【移住者インタビュー】子育てに仕事。長崎は新しいチャレンジができる場所。

それぞれの事情で、長崎県へUターンし、その魅力を再発見した笠井さんと井上さん。新しいことにチャレンジできる土壌、そして人の温かさ。お二人に、改めて知った長崎県の魅力について伺いました。

 

Part 1 長崎市 笠井さくらさん

みんながポジティブに迎えてくれる。
夢をもつ人たちに来てほしい長崎のまち

笠井さくらさんは長崎県諫早市出身。東京の大学を卒業して商社で働いていたが、転職を機にアメリカ・ロサンゼルスへ。旅行・イベント会社でスポーツコーディネーターとして働くかたわら、アメリカの子どもたちにチアダンスを教えるなど、アクティブな日々を過ごしていた。しかし、コロナの感染拡大がきっかけとなり、長崎にUターンを決意。東京、アメリカを経てたどり着いた、ふるさと・長崎の魅力について伺った。

 

すごく良い。長崎に帰ったとたん、心から思いました。
2020年2月。コロナの世界的な流行が始まる直前に、笠井さんは偶然にも出張でアメリカから一時帰国していた。
「最初は1ヶ月くらい滞在する予定でしたが、だんだんコロナが拡大してきて、アメリカに戻らないほうが良いかもと思ったんです。東京のマンションにいたんですが、担当していたツアーもイベントも続々とキャンセルになるし、不安を掻き立てるニュースばかりで、精神的にもまいってしまって」と、当時を振り返る。
そんな中、会社から『長崎に帰っても良い』と、許可がおりた。アメリカの仕事はオンラインで対応できたため、東京でも長崎でも続けられる。長崎の実家に帰ったとたん、「すごく良い」と感じたという笠井さん。「家族の顔を久しぶりに見たからか、環境なのかわかんないけど、帰ってきて良かったと心から思いました」

移住後に結婚された笠井さん。
「アメリカでおつきあいしていた彼氏、今は主人ですが、彼も帰国して、実家がある千葉で暮らしていたんです。日本に戻った当初は、長崎と千葉、どっちに住もうかと考えていました。私の実家が不動産業をしているんですが、会社で購入した古民家がすごく良かったんですよ。そこで、『長崎でこの家に住むのはどう?』って、主人に写真やムービーをメールしてプレゼンしました(笑)」
長崎は食べ物が美味しい、物価が安いと、笠井さんのアピールに応えて、ご主人は長崎にIターン。本格的な長崎ライフがスタートした。

子どものそばで、家にいながら働くスタイルを実現
アメリカの仕事を続けながら、実家の不動産業、Bリーグ・長崎ヴェルカのチアダンスチームのマネージャーなど、幅広く手がける笠井さん。最近では、自宅の一角をリノベーションしてクロワッサン店をオープンした。
「この夏、子どもが生まれたので、家にいながら働きたいと考えました。出産前は、子どもができてもすぐに復職しようと思っていたけど、わが子がこんなに可愛いとは思いませんでした(笑)。今は不動産業は育休中ですが、妊娠中からデータをクラウドに移したり、自分が働きやすい環境をつくって(笑)。子どものそばにいたいから、クロワッサンも店舗を借りずに家で始めました」。クロワッサンを焼くのは料理上手なご主人。オンラインでアメリカの仕事をこなす一方、店を切り盛りしている。子育ても、複数の仕事も同時進行するご夫婦の働き方はとてもユニーク。
「色んなことに興味があるし、面白いと思ったことはやってみたい。クロワッサンのお店を始めたのも、これをきっかけに長崎でイベントができればと思ったからなんです。実際、色んな職種の人とつながりができています」
10月末に開催された長崎東公園での『農業センターまつり』では、ハロウインにからめたイベントを提案。笠井さんのクロワッサン店も参加するなど、地域とのコミュニケーションの輪がどんどん広がっている。

長崎の風土と人がくれた“新しい幸せ”
実は、アメリカ時代の笠井さんは仕事が第一。満足できる収入を得たり、人に貢献することで幸福度があがったという。
「当時は本当に仕事が好きで、一生独身でもいいって。でも、長崎に帰って親や兄一家と過ごしていたら、結婚して、自分の家族がほしいと思うようになったんです。自分にとって大事なものがガラッと変わりました」
長崎の人の温かさや暮らしやすさも笠井さんの価値観に変化をもたらした。
「長崎は人づきあいがすごく良くって、みなさん本当に親切。アメリカではボスからドーナツをもらうくらいだったけど、長崎では畑でとれた野菜とか、釣ったお魚とか、ご近所さんからお客さんまで次々に食べ物をくださるんです(笑)。うちでも家庭菜園をしているんですが、食べきれないくらい野菜がなったのでご近所に配ったら、またお返しに果物とかいただいて。自分たちで食料を買うのが減りました(笑)。温かくて優しい人たちばかりで、自然にも囲まれて、子育てには最高の環境ですね」

