「その人のまま」でいられる
環境を作る

MIKKE 井上拓美

銭湯からバー、シーシャカフェまで、
さまざまな店や企業のプロデュースに関わる井上拓美さん。
「その人そのもの」を見いだし、最大限活きる環境を用意する
彼の活動を通じて、コミュニティの効能について考える。

相手を変えるんじゃなく、
変わらなくていい環境を用意する

『TURNS』が「コミュニティ」を特集すると聞いて、真っ先に話を聞いてみたいと思ったのが彼だった。高円寺の銭湯「小杉湯」、朝のWEBマガジン「KOMOREBI」、シーシャカフェ「いわしくらぶ」、お金の学校「toi」……手がけるプロジェクトは幅広く、多種多様な人たちが集っている。二〇一七年から、これら一連のプロジェクトと関わるすべての人々の総体を「MIKKE」と名付け、活動をはじめた井上拓美さん。一言では説明しづらいMIKKEの活動だが、そこには「その人らしくいられる場を作り続ける」という一本の軸があるように感じていた。そして、その軸について掘り下げることが、コミュニティの効能について考えることになるのでは? と。井上さんがプロデュースし、今秋にオープンしたばかりのバー「offin’(オフィン)」で、彼と落ち合った。はじめに尋ねたのは、彼の肩書きについてだった。

「僕の仕事は、世の中的に通じやすい肩書きでいえばプロデューサーなんですかね。……でも、いわゆるプロデューサーって、世の中の環境に人を当てはめるのが上手な人かなと。例えばアイドルのプロデューサーの場合は、アイドルの子をうまく成長させたり、変化させることで『売れる環境』に導いていく。僕の場合、やってることが真逆なんです。プロデュースする相手が変わらずにいられるために、環境のほうを変えることを仕事にしてます。相手に合った環境を用意する、というか。

このoffin’も、オーナーのヤスさんに合わせて生まれた環境です。以前は別の場所でゲストハウスの店長をしていたヤスさんに、オーナーという立場で自分の店を持てる環境を用意した結果なんです」

「相手に合った環境を用意する」ための井上さんの発想は、常に自由だ。例えばoffin’の場合、バーの家賃は無料。実はoffin’が入っている建物の二階から上はホテルになっており、一階はそのフロントを兼ねている。ヤスさんはホテルのフロント業務も担当し、夕方以降はバーとしても営業している。現状、一人で店を回しているため人件費もかからず、お酒やおつまみの原価以外の売上は、ほぼヤスさんの手元に残るという仕組みなのだ。

「もともと『明日食えるかどうかの心配をしているやつが、クリエイティブになれるわけがないよね』と仲間と話していたんです。お金を気にせずクリエイターが生きていける場所を作れないか? と思っていた時に、アートホテルを企画・運営している会社の方と出会って、秋葉原のホテルの一階で、無料のコワーキングスペースを作りました。その後、別のシェアハウスやホテルを運営している会社との出会いを機に、協業でこのoffin’ができたんです。ヤスさんがオーストラリアで出会った、いろんな人が踊ったり、お酒を飲んだり、寝ていたり、誰もが自由に楽しんでいるフラットな場を目指して、空間やクリエイティブを友人たちと一緒に作りました」

ビルやホテルという箱をまず作り、その箱を埋めるためにテナントを作り、人を雇うのが一般的な発想だろう。しかし井上さんの場合、全く逆の「人」から始まる流れで場を作っている。なぜ、そこまで「人ありき」なのだろう?

僕は「その人そのもの」を見たい

「人と話すのが好きで、毎日いろんな人と会話してるんですけど、『その人が物事をどう考えているか』を探すのが好きなんですよね。で、それは『その視点めっちゃいいな!』と相手を好きになることでもある。人と話していて相手が『やりたい』と言ってたことも覚えているんです。そうやって相手の好きなところや欲求を誰よりも早く自分が見つけたい、という点では、いわゆるプロデューサー的な性格かもしれません。『MIKKE(ミッケ)』って名前も、そういえば『見っけ!』になってますね」

偶然ですけど、と笑う彼だが、「人のいいところ/やりたいこと」探しは、見つけただけでは終わらない。見つけた魅力や欲求がうまく活きていなければ、最大限に活かされる環境を作りたくなる、と語る。

