地域ぐるみで人材課題に立ち向かう、
『地域の人事部』を担う地域プレイヤーたち

新潟県長岡市・長野県塩尻市

現役世代の人口減少と域外流出に伴う地方の過疎化。これらが引き起こす問題の一つに、「深刻な人材不足」が挙げられる。

働き手が足りない地域企業の人事業務が滞ることで採用活動・人材育成が進まず、さらなる人手不足に陥るという負のスパイラルが起こるのが人材課題の本質だ。そしてこの課題は企業だけの力で解決できる問題ではない。地域社会全体の課題として、企業・自治体・商工会・教育機関などが領域を超えた連携を図り、地域の人的資本戦略に取り組んでいかければならない。

その重要なキーとなるのが、2022年度からスタートした「地域の人事部」の取り組みだ。

 

地域企業単体では取り組み難い人材領域


新潟県長岡市の商店街。人口減少と人手不足の波は小さな商店にも押し寄せている

地域に魅力的な企業がいくつあったとしても、「人への投資」がなされない地域に待っているのは、人が集まらない、定着しない、選ばれないという未来だ。しかし、多くの地域企業は内部に人事領域に明るい経営層がおらず、地域の有力企業の38.6%は専任の人事担当者を配置していない。人材採用や育成を“コスト”と捉えており、売上や事業成長に直結する“経営課題”だと受け止めきれていないのが現状だ。
※ 経済産業省「未来人材ビジョン(令和4年5月)」より
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220531001/20220531001-1.pdf

日々変化するHR(Human Resources)市場や採用動向を追いかけながら、新卒・中途採用だけではなく、求職者との接点を増やすインターンシップ制度の導入や、近年当たり前となりつつある既存社員のリスキリング、社員の副業管理やパラレルキャリアを推進していく。リソースに限りがある地域企業がこれらの業務を単独で推進していくことは、もはや現実的ではなくなっている。
※ 技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、業務上で必要とされる新しい知識やスキルを学ぶこと。

 

地域ぐるみで人事課題に取り組む「地域の人事部」とは?


「地域の人事部」の全体運営を担う、『株式会社パソナJOB HUB』の加藤遼さん

こうした地域の実情を踏まえ、『経済産業省関東経済産業局』が2022年度にスタートさせたのが「地域の人事部」の取り組みだ。『株式会社パソナJOB HUB』を委託事業者として各地に地域全体の人材戦略や人材育成の柱となる地域組織を立ち上げ、関係人口創出や移住施策などの公共政策と連動し、企業や金融機関、商工団体、教育機関、外部人材など多様な主体と連携したプラットフォームを構築することで「地域全体」で人材の確保から育成・定着、組織変革の支援などを行う。

個人の働き方の多様化と相まって、地方創生やワーケーション、地域複業、移住・定住といったローカルな分野に参加意欲を持つ人材が増える中で、公共・産業・市民セクターが連携して「人を惹きつけ、育て、定着する」受け皿を生み出すことが、地域の人事部が目指す地域の姿である。

この考えを社会実装するため、経済産業省関東経済産業局は2022年度から茨城県日立市、常陸太田市、大子町、新潟県長岡市、燕市、長野県松本市、塩尻市、静岡県三島市の8市町で地域の人事部の実証事業をスタートさせた。

▼経済産業省関東経済産業局「地域の人事部とは」
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/jinzai/chiikino_jinjibu/index.html

 

【新潟県長岡市】地域おこし協力隊を経て、企業と人をつなぐハブになる

髙橋亮太さん
株式会社ひとつぶ 代表取締役

1986年生まれ、新潟県長岡市出身。大学進学で上京し会社法を専攻。大学院卒業後に金融の道へ。金融商品の開発、社内規程の整備や法人営業で顧客企業の制度設計・支援等に携わる。子育てがきっかけで故郷の長岡市にUターン。2021年に同市の地域おこし協力隊に着任。在任中にシステム開発や地域ブランディング、中間支援を手掛ける『株式会社ひとつぶ』を設立し、長岡市の地域の人事部の事務局を担当している。

