埼玉県 長瀞町 現役隊員
暮林まどかさん
活動内容:長瀞町の新しい土産品をつくる
夫婦で飲食店を13年間営んでいた暮林まどかさんが、住み慣れた東京・練馬を離れて地域おこし協力隊になろうと考えたのには、いくつかの理由があった。
「夫婦そろって40代を迎えたこと、そして数年前に父が亡くなったこともあって、改めて自分たちの人生を考えるようになりました。店には常連さんもたくさんいてそれなりに順調にやっていたのですが、いまの肩書きを外した自分に戻って、人生の冒険ができるのもこのタイミングが最後だろうと夫とも話をしました。」
移住を検討し始めた暮林さんは、夫婦で移住体験ツアーに参加し、たまたま長瀞町が地域おこし協力隊を募集していることを知る。そのミッションのテーマが「食」だったことから〝呼ばれている〟気がして、すぐに応募。まさか採用されるとは思わなかったそうだが、新しいお土産品を実際に企画してプレゼンテーションをするといった審査などを経て見事に採用された。
「趣味の登山で秩父方面には訪れたこともありましたし、東京からもそう遠くないのでいつでも戻れるという気軽さもありました。店のお客さんたちに事情を説明すると、みんな『頑張って』『行ってらっしゃい』と送り出してくれました。」
地域住民がみんなで行う草刈りなどにも積極的に参加している
地元の農家さんとの出会いから、朝採れ野菜の直送便が生まれる
夫婦で長瀞町に移住した暮林さんは、2019年11月に長瀞町の地域おこし協力隊として着任。すぐに活動を開始するつもりだったが、町で初めての協力隊ということもあり、着任直後は戸惑う場面も少なくなかったという。
「ミッションは『共に長瀞町の新しい土産品をつくる』というもので、そもそも、なにをつくるかを考えるというところからのスタートでした。」
未経験の商品開発というミッションに最初は戸惑った暮林さんだったが、気を取り直して行動を開始した。
「まずはヒントとなる〝何か〟を探すことから始めようと考え、地図を片手に町内を回ることにしました。ただ、運転免許を持っていなかったので、移動は徒歩か自転車でした。ある日、農家さんの庭先に干してある大根が日差しを受けてキラキラと輝いているのがきれいだったので、もの珍しく、じっと見ていると、『どこからきたの? お茶でも飲んでいく?』と声をかけていただきました」
それがきっかけとなってその後もそのお宅にお邪魔するようになった暮林さん。そこから農家の方の知り合いが少しずつ増えていったという。
「遊びに行ったときに、秩父地方で小昼飯(こじゅうはん)と呼ばれるものをご馳走していただきました。農作業の合間にいただくおやつのようなものですが、これがとてもおいしくて、『このおいしい野菜や食べものを東京の友人たちにも送ってあげたい』と相談しました。すると、『まどかちゃんがやりたいようにやってごらん』と応援してくれて、段ボール箱に野菜やお土産を詰めさせてもらい、〝ふるさと便〟のような状態で東京の友人たちに送ることができました。」
友人たちからは「また送って欲しい」「○○さんも食べてみたいと言っている」という嬉しい反応が帰ってきた。それがきっかけとなって生まれたのが、長瀞町の朝採れ野菜や地元の加工品などを届ける直送便『ながとろ町のお土産野菜Torocolo(トロコロ)』だ。
「最初は1回だけのつもりで、ネーミングやロゴもそれっぽくして、友人たちに楽しんでもらえればと考えていましたが、まさかこんなに続くとは思っていませんでした。12名ほどいる地元の農家さんたちが楽しんでくれているからこそ、こうして続いているのだと思います。」
現在、年4回届く定期便と注文の翌週に届く単便があり、定期便のリピーターは80名ほどいるそうだ。そして、暮林さんが考案したもうひとつの商品が『ながとろ花梨(かりん)』だ。
左)季節の野菜が直送便として送られてくる「ながとろ町のお土産野菜Torocolo」 右)協力してくれる農家さんとは、みんなで食事会をするほど仲がいいそう
落ちていたカリンに着目して任期3年目に商品開発に成功
