木のある空間づくりを提供し、山への意識を高める

移住先での出会いが導いた、インテリアデザイナーへの道。
木や山をもっと身近に感じてもらえるような、“顔の見える林業”をめざし、周囲の人々のあたたかさに助けられながら、ものづくりへの挑戦を続ける。

秋田県南秋田郡五城目町に移住し、インテリアデザイナーになった柳澤美弥さんの元を訪ねた。

結婚、仕事・・・・将来の不安から、思い切って飛び込んだ。

ゆたかな自然に抱かれる秋田県五城目町。木々にかこまれた田畑が広がる一方で、町の中心部には商店や総合スーパーが立ち並び、日常生活に大きな不便を感じることはない。県庁所在地の秋田市にも近く、ベッドタウンとしての一面も持ち合わせている。
柳澤美弥さんは、石川県加賀市生まれ。名古屋の大学に進学し、卒業と同時に東京で印刷会社に就職した。その後、デザイン事務所を経て、オーガニック商品の販売店に勤務しながら、故郷に近い金沢市で暮らしていた。

「秋田にはまったく縁がなかったんですが、当時東京と金沢で遠距離交際していた現在の夫が、五城目町の地域おこし協力隊として仲間と移住することになったんです。 私自身、結婚や仕事など自分の将来に不安を抱えていた時期だったので、その話をとても魅力的に感じました。そして一緒に新しい生活に飛びこもうと決めたんです」


A型の脚に天板を置くだけで簡単に設置可能な木製テーブル「A-TABLE」。写真は、イベント用に電球が取りつけられている。

柳澤さんが、まず移住したのは、五城目町から50kmほど離れた北秋田市だった。数ヶ月を過ごしたのち2014年に五城目町に移り住んだ。しかし、就職先がなかなか見つからない。そんなとき、地元企業が困っている柳澤さんに手を差し伸べてくれた。

「移住先の歓迎会で、皆さんの前で『何か仕事をください』とお願いしたんですが、その席に地元の酒造メーカーの社長さんがいらっしゃったんです。ちょうど冬だったので、酒蔵は繁忙期。早速私に酒造りを手伝って欲しいと仕事を与えてくれたんです」

その後も写真館の撮影補助や広告代理店のパートなど、柳澤さんのために「みんなわざわざ仕事を作ってくれた」という。町の人たちのあたたかなサポートを受けながら町の生活にもどんどん馴染んでいき、その間に結婚もした。そんな生活を一年ほど続けた後、思いがけず起業の道へと進むことになる。

五城目町の木と職人技を生かし、「顔の見える林業」で山への意識を促したい


地元の林業従事者とともに、ワークショップを行う柳澤さん。

きっかけは秋田市で設計事務所を営む高橋理徳子さんとの出会いだった。内装木質化の可能性を感じていた高橋さんと意気投合し、2015年に秋田県が主催したビジネスプランコンテストに応募。見事最優秀賞に選出され、「kiki inc」を立ち上げた。
内装木質化とは、内装に木材を使った家具や什器を取り入れ、「木を使ったあたらしい空間」、「木のある暮らし」を提供する。
起業の背景には、秋田県の林業が豊富な森林資源を持ちながら卯乳剤に押されていった実情がある。
柳澤さんの主な仕事は木製品のデザインをすること。

「最初は、林業と製材業の違いすらわからなかった。木に携わる職人さんにもそれぞれ得意分野や専門分野があるということが、やっとわかるようになってきました」

製品に使用するのは五城目町産の木材で、加工から仕上げまで地元の職人たちの手によるものだ。

「あの山で伐採されたいから生まれたんだ、あのおじいさんが切った木からでいているんだ、そんな風に場所や人の顔が見えると、ものにも愛着が湧いて、大切に使ってもらえると思うんです」

これまで、解体と組み立てが簡単にできるテーブルや、何通りもの使い方が可能なオフィス家具、木の食器などを製作。ほかにも地元スーパーの内装も手がけた。


地元のスーパーからの依頼で手がけた、産直野菜と青果コーナーの 内装木質化事例。
おしゃれで明るい空間が買い物を楽しくしてくれる。木のやわらかな雰囲気が、箱やテーブルに並んだたくさんの野菜類とよくマッチし、ゆたかな自然の恵みを感じられる一画となっている。

木に詳しくないからこそできたこともある。節のある木材や天然秋田杉の色むらなど、欠点とされてきたことがデザインに表情を持たせた。「斬新でおもしろい考えだ」と肯定的な職人もいる。柳澤さんの活動をきっかけに、町全体で起業家を応援するムードが高まった。
起業から一年が経とうとしているが、柳澤さんは、新たにデザイン事務所を開業する予定だ。

「新事務所は『Soi』という屋号で、さらに本格的に職人さんたちとのものづくりを進めて行きたいです。民謡の合いの手の“そい”に由来し、合いの手のように人や地域、企業を盛りあげる存在 になりたい。またその響きは“添い”という言葉にも通じます。職人さんと寄り添いながら、ものづくりを続けていけたらいいですね」

移住して間もない土地でインテリアデザイナーとして活動し、地域資源を生かした事業に挑戦する女性移住者。その存在は、仕事という部分で移住をためらう人の励みにもなるだろう。柳澤さんは今後、福祉や介護の分野で木の空間 づくりをしてみたいそうだ。さらには木に限らず、さまざまな素材の製品活用も視野に入れている。

文:児玉菜穂子 写真:コンドウダイスケ
本誌(vol.22 2017年4月号)に掲載

                   

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