伝統野菜を守る“生涯現役”の
女性たちの生きる姿に迫る

宮崎・西米良「いとまき倶楽部」中武三枝さん

人口約1000人、宮崎県で一番人口の少ない自治体「西米良村」。そんな小さな村で、自分たちの手で地元の伝統野菜をつかい、さまざまな加工品を手掛ける女性たちがいる。それが、中武三枝さんが代表を務めるチーム「いとまき倶楽部」。村の伝統野菜の魅力を伝えようと奔走する、とびきり元気な女性たちのお話を伺った。

 

自分たちのできる力で地元の伝統野菜の魅力を発信する

「米良糸巻大根は、西米良で昔から大切に育てられてきた伝統野菜。糸が巻いたような個性的な見た目、滋味深い味わいと素晴らしい魅力の詰まった野菜なのですが、全くと言っていいほど世の中に知られていなかったんです。だから、なんとか皆さんにもその美味しさを楽しんでいただきたいと思って。例えば私たち西米良の女性たちの手でお漬物にしたり、加工したりして、この大根を広く知ってもらえる活動ができないかなと思ったんです」

いとまき倶楽部代表の中武三枝さんは冒頭、そう話し始めた。いとまき倶楽部は、村所女性部で結成されたチームで平成23年に加工所が開設。64歳の中武さんをはじめ、現在は40〜80代の18名で活動している。

いとまき倶楽部が結成されたのは、全国的に市町村合併が進む中、西米良村が合併しないという自立の道を選んだことがきっかけだった。いとまき倶楽部が発足する2年前から、村と同様「自立」をテーマに、その活動方針を家族も交えながら徹底的に話し合ったという。

加工したものを売るという経験自体も初めて。自分たちの力でできることは何か、ターゲットをどこに絞るかなど、さまざまな議論を重ねた結果、先の中武さんの言葉に戻る。

「合併しないということであれば、女性でもなにか役に立つことができたらいいなと。そこで、一番手っ取り早く農家の主婦にできることが、いつも自分のところで漬けているお漬物だったんです」。そうして、いとまき倶楽部の活動はスタートした。

 

10年かけて、ようやく復活した「糸巻大根」

「死ぬまで元気!引退がないのがこの『いとまき倶楽部』ね。年々村から人も減るでしょう。このチームを、この野菜を、この村を守る人がいないから、自分たちが守らないといけないんです」と力強く語るのは村の重鎮・御年84の菊池幸子(ゆきこ)さん。いとまき倶楽部のメンバーの一人で、中武さんの大先輩。菊池さんは他にも、昼は飲食店で弁当を作り、夜はスナックのママさんもこなす“スーパーおばあちゃん”だ。

菊池さんはまた、いとまき倶楽部内で使用する糸巻大根の生産を請け負う「ペロリ鉱山農園」の代表で生産者としての顔も持つ。いとまき倶楽部で加工する糸巻大根の様子をみたり、出荷したりするのもまた村の女性たちの仕事だ。70〜80代のわずか5人のメンバーで、今では毎年1トンにのぼる糸巻大根を出荷している。

しかし、そこに至るまでには相当な苦労があったという。

「伝統野菜を守ろうと村ぐるみではじまった糸巻大根の栽培でしたが、開始当初から困難の連続。スタートしたのは今から20年前、標高500mくらいに位置する山を新たに切り開き、畑を作り、栽培を開始したものの、股割れした大根など、出来上がるのはおよそ商品にならないものばかり。そこで、私たちは種作りの段階からやり直したんです。加えて、山の赤土から石を拾い、肥料を与え、黒土に変えていき、満足いく大根が採れるまでには10年の歳月がかかりました」(菊池さん)

表面に赤い糸を巻きつけたような見た目と一般の大根よりも糖度が2〜3度高い甘味が特徴。生でサラダやなますに、切り干しで煮物にしても甘みがあって美味しい。菊池さんたちのたゆまぬ努力が、味わい深い糸巻大根の今を形作っている。

 

西米良の旬の美味しさを手間暇こめて届ける

「いとまき倶楽部はみんな、探究心が旺盛なんです。糸巻大根以外にも、『あれも加工したい』『この食材も売り物になるかも』と話していたら、結局、大根以外にもいろいろと手を出すようになってしまって(笑)」

中武さんがそう話すように、糸巻大根の漬物からはじまったこの活動も、今では、よもぎ団子やドーナツなどのお菓子製造、村内での仕出しや弁当の販売、村で提供する「ふるさと味発送」の中に入っている地こんにゃくなど多岐にわたる。

中武さんは主に漬物を担当するグループに入っていて、季節ごとに村で採れた旬のものを取り扱った商品製造に取り組む。12月頃から糸巻大根がはじまり、らっきょう、梅、生姜に柚子と、作業は年中途切れることがない。剪定からシソ漬けまで自分たちの手で一からおこなっている梅干しは、宮崎市内のデパートで取り扱われるなど人気の品だ。

「仕入れてきた物を加工するのではなく、私たちが育てたり収穫したものを集めて、それを加工して販売するのが、いとまき倶楽部のこだわり。一貫性があるから、ものづくりをしている上でも安心感がありますね。『これはどうやって作っているんですか?』と質問されても、ちゃんと答えられますし」(中武さん)

