移住者と地域が“相思相愛”になれる
鳥取市鹿野町の20年にわたる空き家活用

古くから城下町として栄え、格子構えの風情ある街並みが続く鹿野町は、住民がさまざまな地域課題の解決に取り組み、まちづくりが盛んなことで知られています。
移住者支援や関係人口の創出・拡大のための取り組みも積極的に手がけ、新たに鹿野町へ移り住んだ人は2013年から現在までで120人(市内他地域からの移住者を含む)、交流人口は2000年の約17万人から、2019年には約32万人へと増加しました。多くの人を惹きつける秘密はどこにあるのか。
 
前半では鹿野町で20年以上にわたりまちづくりに携わる「NPO法人 いんしゅう鹿野まちづくり協議会」の小林清さんに、後半では実際に空き家の紹介を受けて東京から鹿野町に移住した吉井秀三さんにお話を伺いました。
 
〜鹿野町のまちづくりを支える「いんしゅう鹿野まちづくり協議会」〜

空き家を貸したいと思える仕組みを試行錯誤の末に

「はじめは、まちに移住者を呼び込もうとは、あまり考えていなかったんです」と話し始めた小林さん。

いんしゅう鹿野まちづくり協議会(以下、まち協)」は、「住んで誇りに思えるまちづくり」を目指して2001年に設立。当初は、軒下に藍染のれんや屋号の入った瓦を設置して街の景観を高めたり、空き家をリノベーションして活動拠点や食事処「夢こみち」を開いたりと、地域づくりの活動を中心に手がけてきました。

そんな中、2006年に鹿野町の廃校になった小学校と幼稚園を活用して「鳥の劇場」が演劇活動をスタート。さらに、若いアーティストが創作を始めたり、アートイベントが開かれたりするようになると、「鹿野町に住んでみたい」という声がちらほらと聞こえるようになったといいます。

「いんしゅう鹿野まちづくり協議会」でまちづくりや空き家活用に取り組む小林清さん。おだやかな笑顔が印象的だ

「けれど、鹿野町にはマンションやアパートはまったくなく、空き家はあっても見ず知らずの人に貸すということに抵抗がある人も多くいました。どうしたものかと、まずはまち協のメンバーが持つ建物を使って、空き家の活用事例を作っていきました。同時に、住みたい人のニーズに合ったリノベーションの方法や、安心して物件を貸してもらえるよう、所有者からまち協が借用して利用希望者に貸す『サブリース』の仕組みなどを、試行錯誤しながら形にしていったんです」

その後、2013年には鳥取市から鹿野地域の「空き家バンク」(鳥取市移住定住空き家運営業務)を受託し、空き家を確保して利用希望者とのマッチングを行う活動がスタート。2014年には、空き家バンクに登録された住宅の改修や片付けの費用の一部(2分の1、40 万円まで)を補助する「鳥取市UJIターン者住宅利活用推進事業」も始まり、家財道具が片付けられずに貸し出しに踏み切れなかった空き家の掘り起こしにも取り組みました。こうして現在では30戸以上の建物の管理に継続して取り組み、27戸のサブリースを行っています。


この日のインタビューは、1933年築の歴史ある建物を改装した「cafeしかの心」にて。まち協を中心に創立した、まちづくり会社「サラベル鹿野」が営んでいる。まち協では空き家を活用し、地元食材を使った料理を味わえる「夢こみち」やゲストハウス「しかの宿」も手がける

移住者のビジョンを丁寧にヒアリング

まち協では、空き家と利用希望者のマッチングを行う際に、利用者の移住への思いやビジョンを丁寧にヒアリングするとともに、鹿野町のことやまち協の活動についてしっかりと説明するようにしています。

「移住した後に、『思っていた地域と違った』といったミスマッチが起こらないようにするためです。手間をかけてしまうのですが、鹿野町を訪問してもらった1回目はヒアリングと地域の説明をしっかりと行い、2回目訪問以降に物件をご案内。最後に私共の理事長と面接をしていただいたうえで、契約という流れにしています」

現在、鳥取市内には、「いんしゅう鹿野まちづくり協議会」のほかに、空き家バンクの業務を受託している地域団体が6団体あり、移住希望者の話を聞くなかで、よりニーズに合うエリアがあれば、そちらを紹介するケースもあるそうです。

