大分県 大分市野津原 地域おこし協力隊 現役隊員
泊 麻未さん
活動内容:アートレジオン推進事業に関する業務、アートのスキルを活かした地域活性化の企画・支援など
大分県大分市の西部に位置する野津原地域。森林面積が全体の7割以上を占める中山間地域で、同県豊後大野市、竹田市、 由布市に接する。東西にかけての標高差が大きく、一帯には山々と緑が織りなす雄大な景観が広がっている。
地域を蛇行する七瀬川は一級河川・大分川の支流で、その流域には住宅地や集落が点在。上流約21kmにある「ななせダム」は、四季折々の自然が楽しめる名所として親しまれている。
そんな野津原地域の地域おこし協力隊として活動するのが、宮崎県出身の泊麻未さんだ。学生時代は東京の大学で演劇学を専攻。卒業後はアメリカ・ニューヨークに一年間滞在し、アートの分野も手がけるようになった。帰国後は、宮崎県日向市を舞台にしたショートムービーの制作にも携わる。
様々な分野で活動する泊さんが野津原に興味をもったきっかけは、この地にある「ななせアートスタジオ」だった。同施設は、大分市による「アートレジオン推進事業」の一環で誕生した施設で、建物は旧野津原中部小学校をリノベーションしたもの。市内外からアーティストを呼び込み、文化芸術振興や地域住民との交流による地域活性化を目的とした同事業の活動拠点(アトリエ)とすべく、施設利用者の募集をしていた。
「もとを辿るとニューヨークでの経験が影響しています。ニューヨークはアートがとても身近で、アーティストの制作活動から地域コミュニティが生まれる場面を度々目にしてきました。例えば、アーティストが廃工場をアトリエにして作品をつくりはじめると、そこに地元の人が集まり『輪』が生まれる。こうしたアート発の地域コミュニティを調べていたら「ななせアートスタジオ」に行きつきました。」
2020年2月、泊さんは運用開始を2か月後に控えていたアトリエを見学。そのとき案内してくれた市役所職員の方に、地域おこし協力隊としてアトリエの運用に携わることを提案される。
「スタジオがこれからスタートするタイミングで、利用者もまだ1人しか決まっていませんでした。これから入居してくるアーティストや地域の方々とともに、アトリエをどのように活かしていけるのか。考えるだけでワクワクしました。」
さっそく正式に応募し、選考・面接を経て採用が決定。こうして泊さんの協力隊としての活動がはじまった。
泊さんが拠点を置く「ななせアートスタジオ」。ランチルームは、壁や棚の一部をペンキで塗り、ギャラリーとして使えるようにした。
地元住民とアーティストをつなぐ〝翻訳者〟に
泊さんに与えられた主なミッションは 「ななせアートスタジオ」を活用したアートレジオン推進事業と、アートのスキルを活かした地域活性化の企画・支援。着任してすぐの2020年9月には、野津原で開催された音楽イベント「のつはる音の森フェスティバル」のロゴを考案。最終的にデザイナーがブラッシュアップし、野津原の魅力をギュっと凝縮したデザインに。ラッパを奏でる少年のまわりに七瀬川やななせダム、柿といった野津原の名所・名物を散りばめた。
「ロゴのデザインを考えるにあたって野津原支所の職員やお年寄りの方々にヒアリングをしながら、まちの歴史や象徴的なものをリサーチしました。移住者の私が野津原に受けたそのままの印象と、リサーチして得た野津原の印象をデザインに落とし込んでいます。」
2021年8月には野津原内をひとつの展示会場に見立てた周遊型のアートイベント「のつはるアートコレクション」のディレクターを務めた。このイベントでは「ななせアートスタジオ」を利用する4名と周辺地域で活動するゲスト2名、合計6名のアーティストが8箇所に作品を展示。コンセプトは「ハロー、のつはる!」。その理由を聞いてみた。
「まずはアーティストが野津原や地域の人々に、そして来場する鑑賞者が野津原に『ハロー(はじめまして)』。最終的には作品が設置された『新しい野津原』の景色との出会いに「ハロー」、そのような意味を込めました。日常の景色にアートが介在することで、新しい発見があるのが芸術祭の醍醐味だと感じています。」
例えば、野津原公民館のスロープには「尾を切られた竜の伝説」をモチーフにした壁画作品が展示され、これをきっかけに野津原伝統文化継承の会によって編集された書籍「ふるさとの民話のつはる物語」が再注目された。「のつはる天空広場」をさらに上った展望広場の広々とした空間には「根っこ」をモチーフにしたAR(拡張現実)の作品「root」が設置され、スマートフォンを通して入り込む非日常の世界に誰もが驚き、圧倒された。アートに興味のない人も惹きつけるための工夫も随所に散りばめられている。