「僕は別にコミュニティを作ろうと思ったことは一度もないし、その欲求はないんです。でも、どうやったらフィルターを通さず、その人のことを見れるようになるんだろう? とは常に考えていて。だから、作る場所も自然とそんな風になってるかもしれませんね。

フィルターというのは所属する会社やチームの肩書きもそうだし、関係性もそう。みんな、家族ってすべてを受け入れられる場所だと思ってるけど、実はかなり難しいことだと思うんです。人にはいろんな感情や欲求があって、それらすべてをひとつの環境で受け入れてもらうなんてほぼ不可能。一つの環境で全てを満たそうとするより、複数の満たされる環境と出会うことが重要なんじゃないか? と思ってます」

彼が見つけたいと言う「いいところ」とは、フィルターを通さず見た「その人らしさ」と言い換えられるだろう。つまり井上さんが作っているのは、「最大限にその人らしくいられる場所」であるとも言える。

「自分の両親も、親である前に一人の人間なんだよなって気がついたことがあって。そこで『親子』という関係性のフィルターに捉われて、親を人間として見られていなかった自分に気がついた。でも一人の人間として見ると、相手がすごくかわいく見えてきて、親との関係もよくなりました」

「自分」に気づくには、
他人との接続が必要

井上さんが「その人らしさ」を発見する際には、常に相手とのコミュニケーションが前提にあるように感じる。しかし、「見つける」ことは一人でもできるのではないだろうか?

「自分で『自分らしさ』に気づくことはできるでしょうね。でも、自分と向き合い続ける作業ってやればやるほど孤独になっちゃうと思うんです。みんなうわべの印象やスキルは褒めてくれるんだけど、そこじゃないんだよなとか、『周りと自分は違う』って感覚を持ちやすくなる。自分を理解することは大事なんですけど、それは自分一人じゃなく、誰かと話をして見つけるという方法も、僕はあるんじゃないかと。

今って純粋に誰かに話を聞いてもらう機会が少ないと思ってて。僕の場合、周りに『拓美くんになら話を聞いてもらえそう』って人が集まっているから、それを外から見るとコミュニティに見えるんじゃないかって気がするんですよね。人の集まりを客観的に言い表した言葉が『コミュニティ』だと思うので、家族も企業も学校も、ぜんぶそのうちの一つなんですよ。だからコミュニティ自体が重要なんじゃなくて、人と会話して、うわべではなく心と心で接続することこそが重要なはず。僕はそのために、相手のことを知ろうとすごく意識しているし、そのことを常に考えていて」

世の中にコミュニティはあふれているけれど、他者と深いところまでうまく接続できる場所は少ないのかも、と井上さんは語る。だからこそ、最近は銭湯やシーシャカフェが注目されるのでは? と。

「僕、『釣りバカ日誌』のハマちゃんとスーさんの関係性がすごく好きなんです。企業の社長と平社員がオフィスで会うと、どうしても上下関係が生まれますよね。でも、彼らは『釣り』を通じて友達になれた。同じように、お互い顔を知らない状態でサウナで会えば、社長が聞きたい若者の本音をフラットに話す、なんて会話も生まれるはず。裸の付き合いって、まさにフィルターなしの関係性じゃないですか。僕が関わっている小杉湯が面白いって言われるのも、そんな理由がある気がして。シーシャカフェの場合も、シーシャを吸って吐く行為って深呼吸に近いのでリラックスできるし、店のつくりもリラックスしながら喋れる空間になっている。そういうフィルターを外せる場所に、人が集まっているんじゃないかなと」

人と一緒にい続けるために、
プロジェクトがある

フィルターを外して他者と接続し、各々が自分らしくいられるフラットな関係性を築く。言うは易しだが、難しいと感じる人も多いのでは? 井上さんを近くで見てきた仲間は、彼らの関係性をどのように見てきたのだろう。MIKKEの一人である、はしかよこさんは次のように語る。