「町のあちこちに黄色くて大きな実が落ちているのが気になっていて、後でそれがカリンの実だと知りました。昔は家を建てるときに〝縁起がいい木〟として、カリンの木を植えるのが流行っていたそうです。」
カリンの実の効能やその背景を知った暮林さんは、どうにかこれをおいしく食べることはできないかと考え、スパイス専門会社などの協力も得て、商品開発に取り組んだ。2年間試作を重ね、町役場の調理室を加工場として使用する許可を取り、カリンを使ったカレーペーストなど3種類の瓶詰め商品を完成させた。
カリンを使ったカレーペーストなど3種類の瓶詰めペーストを完成させた。
「カリンが秘めている〝化ける〟可能性におもしろさを感じたのと、これを食べられる商品にできたら、地元の人たちに楽しんでもらえるのではという想いがあったから、なんとか完成にこぎつけられたのだと思います。」
『ながとろ花梨』は2021年12月に商品化され、町長や町役場の職員、観光協会、商工会、そしてお世話になった方々を招いてのお披露目試食会も開催された。
「スパイスは好みが分かれるのではと不安でしたが、『この辛さがいいね』と年配の方にも好評でホッとしています。着任当初は想像もできませんでしたが、協力隊として最後の年にずっと気になっていたカリンを使って、商品開発ができたことは素直に嬉しいです。」
地元の飲食店や土産物店から「扱ってみたい」と声がかかっているという。今後は町内で食べられる場所を増やし、「いずれはカリンを長瀞町の新しい名物にしたい」と暮林さんは新たな目標を掲げている。
暮林さんが2年がかりで商品化した「ながとろ花梨」。2種類のカレーペーストとホイップドバターの3種類ある
地域おこし協力隊だったからこそ、ここまでできた!
「協力隊の方のなかには、明確な目的を持って地域に入る人もいますが、私は違いました。もし、ポッとここに引っ越してきていたとしたら、Torocolo(トロコロ)もカリンペーストも生まれなかったと思います。地域おこし協力隊として長瀞町にきたからこそ、町の人たちのなかに入っていくことができたし、皆さんとも仲よくなれました。そして、いい意味で町が自由にやらせてくれたからこそ、ここまでやってこられたのは間違いありません。」
自然豊かな環境のなか、おいしいものを食べてゆったりした時間を過ごしているとき、「本当にここにきてよかったね」と話しているという暮林さんご夫婦。協力隊へのチャレンジは「3年間の人生の冒険」と考えていたというが、その気持ちに変化はあったのだろうか。
「任期終了後は長瀞町に定住して、仲良くなった農家さんたちと一緒に楽しく仕事ができるような環境をつくっていきたいと考えています。畑の直送便や交流型農園、ファームスタンドの運営、そして『ながとろ花梨』のような野菜の6次産業化など、夫婦で起業して冒険を続けていくつもりです。」
左)一緒に山の整備をしている地元のお母さんたちと、よく登山に出かける 右)地元の小学校で「食」をテーマとした授業を行ったことも
埼玉県 長瀞町 現役隊員
暮林まどかさん1977年生まれ。東京都出身。13年間夫婦で飲食店を経営していたが、40代を迎えたのを機に移住を考え始め、長瀞町の地域おこし協力隊に着任。任期終了後はこの町に定住して、地元の農家の方たちと一緒に仕事をしていくつもりだという。
長瀞町地域おこし協力隊:http://www.town.nagatoro.saitama.jp/chiikiokoshi_link/
地域おこし協力隊とは?
地域おこし協力隊は、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に移住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組です。具体的な活動内容や条件、待遇は、募集自治体により様々で、任期は概ね1年以上、3年未満です。
地域おこし協力隊HP:https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei
発行:総務省