TURNS

【12/20発売】Vol.33
特集「もっと地方の経済入門」

時代が変わるとお金の使いかたは変わります。
もちろん“場所”が変わっても。

「地方の経済」は、めぐまれた自然資本から生まれる
「余白」や「自由」や「環境」を生かす、
新しいお金とのかかわりかた。

そして今年は「地方のほうが面白くお金とかかわれる」
というアンサーを見つけたターンズ。

資本主義の概念、ここで変えましょう。
さあ、「地方の経済入門」をはじめます。

文・編集:アサイアサミ(ココホレジャパン) 写真:福岡秀敏


もっと地方の経済入門|特集1

地方の経済白書1
長野県東御市「パンと日用品の店 わざわざ」代表 平田はる香さん

・・・

山のパン屋が年商1億7千5百万円の理由

ここは長野県東御市。
しなの鉄道滋野駅から山道をのぼりくだり15分。田畑、池、そして民家は指で数えられるほどしかない山あい、観光地でなければ商業区でもない。

遠く連なる北アルプスをのぞむ田園風景に在るのが「パンと日用品の店 わざわざ」だ。「ついで」や「ながら」ではたどり着かない「わざわざ」足を運ぶパン屋さんの2017年の年商は1億7千5百万円だというから驚きだ。人里離れたパン屋さんが実践する経営とその思いとは。

・平田はる香/Haruka Hirata
株式会社わざわざ代表。1976年、東京生まれ静岡育ち。フリーランスのWEBデザイナーを経て、2009年2月、パンと日用品の店「わざわざ」を1人で開業。実店舗とオンラインストアを運営。2017年、株式会社に組織変更。「全ては誰かの幸せのために」を基本理念に掲げ、10数名のスタッフと共に多忙な日々を送っている。

・パンと日用品の店 わざわざ
長野県東御市御牧原2887-1
TEL:0268-67-3135
毎週木・金・土曜11:00〜16:00
http://waza2.com/

 

長野だからこそはじめたこと

山を越え、谷越えて。本当にパン屋があるのだろうかと思うこと数十回を経てたどり着いた「パンと日用品の店 わざわざ」(以下わざわざ)。年商数億のパン屋さんはさぞや大行列が…。と思いきや、お客さんの足が途切れることはないものの、訪れる人々はゆったりとパンを吟味し、思い思いに買い物を楽しんでいる。わざわざを創業した平田はる香さんが長野県に移住したのは2004年のこと。

きっかけは夫の転勤だ。
「数年で東京に戻る予定が、だんだんと長野が好きになって、いつしか永住したいと思いました」

きっかけは長野に来てからはじめた野菜づくり。
「長野は野菜がとってもおいしく実る豊かな環境。挑戦してみたら本当に野菜がつくれて、自分たちがつくったものでまかなえる暮らしにシフトしました。そんな暮らしは東京に帰ったらできません」

農家になることを考えるほど土地に魅了された。永住に向け、夫は地元企業へ転職。平田さんもこの豊かさを享受して、なにかはじめようと考える。今までのキャリアと照らしあわせて、飲食店、裁縫、ファッションなどさまざまな可能性の中に「パン」があった。

「パンは長野での暮らしでよく焼いていたし、『ツール』としていいな、と思いました。単価が安く、買いやすい。そしてパンのことが嫌いなひとはほとんどいないことも決め手でした」こうして、長野で暮らしていくための手段としてパンを選んだ。そして、おいしいものをつくるだけではなく、ちゃんと売らなければ。その考えかたは、創業時から移動販売と平行してECサイトを持つことにつながる。

「パンを一定量つくって、一定量売りたかったんです。普通のパン屋さんは客足にあわせて毎日生産量を調整しますが、そうすると労働力が安定しない。一定量にすれば、作業が単純化できるし、考えることも減ります。販路の仕組みは、オンラインと実店舗の両方にパンをおいて、どちらかが売れればどちらかを減らす。『生産数』ではなく、『販路のバランス』で全部売り切ることをすぐ実践しました。また、余らせて捨てるのは環境保護においても、食品業界のためにもよくないからです」

この考えかたがわざわざの商いの第一歩。パンの種類も当初20種類あったところから現在は2種類までに減らした。材料は身体に優しくおいしいもの。商品、売りかた、作りかたひとつとっても、商売誠意だけではない、強い思いが当初からあった。

「社会の問題を解決したいと思ったとき、他者批判ではなく、自分が“変えたいこと”を具現化した事業を、できるかぎり最大化することで、未来の角度を1度でも変えられるんじゃないかと思っています」

わざわざはいきなり年商数億になったわけではない。半年の移動販売を経て、そこから得た資金で、遠くからわざわざやってくるお客様にたとえパンが売り切れても楽しんでもらうための日用品を置くことに。自宅の一角で週1回のお店をはじめ、忙しい平田さんを見かねたご近所さんが手伝ってくれたことをきっかけにスタッフを雇用。