「何か仕事を始めるときって、必ず目的がありますよね。その目的に対して、こんなスキルの人が必要だからと人を集めてくるのが一般的な会社やチームのはず。でもMIKKEの場合、人が先なんです。誰かの『こういうことをしたい』『こんな風にしたい』という思いが最初にあって、それを実現するために、思い自体をプロジェクトにしてしまう。そんな物事の始め方が面白くて、私は拓美くんたちをすぐそばで見てきました」

ちょっと大げさに言うとブリコラージュ的というか、と、はしさんは続ける。ブリコラージュとは、フランスの文化人類学者・レヴィ=ストロースが唱えた方法論。何かを作る際、設計図ありきで必要な材料を集めて作るのではなく、その場にあるものを寄せ集め、ものづくりを行なう発想のことだ。はしさんが「その場にいた人や、仲良くなった人を大切につなぎとめるためにプロジェクトがある感じ」と言う井上さんのあり方は、たしかにブリコラージュ的かもしれない。

「一緒にMIKKEを立ち上げましたけど、拓美くんと仕事をしたことはほとんどないですよ」と、MIKKEの共同創業者・小川大暉さんも笑う。「いつも顔は合わせてますけど、具体的な仕事やプロジェクトの話をすることは少なくて。今思ってることとか、面白がってることを共有する話ばかりしてます。社員がいるわけではないけれど、MIKKEに関わってくれてる人はたくさんいるんです。立ち上げたころは、雇用をしないといけないと思ったこともありました。でも僕たちがやりたいのは、雇用することで会社を拡大するのではなく仲間と一緒にいることだと気付き、雇用という考え方を一旦辞めたんです。そのほうが相手を縛ることなく、お互いがお互いのままで、長く一緒にいられると思ってます」

集まる目的がバラバラなほうがいい

「思いをひとつにする」という言葉があるが、別に人が集まるために、必ずしもその必要はないのかもしれない。それぞれがそれぞれのままに接続しながら、集まるさま。それを井上さんは「生態系」に例える。

「offin’や他の場所での僕の役割って、例えるなら『土』だと思うんです。クリエイティブを作ったのも、建築デザインをしたのも仲間たちで、みんな関わる目的はバラバラ。僕はヤスさんを含め、目的の違う人たちを集めて、このoffin’って場所をいかに自由に、気持ちよく作りあげられるかだけを考えてます。いろんな微生物や植物、動物を連れてきて、どう発酵するか、いかにいい生態系ができているか観察する、みたいな。さっき明治神宮に行ってたんですけど、あの空間ってすごく気持ちいい。都内のど真ん中だけど鳥の声がして、ちゃんと生態系がある、生きてるって感じがしたんですよね。そんな風に、循環が巡っていて、ちゃんと生きている生態系を作りたいと思ってます。ちゃんと生きていれば自走もするから、結果的に長く続いていくはずですし」

人それぞれ、生きる目的も楽しいと感じるポイントもさまざまだ。井上さんという触媒の存在によって、集まった人々が自分らしさのままに動いた結果、全体として循環し、皆が気持ちよく生きられる。そんな生態系は、まさしく「いいコミュニティ」なのではないか。

「ヤスさんが好きなことをできる環境ができたので、僕はもうoffin’にノータッチでもいいんです。いい土ができたので。でも、この『土』は、僕自身めちゃくちゃ居心地がいいんです。成り立ちからすべて知っているから。だからしょっちゅう遊びに来ているし、関わった場所は全部大好きなので、安心できる場所になるんですよ。

たぶん、それぞれの場所のボスになってたら、いろんなことが気になって安心できないんでしょうね。でも、それは自分のやりたいことじゃない。ただの参加メンバーじゃ寂しいから、俺も作ったぞって顔はしてますけど」

井上さんは「僕が何でもないのがよかった」とも言う。編集者でもプログラマーでもカメラマンでもなかったから、誰かの思いを形にするために、型に捉われず、あらゆる手段を選ぶことができた、と。何でもない彼が作った「土」は、さまざまな思いを持った人々を集め、予想もしなかった出会いを呼び、新たなプロジェクトを生む土壌となる。そんな風に人が誰かと接続することで、一人では気づけなかった自分と出会い、新たなアクションに繋がっていくこと。それこそがコミュニティの役割なのかもしれない。

 

文…友光 だんご 写真…藤原 慶

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