【企業と地域の繋がり方】企業が行う「人材育成」と、地域で実現できる「キャリアデザイン」

オンライントークイベントVol.10開催レポート

宮崎県新富町で地域資源を活かした多彩な新規ビジネスを展開する地域商社「一般財団法人 こゆ地域づくり推進機構」(以下、こゆ財団)とTURNSがタッグを組んだオンライントークイベント『企業と地域の繋がり方』Vol.10が3月3日に開催されました。今回は、“人材育成” がテーマ。

ゲストは、地域創生Coデザイン研究所(NTT西日本)に所属し地域との共創に取り組んでいる杉原薫子さんと、株式会社 環で「ハピネス・オフィサー」という役割を務める椎野磨美さんです。

地方創生の場でこれから求められる人材とは? そして、そんな人材になるためにどのようなキャリアを形成したらいいのか? 対照的なキャリアで地域に関わるお2人の活動から人材育成を考えたトークセッションをご紹介します!

 

【ゲスト】

◆杉原薫子さん
地域創生Coデザイン研究所(NTT西日本)主幹研究員 シニアCoクリエイター

新卒でNTT入社後、法人営業部門で自治体向けの教育・防災・介護等のシステムソリューションコンサル、マネジメントに従事。2015年より人事部ダイバーシティ推進室長として、社員の多様性発揮に向けた育成・制度・働き方改革を展開しつつ、2019-20年には大阪大学大学院人間科学研究科未来共創センター特任准教授として、産学連携での地域社会のD&I活動にも従事。
2020年からは現職にて、地域社会の活性化に向けたビジネス開発に従事。評論家や提供者目線ではなく、地域の方々と共に考え進む共創活動をめざして奮闘中。専門分野は観光・キャリアデザイン・教育福祉など。

 

◆椎野磨美さん
KAN Corp. (株式会社 環) 執行役員 Chief Happiness Officer

新卒でNECに入社。NECで、人材育成コンサルティング、人材育成プログラムの開発など、人材育成・研修業務に約21年間従事。入社3年目より、パラレルキャリアとして技術書を執筆。現在までに執筆した技術書籍は15冊を数える。また2011年、楽しくITやビジネスを学べるコミュニティー「Windows女子部」を創設。セミナーやワークショップを各地で提供する傍ら、企業とのコラボレーションイベントなどを企画・運営中。フリーランスを経て12年より、日本マイクロソフトにて、シニアソリューションスペシャリストとして従事。16年より、日本ビジネスシステムズ(JBS)にて社員が働きやすい環境づくりを推進、「2017年働き方改革成功企業ランキング」初登場22位の原動力となる。20年5月に環(KAN)のCHO(チーフハピネスオフィサー)に就任。また、社会人1年目から、ワーケーション&ブレジャーの実践者でもある。
一般社団法人 ITビジネスコミュニケーション協会理事。

 

【モデレーター】

高橋邦男さん
一般財団法人こゆ地域づくり推進機 執行理事/最高執行責任者

堀口正裕
TURNSプロデューサー/株式会社第一プログレス 代表取締役社長

新富町
宮崎県宮崎市の北隣に位置する人口約16,500人のまち。子どもの占める割合が比較的多く、高齢化率は県内で下位から3番目。主な産業は農業。

こゆ財団とは?
「こゆ財団」とは、2017年に新富町が設立した地域商社。「世界一チャレンジしやすい町」というコンセプトを掲げ、人材育成や商品開発、関係人口創出などに取り組んでいる。中でも、ふるさと納税の運営と人材育成を大きな軸とし、農産物のブランディングを通じて付加価値を高めるなどし、4年間で60億円の寄付金につながっている。手数料などによって得た収益は人材育成に投資し、オンラインなどを通じて学びの場を提供している。

 

 

自ら挑戦する幸せな個人同士がつながり合うカルチャー

イベント冒頭は恒例の、こゆ財団 高橋さんからの新富町のご紹介です。今回は人材育成の切り口でお話しいただきました。「世界一チャレンジしやすいまち」をビジョンに掲げる新富町。基幹産業である農業が生み出す豊かな農産物を資源にふるさと納税で収入を増やし、それをまちの人材育成に再投資するというモデルを実践しています。

