これからの官民連携 vol.05
「産官学」で教育現場は どのように変われるか?

GUEST
埼玉県戸田市教育委員会 教育長 戸ヶ﨑勤
株式会社ARROWS CEO   浅谷治希

忙しすぎる学校の教師。クラブ活動や地域活動、保護者の対応、そしてプログラミング教育も始まった……。課題が山積する教育現場では、どのような官民連携が可能なのでしょうか。

よんなな会発起人、神奈川県未来創生担当部長 である脇雅昭さんがコーディネーターを努め、TURNSプロデューサー  堀口正裕が聞き手として毎回新しい官民連携の形を紹介するこの連載。今回はゲストに、教育改革で劇的な効果を上げている埼玉県戸田市の教育委員会教育長の戸ヶ﨑勤さんと、先生たちをサポートする事業で注目されるARROWS(アローズ)の浅谷治希さんを迎え、官民連携で変わる教育現場の可能性を探ります。

右から 脇雅昭さん、戸ヶ﨑勤さん、浅谷治希さん、TURNSプロデューサー 堀口正裕


「産官学」で教育現場の “3K”を変える

堀口 教育の官民連携は、あまり活発に語られていない領域ではないでしょうか。今日は行政と民間、双方からたっぷりお話をうかがいたいと思います。

 教育で官民連携といえば戸田市が突き抜けていると聞いています。はじめに戸田市の教育改革について教えてください。

戸ヶ﨑 5年ほど前まで戸田市の小・中学校の学力、体力はともに大きな課題があり、学校も荒れていたんです。市内小学校の多くの授業が昭和型のチョーク&トーク形式で、パソコンはあっても活用されていない。LAN環境もない。一方で児童生徒数は増えつづけ、校舎の老朽化とともに課題山積みのスタートを切りました。

 それは厳しい状況でしたね。

戸ヶ﨑 ええ。私は教育改革のコンセプトに「社会に開かれた教育」「学び合う職員室」を挙げました。変化する社会の動きを、いかに教室の中に取り入れるか。そこには客観的な根拠という視点が必要です。実は今でも教師の「経験」と「勘」と「気合い」に頼った教育が行われています。私はこれを3Kと呼んでいるのですが、3Kから「客観的な根拠」のある教育へ変革しなければとならない。そこで、望みをかけて着目したのが「産官学」の連携でした。

 戸田市教育委員会の「産官学民連携推進プラン2019」には、国内外の主なIT企業がほとんど入っていますね。

戸ヶ﨑 たとえばプログラミング関連の授業は、インテルやグーグルなどと連携して行っていますね。企業と連携できている理由は、真の協働者になっているからだと思います。たとえば、「こんな授業を考えているんだけど、協力してくれる企業はいますか?」「テストデータのログづくりをやってくれませんか?」と、教育委員会側が主導権を持って進めました。すると、多くの企業が積極的に手を挙げてくれるんですよ。

 教育委員会が学校の課題をオープンにしているんですね。

戸ヶ﨑 企業も学校現場で実証する機会を求めていますからウインウインの関係になります。もうひとつ教育改革の目玉として、埼玉県の学力・学習状況調査に加え、戸田市独自に教師対象の調査を行いました。どのような指導方法で成果が上がっているのか、その指導を行なっている教師はどのような資質を備えているのか。成果と教師をタグ付けしてわかるようにしたのです。

 教師とタグ付け。それは画期的なシステムですね。

戸ヶ﨑 もちろん教師の評価には使用しません。とにかく、これによって成果を上げる指導法が何かが、客観的に示されることを期待しています。よく「ICTをうまく活用すれば学力が上がる」といわれるでしょ? でもそんな結果は出ませんでしたよ。また教師の世界では「教材研究をしっかりやれば学力が上がる」と神話のように語り継がれてきたのですが、それを裏づける結果も出ませんでした。ある意味、ショックでした(笑) 。とにかく、EBPM※を核とした教育改革を始めて5年で、小中学校の学力は県内でトップクラスに上がり、体力も全国平均は超えました。

 劇的な変わり方です。しかし、何が起きたのですか? 何が現場の先生を変えたのでしょう?

戸ヶ﨑 教師が変わった一番の理由は、企業と連携することは自分たちにとってもメリットがあると実感を伴って理解したことでしょう。典型的な事例はプログラミングの授業です。教師だけが苦労してイチから勉強しなくてもいい、専門家に任せるべきは任せていればよいと気づいたわけです。

 先生の役割が変わってきた。そこではコーディネーター的な役割になっているんですね。


先生の「働き方改革」を進めるのは外の人

堀口 浅谷さんは先生たちのサポート事業を通じて、民の立場から先生たちの「働き方改革」を進めていらっしゃいます。

浅谷 私は現場にいる先生たちをサポートすることが、教育課題の解決の近道だと考えています。アローズの事業のひとつに「SENSEI よのなか学」があります。多くの先生は「子どもたちがこれから時代を生き抜くために必要な知識を伝えたい」と思っているけれど、限られた時間の中で全ての授業テーマに対応しなくてはならならず、教えるための授業準備時間の確保が難しい。そのジレンマを埋められる企業とタッグを組んで50分の授業を学校に提供しています。もちろん無料です。現在は日本財団の助成金を得て、先生の働き方改革に取り組んでいます。中立性が厳しく求められる事業なので、社団法人を立てて運営しています。

堀口 どのように進めているのですか?

