TURNS

選べないないことの楽しさってある。自分の手で何とかしようとするから。
感覚を取り戻すくらし 山形県小国町

冬の間雪に埋もれる豪雪地。
雪国ならではの「木小屋(けごや)」を生かして、
かご細工に炭焼き、マタギ、山菜採りをして暮らす夫婦がいる。
人間の暮らしとは生きることそのもので、本来、自然の営みからは切り離せない。
「暮らしが仕事」と言いきる家族の、ワイルドであたたかな暮らしの記録。

kegoya 柳沢 悟さん 熊谷 茜さん

炭焼き職人・柳沢悟と、かご作家・熊谷茜の夫婦によるユニット。納屋・作業小屋の方言「木小屋」から「kegoya」と称して活動。山形県飯豊・小国地方の土地に根ざした暮らしをしながら、かご細工、炭焼き、山菜採り、マタギなどを生業としている。http://kegoya.me


春にもいろんな春がある

木小屋を生かして。

山の草木でかごを編み、炭焼きとマタギ、山菜採りをして暮らしている夫婦がいる。そう聞いて興味をもった。それはどんな暮らしなのだろう。2人は「kegoya」という名でかごや炭を販売しているという。

「木小屋」とは山形県南部の言葉で薪を貯蔵したり手仕事を行う作業小屋のこと。昔からこの辺りではどの家にも小屋があったのだそうだ。

kegoyaの柳沢悟さん、熊谷茜さんを訪ねて山形県小国町へ向かった。

木小屋の窓からは、雄大な山々が見える。裏手は広い畑で夏には緑が美しく、冬は雪の広場に。

まちの中心部から車を走らせること20分。車窓に流れる風景が真っ白な雪原からそそり立つ雪山に変わりはじめたころ、ふと入った脇道の先に2人の暮らす伊佐領地区はあった。家の前に、木小屋が3棟も並ぶ。

「この辺りは雪がすごいんで、なんでも小屋に入れておかないと駄目になるんですよ」と軽トラから薪を降ろしながら悟さんが教えてくれる。

薪小屋と、農機具やら道具類がぎっしり詰まった棟は悟さんが建てたもの。そして星型のワラ細工の下がった愛らしい一軒が、茜さんがかごを編むための作業小屋だった。

中を覗かせてもらうと、1階奥は作業場で手前がワークショップ用のスペース。2階がギャラリー兼材料の保管庫に。これだけ贅沢に自分らしい空間をもつことができるのも、雪国の小屋文化ならではに違いない。

 

雪国だからこその豊かさ。

朝8時には家族4人で朝ごはん。その後子どもたちは保育園、悟さんは炭焼きに、茜さんはかご編みに木小屋へ。その日課を基本に、やるべき仕事は季節に沿ってまわっている。

ひとことに春といっても雪の残る3月と雪溶けの4月ではやれる仕事が違う。悟さんはマタギでもあり、4月には冬眠明けの熊追い猟がはじまる。その後は早朝から山菜採り。

5月にようやく農作業が始まる。茜さんのかごも、クルミの皮は梅雨の間、アケビは秋に一気に採集する。

かごの材料、アケビのツル。寒くなって採集し乾燥させると木の枝のようにしっかりする。再び編む前に水に浸してゆるめる。

もともと悟さんは千葉県、茜さんは東京都の生まれ育ち。それぞれ山形を訪れたのは10年近く前になる。

「農業やるなら絶対に雪のない地域がいいですよ」と悟さんは笑うが、この地を選んだのは偶然2人とも親の出身が岩手県だったから。東北の原風景が心にあった。

雪が深いからこその魅力がある。「長い冬を雪の下で過ごすせいか、ここの山菜は本当にうまいんです。炭の品質がいいのも、豪雪に鍛えられた原木があるから」長い冬があるから得られるもの。

茜さんにとってはそれが「かご」だった。

「昨日までなかったものが一つずつ、自分の手の中で生まれるよろこびが大きくて。閉ざされた中でも、その達成感に支えられてきました」

子どもたちのおかげで、今は冬もにぎやかになった。仕事場にはあたりまえのように2人がいてかごを編む茜さんの足元で遊んでいたり、チェーンソーを修理する悟さんに見守られて眠っていたりする。

 

子どもができて働きかたを変えたのは茜さんだけではない。

「それまでは夜遅くまで炭焼き小屋に居ることが多かったんですが、奥さん一人で面倒見るのは大変だから。昼間の仕事を増やそうと思って今は農業に力を入れています」

炭焼き小屋の表。1トン近くの木を立て込む。

茜さんも、以前は年3〜4回外に出ていた展示会を年1回に。一見ペースを落としたかのように見えるが、雪の中であれこれ考えて膨らんだ構想は足元で着々と進行中。今の木小屋を、この春からギャラリー兼プチ店舗にしようと準備している。

「外に出るエネルギーを半分ここに注いで、人に来てもらえたらいいなと思って。制作に影響がないように月に2日だけ。雪国でもこれだけ豊かだよってことをかごを通して表現できたらいいなと思うんです」

 

写真:飯坂大 文・編集:甲斐かおり
※記事全文は、本誌(vol.29 2018年6月号)に掲載