雰囲気だけで住みにくいのでは・・・と敬遠されることも多い町家。
その不便さゆえに、手づくりする工夫や発見の楽しみもあります。
町家のいいところは、ないものがいっぱいあること
メリットとデメリットでものを考えることが多くなった現代、便利で快適なものがもてはやされる。しかし、そればかりを選んでいると、見えるものが限られて、その結果、楽しめることも減ってしまうのではないだろうか。
ハンドメイド服作家のFUーKOさんこと美濃羽まゆみさんは、住みにくいと敬遠されることが多い町家暮らしを楽しんでいる。
洋裁の仕事と並行して、そのていねいな暮らしぶりが注目を集め、いまでは”手づくり暮らし研究家”として、本の執筆や講演などの仕事もこなす。家族4人で住む京都の古い町家の不便さを、いかにワクワクできることに変換できるかを検証すべく、工夫に満ちた毎日を過ごす。
「”うなぎの寝床”といわれるように奥に長い町家は、窓が南北にしかなく、光の入らない部屋は日中でも電気をつけなければいけないほど。収納は少ないし、坪庭は団子虫王国。機密性が低く、家のなかの声がご近所に筒抜けなので、プライバシーもない、まさにないない尽くしですね(笑)」
”はんなりほっこり”という形容詞とともに語られる、憧れの京町家は、実際に暮らすにはかなりの覚悟を必要としそうだ。
家に手をかけるほど、愛着がわいてくる
町家に暮らすようになったきっかけは、大学で林業を研究するご主人が『京都に住むなら町家に』と希望したから。美濃羽さん自身は最初、町家住まいに乗り気ではなかった。しかし、夫婦で町家の見学会に出向くたびに、趣のある風情に次第に魅了されていく。そうして2008年、築90年という町家での生活をスタートさせた。
「ずっと現代風の家にしか住んでこなかったので試練の連続でした」
13枚もあるという障子は破れるたびに和紙でつくろい、建具は季節ごとに入れ替える。コードを何度もつなぎ直さなければならないため、掃除機ではなくほうきで掃除。初めてのことに挑戦し、数年かけてコツをつかんでいった。
「不便さは逆から見ると、良さでもあることに気づいたんです」
幅が狭く、奥行きの長い間取りは急な来客時でも生活感のある場所を見せずにすむし、障子は取りはずして自在に空間を拡大できる。天窓から差し込む明かりがつくる陰影の美しさに気づき、年数を重ね味わい深くなっていく天然素材の手入れを知った。
「昔ながらの暮らしは面倒で不便。それでも頭をひねって手をかけるほど、家に愛着がわいてきました」
日々にメリハリ、季節感や手づくりを生活に取り入れる
町家に住みはじめて、坪庭の花や緑を愛で、部屋に飾り、季節のうつろいを実感するようになった。風通しのいい縁側や坪庭で梅の実や野菜を干し、大好きな保存食をつくる機会が増えた。自分のサイズ、自分の好みにあわせて、子どもや自分の服をはじめ、カーテンや簡単な棚など、家のなかに手づくりのものが増えていった。
もちろん何もかも手づくりすべき、と自分に課しているわけではない。根っこにあるのはつくることの楽しさだ。子育てについて悩んでも、好きなことに集中する時間を持つことで、毎日にメリハリが生まれるようになった。
「ないものだらけの環境を嘆くのではなくて、ないならつくればいい、と一歩踏み出していく。おかげでずいぶんメンタルが強くなりました(笑)」
”便利”をうたい文句に不安をあおるメディアにふり回されることなく、むしろ不便は暮らしを見つめなおすチャンスになる。節約とは違う、自分にとって要不要を見極める目も養われた。
そしてとうとう”働き方”まで手づくりすることになった。出産前の職場には戻らず、子どもとの暮らしを優先させるために家で働くことを選んだ。
文:安田祥子 写真:仲尾知泰
記事全文は本誌(vol.24 2017年8月号)に掲載