子どもを育てながら、自分自身のキャリアアップとも向き合う――
家族を愛する母親として、そして、仕事にやりがいを感じるひとりのビジネスパーソンとして、キャリアアップに悩む女性は多い。
「働く会社」だけでなく、「働く地域」を選択することも、仕事を続けながら家庭生活を維持していくうえでは重要だ。
トヨタ自動車株式会社で、キャリア採用のチームリーダーとして活躍する森谷彩子さんは、今から3年前、転職を機に、東京から愛知へ、夫と2人の子どもと一緒にIターンした。
現在は名古屋市内に住まいを構え、愛知での仕事・暮らし・子育てに、満足しているという森谷さんに、仕事と子育ての両立についてどのような思いがあったのか、また、東京以外の都市へのIターン転職の魅力とは何か、普段の暮らしの様子を交えながらお話を伺った。
トヨタ自動車株式会社
森谷彩子(もりたに・あやこ)さん
1975年東京都生まれ。金融業界で営業・人事・広報と広くキャリアを積む。その間、結婚・出産も経験。入社15年目を迎えるに当たり「自分の子どもに、親である自分自身が成長している姿を見せたい」と転職を決意。夫と見学した愛知の暮らしやすい雰囲気を気に入り、Iターン転職。現在は、将来を担う人材を確保する戦略づくりに取り組んでいる
ステップアップのために転職活動をスタート。
東京が大前提だったけれど……
私は、東京の大学を卒業後、都内の金融関係の会社に就職し、企業の経営者や財務担当者へ金融商品を提案する法人営業の仕事から、社会人生活をスタートしました。その後、社内異動で人事部門にて、採用、教育、人事制度の企画などに携わり、その頃に1人目の子どもを出産。職場復帰と同時に異動した広報部門では、社内・社外広報、女性活躍の取り組みのPRなどに関わりました。
40歳を前に今後のキャリアについて考える機会があり、漠然とですが、社会に対して直接的に価値を生み出す事業に携わりたいと思うようになり、異業種である製造業への転職も視野に入れはじめました。
トヨタ自動車に関心を持ったのは、金融の仕事に従事する中で、日本を支えるものづくり企業に対し、リスペクトする気持ちが生まれていたことが大きいです。それまでは、営業・人事・広報と、広く言うと、どれも人とのコミュニケーションに携わり、やりがいを感じていました。ですから、これからも“人”に軸を置いた仕事を続けていきたいと考え、人事部門に応募することにしました。ただ、実はこのときは、東京で勤務できるものと思っていました。
ところが、採用面接が進んでいくと、「愛知県豊田市の本社に勤務になる」とのお話が! さすがに、夫の職場は東京だし、子どもも小さいし、東京に新居を構えていたのに今から環境を変えるなんて……。関東圏内に住む私たち夫婦の両親からも、離れた愛知の地で生活していけるのかと心配され、一度は辞退しようとしました。でもそのとき、採用責任者の方から「旦那さんと一緒に、一度愛知に見に来てみなよ!」と仰っていただき……それがターニングポイントになりました(笑)。今考えると、とてもありがたい機会だったと思っています。
転職は「子どもを教育する場所」の選択でもあった
そして夫と見学へ向かった日。本社最寄りの三河豊田駅に降り立ったとき、目の前にどーんとそびえ立つ本社ビルと果てしなく広い青空。東京タワーを眺められる高層ビル群での職場環境との違いに戸惑いつつも、改めて「ここで世界中のお客様のクルマが作られているのか!」と驚き、初めて見る「企業城下町」に感動すら覚えました。周囲からは「それ本当の話?」と疑われるのですが……事実です(笑)。夫も、少なからず良い意味での驚きと発見があり、見学を終えてから二人とも考えが少しずつ変化していました。
その後、約1カ月かけて、豊田市役所やトヨタ自動車に関連する企業に勤める友人など、多くの方を通じて、企業風土や文化、人間関係、子育て環境、治安、居住エリアの様子などについて、情報収集しました。
Iターン転職に当たり、決め手のひとつに「子育て環境」がありました。それまで東京23区に暮らしていた私たち。生活リズムもできていましたし、見知らぬ地域への転職でしたので、漠然とした不安もありましたが、今は家族みな楽しくやってます。
後から知ったのですが、愛知県は、全国の中でも子どもの習い事が盛んな県らしいですね。確かに、子どもが無理なく通える範囲で、さまざまな種類のスクールが豊富にあって便利です。娘はいま、フラダンス、ミュージカル、英語、ピアノ。小1の息子もラグビー、プログラミング、英語、習字に通っています。共働き世帯の親が不在の間の時間の使い方としても、有意義に過ごさせてもらっています。加えて、月謝も東京に比べてリーズナブル。気軽に始められる点もありがたいですね。
住まいは、職場へ車通勤しやすい名古屋市内に新居を構えました。東京在住時も、共働き世帯が多いためか、互いに協力し合おうとする雰囲気はあったものの、自治体や地域の行事はそれほど多くありませんでした。東京と愛知しか住んだことがありませんが、我が家の周りは地域コミュニティが確立されていると感じます。ちょっとした子どもの送迎などを近所のママ友が進んで引き受けてくれたり、「通学路と違う通りを○○ちゃん(娘)が歩いていたけど大丈夫?」と連絡をくれたり、ご近所さんとの距離感が近く、何かと世話を焼いてくれるので、助かっています。
また、自宅から徒歩圏内に遊具の併設された公園がたくさん整備されていて、しかも広い。そして何と言っても、当たり前ですが東京23区に比べると地価が安い(笑)。こうした住環境の良さは想像以上でした。
待機児童が東京の約50分の1。学童保育も充実!