「地域の人事部の立ち上げを機に、市内の各セクターがそれぞれの枠を越えて人材に関する共通の課題認識を持てたこと。これが大きな一歩だと感じています」

そう話すのは、新潟県長岡市の地域の人事部を担う髙橋亮太さん。同市の地域おこし協力隊として地元企業の人材獲得支援等に取り組んだ実績を買われ、長岡市に地域の人事部が立ち上がる際に事務局担当に抜擢された。

現在は、4大学1高等専門学校と15の専門学校を擁する学園都市・長岡市の地域特性を活かし、高等教育機関や学生と連携した取り組みを軸に地域の人事部の事業を展開している。

「私たちの取り組みの軸は、三遊間(担当者が曖昧な仕事)をカバーするような動きを取ることです。長岡市の学園都市としての特徴を活かし、インターンシップ、兼業・副業人材の活用、社員のリスキリングの三本柱で着実な成果を生み出す事業を行っています」

人口27万人、新潟県内でも2番目の人口を擁する長岡市であっても人材流出は起きているという。その背景には地域企業と学生間の接点やコミュニケーション不足、企業側の旧態依然とした人事制度が今の学生の需要に合っていないなどのミスマッチがある。

「地域の人事部の設立当初から、地域から寄せられる期待を肌で感じていました。だから活動量を増やして地域に存在を認知していただき、フィードバックをもらって期待に応える中で、人事部が担う役割や内容も少しずつ変化させていきました。その中で重要だと感じたのは各ステークホルダーたちの想いを相互理解が深まるように『翻訳すること』でしたね」

髙橋さんは地域の人事部として、自治体・教育機関・企業など地域内の多様なステークホルダーと横断的に接点を持ち、コミュニケーションを図った。それぞれの価値観や思惑、言葉が相互理解を阻んでいると感じ、各セクターの想いを紐解き、同じ方向を向けるように伝えていったのだという。

「地域の人事部があることで、それぞれのセクターで新しい発見や価値変容が生まれてくれることが一つの成果になると思います。例えば、地域企業が新たに高専の学生を採用するために採用方法を見直してみようとか、副業で関わってくれる外部人材を活用してみようとか、そういった人材に対する緩やかな行動変容が進むことです。そうした新しい発見がベースとなり、これからの時代を切り拓く企業の成長戦略やキャリアプランが見えてくるのではないかと思います」

取引先の企業と接点を増やし、信頼関係を構築することが鍵

地域の人事部として、正解のない人的資本戦略を体現しなければならない髙橋さん。日々愚直に出し続けてきた答えの積み重ねは、企業の高専生の採用や、学生が主体となって企業のインターンシップを企画したプロジェクト、オープンカンパニーの導入といった目に見える成果としても表れている。

「地域の人事部は様々な構成機関の間に立ち、答えの見えない『人』にフォーカスしていく仕事なので、何がベストなのかは正直分かりません。でも、よりベターな策を出していける自信はある。自分たちなりの答えを出して、一つひとつ実践していく。そういうことの積み重ねが大切なのだと思います」

地の利とその中心にいる地域プレイヤーたちの色が混ざり合い、地域の人事部はローカライズされ、地域ごとに特色ある活動が展開されている。新潟県長岡市は学園都市という地の利を活かし、学生、中でも高専生と企業のマッチングに重点おいて事業を展開していた。

 

【長野県塩尻市】情熱をつなぎ、塩尻を「働きたい街、関わり続けたい街」へ

 横山暁一さん
NPO法人MEGURU 代表理事

1991年生まれ、静岡県沼津市出身。大学卒業後、大手人材サービス会社に入社し、中部支社で法人向けの人事採用支援を行う。2019年4月に副業で塩尻市の地域おこし協力隊に着任。本業の経験を生かして地域企業の人材獲得支援や副業人材とのマッチング事業に携わった後、2020年に『NPO法人MEGURU』を設立。塩尻市の地域の人事部の事務局を担当し地域の人材課題解決に取り組んでいる。