「どこに相談したらいいか分からないという方は、まずは鳥取市の移住定住相談窓口に、連絡していただくのがいいと思います。我々のところに相談に来られる方の約半数は、市の窓口を経由された方です」

写真中央は、まち協の理事長の佐々木千代子さん。右は、協議会の想いを受け継ぐ向井健太朗さん

みんな、鹿野のことが大好きなんです

空き家を生かした移住者支援やまちづくりの活動が盛んな鹿野町ですが、そもそも地域の活動に熱心な人が多いのはなぜか。そんな素朴な疑問を小林さんに投げかけると、「みんな、鹿野のことが大好きなんです」と話してくれました。

「数年前に県内の中学生に行われたアンケートで、『自分のまちが好きですか』という項目で、鹿野町の中学生は『好きだ』と答えた人が圧倒的に多かったんです。その背景には、歴史ある『鹿野まつり』や、30年以上続く住民で作り上げる『鹿野ふるさとミュージカル』など、地域の活動に子どものころから関わることで、まちへの愛着が自然と醸成されているんだと思います」

鹿野ミュージカルは、宝塚歌劇団で指導された演出家・音楽家の助言・指導を受け、鹿野町の伝説などをテーマにした6つのオリジナルの演目を上演。音楽もすべてオリジナルのものがあり、住民のみなさんを中心に半年ほどかけて練習するそうです。こうした活動が、子どもたちのシビックプライドにつながっているのでしょう。

まち協でも、さまざまなイベントを開催しています。なかでも、毎年秋に「鳥の劇場」の「鳥の演劇祭」の期間中にあわせて開催されるイベント「週末だけのまちのみせ」は、大きなイベントに育っています。町内の空き家や空き店舗を使って、期間限定の飲食や物販、ワークショップ、アートの作品展示、パフォーマンスなど、さまざまなお店を開く人が集うこのイベントは、2011年の開催当初は12店舗だったのが、2019年には約80店舗が出店。期間限定とはいえ実際に空き家を店舗として活用することで、「将来的に鹿野でお店を開いてみたい」という声や、建物の所有者からは「こんな使い方だったらぜひ貸してみたい」という声も出ているそうです。

多様性を受け入れる懐の深さも魅力

毎月第3土曜日、まち協では、まちづくりの取り組みについてざっくばらんに話し合う「夢会」という定例会を開催しています。この会の面白いところは、まち協のメンバーでなくても参加できるところ。地域の学生や大学教授、県外の人が参加することもよくあるといいます。

「しかも、誰もがフラットな関係で、思うことがあればどんどん発言してもらえます。なぜなら、外からの目線による意見が、今後の活動のヒントになることが多いからです」と小林さん。

最後に、これから鹿野町にどんな人に移住してほしいかと聞いてみました。
「鹿野町でこんなことを実現したいという思いのある、面白い方にぜひ来ていただきたいですね。これまで多くの移住者を受け入れてきたこのまちには、新たなチャレンジを地域みんなで応援する土壌がありますので、まずはお気軽にお越しください!」

この日、オンラインイベントに登壇した小林さん。右は、まち協が常に連携して活動する鳥取市地域振興課 移住定住促進係の山本靖裕さん

昨年設立20年を迎えた「いんしゅう鹿野まちづくり協議会」。これまでの空き家活用の取り組みをまとめた書籍『地域の未来を変える空き家活用』(ナカニシヤ出版)は必読だ

また、まち協と鳥の劇場は、鳥取市と協力して鹿野町での「ラーニングワーケーション」を企画している。ラーニングワーケーションとは、鳥取県外に本社を置く企業を対象に、まち協が取り組むまちづくりの活動を学ぶことはもちろん、鳥の劇場と行う演劇のワークショップを通じて人材育成を図り、地域活性化にもつなげるプロジェクト。まちを学び、自分を知ることで、自身の仕事のパフォーマンスもあがり、地域の課題解決や、魅力的なまちづくりにもつながる。そんな未来に向けた鹿野町の期待が感じられる内容だ。モニターツアーも近々開催される予定だという。


