鞄ひとつで出来る移住で、
島の〝現場〟へ飛び込もう!

自分を少しアップデートする、 イマドキ島留学のススメ

 今、隠岐島前への「大人の島留学」がアツい。
この制度を使って都会から離島へと人が動く、新しい流れが生まれている。
島前が目指すのは若者の〝還流〟。還流とは何ぞや。従来の移住・定住とどう違うのか。
実際に今年の春から島留学している大人たちに密着して、その実態をのぞいてみた。

 

 隠岐・島前(おき・どうぜん)

 島根県の隠岐諸島のうち本土に近い3島、西ノ島(西ノ島町)、中ノ島(海士町)、知夫里島(知夫村)を合わせて島前と呼ぶ。人口は順に、約2900 人、約2300人、約600人。本土から行くには島根県七類港からだとフェリーで約3時間、高速船で約100分。鳥取県境港から行くこともできる。海士町はIターン者が多いことで知られ、最近は西ノ島町や知夫村でも移住者が増加中。


「大人の島留学」とは、短期の就労型お試し移住制度だ。1年間働く島留学と、3ヶ月の島体験(学生が対象)があり、本人の希望次第で期間は延長できる。シェアハウスで暮らすのが条件で、就労を受け入れる職場は行政関連や観光、教育、水産業など幅広い。

一般財団法人島前ふるさと魅力化財団が運営する事業で、立ち上げは2020年9 月。開始から丸2年で受け入れた留学生の数は、のべ約200人。2021年度までは海士町のみで実施し、2022年度からは3町村が連携することで受け入れ地域が島前全体へと拡大した。今春、「大人の島留学が一気に60 人も来るらしい!」という噂が流れて島に衝撃が走ったが、来年度はさらに増えて120~130人もの島留学生を受け入れる予定だという。

一般社団法人島前ふるさと魅力化財団の青山達哉さんによると、「人手不足が深刻な島前にはもっと多くのU・Iターンが必要だけれど、 離島で住宅や仕事を探すことに対する心理的・物理的なハードルがとても高い。そうした中、より多くの若者たちが島の仕事や暮らしに挑戦できる環境を整えることによって、一時的にでも島に滞在する若者を増やす。人の循環を通して、離島の良いところは残し、変えるべき部分は改善していく。それが『大人の島留学』の狙いです。これを〝還流〟という言葉で表現しています。還流の意味は、もとの方向へ戻ること。都会から地方への人の流れです。もう一つの意味は、蒸気が液体の状態へ戻ること。僕はこれを価値観の転換や意識の改革だと考えています」

流動的な人材を活かして人手不足を補いつつ、古い価値観を揺さぶって、人も地域も共に良くなることを目指す、新しいアプローチだ。


 

ふるさとへの島留学でパワーチャージ
生き方を見直す機会に

吉谷優花さん
島根県隠岐郡西ノ島町出身

 西ノ島町で働く吉谷さんは、大人の島留学でふるさとへUターンしたケース。西ノ島には父親の実家があり、自身も4歳までは西ノ島で育った。両親が転勤族で、保育園から小学3年までは知夫村に住み、4年生からは隠岐の島町。小学校卒業と同時に隠岐を出て出雲市の中学校に通い、高校からは親元を離れて広島へ。大学時代は神戸で過ごした。

大学卒業後はヨガ関連の会社で働き、個人でもヨガインストラクターとして活動していたが、過労がたたり体調を崩す。2020年12 月、甲状腺に悪性の腫瘍が見つかって翌年2月に手術。生き方のペースダウンを考え始めた。そんな時、弟から大人の島留学の話を聞いた。

「人生の見直しのタイミングだと思って島留学を決めました。一度は外へ出た者の視点を活かして広報やP Rの仕事で役に立てると思って」

今年2月に退職し、春から島暮らしをスタート。スローライフとは言い切れない田舎ならではの忙しさはあるが、圧倒的な自然に包まれ、心身は健やかだ。都会とは違う人との密な距離感も心地よい。

仕事は町役場の企画財政課で、広報紙やインターネットによる情報発信を担当。最近は町営ケーブルテレビのレポーター役をすることもあり、取材を通じて島民とのコミュニケーションを楽しんでいる。

父方のおばあちゃんの家。広報紙の取材で地元民のお宅を訪れることもよくある浦郷の常福寺で月1回のヨガクラスを開催。毎回6人ほどが集まり、交流の機会にもなっている役場新庁舎にて職員と打ち合わせ。11月のイベント企画に向けて準備中

滞在は1年と決め、ふるさととは言えどもこのまま定住するつもりはない。小学校の頃から憧れていたニュージーランドへ行く夢もある。その後にまた島へ戻ってくるかもしれない。

「同期6人のうち4人はこのまま西ノ島で働きたいって言ってます。それくらい素敵な島なんです。正解はないので、周りにも自分にも誠実に、自由であることを大切に、進む道を決めていきたい」

 

