宮崎県新富町に本拠地を置く一般財団法人「こゆ地域づくり推進機構」(以下、「こゆ財団」と記載)と、“これからの地域との繋がり方”をコンセプトにしたローカルライフマガジン「TURNS」が実施する、企業と一緒にめぐる “新富町フィールドワーク” 第4回目が開催されました。
今回一緒に新富町を訪れたメンバーは、元総務省で一般社団法人日本ワーケーション協会の特別顧問を担っている箕浦龍一さんと、 “あたかも同じ空間にいるような” 自然なコミュニケーションが実現する『窓』を開発した阪井祐介さんのお二人です。
お二人と共に巡った新富町の魅力をご紹介します!
《メンバー》
▼視察メンバー
箕浦 龍一さん/一般社団法人日本ワーケーション協会 特別顧問
阪井 祐介さん/MUSVI株式会社 代表取締役 Founder & CEO
堀口 正裕/TURNSプロデューサー▼現地案内人
甲斐 隆児さん/一般財団法人こゆ地域づくり推進機構、地域おこし協力隊
中山 隆さん/一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 教育イノベーション推進専門官
鈴木 伸吾さん/新富町観光協会、元新富町職員
1日目
●『こゆ野菜カフェ』でランチ
ランチの場所は、「こゆ財団」オフィスから徒歩5分程度にある『こゆ野菜カフェ』。お店の名前にもある通り、メニューはどれも地元の野菜をふんだんに使っていることが特徴です。毎朝、地元の農家さんが直売所へ出荷する新鮮な「こゆ野菜」を仕入れてくれています。
店主は、Uターンした永住美香さん。農家さん達の想いを届けようと、メニューやカフェの空間を通じて発信しているのです。
視察メンバーからも、「これは美味しい!!」と感動の声が。野菜は一つ一つの味がとても濃く、旨味を噛み締めながら堪能することができました。
●富田浜海岸
次に向かったのは、太平洋に面した約5kmにわたる美しい砂浜、『富田浜(とんだはま)海岸』。全国でも有数のアカウミガメの産卵地になっており、宮崎県の天然記念物にも指定されている場所です。
この日は少し曇りの天気でしたが、それでも解放感あふれる浜辺には心が癒されました。
●湖水ケ池
『湖水ヶ池』は、周辺は約1km、面積7haの池です。常時渇水することなく、湖全体が蓮の花で覆い尽くされています。池の周囲には遊歩道もあり、1年を通してゆっくり散歩を楽しむこともできます。
実はこの池、すぐ近くにある『水沼神社』の“御神体”でもある神秘的な池なのです。
そうした背景もあり、ご案内してくださった地域おこし協力隊の甲斐龍児さんが主催した『新富芸術祭』の会場の一つにもなりました。「地域にあるものそのものが “アート” だと、僕は考えているんです。だからこの『湖水ケ池』も僕にとっては立派なアートです」と甲斐さんは語ります。
大きな葉をもつ蓮は、視察メンバーの背丈に近い高さもあり圧巻でした。独特の空気をもつ場所ですが、新富町の歴史、文化、自然が重なった素晴らしい場所でした。
●新田原古墳群
次の目的地へ向かう途中、目の前に現れたのが、2018年5月に宮崎市、西都市と共に「日本遺産」に指定された『新田原古墳群』です。全国の中でもここ『新田原古墳群』は保存状態がよく、古代の景観がよく残っていると高く評価されています。
田畑の間に点在しているので、はじめは「え?これが古墳なの?」と一瞬見間違えたのかと思いましたが、よく見るとお山のような形状は、紛れもなく古墳群でした。
多くの人が知っている「前方後円墳」は、水神塚(すいじんづか)、機織塚(はたおりづか)、百足塚(むかでづか)などと名前が付けられ、その他にも円墳や方墳が浮かぶように点在しています。その数は全部で207基。県内でも2番手の規模だそうです。
古代の古墳が、まちの中に点在しているなんてとても不思議です。普段からここで暮らしている町民にとっては、馴染みのある場所なのしれませんが、我々東京からきた視察メンバーにとってはとても珍しいもので、終始その景色に感動していました。「ここが日本の始まり場所」だと思うと、なんとも言えない感慨深いものがありました。
●新富町長 表敬訪問
新富町の小嶋町長にもご挨拶させていただきました。お会いしてまず最初に、新富町にきて感じたことをお互いに述べさせて頂きました。
