LGBTをはじめ、マイノリティとされる人々が安心して移住できる
地域やコミュニティはあるのだろうか?
三重県伊賀市に移住した同性カップルと、
ふたりをサポートする行政への取材を通して、
これからの移住を考える。キーワードは「LGBT×移住」。
門前払いされ、
移住を諦めかけていた時……
移住する理由は人それぞれ異なるが、多くの場合、根底には「より自分らしく生きたい」という思いがあるだろう。では、すべての人が自分らしく生きられるために、地域は何を提供できるのだろうか? 三重県伊賀市を例として考えてみたい。
二〇一五年十一月に東京都渋谷区と世田谷区でパートナーシップ制度(※1)が導入されたことは記憶に新しい。この制度はその後、ゆるやかに全国へと広がり、二〇二〇年十二月現在では約六十の自治体が導入。三重県伊賀市は他の自治体に先駆けて二〇一六年四月に制度を導入した。全国で三番目の早さである。
加納克典さんと嶋田全宏さんは、伊賀市がパートナーシップ制度を導入した四ヶ月後に移住してきた。それから四年。空家を購入し、畑を借りて農業に挑戦しながら、ペットのうさぎとともに幸せな日々を送っている。地域の人たちもふたりを温かく受け入れている。「こんな世界があるのか……というくらい、想像しようもなかった毎日を過ごしています」と加納さんが言えば、嶋田さんも「田舎の人は偏見が強くて理解がないのでは……と思い込んでいたけれど、それこそが偏見でした。移住前とは別次元を生きている感覚です」と語る。
しかし、伊賀にたどり着くまでの道のりは決して平坦ではなかった。当時カミングアウト(※2)していなかった加納さんは、「あまり人に干渉されず、ひっそり暮らせること」を条件として移住先を探していた。だが多くの自治体でそのようなリクエストは受け入れられず、「近所付き合いしない田舎はない」と門前払いされる状態だったという。
移住への希望が諦めに変わりつつあった頃、加納さんは、パートナーシップ制度を導入した伊賀市にダメ元で電話をしてみた。電話口に出たのは移住コンシェルジュの舩見くみ子さん。彼女の対応が、加納さんと嶋田さんの人生を変えた。その時のことを加納さんはこう語る。
「門前払いせず、とても温かい言葉をいただいたんです。ここなら自分でも生きていけるかもしれない、と思いました」
舩見さんも、当時の加納さんからの電話をよく覚えている。
「今では考えられないくらい、とても弱々しい声で電話してこられたんです。その時はご近所さんとお付き合いを濃くしたくない理由はわからなかったけれど、そもそも伊賀を向いてくれていることに可能性を感じたし、ゆっくり話をすることで見えてくるものがあるだろうと思って」
そうして何度か電話でやり取りを続けた後、舩見さんは、加納さんからカミングアウトされた。
「『同性のカップルで暮らしていきたいんですけど、いいですかね』と。すごく勇気が必要だったと思います。私からは、大歓迎です、ぜひいらしてください、と伝えました」
LGBTをはじめマイノリティとされる人々が積極的に移住していく地域は、現在の日本にはまだない。だが伊賀市では、二〇一六年のパートナーシップ制度導入にあわせて、多様性の受け入れを地域の強みにしていくという意識が行政レベルで共有された。移住してきた人がいかに地域で自分らしく生きていけるかを考えた末、当然の帰結としてそのような結論に至ったのだという。ただし、最初からすべての職員が理解者だったわけではなかった、と舩見さんは言う。
「周りに当事者がいないと思っていた人や(※3)、ピンと来ていない人もいました。むしろ制度が先にあって理解が後から追いついてきたような感じで、みんな勉強しながらでした。そういう時におふたりが移住してこられたんです。今では加納さんと嶋田さんは、伊賀にはなくてはならないふたりです。おふたりの話を聞きながら、自分の中の多様性に気付いていくんです。そもそも人はみんな多様であるということを知るんです。そうして自分にあるマイノリティ性と重ね合わせることが、理解の入り口だと思うんです」