異文化の中で得た成長
未来よりも今の自分と向き合う

佐藤 実果さん
兵庫県西宮市出身

佐藤さんは大学4年生。最も短期のプログラム、島体験(最短3ヶ月)に応募して、2022年春から海士町で暮らしている。既に2度延長し、10月現在で滞在7ヶ月めに入った。配属は、海士町役場人づくり特命担当。最初は水産加工業の製造補助や、島留学事業の研修サポート等をしていたが、夏前からは移住検討ツアーの企画運営に携わっている。

大学では国際学部で文化人類学とフランス語を学ぶほか、まちづくりの分野にも関わるようになり、2021年の秋、ゼミのフィールドワークで海士町を訪れた。

「そこで衝撃を受けました。それまでは、地元が都市開発で姿を変えていくことを寂しく感じつつどうしたらいいか分からなかったんですが、守りたいものを守るためには自分も地域も変わっていかねばならないという考え方を聞いて共感しました。そして大人の島留学を知り、ここで学びたい!と」

島留学生に貸与される電動自転車で島内をサイクリング。海風を浴びてリフレッシュ休日にフラっと訪れる喫茶MGはとても大切な場所。月1でごはん会を開催して仲間たちと楽しんでいる

自ら企画し、7月に実施した第1回移住検討ツアーは貴重な体験だった。「できないことばかりの自分が、不格好でも一通りやってみたということが嬉しくて」。

今のところ12月で島を去るつもりだが、さらに3ヶ月延長する可能性もある。ただ、大学卒業後の就職は既に決めている。

「心地よい居場所をつくることに関わる不動産関連の会社ですが、そこを選んだのも島体験での学びから。移住や住まいはこれからの社会で幸せに生きるためにますます重要になっていく分野だと思います」

 

もっと知りたい、やってみたい!
自分の気持ちに正直に気負わず動く

山本英里さん
広島県東広島市出身

 山本さんは、大人の島留学生として知夫村役場の地域振興課に配属され、水産業の現場で働いている。

広島で育ち、沖縄の大学へ進学し、広島へ戻って就職。入った会社は水産業支援のアプリ開発を手がけており、鳥取支社に配属された山本さんは、賀露漁港でカニの卸しや発送業務に1年間携わった。

「数値目標がある仕事が向いていなかったので辞め、広島に戻りました。ただ、鳥取滞在中に知人から大人の島留学を勧められて、行ってみたいな~と思っていたんです。その後も、『一度は島に住んでみたい』という気持ちが高まって隠岐への島留学を決めました」

庁舎勤務の日もある。地域振興課の吾郷さんは、家族で移住したIターンの先輩

知夫村では、暮らしも職場も海のそば。取材の日には長尾地区の岩ガキ小屋で、ベテラン漁師と談笑しながらカキ養殖に使うロープの補修作業をしていた。そのほか水産加工場でも週2回働き、冷凍した魚を加工して発送する作業の補助。10月からはヨコワ漁の手伝いで、生け簀での餌やりや船からの受け取り作業をしている。

「私は島へ来て、人との付き合い方が変わりました。地元の方と触れ合う機会も多いし、休日はシェアメイトと一緒だし。コミュニケーションの量が圧倒的に増えて、自分の世界が広がった。来て良かったです」

隣の横川さん宅でお茶の時間。奥さんの手作りスイーツが並び、話も弾む暮らしている多沢地区の湾沿いでは毎日、地元民が集って雑談。通称“お地蔵さん”と呼ばれるこの集会

滞在は1年の予定だが、色んな場所で働いてみたいという。様々な環境に身を置いて経験値を上げ、ポテンシャルを開花させる。山本さんは「やってみたい」という気持ちに正直に、前に進んでいく。

 

事業よし・地域よし・
若者よしの 〝三方よし〟へ

ロドリゲス拓海さん
一般財団法人島前ふるさと魅力化財団/地域魅力化事業部

大人の島留学とは、〝還流〟、すなわち人も組織も流動性を高めることで魅力化を図る仕組み。
一時的にでも離島で暮らし、働き、自分なりのトライ&エラーを経験した島留学生たちこそが、都会と田舎とのギャップを埋めていく重要な存在になる。

大人の島留学生たちと年齢も近く、運営側の立場で彼らに〝伴走〟するロドリゲスさん。かつては島留学生の一人だった。

「東京の大学に通っていた頃、海士町の隠岐國学習センター(=公営塾)で2年間インターンをしました。島前高校に入学してくる留学生との交流はとても楽しかったです」

インターン終了後も島に残り、今度は自身が『大人の島留学生』として、事務局運営を手伝うことにした。当時まだ大学生だったので、オンラインで授業を受けながらの島暮らしだった。

