複数回の講座を通じて一つの地域を学ぶ「TURNSのがっこう」では、千葉県館山市と東日本旅客鉄道株式会社千葉支社の主催による「館山科」を開講。2024年2月から3月にかけて全3回にわたり、館山市や南房総エリアを舞台にオンラインと現地フィールドワークによるハイブリッドなプログラムで「地域との新しい関わり方」を学ぶ講座を行いました。ここでは「ワーケーションで地域と関わる」をテーマに、3月8日に開催した第2回講座の様子をレポートします。
市をあげてワーケーションの推進に取り組む館山市
館山市と南房総エリアの魅力と現状、地域が抱える課題について、参加者と地域事業者がともに学ぶ「TURNSのがっこう-館山科-」。「複業・兼業で地域と関わる」をテーマに行った第1回講座に引き続き、第2回講座では、館山市内の「ホテルファミリーオ館山」に3名のゲストを招いた講義とトークセッションを展開しました。
ワーケーションに関心のある人、ワーケーションを取り入れたい自治体関係者など70名以上の参加者を集めた本講座では、TURNSプロデューサーの堀口正裕がファシリテーターを担当。はじめに館山市経済観光部雇用商工課の並木敏行さんが、館山市の概略およびワーケーションの受け入れに積極的な同市のポイントを紹介した後、長野県千曲市で数々の広域ワーケーションイベントをプロデュースしている株式会社ふろしきや代表取締役の田村英彦さんを講師に招いた「ワーケーションをみんなごと化したら可能性だらけだった」と題した講義を行いました。
館山市経済観光部雇用商工課 並木敏行さんによる説明
ワーケーションでリピーター続出の自治体、その理由は?
千曲市は長野県北部にある人口約5万8千人の自治体です。長野市、松本市、軽井沢市の中間地点に位置し、観光資源が豊かな同県においては、「観光のまち」と言えないながらも、田村さんたちの取り組みの効果もあって、近年はワーケーションを通じて地域とつながる関係人口が増えています。
「ワーケーションに可能性があることはわかっているけれど、どう始めたらいいのだろう?旗を挙げてみたものの、どう進めたらいいのだろう?と悩んでいる地域も少なくありません。私の体験談がみなさんの一助となれば嬉しいです」
参加者に向けてそう挨拶した田村さんは、1982年生まれの京都府出身。東京大学大学院を卒業後、働き方やオフィス環境をマネジメントする会社で数々の企業の課題解決に取り組んだ後、独立して現在の会社を立ち上げました。その後、妻の地元である長野県の環境に心を掴まれ、今から7年前に千曲市への移住を決意。いろいろなヒトやコトを“ふろしき”で包む「まとめ役」を名乗り、ワーケーションやMaaS(次世代モビリティサービス)など「コレクティブ・インパクト(社会を変える集団的インパクト)」を生み出すまちづくりやソーシャルビジネス領域の事業に取り組んでいます。
株式会社ふろしきや 田村英彦さん
千曲市との官民連携で2019年から活動する団体「ワーケーションまちづくり・ラボ」において、エッジが光る数々の企画を行ってきた田村さん。その間、令和元年に起きた東日本台風や新型コロナウイルスの流行という逆風が吹く状況もありましたが、設立から約4年の間に18回のワーケーションイベントを開催し、累計600名以上の参加者を集めてきました。さらに、昨年から新たにワーケーションをもう一歩進化させる意味を込めて「レボ系ワーケーション」を提唱。開放的に対話や交流ができる場を積極的に提供することで、インパクトのあるプロジェクトや事業が自然発生的に生まれるワーケーションを標榜しています。
何より千曲市のワーケーションは一度訪れて終わりではなく、リピーター率70%以上を誇る「また来たくなる魅力」がすごいところ。田村さんは、その秘訣のひとつに「非日常環境を味わい、視野が広がり人と話したくなるコンテンツ作り」を挙げ、千曲市の実例として「棚田ワーク」や「寺ワーク」、長野県で盛んなゼロカーボンの取り組みを絡めて水素自動車から電気をとって屋外作業をするエコ企画、遊休資産になっていた芸妓さんの稽古場を活用したコワーキングスペースの開設など、使われていないものを使うことで独自性を生みだす事例を紹介。さらに、直近の例として、今年1月信州ワインに周辺8市町村と連携し、地元を走る観光列車「ろくもん」を3日間貸し切って行った「トレインワーケーションツアー」を挙げ、その開催の経緯と成果を次のように語りました。