長崎らしさが伝わるエピソードも。
「長崎の地域性でしょうか、同じような業種の店が近くにできても、決してライバル視しないんですよ。逆に『オープンしてくれてありがとう』って。私たちの場合はクロワッサンですが、東長崎には有名なマフィン屋さんがあるんです。そのオーナーさんも仲良くしてくださって、英語教室もされているので、主人がボランティアで講師をしに行ったり。この土地に来た人やモノを、みんながポジティブに迎えてくれます。それに、自分がやりたいことを色んな人が応援してくれる。地域がまるごと、1つの大きなチームみたいな感じです」
長崎の風土と人が、笠井さんに新しい幸せのかたちをもたらしてくれた。

叶えたい夢、目標はもりだくさん!
移住経験をふまえたサポートも意欲的に
これからの目標を尋ねてみると、アメリカと長崎での二拠点生活や、地域活性化のイベント、高齢者が元気に過ごせるコミュニティづくりなど、具体的なアイデアがいくつも飛び出した。その中でも、笠井さんが不動産業として取り組みたいのが、空き家の活用法だ。斜面地が多い長崎。住民の高齢化にともない、坂の上には年々空き家が増えている。
「空き家を放っておくのがすごくもったいないと常々思います。うちの不動産会社は、長崎県の『ながさき住まいるプロジェクト協力事業者』や長崎市の『空き家空き地バンク』に登録させていただいていて、移住を考えている方の相談にも対応しています。最近では、2軒ほど案内させていただきました。私も移住者なので自分の経験をふまえて、移住者さんの気持ちに寄り添いながら、住まい探しや地域のこともアドバイスができます。移住を決められた1組はご夫婦で、東京で土の研究をされていたんですが、話をしているうちに『夢が増えた』と仰ったんですよ。夢をもった人たちに来てほしい、長崎はそんなまちだと思います」

 

Part 2 島原市 井上欣也さん

長崎県島原市のレトロなスーパーに大行列!
「フルーツサンド」から始まる新しいチャレンジ

長崎県南東の島原半島に位置し、雲仙岳と有明海に抱かれた自然ゆたかな島原市。島原城の近くにある『スーパー井上』は、50年ほど続く地元でおなじみのスーパーだ。昔ながらのレトロな店構えだが、オープン前から長蛇の列ができることも少なくない。その理由は、インパクト抜群の「フルーツサンド」。旬の果物をまるごとはさんだサンドイッチは、県内外から客が押し寄せるほど人気で、SNSでも注目を集めている。仕掛け人は店長の井上さん。福岡から島原にUターンして5年、次代を担う若手のひとりだ。

家族の助けになりたいと島原にUターン
島原市の工業高校を卒業後、福岡県北九州市の製鉄業で働いていた井上さん。実家はもともと鮮魚店を営んでいたが、スーパーを始めるにあたって八百屋も手がけることになった。「個人商店ですが手広く仕事をしていたので、父と母はいつも忙しそうでした。兄が鮮魚をやっていましたが人手が足りず、〝家族を助けたい〟という気持ちで島原に戻りました」。その時、井上さんは22歳。知識ゼロの状態でスーパーに配属され、店長をまかされることになった。
「仕事は全くの畑違いで、最初は苦労もありました。基本的にはスーパーのまとめ役ですが、移動販売で外回りをしたり、広報宣伝も兼ねています」と、マルチに動き回っている。
「僕はまだ27歳なんで、店長といっても上からの立場じゃなく、どちらかといえば雇われ側の視点に立っています。スタッフにも無理な仕事やプレッシャーがかからないように気をつけています」。地方都市でよく耳にするのが若手の人材不足。井上さんのスーパーで働く人の年代を伺ってみると・・・
「意外かもしれませんが、スタッフは20〜30代が中心です。兄は29歳、社長の父は55歳で現役バリバリ(笑)。後継者の心配もありません。若い、小さい会社なので、体力も伸びしろも十分あるし、どんどん成長してきたいですね」