浅谷 2017年から千葉県柏市の公立小学校をモデル校に実施しています。まず、学校の現場に入って徹底的に現状を知って観察します。それから柏市の教育委員会にもスタッフを常駐しています。教育界で官民連携をする際の問題は、学校教育の実情を民側があまりに知らないことだと思うんですね。何をするにもまず教育委員会を通さないとならないので、企業は教育委員会との向き合いが多く、委員会の人とはたくさん話すけれども、現場の先生や生徒の話はあまり聞かない。民と教室の間の距離がとても大きい。

戸ヶ﨑 教育委員会の中に入ったのはいいアイデアですよ。

浅谷 だんだん教育行政の実情がわかってきました。成果はこれからですが、とりあえずモデル校では43%いた過労死ラインの先生が0になりました。

 先生の働き方改革でよく言われるのが「減らした時間は何に使うのか」ですよね。

浅谷 それも調査したんです。すると自分の専門性を高めるための自己研鑽に再投資している先生がほとんどでした。

 なるほど、それは先ほど戸ヶ﨑さんがおっしゃった「変化する社会の動きを教室の中へ」につながりますね?

浅谷 そうです。忙しすぎて学校と家の往復だけしていたら、社会の変化を感じている余裕はないですよ。学校にも先生にも外からのインプットが重要です。


先生の仕事の負担度と重要度も“見える化”する

 学校の現場は動かしにくいと聞いていますが、外の人がどうして変えられたのでしょう?

浅谷 とてもシンプルです。先生たちの業務を徹底的に調査してデータ化=見える化しました。その業務についての「先生の負担度」と「重要度」も数値化し、負担度が高くて重要度が感じられない業務は即やめましょうと。それなら反対する先生も少ないですしね。

 なるほど。先生に納得してもらうことも大事ですものね。

浅谷 そうです。やはり学校というところは、いろんな人が関わっているので意思決定がすごくむずかしい。ひとり声の大きい先生がいると、そちらに流れてしまったり。その点、データはみんなの総意として出てくるので、意思決定の際、リスクを分散しやすい。

 「私がこう言ってます」じゃなくて、「データがこう言ってます」になる。

浅谷 学校は生徒や行政に対してだけでなく、地域住民の関わりも多いので、「私」となると角が立ったり問題が出たり。

戸ヶ﨑 具体的にどんな業務を減らしていったんですか?

浅谷 調査してわかったのは、先生にとって一番大変なのは地域行事の調整でした。たとえば地域の作文コンクール。昔からの慣例で続いていましたが、仕事量は爆発的に重い。でも学校から「やめたい」というと地域との関係上よろしくない。そこでぼくたちが地域の人にデータを見せながら、先生からもこういう声が上がっていますと説明すると、地域の人は理解してくれます。そんな大変な仕事とは知りませんでした、と。それで作文コンクールはやめました。

 データに基づいて話せばわかってもらえると。

浅谷 通知表を出すのを3回から2回に減らしました。先生が生徒ひとりひとりにコメントを書くのがとても大変なんです。しかしそのコメントにどれだけ意味があるのかというとあまりない。

堀口 毎回、同じようなことを書いてくる先生も多いですよね。親としてわかります(笑)

浅谷 コメントを書いてもその子の学力が伸びるわけじゃない。それより面談で伝えた方が的確だし、信頼関係も築けるし、時間も短縮できます。放課後のクラブ活動も、大会1ヶ月前を除いてなくしました。今は朝練だけです。

戸ヶ﨑 それはまた思い切った手を打ちましたね。保護者も納得されたんですか?

浅谷 ええ、これも小学校の保護者と先生の双方にアンケート調査を行ったら、案外、どちらもクラブ活動をそれほど重要視していなかったことがわかって。

 よく見ると削れるところが、いっぱいあるんですね。

浅谷 あります。授業中も先生は黒板にチョークで書いていますが、5クラスあれば5回書いては消している。すごくムダです。

 チョーク&トークですね。 浅谷 でも、それが常態化しているのでムダに気づかない。

戸ヶ﨑 疑問を持たないのです。

浅谷 持てる環境にすることが大事ですよね。それには外部からのインプットが重要だと思います。

 第三者がデータで見せることで説得力をもつ。第三者が入る価値がそこにありますね。


教育委員会にこそ働き方改革が必要

浅谷 実は、この仕事で教育委員会に行くようにになってわかったのですが、教育委員会の人ってめちゃくちゃ忙しいんですよね。その人が教員の働き方改革を兼務していると、調査とか分析をしている時間がない。

戸ヶ﨑 日本全国そうです。教育委員会が忙しいから、学校も忙しいままなんでしょう。

浅谷 官民連携の話をすると子どもの話から始まりやすいですけど、ぼくは先生と、教育委員会の人の仕事をどう減らすかが重要だと思っています。オペレーションまで考えることで、より官民連携はしやすくなる。

