2023年10月25日(水)、神奈川県相模原市が主催する「中山間地域を巡るプレスツアー」に参加しました。
今回訪れたのは、相模原市西方の中山間地域「津久井地区」と「藤野地区」。この地域特有の「自然」と「芸術」に焦点を当て、里山体験やアート作品の鑑賞などをおこないました。地域住民の方々を訪ねる機会もあり、各々の取り組みやアート活動についてもうかがうことができました。
そんな相模原市とそこに暮らす住民の魅力をお届けします。
橋本駅からスタート
JRと京王線が乗り入れる橋本駅は、相模原市中山間地域の入り口にあたる場所にあります。
最初に、相模原市の本村賢太郎市長からのあいさつがありました。
相模原市は首都圏に水を送る重要な水源地であること。
市の面積の約2/3を森林が占める自然豊かな地域であること。
近年は「子育てするなら相模原」を掲げ、子育て政策に力を入れていること。
などをご説明いただきました。
また、この橋本駅にはリニアの新駅ができることもあり、現在工事中という予定地も見学しました。
里山の風景が残る水源のまち 津久井
持続可能な里山をつくる「ヘリテッジキーパー」の取り組み
ツアーの最初は津久井湖の南に位置する「つちざわの森」を訪れました。13haもの面積を持つこの森は、現在の山主である守屋浩之さんが20年ほど前に購入した私有地です。
購入当時、この森林はバブル崩壊の影響を受けて長年放置され、荒れ果てていました。守屋さんはこれを整えるべく、地元の林業家の協力を得ながら森林の間伐を進めるとともに、12年ほど前から子どもたちに遊び場をつくる「森あそびの会」とマウンテンバイクのコースをつくる「MTBチーム」に森を開放し、その活用と整備を皆で進めてきました。
2021年12月、それぞれの活動に責任を持ち、持続的に発展させるためにできたのが「合同会社ヘリテッジキーパー」です。その後2023年5月には「つちざわの森」をグランドオープンし、新たに会員制度を始めました。地域住民(利用者)は会員になることで森林の持続に貢献しつつ、森を好きなときに利用したりキャンプを楽しめたりします。ビジターも土日祝であれば森林管理費のみで里山体験をすることが可能です。
マウンテンバイクや焚き火などが置かれている「ケヤキの森」
ワークショップの参加者と一緒に建てたという広場内のスペースで、つちざわの森についての説明を受けます
つちざわの森の里山を活かしたサービスとしては、マウンテンバイクの体験や森林浴、間伐や植林などの森林整備体験、遊び場とコミュニティスペースの利用、農業体験、ロケーションの提供、その他ワークショップの企画運営などがあります。さらに、山中に車椅子が通ることができる道や肢体不自由児も遊ぶことができる遊具をつくるなどの取り組みもされており、障がいの有無や老若男女を問わず誰でも利用できる「多様性の森」として開かれています。
これらの取り組みを通して里山と人の関わりを増やし、地域資源を活性化させ、それらを次世代に繋ぎサスティナブルな環境を生み出すことに力を入れているのだとわかりました。
自然の中だからこそ得られる気づき
ヘリテッジキーパーとつちざわの森についてのお話をうかがったあと、森あそびの会代表で森林浴ファシリテーターの青木薫さんの案内のもと、実際に森林浴を体験しました。
青木さんは、横浜からのUターン者。周囲に子どもが安全に遊べる場所が少ないことに気づき、自分たちの手で子どもの居場所を作る活動を始めたそうです
まずは空がよく見える開けた空間で、目を閉じて自分の身体に意識を向ける「ボディスキャン」や、耳を澄まして聞こえてくる音に集中する「聞くワーク」、遠くにある木を1本決めて上から下までじっくり観察する「見るワーク」、近くにある木を触って触覚を確かめる「触るワーク」をおこないました。
触るワークで私たちが触った木はヒノキで、ヒノキからは免疫力を活性化させる成分が出ているといわれているそうです。森が健康に与える良い影響について科学的な検証が進んでいることを知り、それを聞いただけでも心と体が軽くなったような気がしました。