「ちょっとテンションが上がりすぎましたが(笑)、”アメノウズメの舞いを表現したような埴輪など、” 新田原古墳はすごいですね!!とても貴重な地域のコンテンツなので、もっと違う角度からもアピールできるのではと感じました。古事記との繋がりも伝えられたら良いですね」(阪井さん)
「『こゆ野菜カフェ』のカレーは絶品でした!普段から地域のカレーを楽しんでいるのですが、とにかく野菜の味が濃厚で、店内の雰囲気もよく、堪能させて頂きました」(箕浦さん)
後半は、新富町でチャレンジできそうなこと、また、これからの「働き方」についてなど、多岐に渡って意見交換をさせて頂きました。
「私がソニーで開発してきた「窓」という製品は、“どこでもドア”のようなツールで、今日ここにお伺いして、町長と直接お話させていただいているような、自然で身体的なコミュニケーションがとれるものです。最近は、地域だけではなく、企業や学校、医療機関などにも取り入れて頂いていて、それぞれの目的に応じた使い方を実践してもらっています。」(阪井さん)
「ちょうど最近、もっと日々の暮らしの中にある“余白の部分”を共有できないかなと考えていたんです。関係人口を可視化するという意味でも、『窓』を取り入れることができたら面白い化学反応が起こりそうですね」(小嶋町長)
この時の会話がきっかけで、現在新富町には『窓』が数台設置されており、コミュニケーションツールの1つとして実証実験が行われています。(2022年8月現在)
そして、話のテーマは注目すべきこれからの「働き方」に移りました。
「私は、働き方改革、テレワーク、ワーケーションなどの分野で様々な地域で講演活動をしていますが、今後の「働き方」は、もっともっとバリエーションが増えていくように感じます。オンラインも普及したので、場所を問わず人と繋がることができる。しかし、組織の中にいるとすぐには変えられないこともあります。自分もかつて大きな組織の中にいましたが、これから働き方改革を推進していきたいと考えたときに、自分の組織だけでなく、様々な組織や社会全体の“壁”を壊していく必要性を痛感したので、組織を辞めることにしました。組織に所属しなくなっても、自分らしく仕事が楽しめているので、毎日が充実していますね」(箕浦さん)
「箕浦さん、ぜひ機会があれば新富町で講演してください!あと私としては、地方の首長が変われば“国も変わる”と信じています。誰かに任せるのではなくて、行政職員自らも“一緒に地域課題を解決していくんだ”という姿勢を見せていきたいですね」(小嶋町長)
町民だけでなく、行政職員もが新たな「働き方」チャレンジしていける気運を感じられる表敬訪問となりました。
●ロボット開発のAGURIST(アグリスト)株式会社
農作物の自動収穫ロボットを開発している『AGURIST(アグリスト)』。収穫量に課題を持つ農家の声から生まれたサービスで、8〜12時間で大体30〜40kgの量を収穫できます。その量は、農家が収穫する全体の20%程度の量ですが、その分長く稼働させることができるため、全体の収量が上がるというメリットがあります。
大分、鹿児島で実証実験中ですが、これからもっと認知度を高めていく必要があるため広報にも力を入れています。
早速、実証実験用のピーマンのハウスを訪れて、ロボットの実物を拝見させて頂きました。
電源を入れ動かし始めると、ピーマンを自動認識しカットし収穫!一度ではなかなか狙えないため、「二度切り」で収穫に成功しました。また、画像がコンピューターに記録され害虫駆除対策にも役立てられているのだそうです。
夜に稼働させておくと、朝には10kgほどのピーマンが収穫されているとのこと。そうした効率的な使い方もできるので、採れたての糖度の高いピーマンを「朝採れピーマン」として販売するのも面白いのでは、といった意見も上がりました。
長さは1m程度あるロボット“エル”。
生産者支援にも繋がり、人員削減にも貢献できる『AGURIST(アグリスト)』の収穫ロボット。農業を持続可能なものにしていくために、必要不可欠なサービスとなりそうです。
やはり新富町の持つ“チャレンジ精神”こそが、いち早くこうした開発に取り組むきっかけを与えました。
