【農家の扉 vol.2】
Farmer’s Yard・鈴木広史さん
規格外の小さな野菜を花束に。
型に捉われない農業の面白さ

Presented by 農業の魅力発信コンソーシアム

一人ひとりの農家には、地域に根ざした個性ある取り組みがあり、その中には地域活性化や食の安全、環境保全への熱い思いが込められています。本企画「農家の扉」では、一歩を踏み出した先輩農家たちの物語を通じて、未来への種を蒔く「農家」という職業の魅力と可能性に迫ります。彼らが築き上げてきた経験や視点は、これから農業に挑戦したいと考える皆さんの道しるべとなるはずです

◉お話を伺いました

鈴木広史さん|Farmer’s Yard代表

生産品目:年間365品種の野菜

大学時代、ホームセンターの園芸部門でアルバイトをしたことをきっかけに、植物の面白さに開眼。造園業や苗屋を経て、フローリストとして7年間ウェディングやショップ、スクール等で活躍した後、2011年に農業の道へ。独自に研究した有機栽培により小さく育てた野菜でベジタブルアレンジメントを開発し、ギフト商品として展開。2021年、故郷姫路市から神戸市にIターン。2023年3月には個展「野菜博物館 ZERO」を開催するなど、野菜の魅力の新たな表現に挑戦中。

華やかな野菜ブーケに至るまでの道

金で箔押しされた高級感のある小箱の蓋を開けると、まるでアート作品のような色彩豊かな野菜のアレンジメントが顔をのぞかせます。受け取る人が「わぁっ!」と驚きの声を上げるのが目に浮かび、贈る方もワクワクしてしまうこの野菜のギフトは、母の日などには全国から注文が殺到するほどの人気商品。

この華やかな野菜のアレンジメントやブーケをつくっているのが、神戸市北区大沢町おおぞうちょうで有機農業を営む鈴木広史さんです。元フローリストのセンスと技術を生かし、宅配便で全国に配送しているこの商品で身を立てている鈴木さんですが、2011年に就農してから今に至るまで、二度の「ゼロ・リセット」を乗り越えた体験があります。

10年越しで就農するも2000株のトマトが3日で全滅


鈴木さんの農園は現在3反。「耕作放棄地をお借りして一時は1haまで増えたこともありましたが作業が追いつかず。3反ぐらいが僕らには程良いサイズ」。この面積で約400品種の野菜を有機栽培。

大学時代のホームセンターでのアルバイトをきっかけに植物や野菜に興味を持った鈴木さん。その会社に就職し、園芸部門のバイヤーとして多くの生産者と知り合う中で、得意の販売もさることながら「育てる、つくる」ことにも次第に関心を強めました。阪神淡路大震災の被災者が園芸療法を通じて立ち直っていったという新聞記事から、植物や野菜には大きな可能性があることを知り、「10年くらいかけて植物のいろいろな知識や技術を勉強したい」と考え、ガーデニングや育苗会社、フローリストなどの職業を通して多様な経験を積みます。そして約10年後、2011年にいよいよ念願の生産者への一歩を踏み出しました。

植物を仕事にしてきたものの、農家としては全くの素人だった鈴木さん。農業を始める際、一般的には自治体等が行なっている農業学校へ行き、先輩農家での研修期間を経て農地を借り、補助金をもらってスタートするのが定石ですが…、「そんな情報も全く知らず(笑)。近所のおばあちゃんが高齢で耕せなくなった3反の畑を借り、とにかく苗を植えてみた、という感じです」

最初に植えたのは、高糖度トマトの苗2000株。高値で売れると聞き、育苗会社で身につけた接木の技術を使って、強いトマトの苗と甘いトマトの苗を接木して露路で育てました。しかし、順調に育って実も色づき始めていた時、突然3日間の集中豪雨が襲い、トマトは水に浸かって全滅してしまったのです。時を同じくして母に病気が見つかり、家族で看病する必要も出てきました。これが鈴木さんの第1の危機でした。

その年の鈴木さんの年収は8万円。これでは無理だと、有機農園も営んでいる社会福祉関連の会社へ就職して農業経験を積みながら、自分の農園もやっていくことを決意。農園を手伝ってくれていた父の「看病は分担すればいい、自分の好きなことをやりなさい」という言葉にも励まされ、二足の草鞋わらじ生活がスタートしました。

