福島県 南相馬市 在住
蒔田志保(まきたしほ)さん
愛知県出身。大学在学中の2013年に学習支援ボランティアとして南相馬市へ。愛知県での社会人経験を経て2018年10月、結婚に伴い移住を決断。現在は同市小高地区にあるコーヒースタンド「Odaka Micro Stand Bar~オムスビ~」の店頭に立つ傍ら、「オムスビの教室」としてワークショップの企画運営にも取り組むほか、地域の情報発信も行っている。
葛藤の末、一度は断念した移住
「いま、幸せです」。
南相馬市での生活をそう語るのは、南相馬市在住のご主人との結婚を機に移住した蒔田志保さん。
結婚相手の居住地だったことで移住した蒔田さんですが、それ以前にも南相馬への移住を模索した時期がありました。
初めて南相馬市に足を運んだのは大学2年生の頃、2013年の冬に学習支援のボランティアとして訪れました。
当時の南相馬市小高区は「避難指示解除準備区域」であり、立ち入りは認められているものの、実際にはまだ人の出入りが多い時期ではありませんでした。
まるで震災直後から動きが止まってしまったかのような景色に衝撃を受けながらも、南相馬市に対して「相性の良さ」を感じたそうです。
その後も南相馬に通い続け、ボランティアで出会った子どもたちと触れ合ううち、「この子たちのために何かしたい。南相馬の地域づくり、まちづくりをしたい」という思いが芽生えました。
それは、「南相馬に就職する」という具体的な目標に変わり、大学4年生の夏、インターンとして1ヶ月間を南相馬で過ごします。
ただ、この時は南相馬に就職することになりませんでした。移住を断念し、蒔田さんの地元愛知県で働くことを選択したのです。
当時の心境を「苦しかった」と表現する蒔田さん。「その時期の小高は人も少なく、お店などもありません。そこにいるのは、心の底からこの土地を大切に思い、生活できる場所をつくるために奮闘している。そんな人たちばかりでした」。
学生だった蒔田さんが考えていたまちづくりとは、“生活+α(地域の活性化や楽しみの創出)”の“+α”の部分。まだ、自分が思い描いていたまちづくりは求められていない現実を目の当たりにしました。
「ここで今暮らすことが幸せなのだろうか」、そう自分に問いかけました。復興に役立てるスキルを持たない自分は、この場にいることしかできない。「小高で暮らす人のために、というのは自分のエゴでしかないのではないか…」。
悩んだ末に、このタイミングでの移住を断念しました。
地域を知り、人とのつながりを重ねた先で
結婚を機に移住を決意
一度は移住を諦めたものの、その後も南相馬との関わりは続きます。のちに夫となる恋人が南相馬にいるということも大きな理由でした。 「夫やその家族はみんな、南相馬のことが好きで、ネガティブなことを言う人がいないんです」。 愛知県で働きながら、つながりのある南相馬の人たちの動きを追いかけたり、何度も足を運ぶなど、南相馬との関わりを深め続けました。恋人が住む土地として、自身と相性の良い土地として。 そのうちに、変化が生じます。 ひとつは、町そのもの。人が少しずつ戻ったり、お店ができたりと復興が進んでいきました。 もうひとつは、蒔田さん自身。人とのつながりが広がり積み重なったこと、社会人経験を積んだことで視野が広がっていきました。 「ボランティアで訪れていた頃は、自分自身が勝手にピリピリしていた気がします。移住を断念したことで肩の力が抜けて、“生活する”ということをより緩やかな広い視点で考えられるようになりました」。
そうした中で、結婚のタイミングが訪れます。
結婚するにあたって、夫が南相馬出身、そして南相馬で働く公務員、なにより南相馬を愛する人であるため、「夫を南相馬から離したくないという気持ちが強かった」ことから、移住を決意します。
一度は断念した南相馬への移住。しかし、町の変化や、「なんとかなる」と思えるようになった自身の変化によって、かつて自分に問いかけた「ここで今、暮らすことが幸せなのだろうか」に対して、明確な答えを出せるようになりました。
移住者だからこそ気づける魅力を伝えたい
蒔田さんはもともと人との関わりが楽しめるタイプで、結婚や移住によって家族以外の人と関わらないという生活は考えられませんでした。現在は、小高地区でまちづくり活動を行う一般社団法人オムスビが運営するコーヒースタンド「Odaka Micro Stand Bar~オムスビ~」に勤務。さらに、「オムスビの教室」としてイベントやワークショップの企画運営も手掛けています。
「楽しいと思うことを自分だけで独占するのではなく、みんなでシェアしたい」。そんな思いが根底にあります。
また、自らのことばで情報の発信にも取り組んでいます。南相馬市の広報誌や、市民記者の参加、「note」への投稿がその中心です。
「地元の人が何気なく見ている場所や景色でも、外から来た私が見ると感動的。外から来た人だからこそ気づける魅力を伝えたいです」。
情報発信をする中で「こんな風に南相馬のことを好きになってくれてありがとう」と、地域のおばあちゃんに言われたことが印象的だったと笑顔で話してくれました。
「こんな何もないところに来てよかった?」と、地元の方に聞かれた際には「楽しいし、幸せだと伝えたい」、そう言い切る蒔田さんからは、幸福な日々の充足をうかがうことができました。
━━取材を終えて
一度移住を断念した経験のある蒔田さん。しかし、だからこそ、南相馬のことを理解する時間ができ、「幸せ」だと言い切れる移住につながったのかもしれません。蒔田さんご自身も、移住を希望する方に対し、「何度も足を運んで、できれば1週間単位で滞在して生活することをイメージしてほしい」とアドバイスされています。 また、勤務する一般社団法人オムスビでは、小高の街の案内や宿泊施設・街の気になる人の紹介もしているそうです。
(掲載:2020年11月)
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