2022年の秋頃からは、ピーマン農家の元に実際にロボットが納品されていく予定です。
2日目
●『イノ旅』プログラム in 新富町 見学
2日目の朝に向かったのは、『イノ旅』の現場です。『イノ旅』とは、「イノベーション×旅」をコンセプトとするANAと、地域の高校生にイノベーション教育を提供している「i.club」の共同プロジェクトで、高校生たちが地域を旅し未来をつくるアイデアづくりに挑む2泊3日のプログラムです。今回は東京・かえつ有明高校生30名が新富町を訪れ、『みらい畑株式会社』で理念から事業内容、課題、将来像までを学び、事業を持続可能にするアイデアを発表することになっています。
当日は、畑で野菜収穫とぬか漬けづくりに挑戦した高校生たちが、たくあんが人気の漬物屋『キムラ漬物』を訪れ、木村社長と『みらい畑株式会社』代表の石川美里さんとのトークセッションに聞き入っていました。
木村社長からは、宮崎県は天日干し大根が有名だが、漬物自体の需要減少とともに、作る工程も大変なので「作り手が減っている」という課題をあげ、しかし栄養価の高い貴重な食文化の一つであることをご紹介頂きました。
「国内の消費量は減っていますが、今後は海外でも漬物文化を広めていきたいと考えています。現地の食文化に合わせたレシピ開発などを提案していけば、まだまだ広まる可能性はあると思います」と語る木村社長。
また、石川さんは「これからは、より良い地球環境に少しでもしていくために、まずは農地を増やしていくことを目標に活動を広げていきたいと思います。その一つのプロジェクトが『腸活ミニ野菜』です。『腸活ミニ野菜』は、野菜の栄養をまるごととれるミニ野菜を使って「ぬか漬け」を作り、定期便というサブスクリプションモデルで販売しているサービスです。このような、地球や農家さん、私たち消費者にとってもハッピーになる活動をどんどん広げていきたいと考えています」と、新富町の農業の可能性についてお話頂きました。
東京の高校生からすると、地方の人口は少ないと思うかもしれませんが、地域にあるものを活かし様々な事業に精力的に取り組む木村社長、石川さんのお話を、真剣に聞き入る高校生の姿を目にすることができました。
●観音山公園
次に向かったのは、甲斐さんのお気に入りスポットでもある『観音山公園』です。
ここは、遠くの四国や西国に行かなくても巡礼ができるようにと多くの石仏が寄贈されており、四国88か所と西国33か所のある公園です。つまり、『観音山公園』を登れば、札所巡りができるのです!
思った以上に急な登り道でしたが、甲斐さんは息を切らしながらも次のようにお話してくれました。
「忙しくて自分を見失いそうな時にここに来ると、“ああ、自分はこういう地域に住んでいるのだなあ”と少し俯瞰して自分を見ることができるんです。だから『観音山公園』は僕にとって、視点を変えて物事を見てみることの大切さを教えてくれる山です。今後は、ここで積み木を使ったワークショップなども予定しています」(甲斐さん)
頂上には灯台や展望台も設置されていて、日向灘を一望できます。
ロケーションが最高な上に、札所巡りもできる公園で、自分と向き合う。魅力が詰まった素晴らしい公園でした。
●新富町教育長との意見交換
中山隆さんからは、新富町教育委員会をご案内いただき、教育長と対談させて頂く機会を頂戴しました。「新富町の教育はこれからどこへ向かうのか?」についてお話を伺いました。
「新富町には高校がないので、未来を描くデザイナーをどう育てるか?小学校・中学校時代にどう学んでいくべきなのか?ということは常に考えています。子ども達には、教科書を使った学習だけではなくて、今起きている現実にどう向き合っていくべきなのかを考えられるように育ってほしいです。そのためには、ICTを使うこと、体験学習を取り入れること、家庭での過ごし方、地域活動への参加。そうした様々な学習環境の中で、物事の課題を解決してほしい。学力ももちろん大切ですが、そうした“人間づくり”にも力を入れています。自分で計画して、行動して、考える。子ども達には、そうした力を大切にしてもらいたいです」(教育長)
