【求人】「会津漆器」の技術を学び、 職人を目指す地域おこし協力隊を募集!

「漆器」とは漆の木から採取した樹液を、塗り重ねて作る器や小物のこと。誰もが一度は使ったり、目にしたことがある、日本を代表する工芸品です。
福島県の会津は、そんな漆器文化が根付く、全国有数の産地。会津で生産される漆器は「会津漆器」「会津塗」として高く評価されています。会津地方の北西部にある喜多方市も、古くから漆器生産が盛んに行われてきました。漆器店や工房が点在する通りは「うるし銀座」と名付けられ、観光スポットにもなっています。しかし時代の変化の中で、職人が高齢化。最盛期の400人からぐっと減少し、現在はわずか数人となりました。そこで今回は喜多方の漆器技術を学び、未来へと受け継ぐ地域おこし協力隊を募集します。

会津漆器とは?

会津で漆器が産業化されるようになったのは、およそ400年前。当時の領主蒲生氏郷公が、前任地の日野(現在の滋賀県)から職人を呼び寄せ、最先端の技術を伝えたことが始まりとされています。かねてより漆器のもととなる森林資源が豊富で、漆の栽培に適した土地であることも相まって、歴代藩主も漆器の製造を保護奨励。江戸時代に一大産地になりました。その後、紆余曲折ありながらも、1975年に国の伝統的工芸品に指定されています。

さまざまな種類のある漆器の中でも、喜多方では主に「丸物」と呼ばれるお椀などの製造が主流です。お椀といえば、日々の食卓に欠かせない食器。漆器のお椀は軽くて丈夫で、扱いやすいことから、喜多方では市内の小中学校の給食にも使用されています。子供のころから地場産業に触れる機会を作り、文化や歴史について学んでほしいというのが狙いです。

今回の地域おこし協力隊の受け入れ団体となるのが、会津喜多方漆器商工協同組合。職人への仕事の依頼のほか、上記の給食への取り組みも進め、漆器を広くPRしていく役割も担います。

理事長の鈴木秀雄さんに話を聞きました。

鈴木「かつては少品種を大量に生産していましたが、今は多品種少量生産の時代。消費者のニーズに合わせた商品が求められています。協力隊で来ていただく方には、私たちが気づかなかったような新しい視点で時代にあったものづくりを担ってほしいと考えています」

その上で技術を習得し、漆器に携わりながら定住してもらうのが理想とのこと。「きちんと認められるようになれば、仕事は切れないはず」と、卒業後の進路についても太鼓判を押します。

鈴木「漆器作りはデリケートで複雑。たとえ経験があっても熟練するまでには時間もかかります。地味な作業にもめげない、粘り強い性格の人には向いているかもしれませんね。自分らしい発想と感性で、会津漆器の世界に新しい風を吹き込んでくれる方をお待ちしています」

現役協力隊が語る、喜多方での年間の経験

続いて、地域おこし協力隊の齋藤傑さんと吉田真菜さんにも話を聞きました。ふたりは2019年に揃って着任。以降、ともに切磋琢磨しながら、技術を磨いてきました。齋藤さんは宮城県出身、吉田さんは広島県出身で、協力隊以前より漆器の経験者。なぜ、喜多方で地域おこし協力隊をすることを選んだのでしょうか?

齋藤さん

吉田さん

齋藤「以前は香川県で漆器の仕事をしていましたが、子どもができたのをきっかけに実家の宮城県に近いところに移り住みたいと考えたのと、以前から丸物に興味があり地域おこし協力隊に応募しました」

吉田「大学で漆を勉強しながらアートオブジェを作ったりするなかで、何度か会津に来る機会があったんです。そのときは半年間、職人の方に弟子入りして技術を学ばせてもらったりもしました。その後、一度は大学に戻りましたがもっと勉強したくて、応募したんです」

全国各地に漆器の産地はありますが、土地ごとに技法も違えば作るものも違います。喜多方では、木地と呼ばれる原型に漆を塗って仕上げる「塗師(ぬりし)」という役割があり、ふたりが学んでいるのはその伝統技法。それぞれに漆器作りの経験があったものの、一から勉強の日々でした。