 そうか。そこが本質ですね。

浅谷 教育委員会の人が忙殺されていると、どんないい取り組みをしても継続できないんです。担当者が変わったら、引き継ぎもできない忙しさだから。

 教育委員会って過酷なんですね。あまり世間に知られていないと思いますが、働き方改革は教育委員会にこそ必要ですね。


教育者と行政職員のハイブリッドチームの力

浅谷 今回、柏市のプロジェクトを始めるにあたり、ぼくらは教員と、行政の職員をハイブリッドしたチームをつくってほしいとリクエストしました。というのも、いくら教育委員会で「この案、いいですね、やりましょう!」と盛り上がっても、議会に行ってちゃんと説明ができる人がいないと予算が取れないんですよ。官民連携する上で、民間が教育委員会の実情と、行政のメカニズム、双方を理解する必要がある。また、担当者によりますが、もし行政側が教育に慣れていない人だったら、民側がいっしょに変えていきましょうとバックアップできないといけない。その関係性が築けないと、結局官の御用聞きになってしまうと思います。

堀口 戸田市の教育委員会は「教育行政のプロ」を独自に採用されています。どのような趣旨で始められたのですか?

戸ヶ﨑 教育委員会こそ外からのインプットが必要ですから。今は、教育企業勤務者や特別支援教育のプロ、大学でデータサイエンスを研究していた人などを採用してチームを組んでいます。これをぜんぶ自前で育てたら膨大なコストがかかりますよ。

 戸田市の教育委員会は、まさに官、民、学の人材が連携しているわけですね。

浅谷 こういうふうに教育学の専門知識を持った人を活用する仕組みが、もっと行政にあるといいですね。今はあまりないので、民間に行く人が多いんですよ。


日本の教育データをオープンデータに!

 教育界の官民連携で、今後の課題は何でしょうか。

浅谷 データのオープン化だと思います。ぼくらは自治体の個々のデータは取れますが、全国のデータがわからない。どういう学習能力に、どういう地域差があるのか。自治体の比較ができないからわからない。逆に、文科省が公開している全国単位のデータは、くくりが大きすぎて使えません。

戸ヶ﨑 私もそこが重要だと思います。オープンデータがあれば、客観的な根拠に基づいて教育改革を始められます。そのためにはデータが標準化されていなければなりませんが、現状は自治体ごとに、いろいろなものがバラバラに存在していて、何がどう使えるのかもわからない。教育のデータがオープン化すれば、改革が一気に進む可能性があります。

 今、戸田市が進めているようなことが、全国でできるようになる。

堀口 キーワードはオープンデータ化ですね。

浅谷 そのデータを介してコミュニケーションを取ることが大事です。評価の仕方がバラバラだと、誰かが成果を感じていても、周りはまったく感じていないなんてことがありますよね。たとえば「私には子どもの目が輝いていたように見えた」とか(笑)。

戸ヶ﨑 その目の輝きは何ルクスか測ったのかと(笑)。ただ、私はデータがすべてだとは思っていません。教育にはたしかに質的エビデンスがあるんですよ。教師の観察力など、言語化できない領域はあります。これからEdTech※が進む中で、人間がいかに関わっていくのか、常にアンテナを立てて考えていく必要があると思います。

 今回は教育がテーマでしたが、データと人間の関わりという点ではすべてに共通しますよね。

堀口 オープンデータで日本の教育は変わる可能性がありますね。みなさん、今日はたくさんの貴重な提言をありがとございました。

※EBPM=数値化できるデータ・調査結果のみならず、数値化が難しい側面についても可能な限り情報を収集・分析し、あるべき教育政策を総合的に判断する取組み
※EdTech=教育(Education)×テクノロジー(Technology)を組み合わせた造語


埼玉県戸田市教育委員会 教育長  戸ヶ﨑勤
中学校教諭、小中学校校長、戸田市および埼玉県教育委員会を経て、2015年から現職。ICTに精通し、産官学民と連携した教育改革を次々と打ち出し、全国の教育界から注目されている。中教審初等中等教育分科会、中教審教育課程部会、文科省全国的な学力調査に関する専門家会議の委員など歴任。

株式会社ARROWS  CEO  浅谷治希
1985年生まれ。2009年慶應義塾大学経済学部卒業後、大手の教育企業に就職。2013年にARROWSの前身LOUPEを創業。会員制の教員サポートサービスを事業化で注目される。2017年から日本財団の助成金を得て、千葉県柏市の小学校で「働き方改革」事業を実施中。

よんなな会発起人 神奈川県未来創生担当部長  脇雅昭
宮﨑県出身。2008年に総務省に入省。現在は神奈川県庁に出向し、政策局未来創生担当部長を務める。47都道府県の地方自治体職員と国家公務員が集まる「よんなな会」を主宰。「全国の大人たちを仲間たちに」を目標に、国や自治体、民間などセクターを超えた仲間づくりを進めている。


文:佐藤恵菜 撮影:内田麻美

さらに詳しい情報は、TURNS vol.41に掲載中です。

 

 

 

 

                   

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