福島県の浜通りに位置し、双葉郡に属する村、葛尾村(かつらおむら)。
震災と原発事故で一時は全村避難により居住人口ゼロになってしまった村です。避難指示区域の大部分がようやく5年前に解除となり、少しずつ元の村民や新たな住民が戻り現在は約400人が暮らしています。
寂しい村?パッと見たらそうかもしれませんが、次の10年先、本当の意味の“豊か”な暮らしやその方法はこんな村から見つかるかもしれません。
どうも、生活芸人の田中です。今回ご縁があり、福島県葛尾村の取材をさせていただくことになりました。
僕は、これまで台湾と日本を行き来しながら、両国を文化でつなぐ「台日系カルチャー」の橋つなぎとして活動をしておりました。
その中で「微住®」という言葉を作り、観光地ではない日本のローカル/地域の旅の形として福井県を舞台に台湾から受け入れを行っていました。一方で台湾をはじめアジアのローカルな地域に僕自身が“アジア微住”と題してその地域を暮らしの魅力を発掘し、地域の皆さんと観光客として以上にもう少し深い関係を築きながら、僕の“ゆるさと”づくりをライフワークにしてきました。
今回このお話をいただいたとき、福島県そしてこの葛尾村もきっと福井県で感じていた“観光”というフィルターでは掴めない地域ならではの魅力がきっとあると考え、この村に微住をしながら魅力を発掘したいと考えました。しかし新型コロナウイルスの影響で長期滞在が難しくなってしまったため、僕のもう1つのネタである「微遍路」をこの村で実施させていただくことになりました。
さて、「微遍路」とはどういう旅でしょうか。
先述の通り、昨年2020年新型コロナウイルスの影響で、『微住®』の受け入れがストップしてしまったこともあり、このタイミングで微住の考えやコンセプトを踏襲しながら究極の形で福井県を旅しようと考えました。旅の名は、お遍路ならぬ「微遍路」 と呼びます。
コンセプトは「負荷価値」。
これからの豊かさはその“負荷”にこそあるという思いからつくった造語です。
福井県もそして福島県も田舎の暮らしは“不便”だと言われ、都会的な良しに憧れを持っていた方も少なくはないはずです。しかし地方における不便な部分を塗り替えていくのが得策ではなく、ローカルならではの価値として楽しむ考え方にこそ地方の価値をアップデートさせる糸口があるのではないかという思いがこの言葉の背景にあります。
昨年と今年2回にわたり福井県を往復。総距離は約950km。福井県の全市町村を全て足で歩いたことで、これまで見えてこなかった地域の魅力や、歩いたからこその人との出会いやご縁、そこにこそ地域という価値の真髄がありました。
そんな微遍路の初めての出張編として、ここ福島県葛尾村を2日間かけて歩かせていただきました。これもきっと何かのご縁だと思います。
それでは僕の2日間の葛尾村での様子をお届けします。
郡山市から車で1時間弱、葛尾村に到着。この村は南北にあぶくまロマンチック街道、東西にもう1つの大きな道があり、その交差点付近に役場や小中学校、復興交流館「あぜりあ」などがあり村の中心地となっている。初日はこの中心部をぐるっと歩き、翌日はこの主要な2つの道を横断していこうと計画を立てた。
復興していく村の胃袋を満たす食堂
まずは腹ごしらえにと、旅のスタートにもってこい、村の名物食堂「石井食堂」へ。すでに昼時を過ぎていたけれど、店の外まで行列が。
地元で復興のため働く皆さんをはじめ、家族連れ、中にはインターン生として葛尾村に滞在する学生の団体まで。
まさに村民のための食堂。厨房からもすごい活気。券売機にはずらっと美味しいメニュー。
ここはラーメンから豚汁までなんでも大盛り、特に名物のチャーハンは驚きの量だとのこと。もちろん迷わずチャーハンを注文。
この食堂はもともとは近くの別の建物で現在の店主のおじいちゃんが中華屋としてオープン。三代続くこの食堂は震災後は一時別の町の仮設住宅内で再開し、4年前に現在の場所で復活を遂げた。
気になる厨房を覗いてみる。
どうしてこんな大盛りなんですか?と聞いてみると昔からこんなに大盛りだったわけではなく、年々いつのまにかどんどん大盛りになったそうだ。復興に向けて村で汗を流すお客さんを少しでも満足させたいという気持ちの現れなのだろう。
着丼。一人前2.5合のお米を使っているそうだ。昔ながらの味付け、とっても美味しい…。
残念ながら完食までは至らず半分はテイクアウト。
店主が大盛りに込めた思いもしっかりいただき、お腹も心も大満足。
明日もこの食堂リピート確定だ。
村民と外部の力が組んでつくった村の新たな雇用と産業
石井食堂を後にし、ロマンチック街道を南へ。大きな看板には「かつらお胡蝶蘭」の文字が。
中へ入ると元気な笑い声。この会社で働く地元のお母さんたちがちょうどお昼休憩中であったので、その輪の中に入らせてもらうことに。
お話をお聞きすると、この会社は一度離れてしまった村民が帰村できるため、そして新たな移住者のための雇用として村の有志で設立したそうだ。『hope white』と名付けられた胡蝶蘭ブランドはこれまで2018年の復興大臣賞に受賞され、現在は福島県内、宮城県、首都圏へとどんどん出荷エリアが広がっているという。
ズラリと並んだ胡蝶蘭。生まれて初めて見る幻想的な光景に感動する。