師匠のひとり、長澤邦夫さん。御年80歳で趣味はロードバイク

吉田「ふたりの師匠からローテーションで学んでいます。それぞれ得意とする分野があるので、そこを集中的に教えてもらっていますね。最初は刃物研ぎやヘラ削りなど道具作りから始めました。今は、週に2回ほど山に行き、漆の樹液を採取する“漆かき”も勉強しています」

漆かきの様子

齋藤「基本的には師匠の仕事を見て覚え、自分でやってみて足りないところを教えてもらうような感じです。丸物はいかに表面を均一に仕上げるかが重要なので、体の軸をブラさず塗るのが大変なんです。それなのに師匠の仕事中の後ろ姿は本当にかっこよくて(笑)。長年現場で活躍してきた方に直接教えてもらえるというのも貴重な機会だと思っています」

作業は主に組合の事務所内で行い、冬で足場の悪い時などは師匠の家に出かけて行って教えてもらうことも。時には一緒に山で山菜を採ったり、喜多方名物のラーメンを食べに行ったりして、会津を満喫できたのもいい思い出だそう。11月に任期を終えた後は、齋藤さんは喜多方で漆器職人に、吉田さんは引き続き喜多方と関わりながら工房兼ギャラリーを開く予定です。

齋藤「喜多方は自然豊かでごはんもおいしいんです。特に自分で作った器で食事をすると、漆器の良さもわかってもっと広めたいと思うはず。不安がらずに飛び込んでほしいですね」

アイデアを生かし、新たなチャレンジも可能

一般的に漆器職人を目指す人は、各地の職人養成所に通うか、師匠に直接弟子入りするかが主な入り口でした。さらに全国に漆器の産地はあるものの地域おこし協力隊として職人を募集している例は少なく、「オープンな場で学べる環境がありがたかった」と齋藤さん。

一方の吉田さんは新たな商品開発や会津漆器のPRに携わったことも自信につながったと話します。

吉田「協力隊として活動するなかで、漆塗りのアイススプーンを製作して販売したり、「ぐい呑みくじ」の企画を実現できたのはうれしかったことです。師匠たちに『こういうものを作ってみたい』と相談したら、『じゃあ、やってみるか』と企画から販売店の交渉まで自由にやらせてもらえて。良い経験になりました」

吉田さん企画の「ぐい呑みくじ」。巾着に入った8種の酒器がランダムに購入できる。喜多方市内の酒蔵などで販売し、400個が1カ月でほぼ完売した

技術を伝承する一方で、若い感性を尊重し、将来につながる経験をさせてもらえるのも地域おこし協力隊ならでは。職人としてはもちろん、地域の人と関わるなかでもたくさんの学びがあったようです。

最後に協力隊のふたりから応募を検討している方に向けメッセージをいただきました。

齋藤「漆器は“お椀に始まりお椀に終わる”と言われた事があります。それほど丸物の技術は重要なんです。まだまだ修行の身ですが、これからも喜多方で活動していくので、新しい協力隊の方とも関わっていけたらなと思います」

吉田「漆器を訪ねて全国各地を周った時に、一番若手が多くて活気があったのが会津でした。ここなら心が折れそうになった時も、仲間と一緒にがんばっていけると思って選びましたが、実際にたくさん助けてもらいました。漆が好きな気持ちはもちろんですが、自分の作業の手を止めても教えてくれる師匠たちに感謝し、愛を持って取り組んでほしいですね」

伝統産業、職人という言葉には、ハードルの高さを感じてしまうかもしれませんが、現役協力隊のふたりからは喜多方で暮らしながらのびのびと技術習得に励む様子が伝わってきました。もちろん、経験者なら仕事は覚えやすいかもしれませんが、漆器と関わった経験がなくてもやる気と努力を惜しまない気持ちがあれば大丈夫とのこと。「時代に合わせた漆器の魅力を伝えたい」「新しいものづくりに興味がある」という人にはぴったりの仕事です。

喜多方の地で大切に育まれてきた伝統の技を受け継ぎ、未来へとつなげていく、そんな熱意ある方からのご応募をお待ちしています。

 

文・渡部あきこ 写真・白石ちか

 

                   
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