宮崎県都農町で今から70年以上前、「田んぼに木を植えるなんて」と周囲に揶揄されながらも果樹栽培に挑み、ブドウの一大産地となる礎を作った人物がいた。その人が、永友百二さんだ。
そして、その永友さんのチャレンジ精神を引き継ぎ、本来なら雨が多くブドウ作りに適さない土地で、国内外で評価されるワインを生みだし続けている企業が、国内有数のワイナリー「株式会社都農ワイン」である。
そのワイン作りに懸ける情熱に惹かれ40歳で都農町に移住してきたのが、都内でエンジニアとして活躍していた福嶋進吾さん。それまでと全く違う土地や職種への転身を決心させた都農ワインの魅力についてお伺いした。
【プロフィール】
福嶋進吾さん
1977年、千葉県八街市生まれ。地元の専門学校卒業後、IT会社に就職。約2年半勤務した後、フリーランスエンジニアに。その後、40歳の時に宮崎県都農町へ家族で移住。地域おこし協力隊として、「株式会社都農ワイン」での3年間の活動後、正式に同社に入社。現在は営業企画部長を務め、同社が経営する都農ワイナリー店舗内の業務や企画、営業を務める。
移住のきっかけは、都農町の豊かな自然や生活に憧れて
「こんな景色の所で働けたら最高ですよね?」
インタビューが行われた都農ワイナリーのカフェは小高い丘の上に建つ。ワイナリーの丘からは都農町の町並みや海が一望できて驚くほど空が広くみえる。福嶋さんが移住するきっかけもこの風景だった。
福嶋さんと都農町との最初の出会いは、町でブドウ農園を営む妻の両親に挨拶で訪れた時のことだ。
「千葉出身で平野ばかりの景色に慣れていた私にとって、山も川も海もあって、ここは自然豊かだなあって。特に常に山並みがみえる風景がすごく新鮮で、すっかり心奪われました」
結婚後も子どもたちの夏休みには、実家のブドウ栽培の手伝いも兼ねて都農町に度々足を運んでいたという。
「朝起きたら子どもたちと農園に行くんですけど、まず驚いたのは通勤がないこと!そして、子どもたちと一緒にブドウの作業をして、日が暮れ始めたら、その足ですぐ近くの名貫川に遊びにいくという暮らしが本当に楽しかったんです」
システムエンジニアとして若くして独立した福嶋さん。ITの仕事自体は好きで充実感もあり、あまり不満はなかったという。しかし、終電ギリギリまで働いて、ようやく千葉の家に帰り着き、時計を見るといつも深夜1時過ぎ。子どもたちとの時間もほとんど作れない生活と、都農町で感じた充実した日々とのギャップに「本当にやりたいことや、あるべき姿ってなんだろうか」と移住への気持ちは次第に増していった。しかし、いざ移住を具体的に考えてみると、そのハードルの高さに最初は諦めそうになったという。
まず福嶋さんが心配したのが家族の説得だ。実際、都農町の移住を意識し始めた20代前半の頃は妻から猛烈な反対を受けていた。しかし、家族との時間も持てず夜遅くまで働き詰めの夫の体を心配して、次第に移住に理解を示してくれるようになる。
「子ども3人のうち、下の2人は都農で『犬を飼おう』と言ったら『行く行く!』と喜んでいましたが、当時小6の長女は友達と離れるのが辛かったようです。子どもなりに苦しんだことはあると思います。移住を理解して『いいよ』と言ってくれた妻と子どもには感謝しています」
憧れの場所での挑戦の日々
悩みながらも40歳を機に新しいチャレンジをする決断を下した福嶋さん。移住のきっかけは都農町の自然豊かな生活への憧れだったが、さらに後押ししたのが「都農ワイン」の存在だ。
「妻の実家がブドウ農家ということもあり、モノづくりに対して大きな憧れがありました。移住する前から都農ワインは必ず千葉に買って帰るほどファンでしたし、造り手のワインにかける強い情熱や革新的な挑戦を続ける姿勢に非常に惹かれました」
つまり、福嶋さんにとっての移住は、都農ワインで働くこととセットだったのだ。