中山隆さんは、海士町での教育魅力化コーディネーターを経て2020年からこゆ財団へ。人材育成事業を多数企画し、2021年にはNHK e テレ「リモート生活術」にも出演

この「世界一チャレンジしやすいまち」とは、具体的にはどんなまちなのでしょうか? 先進的な教育で知られる島根県の海士町出身で、新富町の教育イノベーション推進専門官を務めている中山隆さんによると、「新富町はチャレンジすることに大きな評価をくれるまち。しかもチャレンジしようよ!と言うだけでなく、そのチャレンジにマッチングできるパートナーや資源が見える化されているのがこゆ財団の強み。そこへいろんな協力隊の想いや能力が掛け算になって新たなものが生まれています」とのこと。

「自らやってみようと挑戦する“幸せな個人”同士が、“弱いきずな”でつながり合い、応援し合うのが新富町のカルチャー」だと高橋さん。たとえ失敗してもまた頑張ろうと言い合えるコミュニティが形成されています。

そんな新富町の在り方に賛同した大手企業との共創プロジェクトも行われています。ユニリーバ・ジャパンとの持続可能なまちづくりの取り組み成果であるサッカースタジアムの創設を筆頭に、ENEOSホールディングスとの低炭素/循環型のまちづくりを目指したベンチャー企業の立ち上げや、宮崎トヨタとのオンデマンドタクシーも実現しています。

新富町ではあちこちで新たな事業やプロジェクトが生まれ続けている

こうした動き・カルチャーをまちの日常にするために、2017年にこゆ財団が活動を始めてから5年、新富町では大小さまざまなチャレンジが芽を出し、実を結んでいます。そして今後も、新富町は地域おこし協力隊制度を活用して、新しいチャレンジャーを続々と迎え入れようとしています。

 

マーケットインを見誤らない。地域と企業の関係づくりのポイント

続いて、NTT西日本グループが2020年に新設した地域創生に専門的に取り組む会社「地域創生Coデザイン研究所」に所属する杉原薫子さんから、活動のご紹介をしていただきました。

新卒からずっとNTT 西日本に勤め、人事の仕事に長く携わってきた杉原さんはキャリアコンサルタントでもあります。2015年から同社のダイバーシティ推進室長として、社員の多様性を生かす人材育成や、働き方の多様性を実現する制度づくりに携わってきました。そのキャリアを経て2020年から現職に就任、研究員として地域と共に事業を創出するための知見を蓄積しています。

共創をテーマに地域と関わってみて、杉原さんが感じているのはマーケットインの難しさ。「地域のニーズを引き出して解決と言うけれど、企業がやりがちなのが、アンケートやインタビューを1回やって拙速に課題設定し、システムやサービス等の解決方法を提案すること。しかし本当の地域のニーズを満たしていないと、実証実験はできてもその後の継続的な実用にはつながりません」本当のニーズを持っているのは行政の先にある自治会や市民であることもあり、彼らとどのように関係をつくりニーズを引き出していくのか、丁寧に取り組むことが大切だと杉原さんは語りました。

「地域創生Coデザイン研究所」に所属する杉原薫子さん

同研究所の広島県宮島のプロジェクトでは、厳島神社を参拝してすぐに帰ってしまう観光客にもっとまちの魅力を知ってほしいという地域住民のニーズに向き合いました。通信事業の会社としてやりがちなVR等の発信手段の提案に走るのではなく、地域の人が発信したいと思っている「情報の中身」を知ることから開始。地域の人と一緒にまち歩きをして魅力を教えていただき、発信手段もマス広告等ではなく、旅館の仲居さんや修学旅行に来る学校など「地域の人のつて」を使って拡散しました。こうしたことが全て、時間はかかるけれど企業としての価値ある学びになっているそうです。

また、三重県ではみかん農家の収穫をNTT西日本の社員が手伝うことで、体感の中からできることを見つける取り組みを実施。「地域の農家の人手不足と都会の農業体験したい人のマッチングシステム」などのありがちな提案に陥ることなく、現地で収穫作業をした社員らは、落ちているみかんの活用や物流システムの改善など想定外の事業機会を発見でき、企業が地域に入らせていただけることの意義を感じたそうです。

