東京から2時間、清流と共に暮らすまち

岐阜県は、全国で第2位の森林率を誇り、長良川を代表とした清流を有する。まさに山や川などの自然に恵まれてきた土地である。
その中でも長良川は、中上流域だけでも24万人近くの人口を抱えている。一級河川としてこれだけ多くの人々が身近に暮らしていながら清流と呼ばれている地域は、全国的に見ても珍しく、ここでは昔から受け継がれてきた伝統文化が根付き、今もなお守り続けられている。

そんな長良川流域に位置する”関市・美濃市・郡上市”の3市が、『長良川と暮らす』をテーマに連携し始めていると聞いて、新たな活動の始まりを取材するため現地へ向かった。ただ、それぞれ文化的にも違うまちが長良川という共通点だけで繋がるのは難しいのかもしれないと内心思っていた。

しかし、取材した美濃市の『美濃和紙』・関市の『小瀬鵜飼』・郡上市の『郡上割り箸』は、その活動自体は直接的に関わっていなくとも、それぞれの暮らしは確かに長良川を通じて繋がっていて、お互いが見えない部分で影響し合っていることに気づかされたのだっだ。


暮らしに寄り添いながら、流れ続けてきた清流・長良川

正直なところ、取材に行くまで岐阜県全体のイメージすらほとんどなかった。

小さい頃に飛騨高山や白川郷、下呂温泉に行ったことはあったが、そこが岐阜県だったという認識もなく、まだまだ知らない場所が多いと思いながら岐阜へ向かった。

東京から名古屋を経由して新幹線から乗り継いでいくと、2時間ほどで岐阜駅に到着した。なんとなく岐阜は遠いというイメージがあったので、この近さも自分にとっては驚きだった。

 

取材先へ向かう途中、車から見えた”長良川”は、都会で暮らす私にとっては青く透き通ってみえ、清流と呼ばれるに相応しいその風景を目の当たりにした。しかし、取材先を巡っていく中で、美しい豊かな清流は、それ以上に、この地域と密接に関わっていて、暮らす人々や文化と繋がっているのだということを思い知ったのだ。

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まず美濃市では、伝統工芸として知られる”美濃和紙”の若き担い手に話を伺った。

「ここは、本当に水に恵まれているんですよ。紙漉きって、作業の工程として大量の水を使うんですが、そんな家が昔は1000軒もあったって言われていて。当時は公務員とか道具を作る人以外、住民の9割が紙漉きをやっていたそうなので、そりゃすごい水の量が必要ですよね」(千田さん)

この地域に住む60代以上の方は、ほとんどの人が紙漉きに関わったことがあるそうだ。多くの住民が紙漉きという地域の伝統に携わったことがあるからこそ、この地域では長良川の存在を身近に感じる人も多いのだろう。

もちろん伝統工芸を受け継いでいく上での苦労もあるようだが、お話を伺った千田崇統さんと寺田幸代さんは、ここでの暮らしや仕事をとても前向きに楽しんでいるようだった。

 

次に伺ったのが、関市で1000年以上受け継がれてきた”小瀬鵜飼”の伝統を継ぐ足立陽一郎さん。鵜飼は、鵜を使って長良川の鮎をとる漁だが、今は観光として誰でも見ることができる。

「最近は外国から来る方も増えてます。あと、このあいだ嬉しいことがあってね。大学生とか成人したばかりの若い人が、鵜を見せて欲しいってわざわざ連絡してきて、見学に来たんですよ。僕にとってもそういう話は刺激になるし、すごいありがたいことですよね」(足立さん)

長い歴史の中で川の環境も変化する。鮎がたくさん取れる時があればそうでない時もあるという。それでも観光客が増えて、鵜飼を理解してくれる人が増えてくれれば、地元の人も刺激を受けるし、そうなってくれたらすごい嬉しいですと足立さんは話してくれた。

 

そして最後に、郡上市で山の資源を活用しながら、様々な木工品を販売する会社”郡上割り箸”のオフィスを訪ねた。一般の人が誰でも身近に使う木材である割り箸を作ることで、郡上の森を守りながら、さらには地域全体を盛り上げようとしている。

「僕らは割り箸を通じて資源や資金の地域内循環を一つの事例としてやりたいし、それが他の会社でもやっていければいいと思ってるんです」
郡上割り箸を立ち上げた小森胤木さんは話す。

私たちの身近にある割り箸だからこそ、そこに関わる人が増えて環境だけでなく、一般の人々の意識も変わっていくのではないかと郡上割り箸の可能性を感じた。

郡上の山の環境を守りたいということで生まれた郡上割り箸だが、山の環境を守ることは川の環境を守ることにもつながっていく。


山から川へ。そして人と人、まちとまちが繋がる。

長良川流域では、この循環するサイクルがあったからこそ、様々な伝統文化や豊かな営みが生まれてきた。それは、人工的な町や観光地と違って、自然と人の絶妙なバランスが保たれたこの地域の魅力であって、だからこそ今に続いてきているんだということを取材を通して感じた。

