【農家の扉 vol.4】
あぼーぼら・いしまき農園・石牧 紘汰さん
移住先で就農を支援する職員兼かぼちゃ農家に。
地域とともに歩む農業を目指す

Presented by 農業の魅力発信コンソーシアム

一人ひとりの農家には、地域に根ざした個性ある取り組みがあり、その中には地域活性化や食の安全、環境保全への熱い思いが込められています。本企画「農家の扉」では、一歩を踏み出した先輩農家たちの物語を通じて、未来への種を蒔く「農家」という職業の魅力と可能性に迫ります。彼らが築き上げてきた経験や視点は、これから農業に挑戦したいと考える皆さんの道しるべとなるはずです。

 

◉お話を伺いました

石牧紘汰さん|あぼーぼら・いしまき農園代表

生産品目:かぼちゃ 「ダークホース」「白爵」「紅爵」等10種類

横浜市出身。中学生の頃から地方移住に憧れ、東日本大震災後の復興支援をきっかけに農業に興味を持つ。大学では心理カウンセリングを専攻。医療機器メーカー勤務を経て、2019年10月、一般社団法人イシノマキ・ファーム入社を機に宮城県石巻市へ移住。イシノマキ・ファーム職員として、石巻市農業担い手センターで新規就農支援を伴奏型で行いながら、2022年3月からは自身の農園「あぼーぼら・いしまき農園」を立ち上げ、兼業農家としてかぼちゃの生産・販売を行っている。

「農業と地域」をキーワードに移住

都市部に生まれ育ったとしても、専業じゃなくても、気負わずに自分の身の丈で農業に携わっていい。

そんなふうに心の敷居を下げてくれるのが、石巻に移住し、2022年春から「兼業農家」として自身の農園を始めた石牧紘汰さんの営農スタイルです。石牧さんは、平日は一般社団法人イシノマキ・ファームで新規就農支援の仕事をする傍ら、個人として50アールの農地を借り、妻の真実さんと共に、かぼちゃに特化して生産しています。

横浜に生まれた石牧さんは、すでに中学生の頃から田舎暮らしに興味を持っていたそう。当時、祖父が住んでいた宮城県内の田舎を訪れる中で、都市部の浅く広い人間関係と、田舎の密な人間関係との違いを感じ、自分は田舎の方が好きだと感じていたといいます。とは言っても、その頃は農業には関心がなかった石牧さん。農業との接点ができたのは大学生の時、東日本大震災後の復興支援で、福島県の農家で農業体験をしたことがきっかけでした。

「震災から2年しか経っていない頃で、風評被害に悩みながらも地域と農業をどう未来につなげるか、どう地域に活力を取り戻すかを真剣に考え行動している農家の方々を見て、『めちゃくちゃかっこいい!』と感動したんです。その後も夏休みに福島に通わせていただいたり、東京で野菜を販売するのをお手伝いさせていただいたりする中で、僕は『農業と地域』をキーワードに歩もう、と決めました」

社会人の最初は医療機器メーカーに就職して基本のビジネススキルを身につけながら夢を温め、2019年、ウェブ上で見つけたイシノマキ・ファームの求人に「ここに行かなければ後悔する!」との直感から応募。同年10月、石巻へ移住しました。

衝撃的においしい地域の伝統的なかぼちゃを残したい

イシノマキ・ファームでの石牧さんの職務は新規就農者の伴走型支援でしたが、都市部からIターンして就農しているモデルケースがなかなか見当たらず、自分が就農してモデルになろうと思ったのが農園を始めた理由だそうです。生産物として選んだのは「かぼちゃ」。地域の農家をまわる中で味わった、ブランドかぼちゃの衝撃的なおいしさが、その決め手となりました。

石牧さん曰く「甘くて、ホクホクで、とても丁寧な味がする」というブランドかぼちゃは、芽欠きをして一つの株から一つの実だけを収穫するため、生産効率が弱点。かつては多くの生産者がいましたが、年々つくり手が減っています。

「地域の人々に愛されて代々食べられてきたおいしいかぼちゃを未来につなぎたい」と、石牧さんは名人からかぼちゃ栽培を学ぶようになります。

兼業農家なら、生活面は勤め先の仕事で支えながら、思いのある作物を長く続けられるように生産していくことにも取り組みやすいと言えます。石牧さんは、イシノマキ・ファームの仕事の傍ら、週末農業という形で農業の基本を身に付け、自身の農園を始めました。

ひとつの畑でかぼちゃの二期作。夏と秋で販路も変えて

ポルトガル語で「かぼちゃ」を意味する言葉から名付けた石牧さんの「あぼーぼら・いしまき農園」では、夏と秋にかぼちゃの二期作を行っています。3月に種をポットで育苗し、4月に畑に定植。芽欠きをしながら育て、7月が一期目のかぼちゃの収穫のピーク。それが終わると大急ぎで畑を片付け、二期目の苗を植えます。そのかぼちゃが実るのが10月末。

夏のかぼちゃは、その後の定植作業を急ぐため、市場流通性の需要があるJAに出荷するほか、個人や飲食店のお客様に予約販売。秋かぼちゃは収穫後の時間に余裕があるため自身のネットショップや地域の直売所などで直販しています。このように工夫次第で、2人の労働力でも生産性を高め、出荷方法も複数持つことができます。

さて、2022年から始めた石牧さんのかぼちゃの生産、どんな苦労があったのでしょうか?

