雄大な山々から流れる河川が佐賀平野を潤し、北は玄界灘、南は有明海へとつながる佐賀県。
温暖な気候に恵まれたこの土地では、自然と人の温もりがいつも「暮らし」の真ん中に。
四季折々の恵みをもたらす田園風景、自然と笑顔になる人づきあい。
そんな佐賀のやさしさに惹かれ、地域おこし協力隊として新たな一歩を踏み出した人たちがいる。
TURNS佐賀地域おこし協力隊レポート、第2弾のテーマは「暮らし」。
家、人、まちなみから新しい暮らしが始まります。
1.専業主婦から空き家コーディネーターに。かつて誰かが暮らした家と向き合う
佐賀県の中央に位置し、北は天山、南は有明海に囲まれた小城市。
地域ごとに特色が異なるこのまちで、空き家コーディネーターとして奮闘する瀬尾美穂さん。
協力隊から始まったセカンドキャリアの道に迫る。

佐賀県小城市
瀬尾 美穂さん
協力隊経験者(2021年〜2023年)
NPO法人 空家・空地活用サポートSAGA
おぎそら 空き家コーディネーター

▲窓口に立つ瀬尾さんの明るい笑顔に、相談者もほっとひと安心
人の役に立つ仕事を!故郷で協力隊に挑戦
佐賀市で生まれ育った瀬尾さんは、就職を機に大阪へ。
結婚後は専業主婦として転勤族の夫を支えながら、慌ただしく過ごしていた。
やがて子育てがひと段落した頃、「高齢になった親の近くに」と考え始める。家族の後押しもあり、瀬尾さんはUターンを決意。
佐賀で仕事を探そうとした矢先、SNSで知ったのが小城市地域おこし協力隊の募集だった。
「当時は協力隊の存在や制度も知らなかったけど『空き家を通じてまちづくり』という言葉に惹かれて。佐賀で仕事をするなら、地域や人の役に立ちたいと考えていたので、協力隊はイメージにぴったりでした」
小城市は瀬尾さんにとって昔からなじみがあり、好きな地域で暮らせることにも魅力を感じたという。
こうして令和3年4月、小城市でセカンドキャリアの扉が開かれた。
活動の転機となった地域住民との出会い
地域おこし協力隊での主な活動は、空き家バンクや空き家の相談窓口業務。
「地元とはいえ数十年ぶりで土地勘がなく、仕事も何をすれば良いか分からない。まずは空き家を見に行こうと町中を歩き回りました。」
しかし、当時は協力隊の認知度が低く、空き家調査では住民に警戒されたことも。
「目の前に空き家があっても『この辺には無い』って(笑)。それでも毎日歩いて、話をするうちに、だんだん私の活動を応援してくれる方が増えてきました。佐賀の人は最初は距離を感じても、懐に入ると優しく受け入れてくれるんです。」
少しずつ地域住民との信頼を積み重ねていった瀬尾さん。
半年ほど経った頃、転機となる出会いが訪れる。
「親しくなった90歳のおばあちゃんから、ご実家が空き家だと伺ったんです。由緒あるお家で長年守られていましたが、怪我をされてお家の管理が行き届かなくなったそうです」
瀬尾さんが一緒に様子を見に行くと、天井は崩れ、動物が入り込んでいたという。
「私もおばあちゃんもすごくショックで。ご近所に迷惑をかけてはと、最終的には解体されました。」
空き家を放置する現実を目の当たりにしたことで、瀬尾さんにスイッチが入る。
「空き家問題にどう向き合うか改めて考え、一歩踏み出せない方の背中を押すことが自分の役割だと。進むべき方向が見えた時、協力隊としての活動が加速しました」
▲市民交流プラザ「ゆめぷらっと小城」が瀬尾さんの活動拠点
まちも人も明るく照らす「空き家は未来への宝」
空き家相談を受けるうちに気づいたのが、〝役所の窓口〟という敷居の高さだった。
そこで、瀬尾さんは市内各地で出張空き家相談を開催。
「桃太郎みたいにのぼりを抱えて行くと、世間話がてら座って、地元の話を教えてくれる方もいました」
協力隊の任期後は、NPO法人を通じて小城市空き家相談窓口『おぎそら』の空き家コーディネーターに。
地域住民に近い存在として、行政や不動産の専門家との架け橋となっている。
7軒に1軒が空き家といわれる小城市。
売却・賃貸・解体と重い決断が伴う中、瀬尾さんが大事にしているのが所有者の想いだ。
「自分の家族だったら」と一緒に考え、解決の糸口を探る。
「何から手をつければ…と悩む方がすごく多いので、私は空き家の片付けから書類提出まで、一歩ずつ伴走するような支援を心がけています」
これからの目標のひとつが、空き家を活かしたコミュニティづくりだ。
「空き家は負の遺産ではなく、未来につながる宝です。空き家を活かすことで、新しい住民が増えたり、交流の場ができたり。小城のまちが元気になる希望の光だと思います」
忙しくも充実した日々の中、瀬尾さんが「帰ってきて良かった」と感じるのは何気ない日常の景色。
空いっぱいに瞬く星、緑の田んぼ、元気に挨拶をする子どもたち。
小城のまちに灯る家々のあかりが、瀬尾さんの進む道を明るく照らしてくれる。
2.人とのつながりが「今」をつくる。佐賀だから見えた新しい暮らし
佐賀県地域おこし協力隊経験者の加藤さんと、今年の春に着任した現役協力隊の庄司さん。
ふたりに共通するのは、カフェという地域の交流の場をつくったこと。
そこに至るまでの歩みと、協力隊の可能性、そして佐賀暮らしの良さについて話を伺った。