長野県塩尻市でも長岡市と同様に、地域の実情に即した独自の地域の人事部が展開されている。「実際に地域に身を置くことで、多くの課題があることを痛感しました。例えば、地域企業は人事課題を抱えていても、大手人材会社のサービスはコストが高すぎて手が出しにくいこと。子どもたちは地域の中で信頼できる大人が親と先生ぐらいしかいないため街の魅力やロールモデルの存在に気付けず、塩尻で生きていくという選択肢が失われていること。こうした多様な課題に向き合うには既成のサービスを活用するのではなく、地域独自でアクションを起こすことが必要だと感じています」

人材サービス会社で働いていた横山さんは、研修で通い始めた鳥取県智頭町で主体的に地域の活性化に取り組むキーパーソンたちと出会い、その姿に強く惹かれ、塩尻市の地域おこし協力隊として地域企業の人材支援に携わることに。

しかし、実務を進める中で行政や商工会議所などの既存組織では、予算やスピード、担当者の異動によるノウハウの蓄積のしづらさといった多くの課題があることを実感。

「地域企業が抱える人材課題に対して持続可能な体制を作るにはどうすべきか」。

信頼する外部アドバイザーに相談した時、「第三者的な立場で関わる人が必要。やるのは自分しかいないよ」と言われたことで、塩尻市が抱える課題に腰を据えて取り組みたいと覚悟を決め、『NPO法人MEGURU』を設立。そのタイミングでは家族も含めて塩尻に完全移住していた。

「地域の人材課題の根本的な解決には、企業に対するサポートだけでなく学校でのキャリア教育や起業支援、関係人口などさまざまな領域を横断する活動が必要です。行政・企業・商工会議所・金融機関・教育機関。個々に話を聞くと実はそれぞれ魅力的な取り組みを行っていて、情熱を持った担当者もいる。ただ、これまではそれらを横につなぐ人がいなかったんです。異なる領域に横串を刺し、リソースを連携させることで点ではなく面として共通のビジョンに向かう。MEGURUの役割は、そのハブになり、循環を生み出すことだと思っています」

最近では中学校の先生から相談を受けて、企業と学校をつなぐ地域学習を実施。その取り組みが認められ、他校にも広げたいと教育委員会が予算化に向けて動くなど、新たな実績も生まれてきている。

「地域の人事部の形は、地域によって多様であるべきだと思います。塩尻が素晴らしいのは、各機関に熱い思いを持った人たちがいること。だからこそ独立時、自分の役割をイメージできました。この3年半の間、地域の人事部として様々な人と連携しながら『地域の人が塩尻で生き生きと働く』下地ができてきたと思います。今後も自分が住むこの街の魅力をさらに深掘りしていきたいです」

全国各地で地域の人事部が生まれる未来

国内には1700以上の自治体がありそれぞれに政策の特色があるが、人口減少社会が到来した今、遅かれ早かれいずれの地域も地域の人的資本戦略に向き合う時が来るだろう。

地域の人事部の実証が進む長岡市と塩尻市では、地域プレイヤーと構成機関が地域の人事部の枠組みをそれぞれの実情に合わせてローカライズし、新たな価値を生み出している。その重要なキーとなるのは「トライセクター・リーダー」の存在。髙橋さんや横山さんのように、民間・公共・市民社会という異なる価値観を持ったセクターを横断し、合意形成を図っていける存在だ。「地域の人事部長」とも「CHO(Chief Human Resources Officer)」とも言い換えられる存在が地域の人事部を展開していくにあたり、必要不可欠となる。

今後、全国各地で地域の人事部が立ち上がり、領域を超える連携を生み出しながら人と企業と地域の可能性を広げていく。その主翼を担い、地域の未来を切り拓いていける人材が今、求められている。

 

▼記事に関するお問い合わせはこちら!
経済産業省 関東経済産業局 地域経済部 産業人材政策課
電話:048-600-0274
E-MAIL:bzl-kanto-jinzai@meti.go.jp

文:大塚眞、石井妙子(塩尻市執筆)
写真:渡辺 慎一郎(パソナJOB HUB撮影)、永島実樹(長岡市撮影)、宮崎 純一(塩尻市撮影)

                   

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