た境遇の同志がいるとは心強いですね。

地域との関係性の輪もどんどん広がり、高齢の近隣農家から「摘果の人手が欲しいんやけど、2日間だけ手伝ってくれん?」といったスポットの依頼もかかるようになりました。

祐依さん「地方で農業をすると、必然的に濃い関係性のなかで過ごすことになるので、都会の生活とはまた違ったエネルギーが必要になりますね。でも、関わり合いが多いからこそ、人のあたたかみに触れる機会がたくさんあるんじゃないかなって思います」


「農地はもちろん、家や倉庫ひとつ借りるにしても、やっぱり地域との縁が大切」と振り返ります

地域の人々のあたたかさに日々触れているという中野夫妻。その関係性を通じて、みかんづくりの魅力に気付かされることも多々あったと話します。

例えば、みかんは「隔年結果」を起こす果樹のひとつ。豊作と不作の年が交互に繰り返されます。そういった自然ならではの変化や不変的な循環が興味深くて面白いのだとか。

大輝さん「かっこいい!と心から思える人との出会いや、みかんって面白い!という経験をくれたこの地域に何かの形で感謝の気持ちを返したい。その思いのもと日々活動をしています。僕らが林さんの背中に憧れるように、いつか僕らの背中が移住や就農を考える誰かの励みになることを目指して、有田川町のみかん農家としてしっかり根を張りたいと思います」

その恩送りのバトンがつながったら素敵ですねと伝えると、中野夫妻は「それが実現したら、きっと誰より林さんが喜んでくれるでしょうね」と笑顔で応えてくれました。


一番に林さんの喜ぶ顔を思い浮かべる中野夫妻の姿を見て、林さんを敬愛する気持ちが伝わってきました

中野夫妻の取材を通じて、地方×農業の奥深さを感じていただけたでしょうか?

2024年10月5日(土)に大阪で開催されるイベントに参加すれば、その奥深さをもっとリアルに感じていただけるはず。ぜひご参加をお待ちしております。

文・写真:前田 有佳利

                   
有田川町のクラフトビール&地酒も味わえる!移住就農イベント
開催日 2024年10月5日(土)
時間16:30-20:30(30分前に受付開始)
会場Arts&Craftsオフィス
地図
住所大阪市西区京町堀1-13-24 1F
アクセス肥後橋駅より徒歩約7分、本町駅より徒歩約11分
定員20名(第1部・第2部それぞれ)
参加費無料
概要

有田川町での定住や就農に興味のある方に向けたイベント。みかん農家・商社、ぶどう山椒農家、®一次産業ワーケーションのパイオニアなどをゲストに招き、交流会ありのトークセッションを行います。

タイムスケジュール

16:30-18:00 第1部
[トークセッション|産地交流から始まる地域での繋がり]

18:00-19:00 交流会
[with クラフトビール・地酒・みかんジュースなど]

19:00-20:30 第2部
[トークセッション|生産者×商社 みかん業界ディープトーク]

※「1部+交流会」や「交流会+2部」だけの参加もOK!
※交流会は、第1部・第2部の参加者合同で行います。

主催

一般社団法人しろにし

参加方法

下記のPeatixより、お申し込みください。全スケジュールでの参加をご希望の方は、お手数ですが両方のご応募をお願いいたします。

[第1部+交流会]
https://shironishi-2024100501-event.peatix.com/view

[交流会+第2部]
https://shironishi-2024100502-event.peatix.com/view

お問い合わせ先

メール:info@shironishi.jp / 電話:0737-23-8881

備考

上記イベントのほか、現地発着の企画として、しろにし主催「一次産業のお試し体験企画」や、有田川町主催「移住就農体験インターンシップ」も開催予定です。後日、表示名のリンク先に最新情報がアップされますので、ご興味のある方はチェックしてみてください。

※TURNSでは紹介のみ行っています。お問い合わせ・ご連絡はイベント主催者さまへお願いします。

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