ピーマンを我が子のように育てる夫婦の物語。新規就農へのサポート体制と仲間の存在が支えに

宮崎県の中央部に位置し、温暖な気候に恵まれた西都市は、農産物の一大生産地。特に施設園芸が盛んで、全国でも有数の生産量を誇るピーマン、マンゴーなど多くの特産品を持つ。

西都市では、新規就農をまち全体でバックアップ。先進農家での農業研修からはじまり、栽培技術や経営ノウハウを学びながら農業に取り組めるJA西都トレーニングセンター新規就農者向けのハウス団地整備や中古ハウスのあっせんなど、未経験者が独立するまでをフォローする切れ目ないサポート体制を実現している

松浦篤志さん・亜希子さんご夫婦は、2021年に子ども2人を連れて西都市に移住し、新規就農を実現。未経験から研修を経て就農に至るまでのストーリーとともに、同市の新規就農者を支えるサポート体制について紹介する。

松浦 篤志まつうら あつしさん・亜希子あきこさんプロフィール】
篤志さんは1976年生まれ、福岡県出身。亜希子さんは1974年生まれ、大分県出身で、宮崎県宮崎市で子ども時代を過ごす。熊本県で出会った二人は2007年に結婚。出産を期に篤志さんのルーツである福岡県にUターン。篤志さんは印刷会社に就職し、約12年間勤める。
移住フェアの新規就農相談会に参加したことをきっかけに農業の道を志すことに。2021年に家族で宮崎県西都市に移住。現在、1年間の研修期間を終え、1年目のピーマン農家として、新規就農にチャレンジしている。

 

独立までの明確なサポート体制が移住の決め手に

「農業はとにかく楽しいですね。頑張れば頑張ったぶんだけ目に見える形で成果が出て嬉しい
就農1年目でピーマン栽培で収入を得られるなんて奇跡のよう

面積15アールのビニールハウスにびっしりと実る青々としたピーマン。経営主の松浦篤志さん・亜希子さんご夫婦が、1年前まで農業に関して全くの素人だったと聞くと誰もが驚くのではないだろうか。冒頭の言葉は、就農してはじめて自分たちの手で育てたピーマンを収穫した際のお二人の感想だ。

熊本県で結婚し、出産を期に篤志さんの実家がある福岡県にUターン。篤志さんは印刷会社に就職し、Web制作担当としてホームページを作る仕事に就いていた。

「元々農業に憧れを持っていましたが、『定年退職して、夫婦でぼちぼち農業ができたらいいね』というぼんやりとしたものでした。今から3年ほど前、軽い気持ちで参加した移住フェアの新規就農ブースで話を聞いてみると、『自分たちでも農業で生計が立てられそうだな』と。体が元気な今のうちにはじめるのが得策かもしれないと思い、農家になる決意をしました」

「それまでは夫の夢物語かな」と思っていた亜希子さんも、就農相談会で篤志さんと同様に手応えを感じたことで農家への道を現実的に考えるように。お二人は移住を伴う新規就農に向け動き出す中で、宮崎県主催のオンライン就農相談会で西都市のブースを訪問。

研修も充実しているし、独立後の農地まで用意してくれるという話が私たちの求めていた条件と一致していました。未経験から就農に至るまでの道筋が明確に提示されている安心感がなにより魅力的でしたね」(篤志さん)

新規就農が具体化した当初から、栽培する作物について検討を重ねていたというお二人。「育てやすく、作業時間と子育てにかける時間のバランスを取るにはピーマンが最適」と判断した西都市はかつてピーマン生産量日本一を記録した一大産地販売ルートが確立していて栽培に専念できる点も、同市を就農地として選んだ理由だ。

その後、農業体験へ。受け入れ先のピーマン農家や市の担当者の話に加えて、就農を目指している先輩研修生の体験談も聞き「自分たちでも自営していける」と確信。その4カ月後には研修生としてピーマン農家への第一歩を踏み出す。

 

安心して研修に専念できるように国や市が支援

「『松浦さんはピーマン栽培を初めてするのだから、わからないことばかりなのは当たり前。わからないことは何度でもいつでも、何回同じことを聞いてもらっても構わないので、とにかくなんでも聞いてください』という師匠の言葉で、とても楽になったのを今でも覚えています」(篤志さん)

西都市の就農サポート体制の特徴の一つが、地域の先進農家のもとで行う1年間のマンツーマン研修だ。篤志さんが師匠と呼ぶのは代々続く若手ピーマン農家。その時期や人によって研修期間や受け入れ先の農家は異なるが、松浦さんたちの研修先は図らずも農業体験で訪ねた農家だった。

7月からスタートした研修は農作業の準備段階に当たるビニールハウスの張り替え作業からはじまり、ピーマンの定植、栽培に至るまで、一から順を追って現場で実践。わからないことがあればその場で質問して解決。トップレベルの生産技術や一連の作業工程を目の当たりにした。

研修先の農家は毎年研修生を受け入れているため、先輩や同じ道を志す仲間ができる。篤志さんも研修を終えた先輩農家の元を訪れては相談をしたり、師匠や弟子たち一門が集まってバーベキューを楽しんだりと、仲間の存在が就農を志すうえで大きな力になったという。

サポート体制はこうした技術や知識の習得に留まらず、経済面でも研修期間中の家族を支えてくれた。国から交付される「新規就農者育成総合対策(就農準備資金)」に加えて、市の補助金もあり、生活費を心配することなく研修に専念できたという。他にも県立農業大学校で農業の専門知識を学べる座学講座(県主催)などもあり、あらゆる方面から就農希望者の支援を行っている。

 

