福島県の沿岸部に位置する小高区は、東日本大震災により全区民避難という苦難を経験。
故郷への思いを胸に帰還し、この地を再生すべく新たななりわいを創出した人々を訪ねた。
ワインを小高の名産品にして、町に活気を生み出したい。2019年、ゼロからワイン造りを始めた「コヤギファーム」代表の三本松貴志さんが描く、人が集まり賑わう町の姿とは。
もともと牧草地だった場所でブドウ作りを始めた、コヤギファーム代表の三本松さん。
農園名は「小屋木」という地名から名付けた。
冬の澄んだ空気に包まれたコヤギファームでは、朝からブドウの苗木の剪定作業が行われていた。
開業1年目に1・2ヘクタールだった畑は、現在3ヘクタールにまで拡大。ヨーロッパ品種のカベルネ・フランやメルロー、日本の甲斐ノワール、甲斐ブランなど、7品種約5400本の苗木が植えられている。
冬場の苗木の剪定、誘引作業。どの枝を切ってどの枝を残すかで、来季に育つブドウの良し悪しが決まる
すっかり剪定作業が板についた三本松さんだが、この道に進んだのは5年前。震災後、父から受け継いだ家業の酪農は原発事故の影響により休業を余儀なくされ、市内のNPO法人やふるさと農地復興組合等に勤めていた。ある時、久しぶりの家族旅行でたまたま立ち寄った山形県の高畠ワイナリーが、ワイン造りの道をひらくきっかけとなった。
2019年に植えたカベルネ・フランで作ったコヤギファーム初のロゼワイン。色も美しい。
「そこにいる人たちが皆楽しそうにブドウやワインを囲んでいる姿がとにかく印象的で。この光景、賑わいを南相馬にもつくりたいと思いました。自分自身の生き方としても、軸となるなりわいを見つけなければと思っていたので、小高の名産品になるようなワイン造りに挑戦することにしました」
コヤギファームの開業翌年には、栽培・収穫したブドウでワインの試験醸造まで漕ぎ着けた。迷彩柄デザインが目を引く「カムフラージュ」と名付けたワインは、「アウトドアでカジュアルに楽しんでほしい」という三本松さんの想いが込められている。
昨年夏〜秋にかけて、みずみずしく実ったブドウ。
今後はワイン造りの精度を高めるのはもちろん、敷地内にワインの醸造所や直売所を増設し、県内外から人が集う場所にしていきたいという。
「小高は地方都市にありがちな閉鎖的な雰囲気がないのがいいところ。今は収穫期に作業ボランティアの方を数名募る程度ですが、ゆくゆくは県内外の方々に向けてバスツアーのようなこともしてみたいですね。一緒にブドウを収穫したり、完成したワインを味わったり。うちのワインを通して南相馬や小高という土地を知ってもらえるようになったらうれしい。そのためにも、まだまだおいしいワイン造りを極めたいと思います」
文・木下美和 写真・アラタケンジ
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