宮城県気仙沼市が2024年度からスタートした「気仙沼親子おためし移住」では、現在体験者を募集中だ。
この取り組みは、最長2か月の公営住宅での滞在と、3歳から5歳の幼児を対象とした保育所体験がセットになった、全国でもめずらしいプログラム。宮城県内の市町村では初の試み。今回は幼児の受け入れ先である唐桑保育所と滞在拠点の公営住宅を見学し、さらには体験者のサポート役でもある2人の移住コーディネーターに話を伺いながら、「気仙沼親子おためし移住」と気仙沼の子育て環境の魅力を深掘りしてきた。
「気仙沼親子おためし移住」とは?
親子で豊かな自然と海の恵みに満ちた日常を体験できる移住体験プログラム。戸建てタイプの公営住宅に最短1週間から最長2か月間滞在可能で、その期間中、3歳から5歳のお子さんは地域の保育所に通うことができる。さらに、3歳未満のお子さんは森のようちえん「モリノネ」など市内託児施設へ預けることも可能で、テレワークを希望する場合は、会員制シェアスペースを無料で利用できる環境も整っている。
\こんな人にオススメ!/
・都会で暮らしている親子
・のびのび自然の中で育つ子どもの姿を見てみたい
・育児休暇をとるタイミング(例:上の子3歳〜5歳、下の子0歳)
・テレワーカー
「気仙沼親子おためし移住」は、子どものいる気仙沼市外在住の家族が対象。体験には月額1万5千円の滞在費と週1万円の保育料が必要となる。なお、滞在には自家用車の持ち込み、もしくはレンタカーの長期レンタルがおすすめ。その他の条件や申し込み方法などの詳細は、下記の特設ページでご確認を!
都会の子が「帰りたくない」とゴネる海と山のすぐそばにある保育園
宮城県の北東に位置する気仙沼市は、サンマやカツオを中心に日本屈指の水揚げ量を誇る気仙沼港で知られる人口約5万6千人のまち。「気仙沼親子おためし移住」の生活拠点となる唐桑地域は、市内でも最も北部の岩手県との県境にあたる。
「この地域は震災後に学生ボランティアの受け入れ拠点があった場所で、そのまま気仙沼に住み始めたメンバーが多く暮らしている地域なので、市内の中でも地元の方と移住者の方々のコミュニケーションが特に密なんです」
唐桑地域についてそう説明してくれたのは、この取材の案内役を担ってくれた「気仙沼市移住・定住支援センターMINATO」の移住コーディネーター・佐藤文香さんだ。
午前8時半に気仙沼駅を出発して車で20分ほど。最初に訪れた「気仙沼市立唐桑保育所」は、海辺の小高い場所に立つ“海が見える保育所”だ。5年前に開設されたこのロケーション抜群な保育所には現在19名の先生が所属し、約50名の乳幼児が通っている。「気仙沼親子おためし移住」体験者の子どもも、この保育所が受け入れ場所になる。
海の景色が見える唐桑保育所
「ここから見る海の景色、とても綺麗でしょ?」と笑顔で迎えてくださったのは、気仙沼生まれ、気仙沼育ちの佐藤恵美所長だ。偶然にも登場人物に二人の“佐藤さん”。そういうわけで、ここでは親しみを込めて恵美先生と呼ばせていただこう。
館内に入り、壁いっぱいを埋め尽くすカラフルな掲示物を見ただけで、温かい人柄みたいなものが伝わってくるこの保育所の教育方針は、「子どもたちのやりたいことを実現させてあげる」こと。
「押しつけの教育ではなく、子どもたちが興味のあること、やりたいと思うことを叶えてあげたいと思っています。なかには叶えることが難しいこともありますが、できる範囲で何がしてあげられるかを職員の間でいつも考えています」(恵美先生)
開所時から所長を務める恵美先生
唐桑保育所では、既に「気仙沼親子おためし移住」で2名の幼児を受け入れている。東京都と埼玉県からのお試し移住で、移住期間を終える頃には2人とも「帰りたくない」とゴネるほど、気仙沼の保育所ライフを満喫していったそうだ。
「東京の保育園は、夏場は暑すぎてプールも外遊びもできないということだったので、東北の良いところを活かしながら、海と山がある環境を楽しんでいってもらいたいと思いました。片方の子は虫遊びが気に入って、隣の公園との間を行ったり来たりして虫捕りに熱中していましたよ」(恵美先生)
泥んこまみれで元気いっぱい遊ぶわんぱくな子どもたち
工作で作った“スマホ”を披露
夏は小学校と合同で近くの浜をお散歩、冬は地元有志の協力で餅つきをするなど季節のイベントも豊富。一方で、事前にもらっていた体験者のアンケートの中で個人的に気になっていたのが、「給食がいつもの保育所よりもおいしいと言っていた」という感想だ。唐桑保育所の給食は、市の子ども家庭課が組んだ献立を所内の調理室で手作りして提供している。その中には保育所内の菜園で育てた野菜が使われることもある。「これまで来てくれた子は本当に良く食べる子たちで」と恵美先生は語るが、たくさん食べてくれたという事実が「おいしかった」ということの何よりの証だろう。
毎日の給食は調理室で作りたて
その後、クラス活動中の園内を見学させてもらうと、突然現れた来訪者に子どもたちから興味の視線が注がれる。そして「わーーーー!」と叫びながら突進してきた子にはやさしいタックルをお見舞いされ、芸人志望だという子からは「ちょっと見ててよ!」と一発芸の披露が(笑)。かたや、少し恥ずかしそうにコートの裾を掴んできた女の子は「これ、さっき拾ったの」と手のひらにあるドングリを見せてくれた。そんな十人十色の反応にほっこりさせられつつ、こんな“一見さん”の大人でも臆せずかまってくれる元気さに唐桑の子たちの人懐こい気風を感じることができた。
先生も一緒にみんな揃ってハイ、チーズ!