目を閉じ、自身の身体の声に耳を傾ける「ボディスキャン」
ひとつの木をじっくりと眺める「見るワーク」
木に触れると、温かさを感じる人もいれば冷たさを感じる人もいます
続いて少し山を登り、辿り着いたのは遊具がある秘密基地のような空間。ハンモック型のターザンロープや、大人が座るとちょうど足がつくくらいの大きなハンモックがあります。大きなハンモックに寝転ぶと、木漏れ日を浴びながら枝葉の揺れを眺めることができます。
この枝葉の揺れは1/fゆらぎと呼ばれ、人間が心地よいと感じる要素のひとつです。つまりこの空間は、子どもの遊び場でありながら、大人にとってもリラックスできる場所なのです。
ハンモックに寝転ぶと…
枝葉の揺れを見ながらリラックスできます
大人も楽しめるハンモック型のターザンロープ
肢体不自由児をサポートする器具は、青木さんの強い希望で設置したそう
遊具についての説明を受けたあとは、枝で地面を削って土の匂いを嗅ぐワークをおこないました。土は場所によって匂いが変わるようで、周囲の人と場所を交代していくつかの土を嗅いでみました。木のような香りがしたりカブトムシの匂いがしたりと本当に場所によってさまざまで、新たな発見にワクワクしました。
最後にもう一度ボディスキャンをおこなうと、森に入る前よりも呼吸がしやすくなったり目がスッキリしたりと良い変化があることに気がつきました。他の参加者の方々からも体の調子が良くなったという旨の声があり、自然が人間にもたらす癒しを実感したプログラムでした。
楽しみながら森を守る
その後は、マウンテンバイク体験や薪割り体験などを行いました。
マウンテンバイクと森林整備には密接な関係があり、ライダーのなかには自らコースを整備するところから楽しむ人々もいるのだとか。MTBインストラクターの渡辺さんもそのひとりで、森林整備に関するさまざまな資格を持ち、森の多様性を守りながらコース作りを行っています。
また、薪割りを教えてくださった眞田さんは、趣味の釣りを通じて守屋さんと知り合い、その活動に共感してヘリテッジキーパーに参加しているそう。本業は建築家で、つちざわの森内の建築物の設計なども手掛けているそうです。
薪に使用する木は、森を整備した際に伐採したもの。森のものを余すことなく利用し森に帰す、自然の営みがありました。
森に入ると理解が深まる自然の循環
森林浴を体験したあと、採れたばかりの枝豆をいただきました。この枝豆は相模原地域の在来種で「津久井在来大豆」と呼ばれる品種なのだそうです。つちざわの森近くの休耕地を利用して自然栽培で育てられたとのことで、シャキシャキとした新鮮な食感と濃い甘みがあり、塩がふりかけられていてとても美味しかったです。大きなザルに入った大量の枝豆は無限に食べられそうでした。
枝豆の皮はそのまま森に捨ててよいとのことで、普段はゴミとして捨てられ燃やされているものが、自然の肥料にもなり得るのだと実感しました。森で採れたものを森に還すという自然の循環の中に入ることができ、自然界の流れをより掴めたように感じます。
採れたての枝豆は、甘味が強くホクホク
今回案内してくださったヘリテッジキーパーのみなさん
自然とアートが心地よく共存するまち 藤野
食と人とアートと自然が共存する「カフェレストランShu」
つちざわの森を出て藤野地区に入り、昼食をいただくため「カフェレストランShu」を訪れました。JR藤野駅から相模川を渡り南東に進んだところにあるこのレストランでは、畑と山に囲まれたのどかな風景を楽しむことができます。
この店のオーナーである森久保周一さんと森久保和子さん夫妻は、カフェレストランという空間の中で、アートを通してたくさんの人が集うコミュニティをつくりあげてこられました。そして現在はミュージシャンをはじめ、写真家や画家といったアーティストの活躍の場としてカフェレストランShuを利用してもらっているそうです。
このように食以外の分野とも深い関わりをもったカフェレストランは、藤野の自然豊かな環境を愛し、お店に関わるすべての人との出会いを大切にしてこられたお二人だからこそ開くことができているのだろうと感じます。