小さい野菜を逆手に取って、二度目の独立


野菜をいかに大きく育てるかという資料は数多あれど、小さく育てるための情報は皆無と鈴木さん。世界中から種を取り寄せ、土壌や蒔き方、時期、水やりなど多様な条件を検証しながら独自の栽培ノウハウをつくり上げていった。

この経験で1品種だけの栽培はリスクが大きいと分かり、鈴木さんは自身の農園では多品種栽培を開始。当初から無農薬・無化学肥料にこだわって栽培していましたが、できる野菜のサイズが小さく、スーパーでは売れ残ってしまうという問題に直面します。しかし、ここで鈴木さんは逆転の発想で「小さいことを魅力にしよう!」と考えました。

ちょうど地元の若手農家のグループと共に駅前のマルシェに出店することになり、得意のディスプレイで小さい野菜を魅力的に見せる工夫をしてみたところ、女性客から「かわいい!」と大好評。SNSで評判が広がり、フレンチやイタリアンレストランのシェフからも「こういう小さい野菜を探していた。しかも有機栽培で、色も味も香りもしっかりしている」と引き合いが来て、取引先が次々に増えていきました。母の闘病をきっかけに、元々は博物館勤めで畑嫌いだった奥さまも農園を手伝ってくれるようになり、鈴木さんの農園では、“365日違うお野菜を”というコンセプトの下、年間400品種ほどの野菜を育てるようになっていきました。そして2016年、鈴木さんはもう一度、農家として独立を果たすのです。

野菜ブーケの誕生で世界が広がる

そんな鈴木さんが野菜ブーケをつくったのは、「イベントのゲストに渡すブーケを野菜でつくってみたら?」というマルシェ仲間の何気ない一言がきっかけ。

「初めてのブーケはワサビ菜を周りに配置したのですが、花と野菜では全く性質が違い、フローリストの水を吸わせる技術を持ってしても葉が萎れてきてしまうんです。ゲストに渡すまで持つだろうかとハラハラしました」

珍しい野菜のブーケはイベント主催者やお客さんの目に留まり、その後も開店祝いや贈り物などの用途で少しずつ注文が来るようになってきたため、鈴木さんは、自信を持って提供できる持ちの良い野菜ブーケの商品開発に本腰を入れます。次に、宅急便で送ってほしいという遠方からの注文に応えられる商品も開発。この頃には六本木ヒルズでのイベントに出店する機会を得るなど、東京、そして全国展開の可能性が視野に入ってきました。

畑も家も失い神戸へ移住。ゼロからの再スタート

こうして順調に成長軌道に乗っていた鈴木さんですが、コロナ禍により、事業の柱であった飲食店とイベント関連の注文の両方が同時に無くなり、売上がゼロになるという事態に陥りました。さらに追い打ちをかけるように、借りていた畑と家の所有者が代替わりし、契約を終了して農地も家も返却しなくてはならなくなりました。絶体絶命、鈴木さんの第2の危機です。

八方塞がりの中で、ふとメディアで耳にした「移住」という言葉。奥さまの方が先に「移住もありかもね」と言い出しました。「確かに姫路ではもうやり切った、という気持ちがあったんです。今の畑を返却して、隣の畑を借りて同じことをやったとしても時代の波に乗れる感じがしませんでした」

翌日から鈴木夫妻は神戸市内で移住先を探し始めました。家と畑の返却期限が迫る中、積極的に独自の移住施策を行なっていた大沢町に、条件の良い農地が見つかります。すでに150個を超える母の日のブーケの注文が入っており、なんとしても野菜をつくらなければならない状況でした。「あいつ、家も決まってないのにビニールハウス移築してるよって周りに言われながらの移住でした(笑)」。家もどうにか期限までに農地の近くに古民家が見つかり、鈴木夫妻は2021年、新天地・神戸で新たなスタートを切りました。

食べるだけじゃない野菜の魅力を表現する「野菜博物館 ZERO」


移住の際、「これからは宅配だけでやっていけるようにする」と決めた。野菜のアレンジメントと共に「神戸カフェスタイル」と名付けた野菜キットをオリーブオイルを添えて販売するなど工夫を凝らす。