例えば、糸巻大根の切り干しを例にあげよう。手掘りで丁寧に収穫された糸巻大根がペロリ鉱山農園から納品され加工がはじまるのは、メンバーたちの仕事が終わった夜から。大根の収穫の最盛期、1、2月は西米良でももっとも寒い時期で、風も水も刺すような冷たさのなか、大根に傷を付けないよう、たわしではなくスポンジで一本一本手洗いする。その後、皮をむき、スライスするまでの工程も全て手作業。その後、天日と乾燥機で乾かして、ようやく切り干し大根が完成する。

作業中は、あまりの忙しさに全員黙々と作業に打ち込むが、さすが長年苦労を共にしてきたメンバーだけあり、その仕事の連携ぶりは阿吽の呼吸のように見事なのだとか。

「そういう仕事が済んだ時の “あー良かったね。今日終わったね” という達成感がいいですね。一見すると大変な仕事にみえますけど、結成当時から辞めたメンバーは一人もいなくて、逆に一人増えているんです」と中武さんや菊池さんは嬉しそうに話す。

 

伝統野菜の美味しさを次世代にどう継承していくか

そうして西米良の食文化を自らの手で守り続けてきた中武さん。中武さんにとって、西米良の食の魅力はどこにあるのだろうか。

「素材そのものを楽しめるのは、ここならではだと思います。地こんにゃくでも、大根でも、素材自体をしっかり味わえる。自分たちで育てたり、収穫したりしたものをすぐに食べられることも、幸せだなと思います」

しかし、この素晴らしい西米良の食文化も大きな過渡期を迎えている。村の人口減、特に若い世代の離村率が高く、伝統野菜をはじめとした村の食文化が継承できるチャンスが減っているのだ。また、西米良にも核家族化の波がやってきていることから、以前より世代間の繋がりも希薄になっているのも現実である。

西米良の食の魅力が凝縮した料理の一つ「煮しめ」は、切り干しの糸巻大根、伊勢芋、こんにゃく、しいたけ、干しタケノコなど昔からある素材を出汁で煮る村の一般家庭で作られてきた料理だが、最近では煮しめを作れる若者も少ない。煮しめ作りの後継者としての顔も持つ中武さんも「村の素材を使って、煮しめのレシピを引き継いでいきたいという思いはあります。ここ、いとまき倶楽部でそういう機会を作れたらいいですよね」と話す。

加工所が開設されて今年でちょうど10年。思いついたものには何でも果敢に挑んできたが、その意欲に衰えは一切みえない。いとまき倶楽部が次に狙う村の特産品は、最近じわじわと人気の出てきている「ジビエ」だという。ゆくゆくは加工所の前に、毎日だれかが集まれる自分たちのお店をつくりたいと、その夢はどこまでも広がる。

「死ぬまで元気ですね。引退できないし」

笑い合いながら、そう話す中武さんと菊池さん。西米良の女性たちはどこまでもエネルギーに満ち溢れている。

 

取材・執筆=日高智明 構成=田代くるみ(Qurumu) 撮影=田村昌士(田村組)

 

西米良村とは

西米良村は宮崎県の中西部、熊本県との県境に位置する人口約1,000人の小さな山村です。精霊カリコボーズが棲む豊かな自然とどこか懐かしい風景、美味しい食事、美人湯 の温泉、親しみやすい村民とのふれあいを目当てに、多くの観光客が訪れます。山間部 の気候を活かしたゆず、ほおずきやカラーピーマンなどが特産で、ジビエの活用にも取 り組んでいます。カリコボーズと1,000人が笑う村を合言葉に、子どもからお年寄りま でが笑顔で暮らす桃源郷のような村づくりを目指しています。

 

■食べ物|FOOD

西米良村の食べ物はどれをとっても絶品!食べ物が美味しすぎて、村で暮らす人たちは 段々顔が丸くなっていくのだとか…。まず、西米良に訪れた人に食べてほしいのが「おがわ四季御膳」です。四季折々の食材を使い、おばちゃんたちが真心込めて作る郷土料理 は、味はもちろんのこと、見た目にも美しく、満足すること間違いなしです。他にも、村内の施設でスピーディーに処理された良質なジビエや西米良サーモン、イセイモ、ユズ、シイタケ、干しタケノコ等、西米良にはたくさんの美味しい食材があります。

■場所|SPOT

西米良村の魅力の一つは、雄大な自然です。四季によって色を変える山々、透き通った青色が美しい一ツ瀬川は、訪れた人々を魅了します。特に春には桜が村全体に咲き誇り、令和の桃源郷とも呼ばれています。観光施設としては、肌がすべすべになると噂の「西米良温泉ゆた〜と」、茅葺屋根が特徴の「おがわ作小屋村」、一ツ瀬ダム湖を眺望できる「湖の駅」、おばちゃんたちの笑顔が眩しい「川の駅百菜(歳)屋」、今流行りのグランピングやダッキー(川下り)が体験できる「ステラスポーツ」があります。

■暮らし|LIFE

村の暮らしは、決して便利とは言えませんが、小さな村ならではの良さがあります。朝は小鳥のさえずりで目覚め、日中は山々に囲まれ、川のせせらぎを聞きながら過ごし、夜は満天の星空を眺め眠りにつく。村民にとってはなんてことのない1日ですが、初めて訪れた方は驚かれます。そして、村の最大の魅力は、人との「つながり」です。人口が少ないがゆえに、ほとんどの村民は知り合い同士です。お互いに何ともなしに気にかけており、程良いお節介という丁度良い距離感が、暮らしていて心地良く、不思議な安心感があります。

 

【問い合わせ先】
西米良村 むら創生課 移住相談窓口
TEL:0983-36-1111

                   

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