転職を決めた時点では、下の子はまだ保育園に通っていました。トヨタ自動車には社内保育所があるため、しばらくそちらに預けられましたし、その後、小学校入学を見据えて、「近所にお友達を作ってもらいたい」という思いから、自宅近くの保育園にスムーズに転園もできました。愛知は待機児童数の問題も少なく、東京の約50分の1だそうで、子育て世帯にとって心強い環境があると感じます。
学童保育(放課後児童クラブ)の待機児童もほとんどなく、共働き世帯が安心して働ける環境がありますね。我が家は小学生の子ども2人を学童保育に預けていますが、子どもたちは学童保育所に隣接する公園で毎日真っ黒に日焼けするまで遊び、習い事がある日はランドセルを学童に置いてそこから行く、というようなリズムになっており、学童保育が第二の家のようになっています。
また、学童には6年生まで在籍し、上級生が下級生の面倒を見る、という健全な上下関係も養われており、日々の遊びから飯ごう炊飯の方法まで、いろいろなことを教えてもらっています。また、地域の夏まつりでファイヤートーチ(松明)を披露したり、「お店やさん」と称して、クッキーやワッフルなどのおやつを子どもたちが焼いて、迎えに来た保護者へ販売し、長期の休みにお出かけする資金源にしたり、と充実した毎日を過ごしているようです。
ワークとライフのバランスを大切に。
私たち夫婦はアウトドアが好きなので、愛知は近隣に屋外キャンプ場が多くてうれしいです。もともと雪山にはよく行っていましたが、愛知に来たのを機に家族でキャンプも楽しむようにもなりました。山もいいですが、知多半島や三河湾、離島など海の方にも出かけてみたいですね。地理的に観ると、岐阜や三重、静岡、北陸にもアクセスしやすそうなので、これから開拓していきたいなと思っているところです。
キャリアの築き方も生き方も人それぞれ。私も日々試行錯誤していますが、正解はなく、大切なのは、自分の中にある優先順位を見つめることだと思います。そうすれば、自ずと選択すべき道が見えてくるのではないでしょうか。キャリアアップに悩んでいる方は、「キャリアか」「暮らす場所か」のどちらかではなく、仕事、生活環境、趣味等、さまざまな角度から多面的に考えてみると、選択肢が広がるような気がします。
(取材・文/塚本千晃 撮影/西澤智子)
\愛知県の教育環境は、総合力の高さが魅力/
●待機児童数が少ない
→愛知の保育所等待機児童数は、東京の1/46。
※厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ」(2017年4月)
●習い事が盛ん
→愛知は人口あたりの外国語教室数が全国1位。
書道・そろばんなどの教室数も全国トップクラス。
※総務省統計局「平成26年経済センサス―基礎調査結果」「人口推計」(2017年)から算出
●キャンプやスポーツが盛ん
→愛知は、キャンプする人の割合が全国2位。
スポーツする人の割合は全国6位。
※総務省統計局「平成28年社会生活基本調査結果」
●大学が充実
→愛知の大学立地数は、国公私立50大学で全国3位。
名古屋大学はノーベル賞受賞者を6名も輩出。
※文部科学省「学校基本調査」(2017年度(速報))から算出