アライ(Ally)になろう
多様性について勉強しようという意識になることが大きな一歩なのだが、そもそもなぜ伊賀市は多様性を受け入れることに積極的で、いち早くパートナーシップ制度を導入できたのだろうか。
伊賀市役所広聴情報課の西村澄子さんによると、いくつかの要因があるという。まとめると、次のようになる。
一、もともと部落差別をはじめとするさまざまな差別解消のために市をあげて力を入れていた
二、「人権に関する地区別懇談会」を毎年開催するなど、市民の人権意識を高めていた
三、大阪と名古屋の中間に位置する立地であり、歴史的にさまざまな文化の交流地点であった
四、大手企業の工場で働く外国人労働者が多く、多様性を認める風土が備わっていた
五、岡本栄現市長がリーダーシップを取り、トップダウン式でパートナーシップ制度の導入を進めた
六、制度の導入と並行してアライ(Ally)の推進を進めていた
まず多様性を受け入れる土壌があり、人権に関する市の継続的な取り組みがあり、その上で市長の強いリーダーシップが組み合わさって、導入がスムーズに行われたというわけだ。
興味深いのは、六つ目の「制度の導入と並行してアライ(Ally)の推進を進めていた」
アライとは、LGBTを理解・支援する人のこと。伊賀市役所では、「アライになろう」と呼びかけるパンフレットや自身がアライであることを示すステッカーを作成し、市役所や学校、市内の企業に配るなど、当事者以外の人たちに広く訴えかける取り組みを行ってきた。市役所職員の名刺にも「私たちはアライ(LGBT支援者)です」と記されている。これらの取り組みについて西村さんはこう語る。
「当事者が頑張るということは、自分の立場を明らかにすることです。つまりカミングアウトしなければならない。それはおかしいのではないでしょうか? 矢面に立って頑張るべきは、当事者より周囲の人。アライが広まればそのような考え方も広まると期待しています。また、パートナーシップ制度は同性カップルに特化した制度ですが、他の性的マイノリティも置き去りにはできません。さまざまな性のあり方がどのように存在しているのか、社会に伝える目的もあります」
このように、伊賀市は、行政が率先して性的マイノリティへの理解を示し、当事者が生きやすいための仕組みづくりを行っている。そしてそれをリアルなものとして感じられたからこそ、加納さんと嶋田さんは伊賀への移住を決め、定着し、自分らしい生き方を取り戻したのだった。
LGBTコミュニティはないけど幸せ。
なぜなら……
さて、本誌が今号で特集する「コミュニティ」という枠組みとしてはやや前置きが長くなったように感じられるかもしれないが、実は、移住したLGBTのためのコミュニティというものは存在しない。というか、可視化されたLGBTのコミュニティは都市部にしかない。人生の大半をクローズドとして過ごしてきた加納さんは、移住前は都会のゲイコミュニティに出入りしていた。異性愛が「正常」とされる社会においては、自分がゲイであることを認識しないと、時に自分を見失ってしまうことがあったからだ。しかし伊賀に来てからというもの、そのようなコミュニティの必要がない生活を送っているという。
「ありのままの自分でいて、言いたいことを言って、やりたいことをやる生活を四年間続けました。その結果、ゲイであることを忘れている自分に気付いたんです。それは、当事者がいることが当たり前の街に住んでいるからです」
逆に言えば、それまでは当事者の存在が認められない街に住んでいたということであり、ゲイであることを隠さないと不安に駆られる環境に身を置いていたということだ。学校や会社では異性愛者を装い、コミュニティに足を踏み入れた時だけ本来の自分に戻れる。それが加納さんの人生だった。しかし、伊賀市のように当事者がいることが前提の街では、ゲイであることを隠す必要がない。ゲイであることは、たとえば、コーヒーには砂糖を入れる入れないといった、言っても言わなくてもいい単なるひとつの情報にすぎなくなる。