佐賀県伊万里市
庄司 明美さん
現役隊員1年目(2025年〜)

佐賀県伊万里市
加藤 雄太さん
協力隊経験者(2018年〜2020年)
ごはんとおやつ Noppo オーナー
[聞き手]
門脇 恵
一般社団法人 佐賀県地域おこし協力隊ネットワーク代表
総務省地域おこし協力隊
サポートデスク専門相談員
「人の役に立ちたい」 協力隊になった原点
渋谷のカフェで5年ほど店長を務めましたが、結婚を機に妻の実家がある佐賀へ移住を決めました。
ちょうど伊万里市が協力隊を募集していて、人の役に立つ仕事ができるのではと思い、挑戦しました。
やりがいはあったけど忙しさに疲弊してしまって。何か新しいことを始めたいと考えていた時に、母が地域おこし協力隊のことを教えてくれたんです。調べてみると『コミュニティ焙煎士』という言葉が目に留まって、面白そう!と直感で。
『初心者でも大丈夫』『地域に人の集まる場をつくる』と、募集内容を読めば読むほど惹かれました。佐賀と知ったのはその後です(笑)。
加藤さんは妻の地元に根を下ろすこと、庄司さんは新天地での挑戦。
それぞれ異なる背景だが、ふたりとも「人の役に立ちたい」という思いが協力隊としての原点となっている。
▲佐賀の暮らしは日々発見。カフェを通して幅広い世代と交流が広がる
協力隊の仕事は 地域の種火を見つけること
地元で昔から作っている塩の販路拡大や、イベントを通して町に人を呼ぶことを主なミッションとして活動をしていました。
前職の飲食業界では同世代の方が多かったので、波多津に来て初めて様々な世代の方と交流したり、初めての方言にも触れ、とても新鮮な気持ちでした。
当時はまだ協力隊の存在もあまり知られておらず、まずは地域の方に自分の存在を知ってもらうように頑張りました。
最初の半年は公民館での場所づくりやコーヒー屋さんで研修をしたり。
町の人に顔を覚えて貰えるように行事にも参加しています。