周囲に支えられ挑む、二人ではじめてのピーマン栽培

現在は研修を終え、JA西都トレーニングセンターで、夫婦で初めてのピーマン栽培に挑戦中だ。

トレーニングセンターの特徴は、ハウスやトラクターなどの施設や機材をリースして農業経営を開始できること。加えて、JA指導員から薬剤や肥料のアドバイスをもらうなど栽培指導を受けながら農業経営の実務を習得することができる初期投資費用を抑え、わからないことを専門家に相談できる環境は新規就農者にとっては大きなメリットだ。

さらに、収穫した作物の収入はすべて生産者のもとに入り、この期間中も国や市からの補助金を受給(所得により受給停止の場合もあり)できるため、ある程度の貯蓄があれば家族4人での生活も問題ないという。

「研修の時には全然できなかったことが、自分でも驚くぐらいに上手くいくんですよ。師匠から教えてもらった知識や技術を自分なりの方法でアウトプットできている感じがします」(篤志さん)

右も左もわからない農業初心者にとっての地域農業を牽引するプロの農家から直接学ぶ経験の大切さは篤志さんも実感している。
「研修を終えたばかりで不安の多い時期に、師匠の一声で後輩研修生が集まりハウスのビニール張りを手伝うために駆けつけてくれました。初めての定植の時には、心配になってハウスにこっそり訪れていた師匠の『苗が萎(しお)れているよ』というアドバイスで救われたことも」(篤志さん)

直近の目標を尋ねると、篤志さんは「去年、兄弟子が記録した10アールあたり18トンの収穫量を達成すること。相当な量なのですが、まずはそこを目指したいですね」。

亜希子さんは「自分たちだけの力でできることなんて多分何一つないと思います。人との繋がりやサポートがあって私たちの就農は成り立っています。私たちもこの助け合いの精神を受け継ぎたいですね」と笑顔で話す。

トレーニングセンターには同じ悩みを共有できる同期、自分の一歩先をゆく先輩、そして、進むべき道を示しながら暖かく見守ってくれる師匠がいる。同じ目標に向かって頑張る仲間の存在が明確な目標や支え合う環境を生み、その積み重ねが地域の農業の未来を広げていくのだろう。

 

いろいろなことにチャレンジする充実した日々

「チャレンジすることが今の私のメインテーマ。『トラクターに乗りますか?』と言われたら、即答で『乗ります』って。とにかく何に対しても『やります、やってみます』というスタンスですね」(亜希子さん)

40歳を超えて、はじめて住む土地。仕事の対象もパソコンから土へと変わった。

篤志さんも「やりたいと思うことがあるなら、何もせずに後悔するよりはやって後悔した方がいいと思います。最初の就農相談会に行ってなかったら、私はここにいないです」と、一歩踏み出すことの重要さを噛み締めている。

「朝一番には二人で『おはよう』、帰りには『明日またね』ってピーマンに挨拶するんです。農業は子育てに似ていると感じていて、過保護すぎるとひ弱になってしまうけれど、反対に思い切って突き放して育てると逞しく育ちます。木1本ごとに人間みたいに性格が違うので、手間のかけ方も1本1本変わってきます」と亜希子さん。作物と会話するように向き合う姿は立派なピーマン農家そのものだ。

「この間も師匠が見に来て、『木の状態がいいね』と声を掛けてくれたんです。それがすごく嬉しくて。今年は師匠から教わった通りに実践し、いろいろ試してみるのは来年からですね」と篤志さん。自分たちができることを着実にこなしながら、独立に向けて日々励んでいる。

亜希子さんは経理、篤志さんは力仕事を担当するなどの役割分担はあるものの、朝8時頃にはビニールハウスに入り、共に汗を流す。同じ作業をしていると意見が合わない場面も出てくるが、その度にお二人でしっかり話し合いを重ねるという。

「『1+1=2ではなくて、3になるんだよ』という師匠のお父さんに掛けられた言葉にすごく勇気づけられました。でも今のところ私たちは半人前なので、0.5+0.5。2人足してやっと1なんですよね」と笑顔で話す亜希子さんの言葉に篤志さんも微笑む。

常に素直で前向きなエネルギーを発し、周りへの感謝を忘れないお二人を周囲もついつい応援したくなるのだろう。今朝もビニールハウスではお二人の「おはよう」の掛け声がきっと響き渡っている。

取材・執筆:日高智明
構成:田代くるみ(Qurumu)
撮影:田村昌士(田村組)

 

– 西都市について –

宮崎県の真ん中に位置し、宮崎市から車で40分ほどとアクセスも良好な『西都市』は、実は『完熟マンゴー』の発祥の地。そして日本遺産に認定された古墳群が広がる、現在でも古代の風を感じられるまちです。

 

◆ 西都はじめるPROJECT ◆
西都市で新しい暮らしや仕事をはじめる人を応援するために、多彩なサポートプログラムを提供しています。
HP:https://www.saito-hajimeru.com/

◆ 地域経済の活性化 ◆
一般社団法人まちづくり西都KOKOKARAでは、まちづく りを推進しながら起業・開業のサポートを行っています。
HP:https://saito-kokokara.com/

◆ 農業とおいしい食のまち ◆
温暖な気候と豊かな土壌に恵まれ、カラーピーマンや完熟マンゴー、スイートコーンなどの生産が盛んです。

◆ 子育て世代を応援 ◆
子育て世代の移住者が、住宅を新築または購入する場合に、最大200万円を助成しています。

 

【西都はじめる相談窓口】
宮崎県西都市小野崎1丁目105番地
TEL:080-6470-4065
Mail:saitohajimeru@ab.auone-net.jp
https://www.saito-hajimeru.com/

                   

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