「いろいろな企画をやっていく中で、地元を走るしなの鉄道の方との出会いがあって、『平日だったら観光列車余っていますよ』というお話をいただいたんです。実際に『ろくもん』を見学させてもらうと個室があったりして。そこは、本来は信州ワインなど美味しいお酒と料理を楽しむ空間なのですが、リモート会議にもぴったりなスペースだと感じました。『見方を変えるとそんな使い方もあるんだ』と、鉄道会社の方も面白がってくださいました。そこから、普通列車を貸し切って地域散策を絡めたワーケーションを実験的にやってみたり、まち主体でデジタルフリーパスを企画したり。私自身はもともと鉄道ファンではありませんでしたが、鉄道会社や参加者の方々にどんどん“鉄分”を注入されて、これまでになかった発想が膨らんでいます」
長野県で寅さん!? ワーケーションから生まれた新ビジネス
また、千曲市ではレボ系ワーケーションに通じるような動きも既に生まれているそうで、その先行事例として紹介されたのが、2022年に戸倉上山田温泉に開業したゲストハウス「昭和の寅や」です。こちらは映画『男はつらいよ』ファンの主人が、同作のような人情味あふれる空気感を目指して開いた宿。主人はずっと、こうした宿を開きたいという夢を持ってきましたが、身の回りの反対もあってそれを叶えられず。しかし、ワーケーションイベントに参加し、勇気を出して自らの思いを語る中で次第に協力者と支援者を獲得し、一人の力では難しかった夢の実現に辿り着いたといいます。
館山の事業者にとっては実践的なヒントにつながる体験談を、また参加者にとってはワーケーションの見方が変わるお話を聞かせてくださった田村さん。ここで堀口から、「千曲市の地方創生型ワーケーションは、地域の方との『セレンディピティ(偶然から生まれる幸福)』を大切にしているそうですが、その裏では、設計側で適切だと思う人同士の出会いを“狙っている”部分もあるのでは?」という深掘りな質問が。田村さんは、「そうであればカッコいいのですが、結果的に偶然でつながっていることが多いです」と微笑みを交えながら回答。
「ワーケーションに来た人たちと地元の人をつなげようと意図してもうまくいかないことが多いです。私たちの場合は、地元ゲストハウスのご主人が地域の面白い人たちを集めて我々のイベントに参加してくださったり、車社会で何年も電車に乗っていないという方々がトレインイベントを面白がって参加してくださるなど、ワーケーションで来た方たちが地域に相談できる“入り口”を増やしていったことが大きかったですね。地元の楽しいことを知る方々の参加率を上げて、『この人が面白いと言うものを信じてみろ』とぶつけてみる方が、良い関係が生まれるような気がします」
まさにワーケーションを「みんなごと」にしていく過程を語ってくださった田村さんからは、そのほかにも同社が取り組む数々のイベントや、ワーケーション参加者から生まれたMaaSの事例の紹介が。参加者にとってはワーケーションの見方が変わり、ワーケーションを拡げたい事業関係者にとっては実践的なヒントを獲得する機会になりました。
TURNSプロデューサーの堀口正裕と田村さん
ワーケーション環境が充実しつつある館山市の現状
後半は、館山・南房総エリアで活躍する2人の移住者、合同会社AWATHIRD代表の永森昌志さんと貸別荘藤ゼムを運営する小林永美子さんを迎え、4名によるトークセッションに移行。
東京都生まれの永森昌志さんは、2007年頃から東京と南房総エリアの二拠点生活を始め、2013年に移住。南房総市の三芳地区に築約300年の古民家を中心とした約3000坪のシェア里山「ヤマナハウス」を創設し、衣食住のDIYや数々のイベントを通じて里山リノベーションに取り組んでいます。館山ジビエに触れる企画「ヤマナアカデミー」では企業合宿やワーケーションの受け入れも行っています。また、南房総市富浦地区で空き家活用事業「ハラオカハウス」を展開し、貸別荘や海の家の運営も手がけています。