地域の人の輪を広げるカフェという居場所の力
加藤さんは協力隊を退任後、伊万里市で古民家カフェ『Noppo』を開業。
波多津町のブランド塩(波浦の塩)を使った料理やお菓子を提供するなど協力隊時代の縁も今につながっている。
伊万里には食堂やスナックはあっても、昼間に女性同士で集まれる場所が少なかった。
そこで前職の飲食経験を活かし、空き家を改修して妻とカフェを始めました。
今では子育て世代から、80代、90代の方まで足を運んでくださいます。
私の活動拠点の武内町は、もともとコンビニも無くて、地域の人が気軽に集まれる場所が少なかったんです。
だからこそ、コーヒーを飲みながら気軽に話に来てもらえる場所をつくりたかった。
まだ始めて間もないですが、町内外からも立ち寄ってくれる人が増え、地域の良さを知ってもらうきっかけになっているのかなと思います。
地域に足りないものを考え、形にするからこそ、世代を超えて人を引き寄せるんだと感じました。

▲古民 家カフェ「ごはんとおやつ Noppo」
自然と人の近さが人生をもっと豊かに
加藤さんは地域の方とコミュニケーションを取られる時、どんなことを意識されましたか?
でも地域の皆さんがとても優しく話しかけてくれ、毎日のように顔を合わせるうちに自然と溶け込むことができました。
今のお店のお客様にも波多津からいらっしゃって下さる方も多いです。
正直に「分かりません」と言うと、地域の人は優しく教えてくれるし、またそれが会話にもつながっています。
仕事で疲れたら、海や山にすぐ行ける。
自然の近さが、日常を支えてくれるんだと思います。
「何か協力できることがあったら」と声をかけてくれる人が多くて、想像以上に安心して暮らせています。
お二人のお話からは、地域おこし協力隊という制度が、地域のために力を尽くす活動であると同時に、協力隊自身の人生をも豊かにしてくれるものであることが伝わってくる。移住や協力隊への参加を考えている方には、地域と人とのつながりを何よりも大切にしている佐賀県に、ぜひ目を向けてほしい。
お二人のプロフィール
佐賀県伊万里市 庄司 明美さん
現役隊員1年目(2025年〜)
千葉県出身。前職は理学療法士として東京や神奈川で勤務。TOKYO FM「スカイロケット カンパニー」で移住について知り、家族から地域おこし協力隊の活動を勧められ、新たな可能性を求めてチャレンジ。2025 年春、佐賀県武雄市に着任。同年9月、武内公民館内にコミュニティカフェ「タケノネ」を立ち上げ、地域住民のやってみたいこと、困りごとなどの声を集めて形にする「コミュニティ焙煎士」に。オリジナルブレンドコーヒーを提供しながら、地域の交流拠点づくりに取り組んでいる。
佐賀県伊万里市 加藤 雄太さん
協力隊経験者(2018年〜2020年)
ごはんとおやつ Noppo オーナー
埼玉県出身。大学卒業後、東京でカフェの店長を務め、飲食業の経験を積む。結婚を機に、妻の故郷・佐賀県伊万里市へ移住。地域おこし協力隊として着任し、波多津町で暮らしながら特産の塩づくりや地域イベントの運営に携わる。退任後は伊万里市民 図書館近くに、大人がのんびり過ごせる古民家カフェ「ごはんとおやつ Noppo」をオープン。開業準備段階からSNSを通じて話題を集め、子ども連れからシニアまで幅広い世代が足を運ぶ人気店となっている。
3.暮らしの魅力をまちあるきで発信。仲間と力を合わせて地域の〝つなぎ手〟に

▲茶畑など四季折々の自然豊かな風景も久野さんの移住の決め手
日本三大美肌の湯といわれる嬉野温泉、お茶や焼き物でも知られる佐賀県嬉野市。佐賀出身の夫とこのまちに移住して5年、地域おこし協力隊を経てフリーランスとなった久野さんが定住を選んだ理由とは。