〜鹿野町はワーケーション拠点としても注目!〜

まち協の活動でも触れた「ワーケーション」。興味のあるまちで一定期間過ごしながら仕事や暮らしを楽しむワークスタイルが鳥取市でも増えている。「鳥取砂丘エリア」「中心市街地エリア」「鹿野町エリア」と大きく3つの地域がワーケーションを推進しており、鳥取砂丘エリアではこの5月に開館予定の「SAND BOX TOTTORI」、市街地では「マーチングビル」が話題。そして、鹿野町では「山紫苑」が注目されている。

ワーケーション拠点としておすすめの「山紫苑」

鹿野町は、移住地としてはもちろん、ワーケーションの場としても鳥取市が力を入れているまちのひとつ。「山紫苑」はワーケーションスポットとして一部リノベーションし、個室や会議室など充実した施設へと生まれ変わった。また、サイクリング推奨施設として、「サイクルカフェ」に登録。仕事の休憩にもぴったりな、これからの季節に楽しみたいサイクリングのレンタルサービスも見逃せない。

いなば温泉郷にあり、露天風呂・大浴場などとともに旬の料理が楽しめる

1階は、鮮やかなのれんと木のぬくもりが組み合わさったフロア。6つの個室が新設された

席は十分な広さが確保され、目の前には美しい日本庭園が広がる

1階には、ゆったりと座れる椅子が並ぶ会議室も用意されている

24時間源泉掛け流しの温泉が楽しめ、展望風呂もおすすめ。宿泊者なら、いつでも好きな時間に入浴が可能

サイクリング推奨施設とあって、自転車のレンタルサービスも。ワーケーションの合間に気分転換に活用したい

[施設データ]
国民宿舎 山紫苑
鳥取県鳥取市鹿野町今市972-1
TEL:0857-84-2211


〜先輩移住者の声〜

「いんしゅう鹿野まちづくり協議会」を通じて、鳥取市鹿野町への移住を経験した先輩移住者にインタビュー。鹿野町の魅力、移住後の働き方や暮らし方について伺いました。

移住定住体験施設とまち協のサポートが、
東京から鳥取市鹿野町へ移り住む決め手に

吉井秀三さん

「いつか移住したいと思いながら、東京のIT企業での仕事が忙しく行動できずにいたんです。『いつか、いつか……』とずっと悩んでいるのが嫌で、思い切って決断したのが結婚した39歳のときです」

そう話すのは、2017年10月に地元の鳥取市にUターンした吉井秀三さん。最近ではリモートワークが定着しつつありますが、吉井さんがその可能性を感じたのは、コロナが広がる何年も前のこと。プロジェクトの関係で青森県に半年にわたり長期滞在したときです。

「青森にいても東京はもちろん、海外の顧客とのやりとりもリモートで問題なくできるうえ、必要なものはネットでなんでも買うことができる。東京でなくても東京と同じような、むしろ東京よりも快適な暮らしができると、このとき実感したんです」

鳥取市を移住先に選んだのは、ちょうど奥さんの妊娠がわかり、両親が近くにいる地元が安心だと考えたから。しかし、移住のための物件を不動産サイトで検索すると、移住者に人気のあるエリアでは、一軒家だけでなくマンションやアパートすらほとんどヒットしなかったそうです。そんなとき、「お試し定住体験施設」のことを教えてくれたのが、東京で開催された鳥取のイベントで知り合った地元の人です。

「問い合わせたら、鹿野町の体験施設がタイミングよく空いていて。東京の『とっとりカフェ』というイベントで、いんしゅう鹿野まちづくり協議会の小林さんとも面識があったこともあり移住を決意。体験施設が温泉付きだったのも妻を説得するポイントになりました(笑)」

実は、吉井さんの実家は鳥取砂丘の近くにあり、山側にある鹿野町に住むのは初めて。お試し定住体験施設に9カ月暮らしてみて、鹿野町は移住者が多く特別扱いされないところに魅力を感じました。人間関係も濃すぎず、みなさん程よい距離感で接してくれたといいます。

