小さいからこそ生まれた、森と共生する暮らし
宮崎県の北部、九州山地のほぼ真ん中に、人口1,500人の小さな村がある。その名は諸塚村。村の面積の95%が山林というこの村では、村人が森と向き合いながら、独自の文化を育み、互いに助け合うことで暮らしをつくってきた。急峻な山々に囲まれた辺境の地にあって、観光に訪れる人も少ない。だからこそ、ありのままの山村に出会える稀有な村だ。
FSC®認証を取得した豊かな山がひろがる諸塚村
多くの人にとって未知の場所である諸塚村には、小さいことを逆手にとった、この村らしい暮らしや文化がある。経済の論理では、小さいことを不利な条件と断じるが、本当にそうなのだろうか。人と人のつながりの中にある諸塚村を知るほどに、そんなことを考えさせられる。
この村では一つの産業を大規模に展開することが難しい。そのため、林業やしいたけ栽培、製茶、畜産などを組み合わせることで経営を安定させる「農林業複合経営」を行ってきた。さらには、狩猟や川漁、ニホンミツバチの養蜂など、自然の恵みを生かした暮らしが、今も当たり前のように残っている。小さいからこそ、生産だけに偏ることなく、森林を守りながら活用し、「森と共生する暮らし」が営まれているのだ。
山肌にまるでへばりつくように暮らしが営まれている
こうした森との向き合い方が認められ、2004年、当時九州で初となる「FSC®︎森林認証」を取得。2015年には、先人から受け継がれた村の人たちの営みそのものが「世界農業遺産」に認定された。諸塚村の暮らしや文化が、「未来に継承すべきもの」と世界的に評価されたと言えよう。
こうした特徴ある村づくりを支えているのが、全国でも類を見ない「自治公民館活動」だ。諸塚村では、集落の集まった地域を「公民館」と呼ぶ。村内には16の公民館があり、村民全員がいずれかに所属し、自治活動に参加するという「全員参加」による村づくりが行われてきた。村民同士が連携し、行政と対等な関係で、産業や人づくり、生活環境の整備といった課題に取り組んできたことで、人口や産業規模が小さいことをカバーしてきた歴史がある。
「人間同士のつながり」が、未来を描く最後の希望になる
競争から共創へと向かう時代にあって、この小さな村に可能性を見出し、2017年4月、諸塚村に移住した一人の若者がいる。一般社団法人ハチハチの代表を務める森佑介さんだ。いわば「村のなんでも屋」のように、村内の求人者と求職者のマッチング、移住支援の窓口、関係人口を増やすための仕組みづくり、はたまたアイスクリームの商品開発と、村から多種多様な依頼を受けて、どんなことも仕事にしている。
首都圏にも積極的に出向いて諸塚村の魅力を伝える森佑介さん
森さんの出身は東京の下町、台東区谷中。母親がカフェを運営してきたこともあって、近所の人がおすそ分けを持ってきてくれたり、道で会えば声を掛け合ったりと、人と人のつながりが感じられるこの町に居心地の良さを感じていたという。
人生が動き出したのは、東日本大震災だった。当時大学院生で、防災をテーマに研究していた森さんは、ボランティアとして宮城県石巻市の復興支援活動に参加。目の前の課題を解決するために人々が知恵を出して協力し合う、その過程を体感したことで、自分が考えていた「会社選び」から始まる働き方が、いかに小さな世界のものだったのかを思い知った。価値観の転換によって、就職の内定を辞退し、東北に関わっていくことを決意。大学院修了後は、子どもや若者をテーマに多様な事業を展開するNPO法人に就職し、復興支援に仕事として関わり始めた。
「人と人のつながりが、地域の未来を描く源泉になる」。被災地での活動を通して、森さんはそう強く感じたという。
森さんが震災直後にみた東北の風景。多くを失った場所で様々なことを感じられたそう
「津波で何もかも失われた状況の中、立ちすくむことも多かったけど、残されているのは人間同士のつながりで、それだけが未来を描く最後の希望になると感じました。人と人のつながりを、これから社会で真剣に考えなきゃいけないと痛感したんです」
「人と人のつながりの中で生きること」が、人生における重要なテーマとなった。そんな森さんは再び心を大きく揺さぶられる出来事に出会う。それは、社会人一年目に関わったプロジェクトで、1ヶ月間、首都圏の大学生とともに長野県の里山で自給自足の生活を体験したこと。それをきっかけに、「自然豊かな場所で仲間と暮らす」ことに思いを寄せていくようになった。
森さんにとっての原体験にもなっている、暮らしを仲間と協力しあい自らつくった里山での共同生活