「農業は予期せぬことの連続だとは思いますが、2022年の春は初めての定植の時期に潰瘍性大腸炎で入院してしまい、今年はもう諦めようと思いました。ところが退院して帰って来てみると、妻やイシノマキ・ファームの仲間、近所の米農家さんたちがみんなで苗を全部植えてくれていたんです」

しかし、うれしかったのも束の間、退院の翌日には雪、6月には記録的な大雨が降り畑が水没。初年度の収穫はわずか500kgだったとのこと。心が折れそうな事態だったにも関わらず続けることができたのは、周囲からの温かい応援、そして兼業農家だったことも理由の一つかもしれません。

翌年の2023年は収穫量を大きく伸ばし、夏かぼちゃは2トン強、秋かぼちゃも約2トン、合わせて5トン近くの多種類のかぼちゃを出荷することができました。数年は栽培技術の向上に力を入れると石牧さん。

地域で農業をしながら暮らすことの喜び

石牧さんに、移住して農業を行う中で感じた喜びについて伺いました。

「かぼちゃ農家を頑張っていたら、近所のおばあちゃんが、布を縫ってかぼちゃをつくってくれたんです。採れた野菜を分けてくれたり。僕はそれだけでもここで農業をやって良かったと思えた。こういうことも、“地域と一緒に何かできている”ってことだと思うんです。以前は地方創生だ、地域を盛り上げようと考えていたけれど、これまでこの地域で頑張って生きてきた人がいて今がある。そこに余所者の僕がいきなり入って“良くしてやろう”ではうまくいかない。視点を変えて“自分の好きな活動をこの地域でさせてもらっている”と捉え、目の前のことを一生懸命にやっていくことが大事ではないかと感じています」

そんな石牧さんに、今後の夢を聞いてみると、

「あまりガチガチに決めないようにはしているのですが、妻は農園カフェをやりたいと言っています。利益を上げることや農地の拡大も方向性の一つかもしれませんが、僕にはかぼちゃを通じて“輪をつくりたい”という思いがあります。生産をしっかりしていくのは大前提ですが、農には経済面だけではない魅力があります。農園に携わりたい人が気軽に体験できたり、農業体験を通じていろんな人が立場を超えて仲良くなれる、そしていつかは移住の呼び水になるようなかぼちゃ農園にしたい。地域のご理解もいただくため、時間をかけて信頼関係を築きながらやっていこうと思います」

今年の秋の収穫には、お客様が参加してくれたり、地域の中学生が手伝ってくれたりしたそうです。こんな光景が、石牧さんのつくりたい“輪”の一つ。

「農作業を終えた後の夕暮れに、近所の川を見ながら家に帰るのがすごく好きです。その瞬間、“俺、イケてるな”と思う(笑)。僕がよく言うのが“お金はないけど贅沢している”と言う言葉。田舎に暮らす今の方が食べ物にしても、時間の流れにしても、人との関係にしても豊かになったと感じます。昨日より今日が良い日になったらいいなと思い、それを実感しながら生きている今の自分をトータルで見た時に、幸せだと思います」

 

石牧さんから、農業を始めたい人へのメッセージ

「誰のために、何のために農業を始めるのかを、ぜひ考えてみてほしいと思います。就農希望者との面談では、多くの方が夢を語ってくれます。また、農業に関心はあるけれど、農に触れたこともないという方もいらっしゃいます。ご自身の始める農業が、誰の為になり、なぜ農業でなければならないのか、一緒に考えられたらと思っています。ぜひ農園で汗をかいて作業をしながら、ご自身に合う農業スタイルを見つけましょう!」

 

石牧紘汰さんに聞く、農業のココが知りたい!Q&A

Q1. 兼業農家のスケジュールは?

かぼちゃの二期作をしているため7月・8月が繁忙期。その時期は夜明け頃から畑に出て作業し、9時には勤務先であるイシノマキ・ファームに出社します。夕方は勤務先の方の畑に出て17時頃まで作業し帰宅します。自分の農園はかぼちゃ専門なので10月の収穫が終わればその年の農作業は終わり。翌年の3月頃から種まきが始まります。

 

Q2. 農業は地域にどのように貢献できる?

農は食や教育との連携で大きな力を生みます。「農は人をリカバリーする」を合言葉に社会的弱者の就労支援を行うイシノマキ・ファームでは、太陽の下、命に直接触れる農業を通じて生きづらさを抱えた方が元気を取り戻したり、地域の方々と働く中でその人の良さが明らかになり自立支援につながったりすることが多数あります。

 

Q3. 農業に関わる地域の課題は?

小規模農家が高齢化し、離農することによる耕作放棄地の増加です。面積が大きな農地であれば農業法人が引き継ぐことも期待できますが、個人でやっていた小さな農地は経営効率の面で敬遠されてしまいます。こうした小さな農地を例えば僕のような新規就農者、兼業農家がカバーして地域を守っていけたらと考えています。

 

Q4. 農業から広がる思わぬ展開とは?

こんなにも、かぼちゃ栽培を始めたことで、メディアに取り上げていただけるとは思っていませんでした。新聞のコラム記事を書かせて頂いたり、雑誌、WEB、ラジオ、テレビなど多くのメディアで紹介していただいています。皆さんにご覧いただくことで、常に社会的意義を感じながらかぼちゃ栽培をしています。

取材・文:森田マイコ



農林水産省の補助事業を活用して発足した組織で、農業と生活者の接点となる⺠間企業9社が参画。これまで農業に縁のなかった人たちに、“職業としての農業”の魅力を発見してもらう機会をつくるため、全国で活躍するロールモデル農業者を選出し、彼らとともにイベントを企画・開催するほか、就農に役立つ情報を発信しています。

https://yuime.jp/nmhconsortium/

 

                   

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