【農業の社会課題を解決する~スタートアップ×大企業と自治体との協働から学ぶ~】
イベントレポート

スタートアップと大企業・自治体の協働には メリットを与えあう関係が不可欠

行政課題を持つ地方自治体と、課題解決能力を持つスタートアップのマッチングを進めるプラットフォームを提供するTOKYO UPGRADE SQUARE(運営:東京都・(公財)東京都中小企業振興公社)は、5月27日にオンラインセミナー「農業の社会課題を解決する~スタートアップ×大企業と自治体との協働から学ぶ~」を開催しました。

登壇者は、AGRIST株式会社・代表取締役兼最高経営責任者の齋藤潤一さん、ENEOSホールディングス株式会社未来事業推進部・関悠一郎さんのお二人。AGRISTはピーマン・キュウリを収穫するロボットの開発などを通じて、テクノロジーで農業課題を解決するベンチャー企業。宮崎県新富町に本社を置き、地元の農家さんの声と真摯に向き合いながら「100年先も続く持続可能な農業を実現する」というヴィジョンの実現に日々取り組んでいます。一方のENEOSホールディングスは、世界有数の総合エネルギー企業グループ・ENEOSグループを統括する持株会社。日本を代表する大企業ですが、関さんが所属する未来事業推進部はENEOSビル外にオフィスを構え、独立した決裁権限を持って「2040年にあるべきグループの姿」を追求するチーム。関さん自身は群馬県の専業農家に生まれ、農業にも馴染みのある環境の出身です。

左・ENEOSホールディングス株式会社未来事業推進部  関悠一郎さん 右・AGRIST株式会社・代表取締役兼最高経営責任者の齋藤潤一さん

齋藤さんと関さんが出会ったのは、2019年11月のこと。宮崎県新富町で開催されたイベントで顔を合わせたお二人は、農業用ビニールハウスでの太陽光発電などの話題で盛り上がりました。

そこから圧倒的なスピード感で話が進み、AGRISTとENEOSホールディングスは2020年3月から協業をスタートさせました。低炭素・循環型社会への貢献を目指すENEOSホールディングスが進める「営農型太陽光発電事業」と、AGRISTが持つ農作物収穫ロボットの技術を掛け合わせることで、農作業の自動化と再生可能エネルギーの普及、そして農業課題の解決を実現するモデルの構築を目指しています。

スタートアップ×大企業、協業のポイントは「スピード感」と「事業成長ビジョンの共有」

まさに「スタートアップ×大企業」の理想的なマッチングといえる両社。パネルディスカッションで成功のポイントを聞かれた齋藤さんは「私たちは、『大企業だから』ENEOSさんと組んだわけではありません」と答えます。

「結論からいうと、協業することで企業の目的やビジョンのゴールに近づくかどうか、事業成長できるかどうかがすべて。2020年はスタートアップの分野で賞をいただくことが多かったので、多くの企業から出資や協業のお声がけがありました。しかし、いわゆる大企業では担当者が実際に現場に来るまでひと月半もかかることが珍しくない。その点、関さんは宮崎県新富町まで日帰りで来てくれたんです(笑)。さらに、関さんの同僚の方や上司の方も、ついにはENEOSホールディングスの副社長さんまで新富町に来てくださいました。その熱意とスピード感、現場意識の高さには驚きました。そんな関さん、ENEOSさんだから協業に至ったのです。この方々であれば一緒に事業成長できると確信しました」(齋藤さん)

「あのときは、半分衝動的に動いていたんだと思います。大企業だと、どうしても会社の動きが個人の動きを規定してしまう面がありますが、私たち未来事業推進部は会社本体から物理的に距離を置いているところもよかったのかも知れません。協業するポイントとしては、やはりスピード感です。私がAGRISTに惹かれたのは、齋藤さんやスタッフの皆さんの人となりに可能性を感じたから。協業の内容もあえて細かく決め込みませんでした。AGRISTも立ち上がったばかりだったので、細かい業務提携内容を決めてAGRISTの行動を縛ってしまうことはしたくなかった」(関さん)

「もうひとつポイントを挙げると、ビジョンを共有できるかどうか。私たちとENEOSさんは、目指している先が同じでした。営農型太陽光発電を通じて脱炭素化を進めることは絶対に必要だ、という意識は関さんとは初対面のときから明確に共有できています」(齋藤さん)

 

「自治体との協働」は目的ではない。お互い何をギブできるか

さて、この日のもうひとつのテーマは「自治体との協働」。AGRISTは宮崎県新富町をはじめ、大分県、茨城県つくば市などの地方自治体と実際に共同プロジェクトを行っています。その経験をベースに、齋藤さんからはシビアな意見も飛び出しました。

「スタートアップの方でよく見かけるのが、『自治体を巻き込むこと』が目的になってしまっていること。お互いにとってどんなシナジーがあるか、お互いが何をギブできるかを考えないと。『どうやったら自治体を落とせるか?』という発想からは何も生まれないですよ。自治体とどうやって接点を作るかと聞かれることもありますが、それより自分たちの事業をきちんと成長させることを考えたほうがいい。おいしい話がどこかに転がっている、なんてことはありません」(齋藤さん)

「企業と自治体のあいだでも、ビジョンを共有できているかどうかは大切ですね。自治体との協働の進め方には正解はないと思っていて、やはり直接やり取りする相手との相性もある。新富町は、すごく門戸を広く開いてくれています」(関さん)

「新富町はスマート農業を推進していたので、同じビジョンを共有できました。座組ありき、提案ありきではなく、ゴールが共有できたから、いい関係を作れていると思います。やはり、どれだけ地域に貢献できるか、ですよ。自分たちは新富町に新社屋を立てて、エンジニアを100人採用して、上場しようと思っている。それだけ雇用を生む企業、上場を目指す企業があるというのは自治体にとっても大きなメリットになります。私たちは新富町にそれだけギブしようと思って取り組んでいますから」(齋藤さん)

 

大切なのは信念を貫き、共に目指すゴールを共有すること

スタートアップ×大企業・自治体。実際に協業・協働を成功させているお二人から、まとめとして出てきたのはやはり「事業成長からブレない」そして「ゴールやビジョンを共有する」というメッセージです。

「スタートアップの観点から言えば、自分たちは何者かという軸をちゃんと持っていなければ。経営者という意味では、事業への信念ですよ。私の場合はロボットで農業課題を解決するということ。ここを忘れなければ一緒にやろうという大企業や自治体は必ず出てきます」(齋藤さん)

「ビジョンやゴールの共有し、企業としての信念はどこにあるのかをしっかり整理していくこと。一緒にやっていて楽しいと思える関係性を作っていくことも大切です」(関さん)

 

 

「大企業との協業、自治体との協働は、恋愛に似ています。ちゃんと探さないとパートナーは見つからない」という齋藤さんの言葉にもあるように、恋愛や結婚(=協業や協働)は目的ではなく、お互いにとってよりよい人生を送るための手段。目指すゴールは、農業の社会課題を解決すること。スタートアップと大企業・自治体が共に同じゴールを目指せる関係こそ、協業のあるべき姿だということを学んだセミナーでした。

 

文・笠井美晴

                   

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