人のつながりを資本としてとらえる
『地域資本主義』の実践。
企業と地域、そして働くひと…
三方よしの新たな経営哲学に迫る
鎌倉から拡がる
面白法人カヤックの地域資本主義
「仲間と面白い会社を作ろう」。一九九八年、学生時代の友人三人が集まり創立した会社は、今では鎌倉で知らない人はいない地元企業へと成長した。面白法人カヤック。ゲームアプリやウェブサイトの制作を手がける会社でありながら、あえて東京ではなく神奈川県鎌倉市に本社を置き、市内の起業支援拠点や保育園の運営にも携わる。何をするかより誰とするか、を大切なキーワードとして掲げ、地域に対してユニークなアプローチをする根底には、代表取締役の柳澤大輔氏が提唱する『地域資本主義』の思想がある。便利さや効率といった従来の経済資本とはほかに、地域の人のつながりや自然、文化といった地域固有の魅力を資本と捉えて最大化を目指すことが、企業の成長と地域の持続可能な発展につながるという考え方だ。この『地域資本主義』のもと、自社の社員だけではなく、鎌倉で働く人や暮らす人を応援する数々の取り組みがある。
本社近郊に住む社員には『鎌倉手当』と名付けられた住宅手当を支給して職住近接を呼びかけ、三百人余りいる社員の約四割が鎌倉市や近隣の逗子市に居住している。社員が地域住民になることで築かれる人間関係が会社の資産になるという考えから地域活動が積極的に推奨されており、中には近隣住民と畑をシェアしたり、寺の行事に参加したりする若手社員も。鎌倉で働く人たちのみが利用できる『まちの社員食堂』には地元の約五十の飲食店が週替わりで出店。地域で働く人たちが集い、交流の場になることで、人のつながりを増やすことが狙いだ。そして、鎌倉で暮らし、働くのに欠かせない保育園の不足には、鳩サブレーで知られる豊島屋と共に企業主導型の『まちの保育園』を開設して対応した。保護者の中から、面白法人カヤックの運営する近隣の起業支援拠点を利用する人が出るなど、地域とのシナジーが少しづつ見える形になってきた。
これまで定量化されることのなかった人の繋がりという新たな地域資本。得意とするIT事業と組み合わせて生まれたコミュニティ通貨サービス『まちのコイン』や移住スカウトサービス『SMOUT』は、地方創生の新たな一手として注目されている。個人の幸せな働き方と企業の成長を後押しする独自の『地域資本主義』は、鎌倉から全国へと着実に拡がりつつあるようだ。
『地域資本主義』の会社が考える
今、地域で暮らすこと
新型コロナウイルスが猛威を振るった二〇二〇年。感染の拡大を防ぐために人の移動は制限され、私たちの生活は一変した。遠くへ出かけることもできず、在宅勤務で過ごす日々。暮らしを見つめ直す時間の中で多くの人が移住に関心を向けたのは必然だったのかもしれない。
面白法人カヤックの提供する移住マッチングサービスSMOUTは激動の一年を経験することとなった。地域に関わりたい人と地域の人とを繋ぐこのサービスは、元々、人のつながりや地域と特徴を資本として捉える地域資本主義の考えを元に生まれたものだ。面白法人カヤック事業部長の中島みきさんは「二〇二〇年は、SMOUTにとっては、参加してくださる方が増えて賑わった一年でした」と振り返る。それまで大半を占めていた二十代や三十代のユーザーに加え四十代や家族のいる人の登録が増えた傾向を、都市部や混雑した所で暮らす生活の不安を感じる人が多くなったのではないかと分析する。地方への関心が高まる一方、縁のない土地への移住はそう簡単な決断ではない。「実際に移住した人たちを見ていると、給付金や空き家がもらえるという条件ではなくて、地域の人たちに出会って会話をして、背中を押されて行動に移しているんですよね。この人の近くだったら一緒に生活できそうだなとか。人と人との出会いの大切さを改めて感じました」
地域の魅力を知ってもらうには…
オンラインに見出す新たな可能性
外出の自粛や人の移動の制限が強くなればなるほど、都会に暮らす人たちの地域への関心は高まっていった。移住や関係人口の増加に取り組む自治体には願ってもない機会だったが、都内でのイベントや相談会、あるいは地域での宿泊体験などは軒並み中止に……。そんな自治体の施策の行き詰まりにオンラインが風穴を開けることになった。
面白法人カヤックでは、職住近接を推奨するのと同時に、従前から場所を問わないリモートワークが取り入れられてきた。元々オンラインによるコミュニケーションに慣れ親しんでいた面白法人カヤックのメンバーは、必要に迫られて業務やイベントのオンライン化に取り組む自治体関係者の試行錯誤、そして適応を目の当たりにすることとなった。昨年三月、熱海市や花巻市、萩市などが、地域住民が地元を紹介するオンラインツアーをいち早く開始。その後、オンラインの移住相談や移住フェスが後に続き、地域の魅力を発信する場は完全にオンラインへと舞台を移すかたちとなった。例年東京や大阪で対面開催していた移住フェアをオンラインで開催する地域も増えている。多彩な動画コンテンツを準備したり、双方向のコミュニケーションが取れる仕組みを採用したりと画策。オンライン面談の利用やコメント投稿の増加から、関係者はオンラインへの期待を高めている。長野県信州暮らし推進課の林すみれさんは「東京圏以外にお住まいの方や子育て中で外出が難しい方などから、オンライン開催だったからこそ参加できたという嬉しい声も寄せられた」とオンラインイベント開催への手応えを感じている。カスタマーサクセス担当の高垣陽子さんは「環境の変化から働き方や暮らしについて考える人が増え、それに合わせて地域が多くの可能性を提示してきている。新たな人との繋がりを形成する取り組みができたことで多様なプロジェクトが地域から上がってきている」とオンライン化の流れについて述べた。
急速なオンラインへのシフトの背景には、新型コロナウイルスの影響で自治体関係者らがZOOMやTeamsなどのオンライン会議ツールを日常的に使うようになったことが挙げられる。自宅から気軽に参加できるオンラインイベントは、地域に関わりたい気持ちはあっても新天地での新しい暮らしを具体的に思い描くことができない人たちには打って付けの機会でもあった。多様化するユーザーの興味や意識、ニーズに合わせて、受け入れる地域側の自治体や団体が提示するプロジェクトも多種多様となり、SMOUTではこれまでに二千六百以上のプロジェクトが立ち上がっている。「自分たちのまちの魅力を発信し、人と繋がれる場所としてSMOUTを利用してもらえました。コロナで抑圧された状況ではあったけれども、その中でできることを考えた結果生まれた面白いプロジェクトもたくさんありました」と激動の一年を振り返った。そして、SMOUTが歩む新たな一年。中島さんは「オンラインから直接出会うオフラインへと移行するタイミングをどのようにつなげていけるかが課題。地域の皆さんと一緒に、コロナ前よりももっと良い出会いになったよね、と言えるような出会いを作っていきたい」と展望を話した。
新型コロナウイルスの影響で依然として地域との往来が難しい状況が続く。一方で生活の変化を求める気持ちは、地域での暮らしをもっと近くに、より現実感のある選択肢として提示している。人の繋がりの大切さを痛感する今、『地域資本主義』が改めて暮らし働くとは何かを問い掛けているといえるだろう。
編集…宮部 誠二郎 取材・文…中村 早紀 写真…ミネシンゴ