「大学卒業後は正式に魅力化財団に就職して、今に至ります。担当は運営サポート全般と、シェアハウスの整備ですね。住宅周りの草刈りは島では重要ミッションです」

ロドリゲスさんによると、事業開始から受け入れたのべ約200人の島留学生のうち、約20人が、期間を終えても本土へ帰らず島に残って働いているという。「昨年度までは海士町のみで運営していたので、残った人はみな海士町での就職です。人口約2300人、自然減が続く島で、この社会増は貴重ですよね。今年度からはフィールドを島前3島に拡大して留学生自体の数も増やしているので、残る人もさらに増えていくことを期待しています」

応募多数につき、合格して実際に島留学するのは応募者の3分の2だそう。なぜ今、隠岐への島留学を希望する人が増えているのだろうか。

「まず新型コロナウイルスの影響があります。リモートワークが普及してどこにいても働けるようになり、我慢して都会に住むという従来の働き方に違和感を覚える人が増えました。経済がペースダウンして時間ができたことで、自分の人生やキャリアを振り返り、やってみたかったことをやるために環境を変えてみようと考える人も多くいたはず。大学生は、オンライン授業の導入で移動しやすくなった。バイトの機会が奪われて、収入を得る場も無い、社会勉強の場も無い。そんな中で、大人の島留学というチャンスを選んでくれるケースが増えたのでしょう」

では、隠岐島前が選ばれる理由は何なのか。

「離島という地理的な特殊さや、島暮らしへの憧れは勿論あるでしょうが、他地域の同様の制度と比べて島前は働き方のメニューが多いです。職種の幅も期間も、選択肢が多い。そして何より、移住のハードルを限りなく下げるよう工夫したことが大きいです。短期ですが働いて報酬も貰えるし、住む家も、必要な生活家電も用意されている。普通ならなかなか暮らせない離島に、鞄ひとつで移住できるんです。僕が言うのも何ですけど凄い制度ですよね(笑)」

 

互いに変化しながら
共存していける地域へ

「大人の島留学生っちゅうもんががいなことおって(たくさんいて)、だっがだっだか(誰が誰だか)サッパリわかりゃせん!」

地元民のそんな声がよく聞かれるようになった。が、実はそれこそ運営サイドの狙いだ。

「多様な若者がいっぱいいて、個人に期待や注目が集中しすぎない状態を作りたいんです。これまでは、若者の数が少ない上に個性が強い人ばかりだった。でも島の現場に必要なのは、尖った人材だけではない。多くの〝普通の若者〟にとって、過度な注目は居心地の悪さでしかないんです。島移住は、想いが強い人だけに開かれた選択肢じゃない。想いなんて最初は無くて構わないから、まずは来てほしい。僕たちは、皆さんに定住を求めていません。島に住み続ける理由を見つけた人は残って働けばいい。そうじゃないなら、また他所へ移動してもいい。Iターンは勿論、Uターンだって〝お試し〟でいいんです。挑戦してみたい気持ちさえあればOK」

今年度から島前3島での受け入れが始まった。表だったトラブルは無いものの、「島留学生を通じて、それぞれの島の課題(改善ポイント)が見えてくる」とロドリゲスさんは言う。例えば、移住者向け住宅の少なさ。一度住むと引っ越すのが難しく、他の地区を知る機会が無いこと。また、移住者との相性も地区によって異なり、暮らしやすさも変わってくること。ただし、これは自分の選択で解決できる。

紹介した3人の様子からも分かるように、自分らしさを強みにして、良い意味で〝わがままに生きる〟 島留学生たち。そんな彼らが行き交うことで、地域の強みや弱みも浮き彫りになり、島のちいさな社会の空気感が少しずつ変わっていく。地域も人もシンクロして良くなっていく。事業よし・地域よし・若者よしの 〝三方よし〟とはそのことだ。

「就労の受け入れ先になってくれる事業所を増やすことや、事業所とのマッチングの精度を上げていくことなど、課題はまだまだありますが、5年後には、大人の島留学で『一時滞在者が常に200人いる』という状態にするのが目標です。そして、日本中でもっと軽やかに移住ができて、島暮らしも一つの選択肢として当たり前になる、そんな社会を作りたい。まずは島前に島留学してみてほしい。来てみたら分かること、来ないと分からないことが、たくさんありますから」

 

島留学生を募集中!

中長期 : 大人の島留学
島の暮らしと仕事に挑戦できる
就労型お試し移住制度です
制度期間:1年間〜
応募資格:20〜29歳の方

中期 : 島体験
島の暮らしと仕事を考える
インターンシップ制度です
制度期間:3ヵ月〜
応募資格:20〜29歳の方

募集要項はこちら!
https://otona-shimaryugaku.jp

 

一般財団法人 島前ふるさと魅力化財団が
スタッフを募集中

(一財)島前ふるさと魅力化財団は、教育分野からの貢献である「隠岐島前魅力化プロジェクト」と、離島への新しい人の流れづくりである「大人の島留学事業」を通して、魅力的で持続可能な学校と地域をつくることに挑んでいます。

①魅力化財団教育事業部募集
②魅力化財団地域事業部募集 

https://shigoto100.com/column/dozen_2022

 

                   

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