杉原さんが今、キャリアを考える上で重要だと感じているのが「人生100年時代を生き抜く力」。これからの時代はスキル以上に、根底にある「キャリアオーナーシップ(自分の人生への主体性)」が欠かせないそうです。「うまくいっている地域には必ずと言っていいほどオーナーシップを持っている人たちがいます。それを磨かせていただけるのも、地域へ入る意義ですね」と杉原さんは語りました。

 

どこにいても一緒に働ける環境とスキルセットを多様な地域と

椎野磨美さんは現在所属する「環」で「チーフ・ハピネス・オフィサー(CHO)」として活動しています。聞き慣れない役職ですが、最近Google等の企業でも設置され始めた「会社で働く人々の幸せを考える責任者」だそう。

椎野さんは、企業人としてグローバル企業から外資系企業、中小企業、ベンチャー企業と意図的に4度の転職をしつつ、パラレルワークで個人的な仕事も行ってきたという、極めて先進的なキャリアの持ち主です。

株式会社 環  執行役員CHOの椎野磨美さん

企業人としては新卒でNECに入社し、理解ある上司に恵まれて1年目からペンネームでテクニカルライターを開始。この頃からワーケーションやブレジャーも行い、30年ほど前から新しい働き方を実践しています。入社3年目からは社内の人材育成に携わり、全国の社内外の人材育成を行う中で東京と地方のIT格差を感じ、地域人材のITスキルを伸ばす仕事へシフト。日本マイクロソフト社を経て入社した3社目の日本ビジネスシステムズでは、地域人材を東京と同レベルに育てる研修を展開。特に成果が上がった沖縄では2020年に沖縄県人材育成企業として認証もされました。そして現在所属する環では、地方創生テレワークを推進しながら地域のIT人材育成に取り組んでいます。


椎野さんのキャリア遍歴。企業人として個人として社会人1年目からパラレルワークを実践

同時に椎野さんは個人の活動として、執筆活動の傍ら、地域の女性のITスキル支援も行ってきました。さまざまな地域にあるコミュニティとコラボし、オンラインでの研修などを実施しています。椎野さんの軸にあるのは「どこにいても一緒に働ける(Work Together Anyware)」環境づくりやスキルセット。社会人1年目からブレジャーしてきた経験を生かし、最近ではうきは市や南あわじ市などの依頼でワーケーションの環境・施設のアドバイスなども行っているそうです。

椎野さんのワーケーション先でのスケジュールは、ワークタイムとバケーションタイム、そして地域とリレーションする時間というふうに、自分で時間割を決めています。椎野さんに関わる人たちはそのスケジュールをオンラインで把握し連絡をしてくるそう。こうした働き方のノウハウを2021年3月『チームス仕事術』の書籍として出版。やってきたこと全てをキャリアとして統合し、椎野さんだからこそ知る、その地域へ赴いてみないと分からないことや働きやすい環境づくりの実践知を多くの人々に伝えています。

 

個と個の関係から始めるために重要なこと

ここからは杉原さん、椎野さん、高橋さんと堀口の4人によるトークセッション。視聴者からの質問も交え、これからの人材の有り様や、地域と企業とでどのように一人ひとりのウェルビーイングをつくっていけるかについて、貴重な対話が展開しました。

■地域との関係のつくり方は?

堀口:地域創生Coデザイン研究所が地域の人と関係構築をしていく際に、具体的にはどんなことをされているんですか?

杉原さん:やはり合理的にはできませんよね。手法としてアンケートやインタビューを1回やっても、そこで本心はなかなか出てこない。本心を言っていただけるまでには、NTT西日本の支社の社員が積み重ねた、まちの人に対する「御用聞き」があります。NTTならIT詳しいだろうって頼りにされたら直接業務外のことでも一生懸命お応えする。それを積み重ねてきたから、宮島でその社員とまちを歩くと、地域のいろんな人が声をかけてくださる。「ちょうど饅頭ができたからお食べ」とか(笑)

高橋さん:地域も企業も人の集まりなんですよね。企業は特定のビジョンの下に、地域は地縁の下に集まった人々。結局は目の前の一人とのセレンディピティから関係が始まる。その時に「こうありたいよね」ということをお互いに相手に求めるのではなく、一緒に空を指差すと良い関係がつくれるような気がします。

杉原さん:その「こうありたいよね」を自分自身として言語化できているかどうか。企業人はそこが弱い傾向があるかもしれませんね。

 

■ワーケーションで、地域がワーカーに求めることは?