ひとを雇えば企業としての責任も生まれる。平田さんはひとにも誠実だ。企業としてのシステムを模索し始める。そして震災を経て、薪窯をハーフセルフビルド。2012年3月、現在の規模のお店に増築。…と、わざわざは平田さんの思いが経営理念として機能し、着々と育ってきたのだ。

「わざわざの場合は『身体にいいパン』をつくって売るだけじゃないし、『パンと日用品の店をやる』が目的でもありません。自分がいいと思っている活動を世の中に少しでも広めたい、世の中のために少しでもいいことをしていきたいということが根底にあります」

文・編集:アサイアサミ(ココホレジャパン) 写真:福岡秀敏

 


地方の経済白書2
千葉県いすみ市 鳥塚亮さん

・・・

廃線の危機にあったローカル線が全国から人が訪れる観光列車に

懐かしい風景のなかをゆっくりと走りゆくローカル線。そんなローカル線が今、全国から少しずつ姿を消している。

しかし、房総半島を駆けるいすみ鉄道は、とある公募社長のユニークな取り組みの数々によって時代を見事に逆走してみせた。地域に愛され、たくさんの人が集うローカル線の再生には、地域経済のヒントが詰まっていた。

・鳥塚 亮/Akira Torizuka
1960年東京生まれ。元英国航空旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。乗り鉄、撮り鉄、呑み鉄などオールラウンドプレーヤーの「鉄楽家」。2018年6月に社長を退任以降は、NPO法人「おいしいローカル線を作る会」理事長として、新しい鉄道の使い方と地域の再生を全国に提案する。

・いすみ鉄道
1988年開業。千葉県の南房総にあるいすみ市・大多喜町を走る。大原駅から上総中野駅までは全長26.8km、全14駅、所要時間は50分ほど。

 

ずっと変わらない景色を守る

1億円の赤字からスタート

「この間ここでテレビドラマの撮影があったの。それから○○っていう映画でもこの沿線が使われてね」。

立ち話ながらも10分以上。
踏切待ちでたまたま居合わせた女性が、列車の通過後もうれしそうに話す。その口ぶりから、いすみ鉄道のあるこの地域を誇りに思っていることがひしひしと伝わってきた。

何十年も変わらない景色に映える、レトロな列車。JR東京駅から約2時間と、気軽に行けるローカル線のひとつとしていすみ鉄道の名前を知る人は多い。しかし、全国各地に残るローカル線は自家用車の普及以来、地域の足としての役割が限定的となり、風前の灯火だ。

V字回復したローカル線の成功例として今でこそ全国から注目を浴びるいすみ鉄道も、つい数年前までは毎年の赤字額が約1億円あり、地域の負債とみなされて廃線の危機にさらされていた。2009年の社長の公募に手を挙げて以来、この6月まで9年間勤め上げた復活の立役者、鳥塚亮さんは言う。

「そもそも田舎は全部赤字なんです。なぜなら自主財源率はどこの田舎もだいたいパーセント程度。あとは都会からの交付金で成り立っているんですから。赤字だから潰せというなら、田舎は全部潰さなければいけなくなってしまいますよ」

東京生まれ、SLブーム育ち。幼い頃から鉄道少年だった鳥塚さんにとって、時代とともに廃れゆくローカル線と田舎はけっして放っておけるものではなかった。

「田舎は基本的に都会に住む人の憧れなんです。使いかた次第でうまくいく。この地域には旅館や不動産を営む人もいるし、バスやタクシーの事業者さんもいるので、いすみ鉄道単体での黒字化は難しくても、いすみ鉄道が広告塔になることで地域全体をトータルで活性化させられると考えたんです」

存続の危機を脱出

鳥塚さんが最初に手掛けたのは、ムーミン列車。ヘッドマークや車体にムーミンと仲間たちをあしらったかわいらしい列車が、線路脇の黄色い菜の花を優しく揺らす-。童話の世界さながらの光景に、すぐにテレビなどに取材され、女性たちが観光目的で訪れるようになり、新たに開発したムーミングッズもよく売れた。

「これは世界観の提案なんです。この沿線はムーミンがみんなと仲よく暮らしているような美しいところなんですよってね。それに当時のムーミンはテレビ放送からしばらく経ち、なじみが薄れて今より起用しやすい状況でした」

翌年には運転士の公募をおこなったが、そのときの一文が再びメディアを騒がせる。それが「訓練費用700万円は自己負担」というもの。その頃のいすみ鉄道は定年を迎える運転士が多く、新たに運転士の補充が必要な状況だった。しかし経営再建中のいすみ鉄道が約2年間かかる訓練期間の人件費を負担するのは容易なことではない。そこで、応募する人自身にその費用を負担してもらおうとしたわけだ。賛否両論があったものの、ふたを開けてみると募集枠4人に対して20人以上の応募が届いたという。

「実は私自身も電車の運転士になりたかったんです。でも就職時期がちょうど国鉄民営化による人員削減中で募集がなかった。だから自分と同じような思いを抱えたままの人がきっといるはずだろうと思いました」

訓練費用の700万円は夢を叶える切符の値段だったのだ。

文:磯木淳寛 写真:寺島由里佳 編集:古瀬絵里

 


ターンズな人々にお金の使い道を訊こう!