もっと果物を食べてほしい。
ヒット商品を生んだ“圧倒的フルーツ愛”
スーパーの買い物客を見て、井上さんはあることに気づく。
「若者と年配のお客様の買い物が違うと感じました。若い人は果物に見向きもしないんです。例えばパイナップル1個を買っても食べきれないし、皮や種がゴミになる。台所を汚したくない、手間をかけたくないという声も聞きました。でも、僕は八百屋として若い人たちにもっと果物を食べてほしかった」。もうひとつ、気になっていたのが仕入れロスの問題。高価なシャインマスカットでも傷がついてたら、半額あるいはそれ以下に。また、仕入れたフルーツは試食して味を確認するが、その残りがどうしてもロスになってしまう。そんな時、たまたまYouTubeで観たのがフルーツサンドだった。「これなら、八百屋の目利き・味利きで選んだ果物で商品がつくれる。果物の当たり外れがないし、ロスも防げる」と、ひらめいた井上さん。シャインマスカットと生クリームがぎっしり詰まったフルーツサンドを試作し、井上さん個人のSNSに『#フルーツサンドつくってみた』と投稿した。すると友人から注文が続々と入り、口コミで評判に。見た目に可愛く、味もボリュームも満点。ワンハンドで食べられる手軽さ、ゴミも包装フィルムだけで済む。折しもコロナ禍で外出がままならない時期、テイクアウト需要の高まりも追い風になった。

「長崎県産のみかんを使ったら、島原に帰省していた若いお客さんから『サンドイッチのみかんが美味しかったので、箱ごと送ってください』って。これは嬉しかったです」
フルーツサンドを通して果物の魅力が広まり、フルーツ農家や産地・ブランドとしての価値もあがる。もちろんスーパーの集客にもつながり、人の流れがほかの商店や観光地にも行くことで、まちにも良い循環がめぐりだす。また、井上さんは、移動販売車にフルーツサンドを載せて各地のイベントで販売も行っている。車体に書かれたキャッチフレーズは『圧倒的フルーツ愛』。熱い想いがヒット商品を生み出した。

 

ゆたかな自然、人の優しさ。
「普通」じゃない島原の魅力
「外から来られた人の視点ってすごく大事だと思うんですよ。僕らが当たり前だと思っていること・・・例えば、島原は自然がゆたかで、あちこちに湧き水があるんですけど、生まれ育った僕らにとっては日常の風景。でも、移住者さんや島原に遊びに来た友達は『すごい!』って。そう言われて、あらためて『普通じゃないんだな』って、地元の良さを実感します。
僕自身、もし福岡に行かなかったら、島原の魅力に気づかなかったし、何もアイデアが出なかったかもしれません」
井上さんのスーパーにも、山口県や、同じ長崎県内から移り住んできた人が働いている。「島原の人は、良い意味で距離感が近くて、人懐っこい人が多いんです。近所のおばあちゃんにちょっと挨拶したら、あまり知らなくても『どこから来たの?』っておしゃべりが始まって、とにかくフレンドリー(笑)。のどかで、人も優しいし、暮らしやすいと思いますよ」

古き良きものを残しつつ、
若い力で新しい可能性を切り開く
城下町の風情ただよう島原は、観光地としても知られている。ところが、コロナの影響で観光客が減り、島原城から商店街に向かうアーケードはシャッターが目立つようになってしまった。
「人が動けば、まちも動きだします。だから、うちの店にしかできないことをどんどん考えて、やっていきたい」と語る井上さん。フルーツサンドで注目されたが、決してそれだけに捉われているわけではない。「モノや情報が手に入りやすい今の時代だからこそ、人にフォーカスする。インバウンドもそのひとつで、海外からわざわざ島原に来てもらえるような商品、店づくりをしたいと思います。都会のカフェや、大手のスーパーとは全然違う、島原の土地の雰囲気にあったような。うちの店も、昔ながらの昭和レトロな建物だから良いんです。え?ここでフルーツサンド?!っていうギャップの面白さがある。店の前やショーケースの写真撮影も大歓迎で、来てくれたお客さんの思い出にもなるし、SNSにアップしてくれれば宣伝にもなります。古いからって店を建て替えるのは簡単だけど、古き良きものを大切にしつつ、新しいことに挑戦すれば、おのずと結果がついてくると思います」

最後に、Uターンして良かったと思うことを聞いてみた。
「島原は都会に比べると若者は少ないけど、逆に活躍の場はたくさんあります。分母が少ないから、色んな経験を積めるし、チャンスもつかみやすいと思います」
若手同士のつながりも強く、井上さんと同じように家業を継いでいる人も多い。「うちの店だけ大きくなっても意味がありません。地元の色んな中小企業とコラボすることで、すごく面白い企画やアイデアが生まれるし、力強い仕事ができると思います。地元の若手はフットワークが軽いし、親世代やまわりの人たちも応援してくれる。チャレンジできる土壌があります」

島原の若い力が、新しい可能性を切り開いていく。

 

文・山田美穂 写真・内藤正美

 

【長崎県Uターン促進キャンペーン開催中!】

長崎県では、Uターンをさらに促進するため、県内21市町と連携し、2022年11~12月をキャンペーン期間と位置づけ、移住相談会などの関連イベントを実施しています。
詳しくはキャンペーン特設WEBサイト「バックホームながさき」をご覧ください!

https://backhome-nagasaki.jp/

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