合同会社AWATHIRD 永森昌志さん
群馬県生まれの小林永美子さんは、埼玉県越谷市で約20年を過ごした後、4年前に館山市に移住。埼玉で美容師として働いていたころに重度の手荒れに悩まされ、将来への不安を感じていたときにあるシンポジウムを聴講したことでリノベーションに興味を持ち、転職を決意しました。そして館山市に移住後、市内西端の西川名地区にある古民家をDIYでリノベーションして一棟貸しの宿を開業。今年から館山市のワーケーション推進施設に参加しています。なお、「藤ゼム」という一風変わった宿名は、地域内で古くから使われていたこの家の屋号「藤左衛門」にちなんでいます。
藤ゼム 小林永美子さん
それぞれの自己紹介と移住の経緯が語られた後、堀口からお二人に館山のワーケーション受け入れの現状を尋ねる質問が。それに対して永森さんから次のような回答がありました。
「何年か前に市内でリノベーションスクールが始まって、その流れの中で駅前の空きビルを活用した『sPARK tateyama(スパーク タテヤマ)』という拠点が1年半前にできました。ここはいろいろなお店が入った複合施設で、コワーキングスペースがあるほか、毎月マルシェをやっていたり、スケートボードが楽しめるところがあったりと、新しい人や若者が地域と親しみやすい場所になっています。また、お酒の席で地元の人と仲良くなるのはよくある話ですが、館山にも駅の近くに大きなスナック街があります。そうした場所を訪れることで、館山をもっと面白い土地だと感じてもらえると思います」
その意見に共感していた田村さんから、「ワーケーションに訪れる側と地域で迎える側に壁があると交流は限定されてしまうので、スナックなどを絡めて『一緒になって楽しむ』という場を作って、お互いに安心して付き合える関係作りをしていくことは大切だと思います」という意見も。さらに、「イベントなどでも本題以外の話をしてみると、地域の方と参加者の間に意外な共通項が見つかって一気に距離が縮まることがあります。そういう目的を意図しない場を作っていくことも必要ですよね」と発言すると、周りの3人も納得の表情。
続いて、堀口が「どんな人に館山と関わって欲しいと思いますか?」と尋ねると、永森さん、小林さんから次のような答えが。
「二拠点生活やワーケーションで新しいことを試したいと思っている人に来てほしいですね。sPARK tateyamaや私が運営しているヤマナハウスのように、先輩移住者や起業者と交流できる場はあるので、そこで何かが掴めると思います。一方で、ワーケーションでいらっしゃる方の専門性を地元側に注入してくださる田村さんのような存在はまだ足りないので、そういうつなぎ役になってくれる方が来てくださったら嬉しいですね」(永森さん)
「陸続きの離島のような環境で、農業をしたり、海遊びを楽しんだり、子育てをするにも素敵な環境で、いろいろな働き方、暮らし方が選べるまちなので、自分に合った生活を見つけたい方に適していると思います」(小林さん)
1時間の予定があっという間に過ぎていったトークセッションの中には、ワーケーションだけでなく、館山の暮らしやすさや新たな取り組みに関する話題も。おそらく参加者の中には「館山に訪れてみたい」という強い興味・関心が生まれ、第3回講座の現地フィールドワークにつながる余韻を残したまま、2時間の講座が終了しました。
3月16日に行われる第3回講座では、ついに館山市で「自分らしい働き方を見つける」をテーマにした現地フィールドワークを開催。現地の方々に伺った館山の魅力を胸に、期待が募るばかりです。
▼第2回講座の動画を視聴する
・第1回講座「複業・兼業で地域と関わる」開催レポート
・第3回講座 “関東の南国リゾート”で 「自分らしい働き方を見つける」現地フィールドワークレポート
文:鈴木 翔
本企画に関するお問い合わせはこちらから!
館山市ワーケーション推進サイト
https://tateyama-workation.jp/
地方創生型ワークプレイス
「JRE Local Hub 館山」公式サイト
https://www.jreast.co.jp/chiba/familio-tateyama/jrelocalhub/