関市:足立さん

そして未来にも、この長良川流域の環境を残していくためには、これからも人と自然が共生してお互いに支え合っていく必要があるのだと思う。

現に、長良川周辺では新しい人々が入り始め、自然環境や伝統文化を活用しながら、人を巻き込み、次の世代へ繋げていく活動も生まれ始めているようだ。

美濃市:寺田さん、千田さん

美濃市で取材した千田さんや寺田さんは、美濃和紙だけでなく地域全体も盛り上げていきたいという思いで『和っ紙ょいマルシェ』というイベントも開催しており、そこでは美濃市周辺で活動する多彩なジャンルの人に出会うことができる。

関市は小瀬鵜飼や刃物など職人のまちとしても誇れるが、山側に位置する板取地区では少しずつ移住者が増え始めており、取材では訪れなかったが、古民家をDIYして自宅兼サロンを営む神原明子さんは、ヨガ教室や野草を使ったワークショップなどを行いながら、多くの人を地域に呼び込んでいる。

郡上市でも、郡上割り箸の他に、地域に人を呼び込む動きがある。TURNS22号でも紹介させていただいた木村聖子さんは、町屋を改装した小さな宿で、都会と田舎の距離をもっと近くして行き来しやすい環境を作ろうとゲストハウス『まちやど』を営み、都会と田舎をつなぐ拠点を作っている。

郡上市:野村さん、小森さん

また、各市に限らず、長良川流域の魅力を体験プログラムとして提供している『長良川おんぱく』や、森や林業に関する幅広い知識を学ぶことのできる『森林文化アカデミー』など、様々な関わる場所が用意されており、様々な人々が関わりながらこの地の活動が広がってきている。

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取材後、改めて”関市・美濃市・郡上市”を見たときに、文化的には異なるようにみえた3市が長良川を通じて繋がっていたように、川や平野、山脈などの自然を軸として見ることで、また違った新しい発見が生まれたり、今までにない視点で地域を知ることができるのだと分かった。

これは、いわゆる観光マップやインターネットの情報だけでは見えてこない、実際に現地を巡ることで体感できる地域の良さなのだと思う。

また、取材中にもよく話題に上がった”現地にしかない縁やタイミング”、その地域が肌に合う・合わないといった”土地の空気感のようなもの”は、人伝ではなく自分自身がその場にいって、初めて得られる情報なのだろう。だからこそ、何よりも現地に行くことが、まず大切なのかもしれない。

 

今回の”関市・美濃市・郡上市”が取り組んでいる『長良川と暮らす』プロジェクトは、まさにそんな現地にしかない情報を繋ぎやすくする鍵になるのかもしれないと感じた。もし、この記事を読んで、長良川や岐阜の森に興味を持ったなら、ぜひ3市すべてを巡ってきて欲しい。きっと、ここに書いてある以上に、長良川と暮らす魅力を体感できると思う。

(文:須井直子 写真:矢野航)

 

▽上記で紹介した長良川周辺の活動について

長良川おんぱく
『長良川おんぱく』は、NPO法人ORGANが主催する長良川流域の魅力を体験するプログラム。約2ヶ月間に渡って、長良川流域の各地で行われ、記事でも紹介した『美濃和紙』の紙漉きを実際に体験する事ができるツアーや、長良川で自分たちで鮎をとって食べることもできたりと長良川流域の魅力を体験する事ができるイベント。期間中には、なんと100以上の体験プログラムが実施される。また、そこでナビゲートしてくださる方々も、地元のふつうの人々。長良川流域の魅力を余す事なく体験する事ができるイベントだ。
『長良川おんぱく2016』http://nagaragawa.onpaku.asia/

森林文化アカデミー
美濃市に位置する、森林や木材に関する人材を育成する専門学校。『森林と人との共生』を基本理念に、2001年に開校した全国で初めての森林教育・活動機関。林業と木材産業の現場の即戦力を育成する『森と木のエンジニア科』と林業専攻・森林環境教育専攻・木造建築専攻・木工専攻の4つの専攻からなる『森と木のクリエーター科』の2つの科に別れている。また、学生として所属していない一般の人に向けて“森と木のオープンカレッジ”も行なっている。ただ知識を学ぶだけではなく、伝統技術の継承などにも一役買っており、紹介した鵜匠が使う『鵜籠』の技術を後世に継承したりと地域の伝統を守る活動も行なっている。
『森林文化アカデミー』http://www.forest.ac.jp/

 

▽「連載・長良川でつながる人々。」の各市の取材記事はコチラ

【美濃市】美濃和紙を受け継ぎ、伝統を仕事にする
【関市】川と共に歩んできた、小瀬鵜飼の継承者
【郡上市】郡上割り箸でつながる長良川流域

 

▽美濃市・関市・郡上市の詳細についてはコチラ

「長良川と暮らす」プロジェクト

                   

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