1996年創業の「株式会社都農ワイン」は「ワインは地酒であるべきだ」という信念の元、地元産のブドウから作られたワインは、イギリスのワイン専門書で「世界で最もエキサイティングなワイン100選」に選ばれるなど、国内外で数々の賞を受賞している。
しかし、その評価は一朝一夕で得られたものではない。世界のワイン産地の5〜8倍の降水量があり台風も頻発するワイン不適地で、土を考え、品種改良や様々な創意工夫を続けた結果の賜物だ。
福嶋さんはそんな場所で一緒に働きたいと熱望するも、営業や醸造の経験はゼロなうえに求人募集もない状況の中、大胆な行動に出る。
「今でも社長に『押しかけプレゼンだった』と言われます(笑)。自分が出来ること、やりたいことをまとめた資料を自ら準備して入社を会社に直談判しに行ったんです。その熱意の甲斐あって、都農町初の地域おこし協力隊として都農ワインと関われることになりました」
当初はワインの事が全くわからず右往左往する日々だったが、それも楽しい苦労だったという。さらに、前職のエンジニアの経験ばかりに囚われず、フットワークを軽くすることや仕事を一人でやりきるなど、どんどん新しいことを学んでいった。
「実は私の妻は永友百二さんのひ孫だったんです。都農町に来たことにより重い十字架を背負いました」と驚きの事実を打ち明けられたが、40歳になって新しい仕事を楽しみながら臆することなく挑む姿勢は都農町の偉人の姿と重なって見える。
「農の都」の食材と都農ワインのマリアージュ
現在は営業企画部長として、ワイナリーの店舗責任者やイベントの企画運営、さらに、元々トップセールスでやっていた酒屋などのBtoB向けの営業も任されている。都農ワインの魅力を伝える幅広い業務に従事している彼にお勧めのワインを質問すると、「山ほどありますけどいいですか?」と嬉しそうに答えた。
都農ワインの定番でアイデンティティといえるのが、都農ワイン誕生と共に歴史を刻む「キャンベル・アーリーロゼ」。都農町と川南町をまたぐ尾鈴地域の農家が生産したブドウを醸したワインで、尾鈴ビンヤードシリーズと銘打ち販売している、都農ワインの中で断トツ一番人気の商品だ。甘口で「とってもチャーミング」というキャンベル・アーリーは食前酒から食後酒まで、全てのシチュエーションに対応できるまさに万能タイプだという。
「都農町という土地の特性から出来たブドウから醸したワインは、自然とその土地の食と合うんですよね」と福嶋さんが話すように、ワインと一緒に合わせてマリアージュしてほしいのが地元の食材だ。
「正直、この土地には『ないものはない』と思えるぐらい食材が豊富で、肉でも牛・豚・鶏、野菜にしろ果樹にしろ何でもあります。食材豊富な『農の都』でのマリアージュの選択には困ることはありません。地元特産のトマト料理やチキン南蛮など、特に酸味がある食材との相性は抜群です」
都農ワインもこの豊富な食の恵みを活かすべく、マンゴーや梅、さらに町全体で栽培をはじめたキウイといったフルーツワインの醸造も積極的に取り組んでいる。その結果、「スパークリングワインうめ」はシャルドネなど様々なワインで競い合ったコンテストで見事1位を獲得。まさに長年の挑戦で培われた醸造技術と都農の滋味あふれた食材の力が掛け合わさった努力の結晶といえるだろう。
自分の大好きなワインと丘の上からみえる景色を届けたい
「子どもたちは犬を飼えて喜んでいて、庭でBBQも楽しんでいます。千葉に住んでいた時は趣味だったキャンプも、今では逆に行かなくなりました(笑)」。
実は移住で一番苦労したという「住」の部分も、移住当初に住んでいた定住促進住宅を卒業して、今では新築で庭付きの家を建て都農ライフを満喫している。都会から人口1万人の町への移住は、「意外と沢山、都会で必要だと思っていたものはなくてもいいものだったんだな」と気づかせてくれたうえ、思ったよりも苦労はなかったのが率直な感想だという。