家の中を走り回っても問題なし!
親子がのびのび暮らせるお試し暮らし住宅
続いて唐桑保育所から車で10分ほど移動して、同じ地域内にあるお試し暮らし住宅の見学へ。高台にある小さな集落に建つ家は、震災後の復興住宅を活用した平屋の一戸建てだ。
広い庭もあるお試し暮らし住宅
足を踏み入れた広さ80平米の屋内は、一言目に「広い!」という感想。日当たりの良いリビングのほか、寝室、書斎と柔軟に使える和室と洋室が計3室あり、布団や調理器具、消耗品から暖房器具まで、家族の生活に必要なものが一通り揃っている。モバイルWi-Fi端末も無償貸与してくれるので、ネット環境も心配なし。ちなみに個人的には、ゆとりのあるバスルームに強く心惹かれるものがあった。
和室と洋室が両方あり、ゆとりを感じる屋内
「キッチンも広くて、調理器具も一式揃ってます」と案内してくれた佐藤さん
4人家族を想定した間取りとのことだが、小さな子どもとなら4人でも持て余す広さ。「前におためし移住されたお子さんは『広~い!』と言って家の中を元気に走って、お母さんも『ここならはしゃいでも大丈夫ですね』と喜んでいましたよ」という佐藤さんの言葉にもうなずける。なお、家の中にもパソコンデスクが用意されているが、体験者は市街地の南町海岸にある会員制シェアスペース「□ship(スクエアシップ)」を無料で利用可能。港町風景が見える空間の中、子どもを保育所に預けている間にテレワークが可能だ。
気仙沼親子おためし移住体験者が利用できる会員制シェアスペース「□ship」
ちなみに気仙沼市では、市の空き家バンクで物件を取得して気仙沼での暮らしを継続的にPRする人に対し、最大200万円の補助する新たな制度を発表したばかり。補助対象には一年のうち一定期間を気仙沼で過ごす二拠点居住者も含まれる。佐藤さんによれば、気仙沼市の空き家バンクには現在約200件が登録されているという。気仙沼への移住を現実的にイメージするなら、気仙沼で過ごすうちに希望に合った空き家を見学してみることをおすすめする。
都会で暮らす親子に新しいライフスタイルを提供したい
午後は「気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ」に移動し、午前中の案内をしてくれた佐藤さん、そして同じく気仙沼市で移住コーディネーターとして活動する加藤航也さんのお二人に話を伺った。
移住コーディネーター・加藤航也さん(左)
1989年、福井県福井市生まれ。大阪の大学に進学後、3年次の就職活動中に東京で東日本大震災を経験。その年の夏、気仙沼で震災ボランティアを1か月経験する。その後、大型玩具店を運営する企業に就職して3年勤めるも、その間も気仙沼を何度か訪れるうちに「気仙沼に恩返しがしたい」という思いが募って2015年に移住。同年に仲間と「一般社団法人まるオフィス」を立ち上げ、翌年から気仙沼市の移住定住事業を受託し、現在は気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ内の「気仙沼市移住・定住支援センターMINATO」を拠点に移住・定住関連のサポートを行う。
移住コーディネーター・佐藤文香さん(右)
1994年、気仙沼市生まれ。地元の高校を卒業し、岩手県の大学に進学。その後、盛岡市で就職し、ライターやゲストハウスの店長として働いた後、フリーランスとして活動。本人曰く「10年の人生修行」を経て、3年前に「いつかは帰りたい」とずっと思っていた気仙沼へ帰還。現在は地域おこし協力隊の3年目で、加藤さんらとともに「気仙沼市移住・定住支援センターMINATO」の移住コーディネーターを務める。
「これまでもお試し移住プログラムはあったのですが、現地でこのまちで子どもを育てる魅力を体感してほしいし、子どもたちにも気仙沼の暮らしを体験してもらいたいと思い、新しい制度をつくりました」
気仙沼市が「親子おためし移住」を始めた経緯をそう話してくれた加藤さん。