中山さん自身は、島根県海士町の隠岐島前高校で「高校」を軸にした教育改革に従事していたので、最初は町に高校がないことはデメリットもあるかもしれないと考えていたそうですが、「今はそうは思っていない」と言います。なぜならば、新富町外の複数の高校に声をかけ、町内の中学生とともに学ぶ教育プログラムをつくることができるから。町内の中学生が、多様な特色がある高校で学ぶ高校生たちと学び合うことは、ものすごくメリットなのだそうです。
「町内外の人が先生となり授業を行うことで、様々な進路選択を子ども達に提示できるメリットは大きいです。また、昨年度からはオンラインツールを使って学校をつなぎ、全ての教員に研修プログラムに参加してもらい、ICTの教育活用の大切さについてお話をしています。それが先生はもちろん、子ども達にも理解され始めているのを実感しています。新富町には、地域が3つありますが、それぞれの地域の子ども達が、お互いの地域のことをオンラインで学んでみたいといった声も出ているんです。ICTを本格的に授業や研修に取り入れたことで、大人も子どもも学ぶ意識が高まっていると実感しています」(中山さん)
1つのことを同じ濃度で伝えるというのは、伝言ゲームと言われてしまうくらい難しいことです。しかし、新富町はICTの導入によって、そのような壁を乗り越えつつあります。
大事なことは、「人」から学ぶこと。「こういう人もいるよ」「こんな生き方もあるよ」という学びを、町内だけでなく、町外からも積極的に取り入れることによって、新富町は多様な価値観が育つ地域へと成長を遂げています。
●一棟貸しの宿『茶心』
最後の訪問場所は『茶心』です。『茶心』は、“千利休が大成した茶道の精神を大切に、お客様と向き合う”をコンセプトにした高級貸切宿です。宿に上がると香るお茶の葉の匂いに、心が癒されました。
ここで2日間の振り返りをしながら、のんびりと昼食をとりました。この日の昼食は、『おにぎり宮本』のおにぎりと『新緑園』のお茶でした。
一晩一組様限定で提供いる。(お部屋:キッチン・ダイニング・リビング・縁側・大広間・寝室・トイレ・洗面所・脱衣所・浴室・テラス・庭園/宿泊可能数:1名〜10名(セミダブルベット2台・布団10組)/設備:冷蔵庫・炊飯器・調理器具・ケトル・食器・テーブル・椅子(6脚)・ソファー・エアコン・無料Wi-Fi・駐車スペース・焚き火&BBQセット))
話題は、2日間の振り返りに。
「一つ一つのコンテンツがとても素晴らしくて、充実した2日間でした。もしかしたら、デジタルサポートをもう少し増やせたら、今まで訪れなかった層が新富町に足を運ぶかもしれません。これから当たり前になるのは、“歩きスマホ”のようなワーク。旅館・ホテルだけでなく、公共施設の一角で、さっと仕事をするというのが当たり前になる時代です。例えば、ホテルではHDMIケーブルを旅行者に貸し出せたり、まちのカフェでWi-Fiをもっと自由に使えたりなど、行政の方には、是非ともそうしたデジタルサポートが街中で得られるよう、積極的に地域のリデザインを進めてほしいと思います。テレワーカー、旅行者に向けたサポートがあるというのを、外向けに発信すると、新富町のイメージアップもさらに高まるでしょう」(箕浦さん)
「新田原基地から飛ぶF-15の音は、初めて訪れた方には、普通に考えたらびっくりするぐらいの爆音だと思うのですが、飛行機マニアの人達にとってはとてもワクワクするものだったり、『窓』でつながるような離れた場所の子供たちには新鮮な驚きにもなると思います。新富町民の方にとっての大切な日常として体験してみたり、基地で働く人の想いも感じ取れるといいですね。今日飲ませて頂いたので香り高いお茶も、ここ『茶心』も、“マインドフルネス”なコンテンツですから。そうしたギャップがあるのが新富町の面白いところだと感じました」(阪井さん)
「IT」「デジタル」「働き方」「テレワーク」のプロフェッショナルである箕浦さんと阪井さんからは、これからの新富町の未来に向けた“愛ある助言”を頂けました。
地域資源、そしてそれらを活かして事業へと変えていく「担い手=人」。新富町にはそうした素晴らしい財産が豊富にあります。それと同時に、まだまだ余白のある地域であることも確かです。その余白を活かして、これからどのように変化を遂げていくのか。
これからも新富町で起こるプロジェクトに目が離せません。