カフェレストランShuのオーナー、森久保周一さんと森久保和子さん
お店には店内席とテラス席があり、今回はテラスで自然を思う存分に感じながらお食事をいただくことになりました。
今回いただいたのは野菜がきれいに盛られたベジタブルカレーと新鮮な野菜が使われたサラダ。カレーはチキンかベジタブルから事前に選ぶことができ、参加者のみなさんもそれぞれお好みで選択されていました。カレーはオーナーこだわりのスパイスや自家製のハーブをブレンドしているらしく、スパイシーでとても美味しかったです。
店内には地元作家の作品が並べられていました(写真はさとうますよさんの作品)
テラス席はゆったりとした藤野の自然を感じられます。ペットの同伴も可能です
今回はカレーとサラダをいただきました。奥がベジタブルカレー、手前がチキンカレー
藤野の地域住民とアートの関係性
昼食をいただいたあと、そのまま「カフェレストランShu」にてアーティストのトークセッションが始まりました。今回参加されたのは、グラフィックデザイナーの佐藤純さん、クラフト作家のさとうますよさん、木工作家の藤崎均さんで、お三方とも藤野在住のアーティストです。
写真左から佐藤純さん、さとうますよさん、藤崎均さん
トークセッションが始まってすぐ、佐藤純さんが「藤野を芸術が好きな人だけが集まる“アートのまち”ではなく、“自然の中にフワッとセンスが感じられるまち”にしたい」と仰いました。まるで遠い願望のように言っておられましたが、続けてお話を聞いていると藤野はすでに「自然の中にフワッとセンスが感じられるまち」になっていそうだと感じました。そう感じた理由として、自然豊かな藤野における、藤野ならではの芸術の在り方が関係しています。
ときにアートは難しく、わかりにくく、手を出しにくいものとされて敬遠されることがありますが、藤野ではアートを難しく捉えず生活の一部として取り入れている人がたくさんいます。これは、藤野にアートのヒエラルキーがなく、地元の人も移住者もアーティストもそうでない人も関係なしにコミュニケーションをとり、仲良くなってみんなで“遊ぶように”アートワークをつくっているからです。
このハードルの低さが藤野における芸術の在り方を確立しており、「アートのまち」ではなく「一人一人の個性がアートによってフワッと存在するまち」をつくりあげているのだと思いました。
そんな藤野と芸術のゆるく楽しい関係性を証明しているものとして、毎週のようにおこなわれているアートイベントがあります。イベントでは老若男女問わず、各々が面白そうだと思ったことに取り組み、見栄を張らずにただ楽しんでいる姿を見せています。するとその姿がどんどん人を繋がらせて、新たな取り組みにも繋がっていき、好循環が生まれます。ここでも「藤野というまちに存在する住民のフワッとした個性」を確立していると言えるでしょう。
かっこいいものや深い意味がこもったものをつくらなければいけない、というような芸術に対するハードルを取っ払い、地域住民の興味関心や楽しい気持ちを大切にする藤野ならではの芸術の在り方に触れることができ、地域と芸術の可能性を感じられるトークセッションでした。
藤野のアートイベントの歩みについて、貴重なお話も伺えました
自然に佇む芸術作品「芸術の道」
レストランを出たあとは西方に進んで「芸術の道」に入り、野外に展示されている芸術作品の28作品中15作品ほどを鑑賞しました。基本的にはバスでの鑑賞になりましたが、「FLORA•FAUNA」や「森の記念碑」などは外に出て間近で見ることができました。各作品にはキャプションがついており、作品名や作家名、簡単な作品の情報を得ることができます。
芸術の道の作品のなかでも、強いインパクトを残す「山の目」
緑の中に突如現れるステンレスの塔「空を持つ柱」
特に印象に残っているのは、閑静な道路沿いにポツンと佇む作品「庵(いおり)」です。