滞在中は、MINATOのコーディネーターとチャットツールを通じて気軽にやり取りができ、生活面の支援のほか、地域の人たちとのつながりづくりや、子育て世帯に特化した市内の情報提供など、さまざまなサポートを受けられる。
長年にわたって気仙沼の移住者をサポートしてきた加藤さん
気仙沼市は、ふるさと納税を活用して教育に10年間で18億円の投資を行い、「学校給食費無償化」「第2子以降の保育料無償化」「待機児童ゼロ」という「3つのゼロ」政策を柱とした独自の子育て支援制度を展開している。
また、行政だけでなく、官民協働で取り組んでいることも気仙沼の特徴だ。
「気仙沼の子育てを育てる」という想いに共感する人たちでつくるプラットフォーム「コソダテノミカタ」は、子育て中の保護者だけでなく、企業、行政など、立場や視点の異なる多様な人が参加し、「どうすれば子どもがのびのびと育つ教育環境になるか?」「どうすれば子育て世代がもっと楽しく幸せに暮らせるか」をみんなで考え、アイデアを少しずつ実現している。
さらに小学生から高校生の子どもたちには、主体的に行動し、さまざまな人と協働してより良い社会を築く力を養う「探究学習」を推進している。2022年には「気仙沼学びの産官学コンソーシアム」を立ち上げ、地域全体で学びを支える先進的な取り組みを進めている。
体験者と地元コミュニティの接点作りや生活のお困りごとのサポートなどを行う佐藤さん
「一度来てもらったら絶対に満足させられるまち」と気仙沼の魅力に胸を張る2人は、「親子お試し移住」を通じて次のような体験を提供したいと語る。
「家の外で遊ぶか、中で遊ぶか。どちらが正しいということはないですが、『気仙沼親子おためし移住』を始めてみて、都会の子どもたちが自然の中で遊ぶ機会が本当に少ないことに改めて気付かされました。普段の生活を送りながら、身近なところで虫捕りや海遊びができる。そういう暮らしを実感してもらいたいです」(加藤さん)
「気仙沼は自然の中でのびのびと子どもを遊ばせられる環境なので、普段とは違う我が子の側面を見て、パパやママもいろいろな気付きを得られると思います。そうした都会の方々に新しいと感じてもらえるライフスタイルを提供していきたいです」(佐藤さん)
気仙沼市内の公園
気仙沼は震災という大きな出来事を経て、「変わる」という体験を積み重ねてきたまちだ。震災を機に移住してきた人たちが新しい視点や発想を地域にもたらし、地元住民の固定観念に風穴を開けた。その繰り返しが多様な考え方を尊重し、変化を恐れない風土を育んできた。
また、移住者たちの活発な地域活動が新たな移住者を呼び込む好循環も生まれている。地元住民も移住者との交流を重ねる中で理解を深め、移住者を受け入れる意識や対応力が高まった。こうして気仙沼は変化を受け入れながら進化を続けている。
「おためし移住でいらした方は『地元の人と関わる機会が多くて楽しい』と皆さん言ってくださいますし、実際に住んでみると、まちの未来や子育て環境などの課題に市民が参画しやすい。少し言い換えると、自分がやりたいことに対して『やれる環境がないなら作っちゃえば?』という感じで、みんなが応援してくれる土壌がある。それが気仙沼というまちの一番の魅力だと思っています」(加藤さん)
なお、最長2か月の親子移住は「いつ体験してみるか」という時期選びも重要だ。「海遊びができて夏祭りが多い7月から8月」と「週末にイベントが多い10月から11月」が加藤さんと佐藤さんの推し。そのほか都会のスーパーにはまず並ばない新鮮な生ガツオが食卓に並ぶ時期なんていうのも、きっと子どもたちにとってエモい体験になるはず。一方で、せっかくの“お試し”なのだから、あえて東北の厳しい冬を体験してみるのもありではなかろうか。ちなみに「冬は星がめちゃめちゃ綺麗に見えますよ」(加藤さん)と、そこには寒い時期ゆえのごほうびがあることもちゃんと付け加えておく。
気仙沼への愛を語ってくれたお二人
子どもも大人も「やりたいこと」が叶うまち、気仙沼