「それぞれの作品に対して『分かりやすい』『受け入れやすい』の捉え方は人それぞれですが、『ハロー、のつはる!』をコンセプトにしたことで作品に統一感が生まれ、間口を広げることができたと思います。」
泊さんはアーティストを交えた会場視察や展示の見どころを解説する講座など、地元の人たちとアートの接点をつくるために、出来る限りの手を尽くした。
協力隊であり、一アーティストでもある泊さんは、アーティストと地域・行政をつなぐ「翻訳者」。このイベントではその役割を十分に務めた。
左)泊さんが考案した「のつはる音の森フェスティバル」のロゴデザイン 中央)アートコレクション記者会見の様子 右)泊さんがデザインしたアートコレクションのオリジナルグッズ
作風にも影響を与えた、野津原での暮らし
普段の生活を「オンとオフが溶けあっている感じ」と話す泊さん。休日も「ななせアートスタジオ」のアトリエで制作活動に取り組んでいる。
「アトリエメイトから画材や素材の使い方を教えてもらうことも多いので、技術面での成長も感じます。各々が向き合うジャンルも異なるので、刺激になります。これまでは自分の表現を全面に出すスタイルでしたが、作品の見せ方、鑑賞者も意識するようになりました。」
個人の活動として、地域の企画や催しに関わる場面も多い。疫病から人々を守るとされている妖怪「アマビエ」のデザインをあしらったしおりやスマートフォンの待ち受け画像を市民に配布・配信する企画に参加したほか、中心市街地で行われたまちづくりプロジェクトでは、商店街にシャッターアートを描いた。
野津原での暮らしを切り取った動画もYouTubeで配信している。地域活性化部門担当の協力隊が制作した「野津原ポスター」撮影時のオフショットや、農林水産業支援の作業、移住のリアルを語るトークセッションなど、あらゆる切り口で野津原の魅力を紹介している。
左)大分市のアートプラザにて個展を開催 右)商店街に施したシャッターアート
地域の人たちをアートの当事者に引き込む
任期終了までの間に、野津原とアートをつなぐ場を残すことをテーマにしている泊さん。アイディアのひとつが「出前アート倶楽部」だ。これまで開いてきたワークショップは参加者がアトリエに足を運ぶ必要があったが、この「出前アート倶楽部」では、地域のアーティストや「ななせアートスタジオ」のメンバーがイベントやサロンに出向いてワークショップや講座を開催する。
「地域の多くの人が『アート』にとっつきにくさを感じているのも事実。本格的な制作活動から脳トレにつながるワークショップまで、まずは『アート』を広く捉えたアプローチを考えています。それがきっかけで、野津原の方々の原風景にアートが根づいてくれたら嬉しいです。」
「ななせアートスタジオ」を目標に野津原に飛び込んだ泊さん。この土地の人たちと交流を重ね、風土を感じていくなかでアトリエ以外の魅力も見えてきた。いまは「アトリエが野津原にあってよかった」と自信をもって言えるという。地元の小学生に「泊さ~ん!」と、声をかけられることも日常茶飯事で、彼女のシルバーの髪色を見たおばあちゃんが「私と一緒ね」とにこやかに話しかけてきたことも。いまや泊さんは地域にすっかり溶け込んでいる。
「都会の喧騒を離れて自然のなかで制作活動をしたい方は、地域おこし協力隊もよい選択肢になると思います。どの地域か迷っている場合は、実際に現地を訪れて空気を感じたり、思い切って飛び込んでみたりするのもいいでしょう。どの地域にもクリエイティブの源泉は眠ってます。それらと上手く向き合うことが、自分の糧になっていくのだと信じています。」
左)「野津原こどもアート学校」ではアーティストと地域が一丸となった 右)アトリエ以外に大分市中心部のワークショップに参加する
大分県 大分市野津原 地域おこし協力隊 現役隊員
泊 麻未さん
宮崎県出身。学生時代は演劇学を専攻し、卒業後はアメリカ・ニューヨークに一年間滞在。アートを通じて生まれた地域コミュニティに触れる。アトリエ探しで訪れた「ななせアートスタジオ」に興味をもち、地域おこし協力隊に。アトリエを拠点に、アートのスキルを活かした地域活性化に取り組む。
大分県大分市地域おこし協力隊:https://www.city.oita.oita.jp/o040/kyoryokutai-shokai.html
地域おこし協力隊とは?
地域おこし協力隊は、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に移住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組です。具体的な活動内容や条件、待遇は、募集自治体により様々で、任期は概ね1年以上、3年未満です。
地域おこし協力隊HP:https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei
発行:総務省