「そう気付いた瞬間、これまで背負ってきたものがパッと消えたんです。ゲイであろうがなかろうが、それを隠さなくても生活が変わらない。今は、セクシュアリティやジェンダーに関係なく人とつながっている感覚です」
コミュニティがあるのは、そのコミュニティが人々に必要とされているということ。言い換えれば、コミュニティなしには生きられない状況があるということだ。だとするならば、理想の社会とは、コミュニティのない社会なのかもしれない。コミュニティがある=素晴らしいこととは限らないわけだ。
とはいえ、理想に到達するには段階がある。加納さんの中長期的な夢は、LGBTやアライの人が気軽に集まって相談などができるコミュニティースペースを伊賀につくること。たとえ利用者がいなくても、そのような場所があるという事実は当事者の心の励みになる。
また、ある人にとっての理想郷が、別の人にとっては地獄ということもありうる。「僕らが幸せだからといって、伊賀がすべての人の理想郷だとは言えない」と嶋田さんはいう。「依然として問題はたくさんあるんだろうと思います。まだまだ発信が足りないし、伝え方にも工夫が必要です」
そのような思いから、ふたりは市内外での講演活動に力を入れ、性的マイノリティに関する啓発活動を行っている。直近では、県の条例にパートナーシップ制度が盛り込まれるよう知り合いや地域の人に呼びかけ、パブリックコメントを集めている(※4)。
さらに、伊賀の伝統工芸である組紐や伊賀焼とコラボした「虹紐」「虹焼」などの製品の製造販売も開始。虹紐は伊賀市のふるさと納税返礼品にも選ばれた。地方の伝統産業がLGBTへの啓発に乗り出すこと自体珍しいが、それだけ市民の理解が進み、アライが増え、ふたりが地域に溶け込んでいることの証でもある。
伊賀への移住を経て、ふたりの人生は大きく変わった。加納さんが「以前は何をしても満たされたなかったけれど、今は不思議と満たされている」と語れば、嶋田さんも「地域の人たちが僕らのことをよく見てくれている。その温かさが安心感を生んでいるし、心地良い」と語る。
本記事冒頭で提起した問いは「すべての人が自分らしく生きられるために、地域は何を提供できるのだろうか?」であったが、その最良の答えのひとつが、伊賀にある気がする。
文…山田 宗太朗 写真…ミネシンゴ(アタシ社)
※1…パートナーシップ制度とは、自治体が同性のカップルに対して、二人のパートナーシップが婚姻と同等であると承認し、独自の証明書を発行する制度。市民病院でパートナーの病状説明を聞いたり手術に同意したりすることや、市営住宅への入居申請などが可能になる。三重県伊賀市では二〇二〇年十二月現在、計五組のカップルがこの制度を利用
※2…カミングアウト(coming out)とは、LGBTなどが自分の性的指向(恋愛や性的欲望の対象)や性自認(自分の性別に関する意識)について誰かに伝えること。「クローゼット(押入れ)から出る」という言葉に由来する。なお、そうであると言わない状態を「クローゼットにいる(in the closet / closeted)」と表現する。押入れの中に身をひそめる感覚、見つけられてしまうかもしれないと緊張したり怯えたりする感覚があらわされている
※3…三菱UFJリサーチ&コンサルティング『令和元年度 厚生労働省委託事業 職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書』によると、「いまの職場の誰か一人にでも、自身が性的マイノリティであることを伝えているか」という質問に対し、「伝えている」と答えた人は、「レズビアン・ゲイ・バイセクシャル」で七・三%、「トランスジェンダー」で一五・八%にすぎなかった。「周りに当事者がいない」のではなく、現実にはほとんどの人がカミングアウトしていない、あるいはできない状態でいるのだと推測できる
※4…十一月時点で三百五十件以上のパブリックコメントが集まり、十一月二十日の三重県議会定例会では、鈴木英敬三重県知事がパートナーシップ制度の整備に向けて取り組んでいくことを表明した