神戸に移住してから注文が増えたと鈴木さんは言います。「神戸産の野菜」、「神戸から直送」の響きがお客さんの心をくすぐるのだとか。こうして二度の大きな危機を果敢に乗り越えた鈴木夫妻は、2023年3月、神戸のギャラリーでお二人ならではの企画展「野菜博物館 ZERO」を開催。3日間で約500人もの人々が来場し、鈴木さんが表現する新たな野菜の魅力を堪能しました。

「農業をやってきた中で、いちばんうれしい経験でした。有機でゆっくり育てるうちの野菜は腐らずに枯れていく。その様もまた美しく、それを標本のように展示して見せたりしました。農家しか見られない野菜のこんな側面を見てもらいたかった。食べるだけじゃない野菜の新たな魅力をアートとして魅せられたことが大きな喜びでした」

この夏には、東京で開催された「東京パークガーデンアワード」に応募。今回は入選ならずでしたが、これからも挑戦していきたいと意気込みます。そして今秋には「野菜植物園」と称した農園見学も開始予定。神戸市内のフルーツ・フラワーパークからは野菜によるガーデン作りの依頼も寄せられています。大きな夢は、2030年にルーブル美術館で野菜の企画展を開催すること。小さなマルシェから始まった鈴木さんの「見せる野菜」は、その舞台をますます拡張しています。

鈴木さんから、農業を始めたい人へのメッセージ

「なぜ農業をやっているのか?」と聞かれれば、僕は「面白いから」と答えます。栽培も販売も面白いし、その他にも農業にはまだまだ面白い可能性がいっぱい詰まっていると思います。そのフィールドにユニークな農家がもっと参入してきたら、さらに面白くなるのでは。素人から始めた僕みたいな人間が野菜ブーケで食っていけるのですから、「僕も!私も!」となってくれたらうれしい。常識や型に捉われず、野菜の力と自分の力を組み合わせたら何ができるのか、そんな発想で取り組む柔軟な農業が増えるといいなと思います。

 

鈴木広史さんに聞く、農業のココが知りたい!Q&A

Q1. 鈴木さんの1日のスケジュールは?

季節によっても変わりますが、朝は6時か7時に起きて畑に行き、9時頃まで収穫や葉を取る、支柱を直すなどの作業をします。その後、作業場で出荷作業をし、昼ごはんの後はひと風呂浴びて昼寝。出荷作業を済ませて16時か17時頃宅急便で商品を出荷し、再び畑に出て水やりなどを行い、19時には帰宅します。

 

Q2. 農業に関心のなかった奥さんが農業を好きになっていったきっかけは?

妻は、初めは雑草と苗の区別もつかない状態でしたが(笑)、自分で蒔いた種から出てきた小さな芽を発見したり、育てた野菜を近所の人が買ってくれて「おいしかったよ」と言ってもらったりする体験を重ねるうちに、自分のつくったものが人の口に入り喜んでもらえる農業の魅力に目覚めていったと思います。

 

Q3. よく売れる「野菜の売り場づくり」のコツは?

「見せる野菜」をキーワードに売り場づくりや商品づくりをしています。例えば大根を木箱に立てて販売したり、カラフルな野菜のセットを用意したりと、「かわいい!」と反応する女性目線を取り入れることがコツかなと思います。さらに対面で接客する場合は、野菜にまつわるいろいろなお話をするようにしています。

 

Q4.採算性のある農業を継続的に行っていくために大切なことは?

やりたくないことはやらない、という選択が大事ではないでしょうか。自分のやりたい農業があると思うので、それを周りに影響されたりして安易にぶらさないこと。業界の常識に捉われず、自分が歩んできた人生のいろんな経験を農業にぶつけていく方が、これからの時代に勝ち目のある農業ができるのではないかと思います。

取材・文:森田マイコ



農林水産省の補助事業を活用して発足した組織で、農業と生活者の接点となる⺠間企業9社が参画。これまで農業に縁のなかった人たちに、“職業としての農業”の魅力を発見してもらう機会をつくるため、全国で活躍するロールモデル農業者を選出し、彼らとともにイベントを企画・開催するほか、就農に役立つ情報を発信しています。

https://yuime.jp/nmhconsortium/

 

                   

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