取材した両者の話に共通していたのは、気仙沼が「やりたいことを実現できるまち」という言葉だ。震災からのチャレンジを乗り越えてきたまちには、子どもでも大人でもやりたいことを応援してくれる気風が流れる。一方で、3歳、4歳の子どもたちと数十年を生きてきた大人とでは、きっと同じ一か月でも時間の体感や重みが異なる。無論、実際の移住に繋がってほしいと思うのは本音だが、たとえそうならなくても、幼い頃に東北の港町で過ごした決して短くない時間は、その子にとって強い記憶として焼き付くはず。そんな得難い経験を気仙沼で獲得してみてはいかがだろう。
「気仙沼親子おためし移住」体験者の声
小林さんご家族(東京都)
・家族構成:夫婦+長男(5歳)+次男(0歳)
・滞在期間:3週間
⚪︎利用したきっかけ
仕事で気仙沼を訪れた際、漁師町ならではの雰囲気や人々の温かさに魅了され、ぜひ家族で再訪したいと思っていました。そんな時、気仙沼の知人から「気仙沼親子おためし移住」を紹介してもらい、暮らすように地域を体験しながら、子どもたちにも自然の素晴らしさを感じてもらいたいと思い、このプログラムを利用させていただきました。
⚪︎体験したこと
・保育園の利用
・リモートワーク
・「みなと祭り」や「陸前高田のけんか七夕」などの祭り巡り
・サンマの出船送りを通じて気仙沼の生活文化を体感
・八瀬での夏野菜の収穫体験や唐桑での牡蠣養殖体験など、地元の人々との交流や自然と触れ合いを満喫
・森のようちえん「モリノネ」のイベントに参加
・地域の食事処やスーパーを利用
・自炊やBBQで地元の食材を堪能 など
⚪︎感想
保育所は自由な雰囲気で、先生方の親切な対応や長男と仲良く遊んでくれた子どもたちに感謝しています。長男は、「給食が東京の保育所より美味しい」と話していて、虫籠をもらえたことも大変喜んでいました。
お試し暮らし住宅のお向かいのご家族には、特におばあちゃんや小学生の女の子たちに親切にしていただき、その温かいホスピタリティに感動しました。この3週間を通して、人と人とのご縁の大切さを実感するとともに、“やったりとったり”の文化を子どもたちが感じ取り、それを共有できたことが親として非常に嬉しかったです。
新原さんご家族(埼玉県)
・家族構成:夫婦+長男(4歳)+長女(0歳)
・滞在期間:2週間
⚪︎利用したきっかけ
家族が増え、これから住む場所を考え始めた時、「気仙沼でも移住体験ができる」と同僚に教えてもらったことがきっかけでした。学生時代に何度も訪れ、大好きになった場所でもあり、まるでご縁に導かれたようでした。
⚪︎体験したこと
・保育所の利用
・森のようちえん「モリノネ」で草木染体験
・量り売りマルシェに参加
・飲食店、小児科、図書館、児童センターを利用し、地域の暮らしを実感
・空き家の見学
・BBQで同世代の先輩移住者と楽しく交流
・先輩移住者の方に連れられ、子育て支援拠点の「わくわくけせんぬま」を見学
・お隣のご家族をお呼びして餃子パーティー など
⚪︎感想
気仙沼で楽しく生きている人たちにたくさん出会え、地域の方々と交流しながら生活する楽しさを実感しました。モリノネでの草木染体験や量り売りマルシェでは、多彩なライフスタイルを持つ人々から刺激を受け、保育所では担任の先生が迎えに行くたびに子どもの良いところを伝えてくれて、そんな温かな心遣いがとても嬉しかったです。また、震災を経験した土地だからこその防災意識や助け合いの精神を学ぶ貴重な機会にもなりました。「自然豊かな環境で子育て」「大きな家で暮らしたい」「濃いコミュニティの中で暮らしたい」という夢が、このまちなら叶えられると確信しました。
気仙沼親子おためし移住の詳細、申し込みは以下の特設ページから!
お問い合わせ
気仙沼市移住・定住支援センター MINATO
〒988-0018
宮城県気仙沼市南町海岸1-11 気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ2F
TEL&FAX 0226-25-9119
Mail info@minato-kesennuma.com
営業日:火〜土 10:00〜18:00
定休日:日・月・祝日
取材・文:鈴木 翔 写真:佐々木 信也