佐賀県嬉野市
久野 裕子さん
協力隊経験者(2021年〜2023年)
嬉野市 移住アドバイザー・コーディネーター
佐賀県移住起業サポートネットワーク コーディネーター
一般社団法人 佐賀県地域おこし協力隊ネットワーク 地域おこしコーディネーター
ネットラジオで実現した 〝移住者の見える化〟
「嬉野に住んでから、今まで混じり合うことがなかった世代や、色んな価値観の人と出会えました。毎日がすごく面白いです」と笑う久野さん。
大阪出身で、東京都内で保育士として働いていた時はコロナ禍の真っ只中。
人との触れ合いも減り「ずっとこの場所で暮らしていくのか?」という疑念が湧き、結婚を機に夫のふるさとの佐賀へ。
仕事を探そうと見つけたのが、嬉野市地域おこし協力隊の募集だった。
久野さんの目を引いたのは、活動のミッション。
インターネットラジオによる情報発信を通して、移住や空き家活用を促進する取り組みだ。
「でも嬉野市のことはほとんど知らなくて(笑)。協力隊の面接で来た時に初めてまちを見て回りました」
着任当初は地域のことや伝えたい情報も分からず手探り状態。
ふと気づいたのが〝自分も移住者〟という視点だった。
「私が移住で悩んだことを紹介して一歩踏み出すきっかけにしてほしいという思いを込めて、『あなたの背中を押すラジオ』とタイトルを付けました」
番組では空き家を活用する移住者や地域住民のリアルな声を発信。
取材内容をインスタグラムに投稿すると、嬉野の人々にも〝移住者の見える化〟が進んだ。
やがて市内外から相談が集まり、移住イベントでラジオのリスナーから声を掛けられることも。
「地域に受け入れられるかどうかって、移住者にとって不安ですよね。ラジオで私が嬉野をウエルカムなまちだと伝えたことが、安心感につながっているのかなと思います」
▲不便さも誠実に見せる暮らし観光まちあるき
久野さんにとって心強い味方となったのが、嬉野のUターン世代だ。
「10年ほど前、旅館業やお茶農家さんなど家業を継ぐために戻ってきた人が多いんです。バブル崩壊で衰退したまちを盛り上げるために必死に頑張ってきた世代で、新しいことに次々と挑戦されていました。そんな先輩が応援してくれたのも有り難かったです」
こうした姿を見て、久野さんに「ここで生きていく」という確信が生まれたという。
地域活性化に向けて様々な試みが行われる中、老舗旅館の社長が求人の一環として発案したのが『まちあるき』だ。
旅館の従業員は嬉野に住むことになる。
そこで、観光地だけではなく、地域の商店や住民を案内してリアルな生活を実感できるまちあるきを実施。
求職者と共に参加した久野さんは「これだ!」とひらめいた。
「嬉野は暮らしの中に魅力が詰まっています。移住のミスマッチを防ぐためにも、不便さも含めてありのままを体験できる『暮らし観光まちあるき』をしたいと考えました」
Uターン世代の協力を得て始まったこの企画は、暮らし半分・観光半分で嬉野ライフを紹介。
移住希望者はもちろん移住して間もない人も加わり、地元に賑わいをもたらした。
「まちあるきをきっかけに移住者が増えています。地域のことを誠実に紹介する姿勢が信頼されたようです」
▲嬉野商店街にあるブティック「 SELECT FASHIONAsahiya」の赤澤さんは久野さんのお姉さん的存在。Asahiya店先では赤澤さんの娘さんが描いた絵から商品化された市の非公認ゆるキャラ「お茶っティー」グッズも販売。一緒に子ども向けイベントを開催してきました
嬉野暮らしの楽しさを次に伝えるつなぎ手に
「自分が嬉しかったことを次の人へ返していきたい」と久野さん。
現在は、協力隊時代の活動をベースに県や市の移住コーディネーターとして活躍。
まちあるきも事業委託され、地域のつなぎ手になっている。
また、「子どもに良いまちは大人にも良いまち」という想いから、子ども向けのまちあるきや体験イベントにも挑戦中だ。
嬉野に定住を決めた久野さん夫婦は、茶畑に囲まれた空き家を購入、地域に根を張る実感も生まれた。
『楽しさ』を軸に広がる久野さんの毎日。茶摘みや温泉など四季ごとに動くまちは、楽しさに満ちている。
「不景気やコロナ禍、嬉野の人たちは何があっても止まらず動いています。そんな背中を見ていると、嬉野の皆さんと楽しく暮らし続けるために、私も頑張ろうと思います」
文・山田美穂 写真・内藤雅美
My Favorite SAGA
佐賀県地域おこし協力隊の〝ここが好き〟を紹介します。
Message from SCN
佐賀県地域おこし協力隊ネットワーク
3年かけて理想の仕事を見つけませんか?