品種はなんと台湾から輸入され、このハウスで約半年の歳月をかけお母さんたちによって大事に育てられている。栽培が難しいとされる胡蝶蘭。栽培には、経験のあるベテラン専門スタッフが他県から移住やUターンで入社したり、大学生のインターンを積極的に受け入れ新たなアイディアを取り込みゼロからスタートしたこの産業はいつの間にか全国に展開するほどこの村を代表する新たな産業へ。収益性が高く安定した雇用につながっているそうだ。
微遍路ならではの偶然の出会い
微遍路では、車では通り過ぎてしまう道の途中の出会いが醍醐味の1つ。
この村には「移住お試し住宅」があり、その家の前を通ると、どなたかいらっしゃる様子。声をかけてみると、茨城県からこの村にやって来た立体アーティストの大山里奈さんとばったり。1ヶ月半この村に滞在して、インターンの大学生のコーディネーターとして地域の新たな産業づくりのプロジェクトに参画されていたそうでちょうど今から帰るところに偶然遭遇できた。大山さんの車の中にたくさんの糸巻きを発見。この村の金泉ニットさんから大量にもらったそうで、それを使ってご自身のアート活動に活かすそうだ。
その後、一戸建ての村営住宅が10数軒立ち並ぶエリアに歩いていくと、井戸端会議をしている男性2人を発見。「ご近所同士の距離も近く、お互いの家を行き来しあって休日は一緒にBBQをしたり交流が多い」とここでの暮らしを話してくれた。この集合住宅全体が1つのゆるい大家族、そんな風に思えた。
あら、家の窓から息子さんがひょっこりと。明日は誕生日のようで今夜はケーキを食べるんだーと嬉しそうだった。
この村を信じ、愛し、チャレンジする
もともと畜産業が盛んだった葛尾村。現在この村で畜産農家を営む吉田健さんの加工所の前を通りかかったところ、たまたまいらっしゃりお話することができた。
「震災の時、全村避難となる中で我々は牛を置いて自分たちだけ逃げることはできなかったです。出荷できる牛は急いで出荷したり、もう1つ別の町に避難させたりと、本当に大変でした。その後2016年に避難指示が解除され、そして株式会社「牛屋」を設立。もう一度ゼロからこの葛尾村で畜産をスタートしました。あんなに辛い障害を乗り越えてきたので、ちょっとやそっとでは倒れない自信は自分もこの村にもあると思っています。葛尾村は現在まさに再生中。その再生には内部の村民だけでは難しく、外部から若い人たちを中心にこの村に入ってきてもらえるのは本当に嬉しい。私は畜産の分野で期待に応えたいです」
「日本では珍しい羊肉の生産を黒毛和牛の技術を活用して始めました。「メルティーシープ」という名の葛尾村ブランドとして、首都圏を中心に販売をしています。葛尾村は生産や飼育には牛も羊も最適な環境です。また来年には新しく牛小屋も建設して、400~500頭の牛が増えます。来年北海道から就職でこの村にやってきてくれる子もいたり、畜産を目指す全国の若い人たちが将来独立までできるような土台づくりをこの村で作っていきたいです。この村がそんな彼らにとって通過点になってもらえたらと。そのためにも我々がまずはこの村で畜産業を楽しんでいる姿を見せていくのが大事だと思います。」
なんと、吉田さんの高校三年生になる娘さんは来年東京の大学に行く予定だったが、お父さんと一緒に働きたいと、この村に残ることになったそうだ!
吉田さんの使う「楽しむ」という言葉の重み。
日本語では「楽しい」と「楽をする」は全然違う意味にも関わらず同じ漢字をなぜか使う。
英語でも全然別の単語になるし、中国語でも楽をするは「方便」、楽しいは「開心」と書く。我々はいつの間にか暮らしの中で「楽すること」と「楽しい」の感情が混在してしまったのだろうか。本来は楽しむということは中国語でいう「心を開く」ことを意味していて、それは決して楽をすることではない。
この村は大きな困難を乗り越え、今もなおも決して楽な状態ではない。しかし吉田さんをはじめ今日出会ったみなさんはきっとこの村での暮らしの中で自分自身の「楽しい」を見つけた方々だと思う。村民の皆さんの暮らしから改めて“負荷価値”こそが人も地域もこれからの未来に必要な豊かさを作っていけるんだと再確認できた。
血縁じゃない結縁で繋がる、みんなの第二の実家
すっかり吉田さんと話し込んでしまい、外に出ると辺りはもう真っ暗。
今日のお宿へ向かいます。9月の中旬であるけれど日が落ちると法被では寒さを感じる。ゲストハウス「ZICCA」は、葛尾村の持続可能な経済や暮らしづくりを考える団体「葛力創造舎」が運営する宿。宿の暖簾には「かづろうさんげ」という馴染みのない言葉が。果たしてこれが意味するものとは…?
(後編へ続く)
<プロフィール>
ライター 田中佑典
(生活芸人/文化交流プロデューサー)
アジアにおける台湾の重要性に着目し、 2011年から日本と台湾をつなぐカルチャーマガジン『LIP 離譜』の発行、台日間での企画やプロデュース、執筆、コーディネーターとして台日系カルチャーを発信。また地方創生の方面にて新しい旅の形『微住®』を提唱。語学教室『カルチャーゴガク』主宰。2018年度ロハスデザイン大賞受賞。
カメラマン 小山加奈
鈴木心写真館フォトグラファー、材料から育てる「いなわしろ箒」箒職人、福島木桶プロジェクト木桶職人、「写真、箒、木桶」を仕事とし猪苗代町を拠点に活動。