錆びた建物らしき造形物の中に入ると、土や枯れ葉がまるで作品の一部かの如く落ち入り、新芽が生えている部分もあります。錆びた人工物と自然の生命が同じ空間に存在しているところに大きなギャップを感じつつも、それがひとつの作品として置かれていることでどこか自然と人工が調和されているようにも感じられる不思議な空間でした。
山中の工房でアート体験「藤野芸術の家」
続いて訪れたのは芸術の道の東方にある「藤野芸術の家」。ここでは宿泊やアート体験などを提供しています。
雄長館長の案内のもと、館内を見学しました。宿泊施設は4人部屋や2階建ての広い部屋があり、スタジオやホールもあることからバンドやダンスなどの合宿にもとても適しています。
「藤野芸術の家」の雄長館長
宿泊施設は合宿などにも適しています
たくさんのスタジオがあり、ロビーには音が鳴る仕掛けの「音のタンス」も
ホールは音楽や演劇の公演だけでなく、剣道やダンス、吹奏楽の練習などにも利用されているそうです
アート体験ができる工房では、木工機械などを扱って小箱や乗り物などをつくる木工体験や、粘土のように器をつくって焼成する陶芸体験ができます。
今回は、ガラスを削って模様を入れるサンドブラスト体験をしました。まずはお皿やコップなどの中から加工したいものを自由に選び、模様を決めてマスキングテープを貼っていきます。
テープを貼っていない部分を削って色を濁らせるため、透明に残しておきたい部分にテープを貼ります
テープが貼れたら次は削る作業。透明な蓋がついた箱型の機械に作品を入れ、手袋をはめて削っていきます。蓋を覗きながら手を進め、ときおり蓋を開けて削れ具合を確認する作業は、まるでガラス職人になったかのような気分を味わうことができます。
強い風圧のおかげであっという間に完成しました。できあがった作品は洗って包装し、持って帰ることができます。
藤野の景色と源泉で体を癒す「藤野やまなみ温泉」
今回のツアー最後のプログラムは、藤野芸術の家からさらに南に進んだところにある「藤野やまなみ温泉」を訪れました。ここは相模原市立の施設で、2023年8月にリニューアルオープンしたばかりの綺麗な温泉です。
入り口を通って最初に見えるのは吹き抜けのエントランスホール。たくさんの相模原土産やアーティストによるグッズが置いてあります。ホールの横には広い無料休憩所(大広間)があり、入浴後にくつろいだり、食事やドリンクをいただけたりします。
藤野やまなみ温泉のお風呂は源泉を100%使用しており、関節痛や筋肉痛に特に効果があるといわれているそうです。山を眺められる露天風呂もあり、春は目の前が一面桜景色に。夜にはライトアップされる夜桜も楽しむことができます。
施設について、支配人から説明を受けました
源泉を使用したお風呂や露天風呂、サウナもあります
露天風呂の前に広がる綺麗な景色、春には満開の桜を眺めながら入浴できます
今回はここで、藤野の特産品であるゆずを使ったサイダーをいただきました。その場で楽しむことはもちろん、お土産として持ち帰ることもできる、とっておきの商品です。ゆずの香りとさっぱりとした風味が1日の締めにピッタリでした。
今回のツアーを通して、相模原市の中山間地域に存在する「自然」と「芸術」をじっくりと体感することができました。ヘリテッジキーパーのように里山の中に人が過ごせる空間をつくり、人と自然のサスティナブルな関係構築に携わる方々もいれば、カフェレストランShuのオーナーや藤野のアーティストのように人とアートの関係性をつくりあげてきた方々もいるこの地域。訪れた各所において、「人と自然」「人と芸術」の交わりが感じられ、自然や芸術が人間の生活の豊かさに繋がり、さらには地域の性格をつくる要素にもなっているのだとわかりました。
相模原市のゆったりとした環境に身を置き、いきいきとした人々のコミュニティに入ることで心身ともに癒され、人生に遊び心を持って楽しさを見出せるかもしれません。自然や芸術に興味がある人もそうでない人も、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。