堀口:ワーケーションは地域とつながって設計すると思いますが、どういうところがポイントでしょうか?

椎野さん:まずはワーケーションを受け入れる地域の方々が、他所へワーケーションに行ってみてほしいですね。ご自身がやってみた方が自分事として理解でき、自分の地域で何をやろうか考えられる。誰かのアドバイスを聞く場合も体験した上で聞いた方が、得られることが多いと思います。

堀口:視聴者からの質問で「地域がワーカーに求めることは何ですか?」と来ていますが、高橋さんいかがですか?

高橋さん:良い意味で「何も求めてはいない」です。共創型・環境づくりは然るべきだと思っていますが、僕たちは「受け入れ側、ゲストとホスト」みたいな関係だとは思っていない。「都市と地域」みたいな考え方にもすでに違和感があり、つまりはフラットに人間同士がどうやって一緒にハッピーをつくっていくかということのような気がしています。

椎野さん:ワーケーションはやりたい人がやればいいものであって、全員やりましょう、みたいなことではないと思います。大切なのは働き方の選択肢が増えること。高橋さんのおっしゃる「人と人の関係」というのはその通りで、私も頻繁にリピートする地域にはやはり「会いたい人」がいるんです。

高橋さん:何も求めていないけれど、強いて言うなら「お会いして3分でもいいからお話できること」でしょうか。異なる出自の人間同士が関わることに意義があり、企業と地域にしてもスケール感の違うことをやってきた者同士のカルチャーが出会うことで種火が生まれる。新富町でも、ユニリーバさんが高校生に自社内で行っていたワークショップを開催してくれたことを機に、まちにウェルビーイングの根っこが張り始めました。

杉原さん:地域に入るなら課題を見つけなきゃいけない、信頼を築かなきゃいけないと自分が構えていたのを発見しました。企業の看板、先入観の鎧を脱いで「個」として関わった後に、看板の良い強みを信頼の一つとして生かしながら個の関係づくりをしていきたいですね。

 

■キャリアオーナーシップと、ライフワークインテグレーション

高橋さん:椎野さんは個人としても10個以上の肩書きをお持ちですが、ご自身のキャリアをどのように見立てていらっしゃるんですか?

椎野さん:あまり気にしたことがありません。誰もが知る日本の長寿企業から外資を経てどんどん小規模の会社へ移っていますが、それは私がIT人材を育成する上で、組織の文化背景を内側から見たいから。それを私のやりたいことの中に落とし込んでいきたい。私の中でインテグレーション(統合)されているので、どこからが仕事で、どこからがそうではないかは分からないし、時間では分けられない。生きている時間の中で、どこにどういうふうに時間を使うか。名前もジェンダーも全ての属性を取り払った時に、私のやりたいことが外から仕事として見ていただいているという感じです。

高橋さん:「ワークライフインテグレーション」は僕も非常に共感します。その視座に至るとどこで誰と何をするのか、一気に選択肢が広がる。多様性とは言いながら大学受験など一定のルートがある今の社会の中で、若い世代や子どもたちに、世の中には多様な選択肢があることを伝えるのが僕のテーマでもあります。ワーケーションに来た方に子どもの前でご自身のキャリアについてお話ししていただくのも面白そう。人材育成で言うと、話す側にもリフレクションとして得るものがありますし。

堀口:「気づき」や「内観」ですね。自分がしたかったことって何だろう?という。ワーケーションや複業で新しい地域に行ったり、初めての人と知り合うことで、自分自身に問いが向けられいろんなことが見えてくる。その先に自分がギブできることや、価値の交換が生まれてくるのかもしれませんね。

 

転職なき移住さえ可能になった現在、どこでどのように自分の人生の時間を使っていくのか、「地域と人材育成」というテーマの先に働き方を含めた生き方の「オーナーシップ」を考えさせられた今回のトークイベントでした。都市部と地域、企業と地域という二項対立を超え、「個」として互いに関係を築き、地域というフィールドでワクワクする何かを生み出すことができたら、さらに大きな可能性が広がりそうな予感がしたセッションとなりました。

                   

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