イケダハヤトさん/プロブロガー、事業家
1986年横浜市生まれ。早稲田大学を卒業後、3年の会社勤めを経てフリーに。2014年、高知市に移住し翌年、高知県本山町に二段階移住。著書に『まだ東京で消耗してるの?環境を変えるだけで人生はうまくいく』など。
【東京→高知県高知市/2014年〜→高知県本山町/2015年〜】

イケハヤの、欲しいもの

ひとの手でつくられたと思えないほど積みあがる、広大な棚田の景色のなかに民家がポツポツ埋もれている。そんな高知県の本山町の限界集落で、プロブロガーのイケダハヤトさん(以下、イケハヤさん)は、5歳、3歳、0歳の子どもと妻と5人で暮らす。暮らし全般にかかる毎月の支出は保育料7万5千円を含めて約17万円。対する年収は2017年が1.5億円。

「それでもまだまだお金が足りません」イケハヤさん、いったいなんのお金が必要なのですか。邪な質問に返ってきた答えは、あなたのイケハヤ像を打ちくだくかもしれない。

「この地域が好きで、ずっと住み続けたいからです。そのためには、ここにはない図書館も温泉施設も科学館もつくりたいと思っています。山道なので大雨被害でよく道路が崩れるんです。そんなときはぼくがさっと直せるぐらいのお金を持っておきたいんです」

横浜市出身のイケハヤさんは中学時代からパソコンを使いこなし、大学を卒業して半導体の大手企業に入社。ところがその年に会社が多額の赤字に転落。ベンチャー企業に「拾われた」が、1年後にはフリーになった。SNSマーケディングのコンサル業をしながら、ブロガーとして注目を浴びはじめたのは東京在住の最後の1年。それでもまだ年収8百万円代だった。実は、実業家として売り上げを伸ばし、有名になったのは高知市内に移住してからだ。

「東京時代はいろんなひとからいろんな誘いを受けていて余計なことに気をとらわれていました。こっちに来て、ひとに会わなくなって純粋に何をすれば稼げるかが見えてきました」

もともと高知へは、仕事のためではなく、妻と共有する理想の子育て環境を求めてやってきた。全国各地を見て回り、南国気質のゆるやかさと直感で決めた。

限界集落へふたたび移住

ところが、高知市の暮らしは東京のそれとあまり変わらなかった。もっと山奥にいったら子育てにもいいし、何よりネタとしておもしろいと翌年、市内から車で再移住した。イケハヤさんのお金の価値観をガラリと変えたのは、今の集落の暮らしだ。

「生活コストがほとんどかかりません。都会だとお金がないと不安でしかないでしょ。お金がなくても生きていけるという精神的なベースがあるってすごいこと。お金を持ってなくても豊かに暮らしているひとがいっぱいいますよ」

日常のぜいたくは、ちょっぴり高めな若手農家の野菜を買ったり、和牛だったりマコモダケといった地元のちょっといい食材を使ったりするぐらい。そして、一番のお金の使い道は、冒頭通り、じぶんがほしいと思ったものをこのまちにつくっていくこと。

「この集落は人口が100人ぐらい。おそらく年間運営コストは、数億円で済むでしょう。ぼくは、このまちが自活できるぐらいの利益を出したいんです。中央政府からの“おこぼれ”はこれから必ず減っていきます。自分たちでなんとかなりますよっていう経済をつくりたいんです」

いまは、月3万5千円の町営の貸し農園付き住宅に住む。自宅から山道をもうすこし走らせた先に、移住してまもなく2500坪の土地を買い、イケハヤ邸の建築にとりかかっている。

「この集落は本当にいい場所で、普通、血縁がない他人に土地を簡単には売ってくれません。そんな土壌がこのエリアにはあります。そういうところが好きなんですよ」

“田舎”のお金はフリーダム

若者が周辺に移住してきたら、初期投資にパッとお金を出す。見返りは一切求めない。

「おもしろい若者がおもしろい場所をつくっていく、それを見ているのが楽しくて。都市って案外、お金の使い道がないんです。欲望を去勢しているような。こっちにきて衝撃を受けたのは、夫婦で地域の祭りをやっているかたがいたのです。東京にいると個人で祭りができるなんて発想が湧いてこないじゃないですか。こういう自由度が田舎にはあるんです」

既存のマーケットのなかで消費をするだけではなく、マーケットを作り出すお金を費やす。それが、稼ぐことに全力を注いできたイケハヤさんが導きだした、正しく楽しいお金のつかいかた。イケハヤさんの存在が、この集落の未来から「限界」という言葉を消すかもしれない。こんなワクワクするお金の使い道を、ほかには知らない。

文:ハタノエリ 写真:徳丸哲也 編集:ココホレジャパン

 

※各記事全文は、本誌(vol.33 2018年12月発売号)に掲載