門脇 恵
一般社団法人 佐賀県地域おこし協力隊ネットワーク代表
総務省地域おこし協力隊
サポートデスク専門相談員
平成26年に佐賀市富士町地域おこし協力隊としてIターン。
現在は佐賀県を中心に全国の地域おこし協力隊制度の中間支援をしている。山暮らしをしながら人と人、人と地域を結ぶことを楽しんでいる。
「3年経った後、仕事はどうすればいいんですか?」と、よく聞かれます。
その答えが今回の特集にはたくさん含まれていたのではないでしょうか。
卒隊後に定住した方の動向を数字で見ると、毎年おおよそ4割が起業、4割が就職と半々程度です。
でも、実は1番多い3年後の出口は…副業兼業スタイルのマルチワーカーなのではないかと思っています。
私も実際にそうでした。
一口に起業といっても週末だけパン屋を営んだり、雇用されつつ隙間時間でイラストレーターをしていたり、いろいろな形の起業があります。
もちろん、伊万里の加藤さんのように東京での経験を活かして、地域のことを知ったうえで起業1本だけで独立される方法もあります。
一方で、生活に慣れたり、地域協力活動をしながら、たった3年間で知見や経験もなく、起業だけでご飯を食べていくのはなかなか難しいものです。
そう言うとがっかりするかもしれませんが、逆に言うと、何の知見や経験がなくても3年間の過ごし方次第で自分にしかできないオンリーワンの仕事を生み出すことや、起業1本ではなくても、マルチワークをすることができるかもしれないと思ったら、希望がありませんか?
小城の瀬尾さんや嬉野の久野さんの今のお仕事はおふたりが3年間の活動の中で成果を出したからこそ生まれた仕事です。
最初は小さな1歩かもしれませんが、その小さな1歩が理想の暮らしと仕事への近道です。
そして、地域おこし協力隊というと起業と思われがちですが、就職している方もたくさんいます。
協力隊になったからには起業しなければ!と自分を追い込む必要はありません。
地方には隠れ求人がたくさんあります。
3年間のあなたの働きぶりを見た地域の人が「うちで働かない?」と声をかけてくれたというのはよくある話です。
協力隊という3年間で地域の人とどれだけ出会い、絆を深めることができたのかによって卒業後の道は無限大です。
あなたらしい3年間とその先の未来を見つけてくださいね!
Information
東京で佐賀県地域おこし協力隊イベント開催!
佐賀県の地域おこし協力隊をより身近に感じていただけるイベントを、東京・清澄白河のリトルトーキョーで2月18日(木)に開催しました。詳細は、ウェブサイト「日本仕事百貨」でチェックしてみてください。
「リントラ!」
地域おこし協力隊経験者のリアルな声をお届け
佐賀県で任期を終えた地域おこし協力隊経験者のリアルな声をお届けするインタビュー番組『佐賀県地域おこし協力隊ラジオ「リントラ!」』の配信を始めました。
生い立ちや地域おこし協力隊時代の話、協力隊任期終了後から今、そして未来の話などをお届けしています。
佐賀県地域おこし協力隊ホームページ
佐賀県の地域おこし協力隊の活動状況やOBOGのこと、現在佐賀県で募集中の地域おこし協力隊について確認することができるホームページです。ぜひ、ご覧ください。