「体験施設を出て、まち協の小林さんに紹介してもらった一軒家に暮らし始めてからも、街の人たちが地域の活動や私のITスキルを生かせる仕事などに声をかけてくれて、自然と地域に関わることができました。また、移住者をはじめ、地元の劇団『鳥の劇場』のみなさんやアーティストなど多様な人が暮らしているのも、鹿野町の大きな魅力。移住者への壁もなく、地域をより良くしていこうと私が提案したことを、みなさんフラットに検討して取り入れてくれます。何か地域で挑戦したいことがある人にとっては、まち協のメンバーをはじめ地域の人が面白がって応援してくれるので、最適な場所だと思いますよ!」

仕事面については、移住を機に東京のIT企業を退職しましたが、現在もリモートで東京や海外の仕事を請け負っているそう。それが仕事全体の5割ほどを占め、残りの3割は鹿野町に来てから広がった地域に関わる仕事。最後の2割は、個人でチャレンジしているオンラインでの新たな仕組みづくりです。

プライベートでは、3年前から畑でジャガイモや玉ねぎ、大豆を育て、味噌づくりにも挑戦。畑がイノシシに荒らされたことをきっかけに、担い手が不足していたイノシシのわな猟も手がけています。

「鹿野町に移り住んでからは仕事とプライベートが混ざり合った“ワークライフミックス”状態ですが、それが楽しいですね。やりたいことを『いつか』やろうではなく、常に『今』できています」

部屋にはハンモックを設置。ここでリラックスすることも

リモートでの仕事をはじめ地域での活動、趣味の畑やオンラインでの新たな仕組みづくりなど、吉井さんが新たなチャレンジをする中で実感しているのは、“やったことの中からしか、好きなことは生まれない”ということ。いんしゅう鹿野まちづくり協議会を通じて、定住を果たした吉井さん。移住という選択をしたからこそ、仕事や趣味を存分に楽しめる環境を手に入れたといえます。「これからも、この鹿野町でさまざまなことに挑戦していきたい」と目を輝かせて話してくれました。


〜鳥取市への移住に興味がある方は〜

移住を検討している人におすすめのサイトがオープン!
「とっとりコネクト」

山・海・星と大自然に囲まれた鳥取市。そんな鳥取市に関心を持ち、移住を検討する人のための移住定住専用ポータルサイト「とっとりコネクト」が開設された。コンセプトは「“とっとり”とつながる とっとりコネクト」。文字通り、ユーザーが鳥取市とスムーズに「コネクト=つながる」できるサイトだ。やりたいことに向け挑戦する人たちの多様な価値観を受け入れ、ふとしたことで喜びあえる結びつきを大切にしたいと、この春立ち上げられたばかり。

Iターン・Uターンそれぞれの移住検討者に必要な情報が揃っている。移住相談窓口へ直接相談できるのはもちろん、移住サポート制度や、ファミリー層が特に知りたい子育て情報も随時更新されていくそうだ。移住への不安を解消してくれる有益な情報になるのは、先輩移住者の声だろう。移住して良かったことはもちろん、不安や苦労話といった移住者の本音を知ることができるため、検討している方はぜひアクセスしてほしい。また、一定期間鳥取市に住むことができるお試し定住体験施設についても、詳しく紹介しており、本格的な移住の前段階としてぜひ参考に。

移住検討者に向け、就農や起業など、さまざまなケースでの移住例を紹介。先輩移住者にメリットだけでなくデメリットも聞き、鳥取移住の「本音」を掲載している

お試し定住体験施設って?

移住前に一定期間、市が提供する住宅で鳥取暮らしを体験できる。住宅はリノベーションされた空き家などが活用され、単身はもちろん、家族での体験もおすすめだ。近所の人々との交流も楽しみながら、鳥取市の風土を味わえる。


お試し定住体験施設の物件の中には、温泉付きのものも! 移住の条件なども伝えながら、一定期間心地よく暮らす住宅選びのサポートも充実している

[お問い合わせ先]
鳥取市定住促進・Uターン相談支援窓口
TEL:0120-567-464

▼鳥取市への移住情報満載のポータルサイト!▼
「とっとりコネクト」
https://tottori-iju.jp

 

文・杉山正博 写真・青木幸太

                   

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