都農ワインでは、尾鈴ビンヤードシリーズ以外にも牧内ビンヤードシリーズとして、ワイナリー周辺の牧内台地でワイン専用品種のブドウの自社栽培も行っている。1年に1アイテムほど増やしていくという醸造家の挑戦が25周年積み重なった結果、今では40種類ほどの地元の食材を生かしたアイテムが揃うに至る。
「私は販売の人間ですが、無理に売ろうという気はありません。都農ワインの魅力をしっかり伝えることが結果的に売上に繋がっていくと思っています。そのためには歴史だったり、栽培している人の想いだったり、醸造家の創意工夫といった所を伝えるのが我々販売者の使命なのかなと思っています」
今後は都農ワインのファンを1人でも多く増やしていく活動と共に、ワイナリーの丘に来てもらえるような仕掛けづくりをしていきたいと意気込む福嶋さん。
「1人でも多くの方に、この景色をみて癒やされて欲しいなと思っています」と言うように、自分が惚れ込んだ都農ワインと丘からみえる景色の魅力を届けるため、今日も福嶋さんは奔走している。
取材・執筆=日高智明 構成=田代くるみ(Qurumu) 撮影=田村昌士(田村組)
都農町とは
都農町は宮崎県の太平洋側南北のほぼ中央に位置し、2020年に町制施行100周年を迎えた歴史ある町です。伝統を重んじながらも、日々新たなことにチャレンジしています。現在は「デジタル・フレンドリー」を宣言し、「デジタルと友達になり、デジタルで友達を増やす町」をコンセプトとするデジタル技術を活用した地域づくり(2021年グッドデザイン賞ベスト100選出)に取り組むほか、小・中学生を中心に「ゼロカーボンタウン」を目指す取り組みも始まっています。また、「保育料無料」や「中学生以下の医療費無償」といった支援にも力をいれており、子育て世帯に優しい町です。
■食べ物|FOOD
都農町のワクワクが揃う「道の駅つの」
「道の駅つの」は、2013年7月にオープンして以降、年間約60万人以上が訪れる本町のにぎわい拠点となっており、季節ごとにとれたてのフルーツや野菜、地元ならではの加工品といった、ここでしか購入できない食材がたくさん揃っています。特に、本町ではトマトや尾鈴ぶどうが有名で、トマトを使った加工品や尾鈴ぶどうを使用した都農ワインが人気商品となっています。今後「道の駅つの」は、リニューアルが予定されており、ますます目が離せません。ぜひ一度訪れてみてください。
■場所|SPOT
チャレンジを応援する拠点の誕生
都農町では現在、続々と新たなスポットが誕生しています。その中の1つ、2021年3月に(一財)つの未来まちづくり推進機構が空き店舗をリノベーションしオープンした多世代交流拠点 「文明(BUNMEI)」があります。様々な人が集うBUNMEIの1階には創業を支援する「BUNMEIチャレンジカフェ」があり、ここでは都農町内での起業を目指す人が一定期間BUNMEIキッチン と客席を使って実践的なチャレンジをすることができます。現在は、都農町の地域おこし協力隊員が「道の駅つの」で仕入れた食材をメインに地産地消料理を提供しています。
■暮らし|LIFE
尾鈴山に見守られ伝統と共に生きる
都農町の西にそびえる尾鈴山の周辺一帯は、日本の滝百選に選ばれた「矢研の滝」をはじめ 無数の滝を有しており「尾鈴山瀑布群」として国の名勝にも指定され、四季折々の自然が楽しめます。また、町の中心部には由緒ある日向国一之宮都農神社があり、毎年8月1、2日には 本町の一大イベントでもある夏大祭が開催されます。町外に住む本町出身者がこの日にあわせて帰ってくるほど、とても愛されている祭事です。このように伝統が脈々と受け継がれている一方、神社という空間を利用した新たなまつりやマルシェなどの催しも行われ始めています。
【お問い合わせ】
都農町 まちづくり課 移住相談窓口
0983-25-5711