TURNS

TURNS vol.40より|木桶がまだ「人の役に立つ」ために。
47都道府県からの弟子募集
司製樽 湯浅啓司さん

すしに醤油、味噌、時には風呂に至るまで……日本人の生活を支える道具として作られてきた「木桶」。

そんな木桶は「まだ人の役に立つ」と、弟子を募集する職人がいた。それも、47都道府県から一人ずつ。

大掛かりな弟子探しの意図とは?


職人がいないと、木桶が「使い辛いもの」に

全国に60人。徳島には、残り3軒

アーチ状の刃が、小さな木材を削る。削られた木材はどれも緩やかな丸みを帯びていて、木製の瓦のような形だ。ガイドがわりの鉄の輪にそれらを入れていくと、全ての木片がカチッとはまり、木の板の並びから、スキマのない綺麗な円環が浮かび上がる。インタビューを受けながら動く職人の手の中で、みるみるうちに桶の形へ近づいていく。

「もう手が勝手に動くんですよ。硬い木、柔らかい木なんかもあるから選びながらね。そういうところにも気を配っとんですよ」。

そう話すのは、日本には数少ない木桶・樽の職人として活動する、湯浅啓司さん。彼は徳島県阿南市にある生家で工房を営みながら、その技術を伝えるべく「全国四七都道府県から弟子を募集する」と声をあげる。HPでの募集に始まり、イベントや出張先でそのことを口にするうち、多くのメディアがその目論見を取り上げるようになってきた。

「桶と樽の職人が全国にどのくらいいるのか、調べた人がいてね」。

長崎・五島列島に住む医師・宮崎さんの調査によると、日本にいる現役の職人は約60人。徳島には、残り3軒の工房しかなかったという。

「五年前だと、120人はいたらしいんですよ。5年で半分です。高齢の方も多いのでね」。

淡々と事実を語ってくれた。

直せば使える木桶のこと

そもそも「桶」「樽」と聞いて、2020年に生活する私たちは、共通するイメージを浮かべられるだろうか。一般的にイメージしやすいものでは、チラシ寿司を作る際に使う平らな「すし桶」や「おひつ」、家庭で使われる漬物桶などが木桶に当たる。

「あとは、醤油や味噌を作るのに、今も大きな木桶で仕込んでいる蔵があります。それが一番、皆さんが身近に感じるはず」。

元来、木の桶や樽は人々の生活に根ざし、当然のように各家庭にあるものだったのだ。長く生活に寄り添ってきただけあって、木桶ならではの機能性もある。木でできた桶は、水分を吸う。チラシ寿司用の酢飯を作る際、余分な酢を吸い取って良い塩梅にしてくれるのは、木の桶ならではの得意技だ。醤油や味噌などの食品作りでは、木の材質は、発酵のために重要な「微生物」や「菌」たちが活動しやすい環境となる。

「そして何より、直せば長く使えるのが特徴です。昔は町に一人は職人さんがいて、町の人が時々修理に駆け込んでくるようなところだった」。

それがいつしか、生活の道具に使われる材質が多様化。金属やプラスチックなどの素材も多く使われるようになり、職人たちの高齢化も進んだ。

「僕はもともと、徳島で桶と樽を作る『岡田製樽』というところの樽部門で働いていて。そこで、手仕事を知っている桶樽職人の師匠を紹介してもらったんですが……その師匠も今88歳。仕事としては引退されました」

こうした状況に違和感を感じた湯浅さん。

「選択肢がない状態が、よくないと思うんです。桶や樽を直せる職人が自分の住む町にいる、という環境を作らないと、道具として『使いづらいもの』になっていってしまう」。

あくまでも、選択肢の一つとしての木桶を知ってほしいといい、「別に酢飯をボウルで作っても良いんですよ。でも寿司桶で作るもの、という考え方もあったんですよと知ってもらえたら」。

この言葉は、伝統的な手仕事として取り上げられる木の桶や樽が、あくまで「生活の道具」であることをよく表している。そして、桶や樽を生活に組み込む人がいる以上は、仕事が続いていく。

 

(続きはTURNS vol.40本誌で)

文・編集:乾 隼人 写真:佐伯 慎亮