「里山での共同生活を通して、仲間と肩がぶつかり合う距離で生きていくのって本当におもしろいことだなと思ったんです。自然は人間の思い通りにいかないことばかりで、手間ひまがかかるからこそ、人と力を合わせることが必要で、そこに喜びが生まれる。このプロジェクトをきっかけに、仲間と暮らしたいなら、自然が豊かなところでないとダメかもしれないと思いました」
つながりから生まれる可能性を、小さな村で探りたい
その頃から、移住を考えるようになり、全国の地域を回り始めた。「人間同士のつながりが感じられること」と「自然の中で仲間と生きていけること」。この二つを条件に、移住先を検討していく中で、小さな地域に可能性を感じるようになったという。
「2014年に発表された『消滅可能性都市』に象徴されるように、人が少ないことは危機を示すトピックとして扱われる風潮があります。でも、いざ小さい地域に行ってみると、小さいからこそ、人間同士がつながりの中で暮らしている光景があって。震災の時に感じた『社会の可能性は人間同士のつながりにある』ことを、小さな地域で探ってみたいと思うようになりました」
相互扶助の仕組みで維持される田植え作業
諸塚村を知ったのは、仕事でお世話になった知人からの紹介がきっかけだった。初めて村を訪ねた時、森さんにとって、あるショッキングな出来事があったという。山深い集落の農家民泊を利用した森さんは、夕食の時間まで集落を散策することにした。そこで出会ったおじいちゃんに話しかけたところ、あれよあれよと言う間に、「今からうちで飲もう」という話になり、気づけば、おじいちゃんの家でひたすら焼酎を酌み交わしていたというのだ。
「いろんな地域を回ってきたんですが、そんな経験は初めてでした。人ってこんなに簡単につながることができるんだと、カルチャーショックすら感じましたね」
繋がりのなかで受け継がれて来た伝統芸能「神楽」
この出来事から、諸塚村のことが気になり始め、年に1回ほどのペースで通い、村にコンタクトをとって移住相談をするようになった。人口の少ない諸塚村では、多くの移住者を一気に受け入れることは難しい。だが、裏を返すと、移住希望者一人ひとりに向き合い、その人らしい移住を応援することができる。森さんが移住を検討していた時も、村に訪問した時だけでなく、村職員が出張で上京するタイミングで連絡があり、都内で会って話を聞いてもらったこともあったそうだ。
そんなやりとりの中で、村から仕事の打診があり、移住と同時に「一般社団法人ハチハチ」を設立し、村の委託事業をスタートした。村からの仕事の打診が最後のひと押しになったとはいえ、諸塚村の厳しい環境と人間同士のつながりこそが、移住の決め手になった。
村の当たり前の暮らしを体験してもらう古民家ツアー
「人口が少ないだけでなく、都市部から離れた山間部にあって平地が少なく、産業を大規模に展開することが難しい。とにかく条件が厳しいので、村人が力を合わせて生きていかないといけない環境にある。そうした人々が助け合って生きていくことが、すごくおもしろくて喜びの深いことなんじゃないかと思って、この村を選びました」
村で暮らせば、立場や所属を超えた「仲間」が増えていく
移住後は、「仕事の内容にはこだわらず、とにかくなんでもやる」という来るもの拒まずの精神でやってきた。そこにはどんな考えがあったのだろうか。
「人生の重要なテーマである『自然の中で仲間と生きていく』ことを考えると、仕事が少ない村では、自分が村とのコミュニケーションの窓口となって、いろいろな仕事を請け負い、仕事の一部を仲間にパスしていくというやり方が、一つ解としてあるかもしれないと思ったんです。今はその仕組みを実験中です」
森さんが中心となって進めている諸塚村ファン倶楽部の交流会の様子
一人の移住者が、移住と同時に起業し、村人たちとのコミュニケーションを深めながら、活動の幅を広げている。「どんなこともやる」というスタンスはもとより、この村の価値を認識し、可能性を探ろうとする姿勢は、村人たちの信頼を集め、「仲間」をどんどん増やしている。
「そういえば、昨日は71歳のおじいちゃんの誕生日会に呼ばれて、参加していました」と屈託のない笑顔で話してくれた。村の暮らしでは、仲間と呼べる人の範囲が広いことがとにかくうれしいという。
「年齢や職業、趣味といった共通点はなくても、仲間と呼べる人が年々増えていきます。村には知り合いばかりなので、外に出ると挨拶は絶えることがなく、村に一つしかないスーパーでの買い物はちょっとした井戸端会議のよう。村での暮らしは、いつも仲間とともにいる感覚に貫かれています。そんな村での日々がたまらなく楽しいですね」
(後編へ続く)
文:中里篤美 写真:森佑介(諸塚村より提供)
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